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RCEPとDCEPの「共鳴」が、アジアの経済・通貨覇権を変える不気味

2020年12月16日 06時00分更新

文● 森田京平(ダイヤモンド・オンライン

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写真はイメージです Photo:PIXTA

RCEPは日本にいいことばかりか
中国、韓国と初めて締約したEPA

 日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、ASEAN10カ国の計15カ国が、RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership:地域的な包括的経済連携)協定に署名した。

 日本にとっては中国、韓国と組む初の経済連携協定(EPA)だ。

 しかも、RCEP参加国は日本のモノの輸出の43%(2019年時点)、輸入の50%(同)を占める(図表1)。

 それら国々への市場アクセスが容易になれば、貿易量の増加、あるいはアジアにおけるサプライチェーンの分散化に寄与すると期待される。

 しかし、事はさほど単純ではないだろう。

 今回のRCEPは、デジタル人民元(DCEP)と共鳴することで、アジアにおける経済・通貨の覇権のあり方を変える可能性を秘めるからだ。

「重力モデル」で考えると
中国の経済的引力が強まる可能性

 RCEPが日本の貿易量を増やす可能性という点では、図表1の日本の輸出、輸入先に占めるRCEP参加国のウエートを見ても明らかだ。

 ただしRCEP参加国のGDPの規模のバランスに留意が必要だ。

 FTA(自由貿易協定)、あるいはそれを一部に含むEPAにおける経済的な力学を考える上で参考となるのが「重力モデル」だ。

 これは、第1回ノーベル経済学賞を受賞したJan Tinbergenが1962年に発表したものだが、このモデルの根底には、Newtonが1687年刊行の『プリンキピア』で示した「万有引力の法則」がある。

 概要は図表2の通りだが、Tinbergenの重力モデルによると、2国間の貿易量は、それぞれの国のGDPに比例し、両国の経済的な距離(輸送コスト、輸送時間、関税率の高さ、非関税障壁など)に反比例する。

 したがって重力モデルによると、FTAあるいはEPAが、関税撤廃などを通じて経済的な距離を小さくすることにつながれば、2国間の貿易量が増大すると期待できる。

 しかし、問題となるのは、RCEP参加国のGDP規模のバランスだ。

TPPも視野に入れる中国
米国“復帰”前に参加すれば強い引力に

 15カ国が参加署名したRCEPのGDP規模は26兆ドル(2019年、以下同)であり、EPAとしては世界最大である(図表3参照)。

 このうち過半の55%を中国(14兆ドル)が占める。

 その結果、RCEPの域内で、中国があたかも強い「万有引力」を持つ存在となる可能性がある。

 一方、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)のGDP規模は米国が加わっていたとしたら、RCEPを大きく上回る32兆ドルに達したはずだ。ところが、トランプ政権の下、米国が離脱した結果、TPP(CPTPP、いわゆるTPP11)の規模は11兆ドルと、RCEPの半分にも満たない。

 この「RCEP>TPP11」という不等式は、環太平洋地域とりわけアジアで、米国ではなく中国が強い引力を持つという可能性を秘める。

 しかも、その可能性をさらに強めかねないのが、中国が示すTPPへの参加意欲だ。

 無論、中国にとって、RCEPと比べてTPPへの参入障壁は高いだろう。RCEP全体で見た関税撤廃率は91%(品目ベース)であり、FTAと認められる上での最低水準にとどまるが、TPPの関税撤廃率は99%とかなり高いからだ。この点は、中国がTPPに参入する上での障壁となり得る。

 その上で、仮に中国がTPPに参加するとしよう。

 その場合、TPPのGDP規模は11兆ドルから25兆ドルに膨らみ、RCEP(26兆ドル)に迫る。同時に、RCEPとTPPを合わせたGDP規模は、重複国分を相殺すると29兆ドルと、世界GDPの3割強に達する。

 しかも、この「RCEP+TPP」の枠組みでも中国のGDPが半分を占め、非常に強い引力を持ち得る。

 TPPから離脱した米国がバイデン次期政権の下で、改めてTPPに復帰するか。あるいは、米国の復帰の前に、中国がTPPに参加するか。

 後者の場合、環太平洋地域とりわけアジアにおける中国の経済的引力、すなわち経済覇権は一段と強まるだろう。

デジタル人民元が決済手段を
銀行口座を持たない人々に提供

 中国にも、現状では米国に全く歯が立たない領域がある。

 それは通貨覇権だ。

 例えば、世界で保有されている外貨準備高のうち、通貨配分が明らかにされている準備高(Allocated Reserves)の構成を見ると、米ドルが60%強を占めるのに対して、人民元は2%程度にとどまる(図表4参照)。

 日本円(6%弱)や英ポンド(4%強)の半分に満たない。この点で、人民元はグローバル通貨とはとてもいえず、覇権を持つに至っていない。

 ただし、中国が日本や米国、欧州に先行する分野があるのも事実だ。それがCBDC(中央銀行デジタル通貨)である。

 中国は、2022年の冬季北京オリンピックまでのデジタル人民元(Digital Currency Electronic Payment、略してDCEPと呼ばれる)の発行を目指している。

 もちろんDCEPが発行され、人民元の形態がデジタル化されたからといって、それだけで外貨準備に占める割合が高まりグローバル通貨になるわけではない。

 しかし一方で、RCEPと共鳴することで、アジアにいる銀行口座を持たない(unbanked)人々に対して、DCEPが新たな決済手段を提供することになるかもしれない(図表5参照)。

 その結果、通貨の3機能(〈1〉価値尺度機能つまり計算単位、〈2〉価値保蔵機能、〈3〉価値交換機能)のうち、特に〈1〉を人民元がアジアで担うことになれば、それは一定程度、通貨覇権を得たことになる。

 価値尺度つまり計算単位としての機能にこそ、通貨の覇権が体現されるからだ。

 日本政府としては、RCEPが中国、韓国との初のEPAだという点ではその意義を強調したいところかもしれない。

 しかし、中国がRCEPからTPPに踏み込み、さらにそれがDCEPと相乗効果を持ったとき、環太平洋とりわけアジアにおいて中国が経済・通貨の両面から強い引力ひいては覇権を持つ構図を無視できなくなる。

 そこに不気味さを感じないではいられない。

(クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト 森田京平)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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