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コロナとの戦いで変質する日銀の「デフレとの20年戦争」

2021年03月31日 06時00分更新

文● 鈴木明彦(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:PIXTA

 2001年4月の政府の月例経済報告に「緩やかなデフレにある」という記述が表れてからちょうど20年を迎えようとしている。

 もっとも、ずっとデフレとの戦いが続いたわけではない。最初のデフレ戦争は、06年3月には量的緩和政策が終了し、いったんは終戦を迎えた。しかし、09年11月に再びデフレ宣言が出され、第2次デフレ戦争が始まり、今に至っている。

 休戦を挟んで20年戦争となってしまったデフレ戦争だが、コロナとの戦いが加わることによって、新たな展開が生まれてきている。

終結のシナリオがないまま
始まった第2次デフレ戦争

 第1次デフレ戦争を終わらせることができたのはなぜか。

 まず、日本銀行にデフレ戦争を戦う大義名分があった。

 政府のデフレ宣言によって日銀は量的緩和の導入を余儀なくされたが、日銀サイドには、景気後退が始まったが金利に下げ余地がない、あるいは金融機関の不良債権処理を進める上で潤沢な資金供給が必要という事情があり、いわばデフレ戦争を戦う大義名分があった。

 量的緩和という武器は、金融機関の日銀当座預金残高を増やすだけで、デフレ脱却に効果があるわけではなかったが、金融システム不安を回避するためには効果的だった。そして、金融システム不安がなくなったころに、運よく物価が上昇していった。

 これに対して、第2次デフレ戦争には終結に向けてのシナリオがなかった。

 日銀にとっては、第1次の時の不良債権問題のように戦争をする大義名分がなかった。

 政府の2回目のデフレ宣言は、物価の下落が続いていたとはいえ、リーマンショックによる景気落ち込みが一巡して持ち直しが続いているころで、日銀にとっては唐突な宣言だった。

 また、欧米と異なり日本では金融システム不安が生じるような状況ではなった。

 日銀に戦える武器もなかった。この時も第1次デフレ戦争の時と同様に、金利を下げる余地はほとんどなく、日銀は国債やCP、社債、ETF、J-REITなど、現在に至る資産買い入れによる量的緩和に傾斜していく。

 しかし、潤沢な資金供給による日銀当座預金の増加は、金融システム不安の回避には有効であっても、景気刺激効果もなければ、物価を上げる効果など期待できるものではなかった。

 そして、物価の上昇は運任せという状況は第1次デフレ戦争の時と同じだったが、政府のデフレ脱却宣言が出ない限り、デフレとの戦いは続くことになっていた。

アベノミクス登場で泥沼の戦いへ
「2%物価目標」掲げ異次元緩和

 第2次デフレ戦争の終結を絶望的にしたのが、アベノミクスの登場だった。

 安倍政権発足後の2013年1月に、政府・日本銀行の共同声明(いわゆるアコード)が結ばれ、その中で日銀は「2%物価目標」を宣言することになる。

 デフレ脱却が経済政策における絶対的な目標となり、たとえ戦後最長の景気拡大が続いていても、物価目標を達成できないうちは金融緩和を続けざるを得なくなった。

 マネタリーベースを増やすだけの量的緩和が景気にも物価にも影響しないことは、白川方明総裁時代の金融政策で分かっていたことだが、黒田東彦総裁は就任後初となる同年4月の金融政策決定会合で、異次元の金融緩和に踏み切ることになる。

 いわば役に立たない武器でも小出しにせず、思い切って使えば、デフレを脱却できるという意気込みで始まった異次元緩和だったが、2年で達成できるとしていた2%の物価目標に届くこともなく、デフレ戦争は泥沼の戦いになってくる。

YCC導入で戦線不拡大路線へ転換
“デフレとの戦い”を終わらせる始まり

「2%物価目標」達成のめどが立たない中、2014年10月にはマネタリーベースの増加目標を高めるなど、異次元金融緩和の強化が図られ、16年1月には意表を突いてマイナス金利政策が導入された。

 局面打開の切り札として投入されたマイナス金利政策だったが、思惑とは逆に円高・株安が進み、物価上昇につながるものではなかった。

 さらに、マイナス金利政策によって、イールドカーブ全体が低下しフラット化が進んだ結果、長期の資産運用難や金融機関の経営圧迫といったマイナス要因が指摘されるようになってきた。

 拡大一辺倒だったデフレ戦争は、16年9月の「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)付き量的・質的金融緩和」の登場によって転機を迎える。

 戦線不拡大路線への転換だ。

 まずYCCの導入によって、目標ではなくなったマネタリーベースや日銀保有の長期国債保有残高の増加ペースは急速に低下してきた。

 また、10年国債金利の誘導目標がゼロ%程度と決められ、-0.1%の政策金利と合わせてイールドカーブが順イールドになるように調節し、長期金利の極端な低下というマイナス金利政策の弊害を取り除くような措置が取られるようになった。

 もっとも、こうした戦線不拡大方針は水面下の動きであって、表向きは、日銀は「デフレと戦う日銀」という姿をアピールする必要があった。

 物価が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続するというオーバーシュート型コミットメントが導入されたのはこのためだ。

 しかし、こうした二面作戦はなかなかうまくいかず、泥沼のデフレ戦争が続いた。

局面を一変させたコロナとの戦い
金融支援オペという強力手段得る

 局面を一変させたのが、コロナショックだった。

 新型コロナウイルスの感染拡大による生産や消費の急激な落ち込みで、企業や事業者の資金繰り支援や景気下支えが喫緊の課題になり、膠着状態のデフレ戦争の局面を大きく変えることになった。

 日銀が新型コロナ対応として導入した金融緩和策の中でも、新型コロナ対応金融支援特別オペ(以下、特別オペ)は、金融機関の貸出資金をゼロ金利で提供するだけでなく、オペの利用残高に相当する日銀当座預金に+0.1%の金利が付くという、金融機関にとってありがたいスキームだ。

 特別オペの利用残高は急速に拡大し、開始から1年となる今年の3月時点で64.8兆円に達している。この結果、マネタリーベースの増加ペースは、年間80兆円という目標があった時よりも急拡大している。

 デフレ戦争を終わらせようという日銀の戦線不拡大戦略は水泡に帰したように見えるが、むしろ日銀は自ら進んで金融緩和を推進している。

 それは第1次デフレ戦争と同じ状況になってきたからだろう。

 まずは、日銀にとって、コロナ禍の景気の腰折れを防ぐという金融緩和の大義名分が表れた。

 また、特別オペの拡大によって、マネタリーベースの拡大だけでなく、金融機関からの貸し出しを増加させ、世の中に出回るお金、すなわちマネーストックも急速に増加している。

 日銀は、異次元金融緩和でも打ち破れなかったゼロ金利制約を克服する強力な緩和手段を手に入れたといえる。おまけにこれによってマイナス金利の事実上の縮小も進めることができる。

政策点検で見えた今後の戦略
景気悪化や株価急落の回避

 今回決まった「金融緩和の点検」による政策見直しからは、今後、数年の日銀の戦略がうかがえる。

 第一は、デフレ戦争終結の妨げとなる景気の悪化や株価の急落を防ぐということだ。コロナとの戦いという大義名分を得た日銀は思い切り戦える。

 今回導入が決まった貸出促進付利制度では、付利金利をカテゴリー1(特別オペのうち金融機関からの直接融資)とカテゴリー2(特別オペのうち信用保証協会の保証が付く融資)に分け、カテゴリー1には今より高い0.2%の金利を付けることにした。

 割増しのインセンティブを付けることによって、制度を活用した貸し出しが増加することを狙っている。

 また、ETFの購入については、年間の増加ペースの目安約6兆円を外す一方で、コロナ対応の臨時措置として導入していた約12兆円という増加ペースの上限を存続させ、コロナ収束後も継続することにした。

 中央銀行が民間企業の株式を保有することに対する批判に配慮しつつも、株価急落を防ぐための手段を温存させた。

それでも物価は上がりそうにない
目標に縛られない自由度確保が本音

 日銀としては特別オペなどで潤沢に資金供給を続ける中で経済が自律回復することを期待しているのだろう。そしてコロナショックが収束した時に、物価が安定的に2%上がっていれば、デフレ戦争は終わる。

 確かに、強力な緩和手段を手にしたので、これまでよりは物価が上昇する可能性は出てきた。だがしかし、人口減少や潜在成長力の低下、IT化などを考えれば、それでも日本の物価が2%も上がることはないだろう。

 日銀としてもその可能性を考えていると思われる。ただ物価の下落が続いて3度目のデフレ宣言が出てしまうことだけは何としても避けたいと思っているのではないか。

 デフレ脱却の旗を降ろすことが無理なら、「2%物価目標」を達成できなくても、バブルを回避できるように動ける余地を作ることが次善の策となる。

 今回の政策見直しで、長期金利の変動幅をプラスマイナス0.25%程度として明確化したことは、2%の物価目標が当分達成できそうもないことを前提に、金利調節の自由度を広げることが目的だろう。

 ここ数年の金融政策の変更では、オーバーシュート型コミットメントあるいはフォワードガイダンスなど、デフレと戦う姿勢をアピールする対応が取られていたが、今回の政策点検や見直しではそれがなかった。

 貸出促進付利制度という強力な武器を得た日銀にとって、気休めにしかならないコミットメントやフォワードガイダンスの修正が持つ意義は低下してきた。

むしろ、「2%物価目標」が金融政策の自由度を縛る余地はなるべく増やしたくないというのが、日銀の本音だろう。

(三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究主幹 鈴木明彦)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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