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月面定住待ったなし 「グローバル官民連携で加熱する月面社会の形成」に見る宇宙ビジネスの未来

「SPACETIDE 2021 Spring」レポート

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 日本最大級の宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE 2021 Spring」が開催された。SPACETIDEは、2015年から毎年開催されているイベントで、宇宙ベンチャーをはじめ、政府機関や公共団体、異業種企業、エンジニアや研究者などの個人も含めた新たな宇宙ビジネスを創出するための業界横断的な総合カンファレンスとなっている。

 国内でも資金調達や技術開発が進んできており、研究開発ステージから事業化ステージへのステップアップが期待されるようになってきた。5回目となる「SPACETIDE 2021 Spring」のコンセプトは「宇宙ビジネス、事業化ステージのはじまり」となっており、まさに時機を得たものと言うことができる。

 今年は10を超える国・地域から多くの登壇者が集まった「SPACETIDE 2021 Spring」。その中からセッション「グローバル官民連携で加熱する月面社会の形成」の模様を報告する。国内外のトッププレイヤーが目指す月面開発のビジョンと現状をご覧頂きたい。

宇宙開発はもはや未来ではなく現在のビジネスに

 「グローバル官民連携で加熱する月面社会の形成」セッションは以下のパネリスト、モデレーターによって進行された。

パネリスト
Garvey McIntosh氏:The U.S. Embassy Tokyo, NASA Attaché
袴田 武史氏:株式会社ispace ファウンダー&代表取締役
井上 博文氏:トヨタ自動車株式会社 先進技術開発カンパニー Executive Vice President
Lisa May氏:Lockheed Martin Corporation, Commercial Civil Space Advanced Programs, Chief Technologist

モデレーター
水島 淳氏:西村あさひ法律事務所 パートナー

 まず水島氏より、ISECG (International Space Exploration Coordination Group:国際宇宙探査協働グループ)が2020年8月に公開した国際宇宙探査ロードマップ(追補版)における今後の月面探査・利用のロードマップを提示。特に注目すべきは、月面に居住地域を開発することが目的として掲げられているところにある。月面における持続的な社会形成=経済活動の形成は、現実のものとして想定されている。

最新のISECG月面探査ミッションシナリオ(JAXAホームページより)

 本イベントの開催を待つまでもなく、宇宙ビジネスの盛り上がりについては様々な兆候を見て取ることができる。例えば米国NASAが提案し、ESA(European Space Agency:欧州宇宙機関)やJAXAをはじめとする各国宇宙機関も参加するアルテミス計画や、ESAによるE3P(欧州探査包括計画)などが進行している。また技術の面ではロボティクスやセンサーなど各分野におけるイノベーション活用が期待されている。

 ビジネスの側面から見ても、2020年には89億ドルの民間投資がなされ、ロッキード・マーティンなど多くの主要航空宇宙企業の参入もあった。また官民連携ではNASAのSIMPLExプログラムやCLPSプログラム、JAXAのJ-SPARC (JAXA Space Innovation through Partnership and Co-creation : 宇宙イノベーションパートナーシップ) などが進んでいる。

 もちろん、法制度の面でも様々な進展があるという。日本では宇宙活動法が2018年に制定。また、ソフト・ローの観点からはハーグ宇宙資源ガバナンスワーキンググループ(ハーグWG)が2019年に宇宙資源活動に関する国際的な枠組みを検討するためのビルディング・ブロックを発表した。本セッションに参加している水島氏の西村あさひ法律事務所や袴田氏のispaceもメンバーとしてWGに参加している。

 月面社会・経済の形成へと向かう熱量は高まっており、同時に巨大なチャンスが企業にもたらされている。ここから、モデレーターからパネリストに対して2つの質問がなされた。1つは各パネリストが考える月面社会・経済に関するビジョンと、それに向けて短期的にどのようなアプローチをとるのか。2つ目は月面社会・経済を実現するために重要となるキーファクターと、異業種企業にとってのチャンスは何か。

 1つ目の質問に回答する形で各パネリストからのプレゼンが行なわれた。

NASAが進める月面開発プロジェクト「アルテミス計画」

 NASAは強い宇宙産業の育成にとって、国際宇宙ステーション(International Space Station)がその基盤となると考えている。20年以上にわたる実績を有する日本や欧州と非常に良好なパートナーシップを形成するプロジェクトであり、製品の改良など多くの産業分野での民間企業による衛星活用が目的の一つに挙がっている。

 従来、ISSには各国政府の補給ミッションとして日本のHTV、欧州のATV、ロシアのプログレスなどによって資材や貨物を輸送していた。ここ数年はSpaceXやノースロップグラマンなど民間企業が食料や研究資材などをISSに届けている。今後はそれにSierra Nevada Corporationが加わることになる。

 2022年には初めて民間人を民間企業によってISSに届けるミッションが実施されることになっている。今後は民間によるISSの商用利用がさらに加速していくのではないかと期待されている。なお現在、日本人宇宙飛行士の野口聡一氏が滞在しており、4月には星出彰彦氏が宇宙飛行士としてISSに向かう予定になっている。

 また、NASAではアルテミス計画と呼ばれる月面への有人宇宙飛行計画を推進している。これは2024年までに最初の女性宇宙飛行士を月面に送ることを目指すとともに、月の上空に宇宙基地ゲートウェイを建設したり、月面での持続的な滞在を可能にする居住施設を設置することを目標としている。

 現在アルテミス計画では3つのミッションが計画されている。特に重要なのは、月の上空周回軌道上に宇宙基地ゲートウェイを設置することだ。ここを足場として月面に持続的な居住施設を設置するとともに、将来の火星へのミッションにも活用されることになっている。

月面でのエネルギー革命を目指すispace

 ispaceは人類のプレゼンスを宇宙に拡大し、地球と月を結ぶエコシステムの構築を目指して事業を展開している。プレゼンに先立って流された同社のプロモーションビデオでは、2040年に1000人の人が暮らす月面都市Moon Valleyの建設がうたわれていた。都市の建設・維持に必要なエネルギー源には、月面にあると言われている水を分解して得られる水素と酸素を活用する。それらを用いて月と地球を結ぶ定期フライト網を構築し、社会・経済を拡大することがispaceのビジョンだ。

 Moon Valleyの実現に向けて、ispaceは現在第1フェーズの開発を推進している。そこではまず月面に向けた輸送システムの確立および月面資源のデータ収集を目指している。続く第2フェーズでは水資源の探査システムと水素エネルギーを抽出・利用するエコシステムを確立する。ただしこれはispace1社では実現できないので、多くのパートナーと連携して進めていきたいと袴田氏は考えている。

 ispaceが進めている事業は3つに分けることができる。1つは月と地球を結ぶ輸送システムLUNAR DELIVERYだ。民間企業や宇宙機関に対して機器や物資を運ぶ。2つ目はPartnershipsで、異業種企業に対して宇宙ビジネスへの参入を支援する。プロモーション活動もしているとのことなので、新規参入企業にはそういった面からも支援が行えるだろう。3つ目のLUNAR DATAビジネスは、月面のデータを取得し、それをユーザーの望む形に加工して提供するというもの。水資源のみならず、月面には非常に多くの資源が眠っている。それらを活用したビジネスには非常に大きな将来性があると期待できる。

 Partnershipsに関しては、独自の月面探査車を開発して月面に送り込むHAKUTO-Rプログラムの中で多くの異業種企業との連携が実現してきている。これらは単なるスポンサー企業として広告ビジネスを行うだけでなく、技術面でも協力・協働を行っている。例えばNGKとは全固体電池の月面での利用に関して協力しているし、三井住友海上とは月保険についての協力を行なっている。

 HAKUTO-Rプログラムには2つのミッションが計画されている。第1のミッションは2022年にSpaceXのファルコン9ロケットを使って探査車を月面に送り込むというものだ。続いて2023年に行う第2のミッションでは単に探査車を送るだけでなく、実際に探査車を使った月面探査を行う予定になっている。

ispaceが開発中の月面着陸機

地球-月間の輸送ビジネスは実現が近い

 ロッキード・マーティンは月面に持続的な人類のプレゼンスを獲得するというビジョンを持っている。ゲートウェイを月の上空に設置し、定期的な離着陸を行って軌道上から月面での活動のサポートを行う。そして月のみならず火星などへの探査も可能にする。

 そのような環境を構築するということは、まず月面における活動を通じて収益を上げていく必要がある。国際的な企業や宇宙飛行士によるリソース、探査や開発を行うために必要なインフラを提供する。電力は熱、通信などは月面での経済活動に必要不可欠となる。逆にそのようなインフラが構築できれば、月面での経済活動に参入する企業にとって、参入障壁は十分低くなることが期待できる。

 宇宙飛行士を月面に送るシステム(Human Landing System)は、現時点ではNASAが開発をしているが、すでに民間企業にも開発の機会が与えられている。1つはDynetics、もう1つがSpaceX、もう1つはBlue Originで、ロッキード・マーティン、ノースロップ・グラマン、ドレイパーなどの企業がこのチームの一員になっている。

 ロッキード・マーティンはHLSだけでなく商業月面輸送サービスにも参加しており、ペイロードについてもサービスを提供したいと考えているとのことだ。多くの企業や宇宙機関と連携して月面のコミュニティ構築を実現したいとLisa氏は語る。

2030年にトヨタ車が月面を疾走する

 非宇宙産業であるトヨタ自動車からの宇宙産業への取り組みは、月面探査車Lunar Cruiserを通じた月面開発貢献にある。トヨタが宇宙産業に取り組み始めたのは2~3年前とかなりの新規参入組だ。プロジェクトでは、月面上の水の探査やそれを活用した水素社会の実現を目指している。

 JAXA提示のスケジュールによれば、2030年ごろに月面探査車の実現が盛り込まれている。水素をエネルギー源にした月面探査車には、走る、移動する、探査するという目的のほかに、発電や通信などさまざまな機能が含まれる。月面探査車の開発は、ある意味小さなエコシステム構築につながるという。

 月面探査車のコンセプトとして、月面を1万キロ走行可能にすること、1回の給水素で1000km走行可能にすること、自動運転機能によって安全かつ高信頼性のある運行を可能にすることなどが挙げられた。現在、2029年のローンチに向けて、課題の見極めや試作による能力の検証などが進められている。来年以降、1分の1モデルなどを製作して評価検証を進めていく予定になっている。

月面社会の形成に向けたキーファクターは何か

 最後に各パネリストから月面社会を実現するためのキーファクターを答えてもらった。企業同士を宇宙探査と組み合わせるパートナーシップや月面にある水資源などが挙げられたが、特に重要なものとして、月面社会実現には幅広い技術・ブレークスルーが必要なため、一つの企業ではなしえない技術と技術を合わせるコラボレーションが強調された。

 コメントを受けてモデレーターの水島氏は「(それぞれの組織が持つ)境界を越えた協力というのが非常に重要ということですね。すごく重要なファクターについて伺うことができました。月面社会を作り出すためにはイノベーション、テクノロジーが重要で、特に民間と宇宙機関、公共機関との協力が重要である、また宇宙産業と非宇宙産業との協力も重要であるということがわかりました。そして宇宙産業にも非宇宙産業にも多くの機会があることが示されました。このようなメッセージがすべての参加者に伝われば良いと思います」と締めくくった。

(上段左から)水島 淳氏、袴田 武史氏、井上 博文氏
(下段左から)Lisa May氏、Garvey McIntosh氏

 持続的な居住を含む月面開発というとはるか先の夢物語であるかのようなイメージがまだ大勢となっていると思うが、2030年となるとすでに9年を切っている。次の時代に向けた各企業の生存戦略において、宇宙ビジネスの視点を取り込むのは当たり前とすら思える。月面からさらにその先へ、日本企業がそのムーブメントの最先端で確固たるポジションを確保することを願わずにはいられない。

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