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ロシア外交官の北朝鮮「トロッコ脱出」が、中国で話題の理由

2021年04月08日 06時00分更新

文● 筑前サンミゲル(ダイヤモンド・オンライン

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写真はイメージです Photo:PIXTA

ロシア外交官がトロッコで北朝鮮を脱出

 2月25日、北朝鮮から出国するロシア外交官一家とされる映像が世界へ衝撃を与えた。その一家が手押しトロッコを使って脱出したからだ。さながら映画の1シーンのようだった。

 この映像を見た北朝鮮研究者やウオッチャーからは、「なぜか安心した」「ほのぼのさせられた」など、普段とは異なる感想も聞かれた。

 確かにトロッコ脱出したウラジスラフ・ソロキン3等書記官ら家族8人の映像は、どこか楽しげに見え、悲壮感は感じさせない。ここ最近、北朝鮮からほのぼのさせるようなニュースは皆無だったので、研究者らも余計に印象深く感じたようだ。

 外交官は、どの国でも優遇される存在である。北朝鮮も同様だ。しかし、今回のロシア外交官の北朝鮮脱出によって、北朝鮮国内で食糧や医薬品、子ども向けの衣類までもが極度に不足していることが露呈した。

  ロシアの外交官は、北朝鮮国内で最も物資が豊富に集まり、恵まれているはずの平壌(ピョンヤン)に駐在している。にもかかわらず脱出しなければならないほど、北朝鮮の生活環境は悪化している。外交官でこの状況なら、庶民の生活はさらに厳しいことは容易に想像できる。

国内封鎖中の北朝鮮、脱出の実態

 北朝鮮は昨年1月22日に外国人観光客の受け入れを全面停止し、2月上旬に空路の定期便も停止して国境封鎖へ入った。

 その後、3月、12月、さらに今年の3月にも平壌駐在の各国外交官や中国人在住者、国際機関の関係者などが相次いで脱出している。北朝鮮のロシア大使館は1日、公式フェイスブックページで、無人となった各国大使館の写真とともに、現在北朝鮮に残る外国人は290人ほどだと明かしている。

 脱出した多くの外交官や外国人駐在員は、平壌から北上し、中国丹東へ陸路で出国するルートを使っている。しかし、冒頭取り上げたトロッコ脱出したロシア外交官一家は、日本海側を北上し、ロシア・ハサンへ出国している。母国だから当然だと思うかもしれないが、問題は出国までにかかった時間だ。平壌から32時間は国内列車に乗り、さらにバスで2時間かけて移動したうえで、トロッコを手押しで1時間動かしてロシアへ出国したとロシア大使館は伝えている。

国際列車の通過待ちをする北朝鮮のローカル線

 仮に中国への出国であれば、平壌から新義州まで約230km、自動車なら3時間ほどで中朝国境までたどり着ける。現在、中国は入国地で2週間の強制隔離となるので、丹東で隔離処置を受けることになる。

 ロシアと中国は、対米では緊密に連帯しているように見えるが、実は米国以外の問題ではあまり親密とはいえない。そのため、ロシアとしては、北朝鮮国内の移動時間が長くなっても、自国の外交官を中国で隔離する事態は回避したかったようだ。

 ロシア外務省は、3等書記官の3歳の娘の体調に問題があったので、身体的な負担を減らすため、ロシアへ出国したと説明しているが、32時間も普通席しかないローカル線で移動させるほうが子どもへの負担は大きいだろう。

「32時間の列車移動」が中国で話題のワケ

 このニュースは中国のSNSでも報じられた。しかし、中国の国営メディアや中国共産党機関紙など官製報道では確認されず、国内団体や香港、シンガポールなどのアカウントがニュース投稿している。

 実は、中国は国内への影響を考慮して、北朝鮮情勢が不安定だと受け取られるようなニュースには神経をとがらせている。そのため、官製報道では伝えなかったとみられる。その一方で、中国は新型コロナウイルスに打ち勝って、すでに正常化させているとの「新型コロナへの勝利」を国内へ強くアピールしたいので、他のアカウントからの投稿は、実質的に容認して残したと考えられる。

中朝国際列車の寝台車

 中国のSNS微博(ウェイボー)へ書き込まれたコメントで“中国当局から整理されなかった”ものを見ると、「32時間!」「(北)朝鮮はどれだけ広いの?」「平壌からロシア国境まで何km?」など、32時間列車移動への驚きの反応が多かった。

 中国も2007年に高速鉄道が開業するまでは、24時間乗車や夜行列車は当たり前だった。開業後は多くの死傷者を出した重大事故が相次いだが、中国政府が早期の事態収束を図って詳細な調査はせず高速鉄道網を全土へ延伸したことで、特に中国の若い世代には、丸一日以上の鉄道乗車は、もはや異次元の世界なのだろう。

 もっとも日本でも32時間もローカル線に連続乗車することはないだろうが、この32時間は、コロナ禍での異常事態ではない。コロナ前の平時でも元々30時間以上かかる路線なのだ。

 中国の旅行代理店によると、平壌駅から羅津(ラジン)駅までの国内列車は、午前7時50分発、翌日午後2時30分着と30時間40分が標準時刻となっている。しかも、遅延することが多く、実際には、さらに数時間余計にかかることが日常茶飯事だそうだ。つまり、32時間は平常に近い乗車時間だったということだ。

 平壌から羅津駅がある羅先(ラソン)特別市まで約820km。羅先中心部からロシアとの国境駅である豆満江駅まで自動車で40分ほどかかる。外交官一家は2時間バスに揺られたとあるので、羅津駅の手前で下車してバスへ乗り換えたとみられる。

 豆満江(トマンガン)駅からロシアのハサン駅まで約5km。ロ朝国境を隔てる豆満江にロシアが建設した露朝友情橋が架かる。この鉄橋はおよそ400mなので、1kmほどトロッコを人力で押したというロシア外交官一家は、鉄橋の手前からトロッコへ乗り換えたと推測される。

日本からロシアへの鉄道入国はなぜ断られる?

 近年、北朝鮮のシーラカンス状態の鉄道に興味を持つ日本の鉄道ファンが増えている。30時間もかかるが、北朝鮮の国内列車へ乗車したいという問い合わせが旅行会社へ入るようだ。旅行会社が都度、北朝鮮側へ確認するも、人数や日程を理由に断られて実現していない。

北朝鮮と中国の鉄道線路の軌間は標準軌。ロシアは広軌と異なる軌間を採用している

 2018年、ロシア以外の代理店手配でのロシアへの鉄道出国が解禁されたので、国内列車乗車も禁止ではないようだが、日本人は毎回断られる。

 その理由は、同行する2人のガイドの身体的負担が大きいからだという。寝台車なしのローカル線は、普通席のみで食堂車もない。ちなみに乗客がガイドの分も含めて3~4食分を用意する必要がある。また、日本海側を走る道路も古い悪路なため、北朝鮮当局は、鉄道や自動車での移動ではなく、数少ない空路国内線での移動(平壌-清津・週2便)を勧めてくる。

 鉄道も自動車も、同行する北朝鮮人ガイドお墨付きの長時間移動はしたくない悪路ということだ。

 ガイドは悲鳴を上げそうだが、いっそのこと世界中の鉄道ファンをターゲットに寝台車でも導入すれば、鉄道マニアは30時間でも喜んで乗りたがるのではないだろうか。

 国内列車、国内線空路の情報は、いずれもコロナ前の状況のため、コロナ後にどうなるのかは現時点ではまったくの不透明だ。

(筑前サンミゲル/5時から作家塾®)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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