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2021年、中央銀行にとりわけ求められる「市場との対話」術

2020年12月30日 06時00分更新

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:PIXTA

経済回復が見込まれる2021年
金融政策のかじ取りは難しさ増す

 2020年12月に開催された日米欧の中央銀行による金融政策の会合は、新型コロナウイルスの感染再拡大と景気の下支えを続けるとして、金融緩和を強化しつつ継続する方針をそれぞれ決定した。

 21年はコロナ禍からの経済の回復が本格化するという見通しが大半だが、日米欧中銀のこうした決定の主眼が、21年中の金融政策の正常化に対して市場が先走った期待を持つことを抑える思惑があったとすれば、その後の市場の反応を見る限り、各中央銀行の市場とのコミュニケーションに課題が残っていることを示唆している。

 前年とは経済や金融の状況が変化していくと思われる21年は、「市場との対話」が一段と重要になることを中央銀行は意識する必要がある。

日米欧中銀、「緩和維持」表明したが
市場の受け止めはさまざま

 20年秋以降、コロナ感染が再拡大し各国で外出規制などが強化されたなか、欧州中央銀行(ECB)は12月の理事会で、「パンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)」の買い入れ枠の強化(5000億ユーロ、9カ月延長)を決定した。

 だがその一方で、ラガルド欧州中銀総裁は上限まで枠を使い切らない可能性に言及した。

 現在の買い入れペース(600億ユーロ/月)を維持すると、新たな期限(2022年3月)には新たな上限(1.85兆ユーロ)に達する見込みになるだけに、市場では、むしろ買い入れペースが今後減速するリスクが意識された。

 米国でも12月の公開市場委員会(FOMC)での決定を受けて、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は、国債と住宅ローン担保債券(MBS)の買い入れを、物価や雇用が政策目標に向けて、「さらに顕著に前進するまで」現在のペース(各800億ドル/月と400億ドル/月)で継続する方針を示した。

 しかし、同時に公表した経済見通しを上方修正したことで、市場では、政策目標に向けて「さらに顕著に前進」という条件が、インフレ率の上振れによって早期に満たされ、2021年中にも資産買い入れの減速に踏み出すとの予想も散見されるようになった。

 日本銀行の黒田総裁も12月の政策決定会合後、緩和維持を強調しながら、コロナの影響で経済の回復が遅れる可能性や物価目標の実現がさらに先送りされる状況を踏まえて、「政策の点検」を行う考えを示し、21年3月の会合で結論を公表する方針を示した。

 しかし、政策見直しの目的として、いまの緩和の枠組みの、持続力の強化を挙げたことが、市場に「副作用の軽減」を連想させ、マイナス金利政策やETFの買い入れについて緩和度合いを後退させる方向での見直しが行われるのではという見方が一部で広がった。

市場とのコミュニケーション
うまくやることが鍵に

 日米欧ともに当面の景気動向は依然、厳しいとしても、2021年後半から22年前半には本格的な景気回復が見込まれている。

 従って欧米では、21年の中盤以降は資産買い入れの減速や停止に対する思惑が高まることは避けがたいし、日本でも物価目標の達成が遠のく中で、副作用の軽減を重視する議論が一段と力を増す可能性もある。

 こうした状況では、各国中央銀行の考えるところとは別に、市場でさまざま予想や思惑が広がること自体はおかしなことではない。だが、市場に無用の混乱を起こさず、経済の回復に応じて円滑な政策運営を行うためには、中央銀行は適切なメッセージを伝えることが鍵になる。

中央銀行も市場も
「危機モード」引きずる

 12月の“混乱”の状況は相互に関連する二つの要素に起因している。

 第1は、中央銀行と市場との対話のモードが、金融経済の変化に即して円滑にシフトできていない可能性だ。

 20年の前半のような危機の局面では、中央銀行は機動的で果断に対応する必要がある一方、21年後半に景気回復が本格化するのであれば、中央銀行はその蓋然性が確実になるまでは金融緩和を「粘り強く」継続することになるのだろう。

 しかし、少なくとも現状では、中央銀行と市場の双方がまだ危機モードのままでいるように見える。

 各中央銀行には、景気回復を中心シナリオと位置づけつつも、21年の経済には上下双方に動く不透明性が高いだけに、景気がどちらの方向に振れても対応しうるように機動的な政策運営の余地を残したいとの考えもあるのだろう。

 足元ではコロナの感染拡大が続き、景気が下振れするリスクに留意せざるを得ないが、逆に景気回復が予想以上に順調に進むとなれば、それは12月の政策決定とは相いれない面があり、それだけに今後も対外的なメッセージが揺れ動くリスクは残る。

 一方で市場にも、中央銀行が果断に金融緩和を行うスタンスを維持してほしいという思いや思惑が残るだけに、ECBやFRBが今回打ち出した資産買入いれ方針の明確化は、そうした可能性を否定するものとして、ネガティブに受け止める面があるだろう。

暗黙裏に金融システムの安定重視
景気と物価で説明することが難しく

 第2には、今回の局面では、各中央銀行が政策運営で金融システムの安定を暗黙のうちに重視しているために、対話が円滑に進まない可能性だ。

 景気回復が本格化する下でも強力な金融緩和が維持されれば、資産価格の一層の上昇や企業債務のさらなる膨張が進む可能性がある。そこで一気に政策運営の正常化を図ろうとすれば、これらの調整のトリガーを引くことで金融システムが不安定化する恐れもある。

 こうした事態を避けるためには、中央銀行は市場が過剰な反応をしないように、経済や物価に照らして適切なタイミングより早めに正常化を図る必要があるし、それが難しい場合には緩和度合いを徐々に低下させることになる。

 しかしそうした「隠れた意図」があるにもかかわらず、各中央銀行が政策運営を景気や物価との関係だけで説明しようとすることには、どこかで無理が出てくる可能性がある。

介入の常態化と市場の依存
適切な距離感の回復が課題

 各中央銀行には、景気や物価の観点から12月の政策決定の趣旨を強調し、市場の「誤解」を修正するよう努めるべきだというのが、一般的な議論かもしれない。

 しかし、その一方で市場における解釈のばらつきを容認する選択肢もある。

 今回の反応は市場の大きな動揺を招いた訳ではないし、もしも市場が金融システム安定に関する中央銀行の隠れた意図を見抜いた面もあるのなら、それはそれで対話の失敗とも言えない。

 12月の日米欧中銀の政策決定と市場の受け止めの“齟齬(そご)”は結局のところ、中央銀行による金融市場への介入の常態化と市場によるそれへの過度な期待や依存が招いた結果だ。

 それは、コロナショックを含めて危機の際には必要かつ有効だったとしても、どこかで「正常化」できなければ、最終的にはむしろ経済や金融システムの不安定化につながり得る。

 2021年はそうした「正常化」の一歩として、各中央銀行が市場との対話で適切な距離感を回復することが望まれる。

(野村総合研究所金融イノベーション研究部主席研究員 井上哲也)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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