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避けていたオンラインサロン、始めてみたら想定外に面白かった理由

2020年12月08日 06時00分更新

文● 本田直之(ダイヤモンド・オンライン

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本田直之氏(KADOKAWA提供)

コロナ禍で、働き方や暮らし方を見直す人が増えてきた。かねてからハワイ、ヨーロッパ、国内という多拠点生活をするなど、常に一歩先のライフスタイルを実践してきた本田直之氏も、今まで避けてきたという「オンラインサロン」をスタートした。その理由を、最新刊『パーソナル・トランスフォーメーション コロナでライフスタイルと働き方を変革する』(KADOKAWA)から抜粋・一部編集して、紹介する。

なぜ、オンラインサロンをずっとやらなかったのか

 2020年7月から、オンラインサロン「Honda Lab.」をスタートさせました。10月末の時点で、会員は200名を超えました。実はその少し前から実験的にいろいろな取り組みをした上で、正式スタートへと移行したのですが、その詳細は後に語ります。

 オンラインサロンを始めたことに対して、驚きの声をたくさん受けました。たしかに驚かれるのも無理はないかもしれません。それまでの私は、オンラインサロンにまったく関心を持っていなかったから。むしろ、避けていたからです。

 周囲には、サロンをやって成功させている人もいました。やったほうがいいよ、と声をかけてくれる人もいました。しかし、どうしてもやりたくなかった。理由はシンプルで、不特定の人が入って来ることによって、場が荒れてしまうことを危惧していたからです。

これまで一般募集をしない主義だった理由

 サロンの中で、揉めごとが起こったり、トラブルが起こったりする。そういうことが、私はとても嫌でした。心地いい関係の中で、人と過ごしていきたかった。

 私にもいくつか属しているコミュニティがありますが、その1つに自分が主宰しているトライアスロンチームの「Alapa」があります。仕事のパートナーや仲間選びもそうですが、この「Alapa」も私は1つの強い意識を持ってチームづくりをしました。

 それが、一般募集をしない、ということです。トライアスロンチームを作る、というと、多くの人が一般募集をします。しかし、私は絶対にしませんでした。一般募集すると、方向性が異なる人、熱量が違う人、思いが通じない人が入ってきてしまう可能性があるからです。そうなると、チームのあり方そのものが、おかしな方向に進んでしまいかねない。

 チームのメンバーは、私がよく知っている人たち。世界観が一致していて、何が求められているのかが、わかっている人たちばかりです。だから、何も言わなくても思いが通じているし、みんなが望むような行動を取ってくれる。結果的に、ものすごく居心地のいい場になっていくのです。

 そういうことがわかっている人を私がピックアップして、一緒にやろう、と誘って成立している。こんなふうに入り口を絞っているところに、「知り合いになりたい」「人脈が作れそう」などと違う感覚の持ち主に入ってこられてしまうと、ちょっと困ってしまうことになるわけです。

 1人だけ例外がいて、セルソース社長の裙本理人さんだけは、もともと私の本の読者で、どうしても入りたいと声をかけてきてくれたのでした。読者でもあり、いろいろ話をしてみると、とてもナイスな若者で私がOKしたのでした。これは、唯一無二のパターンです。

 コミュニティは、どうやって人を集めるのかが、極めて大事だし、私はそれをこそ大事にしてきたのでした。そして「Alapa」は、明文化されたルールはありませんが、みんなが何かでみんなに貢献しよう、チャレンジしていこう、チャレンジしていく仲間を応援しようという空気がずっとあります。

 私が何も言わなくても、そういう空気になっている。わかっている人たちばかりなのです。でも、そうじゃない人が来てしまったら、わざわざ説明をしなければならなくなります。だから、わかっている人しか集めたくないのです。本当にいいメンバーが集まっているし、刺激ももらえるチームでいたいのです。

 もちろん、コミュニティにとって多様性は重要です。しかし、ベースのない多様性だとグシャグシャになってしまう。ビジョンを共有している仲間、感性がつながっている仲間で多様性があることが大事だと私は思っています。

 そこまでコミュニティにこだわりながら、コロナでオンラインサロンを突然、始めることにしました。

私のコミュニティの目的は、人と人とをつなげること

 1つは先にも書いた、コロナだからこそ、あえてこれまで避けていたものにトライしたほうがいいのではないかと思ったことが挙げられますが、そもそもコロナでリアルなコミュニティが難しくなってしまったからです。

 どうして私がいいコミュニティにこだわってきたのか。それは、人をつなげる役割が好きだったからです。そのためのプラットフォームをずっと作ってきたし、そういう場をずっと作りたいと思っていたのです。

 シティバンクに在籍しているときは、ちょうどインターネットで金融ビジネスが始まった時期でした。オンラインバンキングです。オンライン証券は、まだ始まっていませんでした。

 そんなときに、いろんな企業でインターネットを使った金融ビジネスを担当していた人たちを束ねて、インターネット金融研究会を作っていました。競合ではあるわけですが、同業者。彼らを束ねて新しい情報交換をしたりしていましたが、その会を通じて転職をする人が出てきたり、コラボレーションが生まれたり、新しいプロジェクトが作られたりしました。そういう場を作ることが、好きだったのです。

 本を出すようになってからも、ビジネス書の著者と各出版社の編集者をつなげる会を、100人規模で開催していた時期があります。これも、著者と著者、著者と編集者が出会えるわけですから、とても喜ばれました。ただ、運営が本当に大変でした。リアルな場のイベントなどの設定は、簡単なことではないのです。

 そしてコロナがやってきて、リアルでこうした場が作れなくなれば、オンラインに移行するしかありませんでした。しかも、オンラインではプラットフォームを作るハードルが大きく下がります。リアルでプラットフォームを作っていくのは、本当に大変なのです。

 一方で、デジタルシフトは、自分のためではなく、飲食店など仕事のパートナーのためにも必要であると痛感することになったのも大きいと思っています。コロナがやってきて、何が本当の力だったのか、見えてきたからです。

コロナ禍でも賑わう店をみて気づいた「ファンコミュニティ」の重要性

 コロナで飲食店は壊滅的な打撃を受けたわけですが、実は賑にぎわっているお店もありました。前者の多くが、駅前だったり、オフィス街だったり、ショッピングモールだったり、いわゆる店として立地がいい場所にあった。コロナ前、繁盛していたように見えましたが、それは立地が良かったからだったのです。お客さんは積極的な理由で行っていたのではなく、便利な場所にあったから消極的選択で行っていただけだったのです。

 一方で、賑わっている店はどんな店だったか。住宅街の中にあったりして、コロナ前からわざわざ行かなければいけない店でした。積極的な理由で、お客さんは利用していたのです。だから、コロナが来ても、積極的な選択で行った。むしろ、お店は大丈夫かと、心配する人で賑わっていた。

 これは、Instagramのフォロワーも同じです。数十万人のフォロワーがいても、何か告知してほとんど反応がもらえない人もいる。一方で、100人しかフォロワーはいないけれど、その全員が強力なファンという人がいる。

 コロナ時代に目指さなければならないのは、明らかに後者です。たくさんのフォロワーではない。消極的選択による賑わいではない。積極的選択、そう、わざわざ来てくれるファンをたくさん作っておかなければいけない、ということなのです。

 これから必要になってくるのは、こうしたファンコミュニティだということに、改めて気づきました。これからはエンゲージメントの高いコミュニティを作れないと、どのビジネスも生き残れない。それを痛感したのでした。

 となれば、いろんな企業の経営に関わっている中で、ファンコミュニティをどうやって作っていくか、は避けて通れないことになります。しかし、エンゲージメントの高いコミュニティの作り方を自分が知っていなければ、やはりアドバイスができない。

 どういうものなのか、どういうメリットがあるのか、どんなデメリットがあるのか、体験していないと人には伝えられない。

 だから、まずは自分でやってみようと思ったのです。オンラインサロンというものが、どういうものか。デジタルを使ったファンコミュニティというものが、どんなものか。それこそ、これもまた若い人たちに持っていかれてしまう前に、です。

やってみたら「1対n対n」が起こった

 それでも実は、やっぱりオンラインサロンが嫌だった自分がいました。どのくらい嫌だったかを示すエピソードがあります。

 最初のアクションを起こしたのは、5月のオンラインセミナーだったのですが、サロンという名称を使っていないのです。いろいろリサーチをしながら、約10日間のFacebookのプライベートグループと銘打った募集をしたのです。

 事前に3日間、セミナーで聞きたい内容のやりとりをして、そして、セミナーをやって、残りの7日間でフォローアップのやりとりをして、最後に打ち上げをやりましょう、というプログラムでした。もしやっぱり嫌だったら、約10日間でやめられるようにしていたのです。

「僕の実験に付き合ってくれる人を集めます」というメッセージを流していましたが、まさに実験でした。どういうものにしようか、というはっきりしたものもなかった。そして、やっぱりこれは自分には合わないと思えば、やめようと思っていたのです。

 さらに6月には、約20日に延長しましたが、まだ期間限定のオンラインセミナーでした。ところが、この頃にはすでに私の気持ちは固まっていました。これは、想像を超えて面白いぞ、と思ったからです。

 何より面白いと思ったのは、「1対n対n」の関係でした。それまで私がやっていたのは、書籍であれ、講演であれ、読者・来場者と「1対n」の関係だったわけです。私が1人に対して、大人数のn。そして、ここで終わりです。関係は1度だけです。

 ところが、オンラインサロンは違いました。1対nの後に、1対n対nの関係が生まれることがわかったのです。nとn、つまりオンラインサロンに集まっているメンバー同士が有機的につながって、何かが生まれることがわかっていったのです。

 先に書いたように、私のコミュニティの目的は、私の作った場に集まってくる人がつながること、そこから、何かが生まれていくことでした。オンラインサロンは、デジタルの場でまさにこれができていく、ということがわかったのです。

 もちろん、それには条件があります。いいメンバーが揃っていることです。いいメンバーであればあるほど、思いも寄らないことが起こったりする。そして、私が募集したオンラインサロンには、このいいメンバーたちが続々と集まってきてくれたのでした。

 同じビジョンに共感した人の集まりでないと、1対n対nは悲惨なことになります。ケンカが始まってしまったり、誹謗中傷が起きたり、めちゃくちゃになってしまう。しかし、いいメンバーが集まり、本名で、質の高いコミュニティになれば、そういうことにはならない。このことに、本格的にサロンをスタートさせる前の実験段階で、私ははっきりと気づいたのでした。実際、メンバー同士でコミュニケーションが始まり、情報交換が始まり、どんどんつながっていった。新しい動きが始まった。予想もしないことも起きた。まさに私がやりたいことができる場が、オンライン上に生まれたのです。

何をやるかも、みんなで考える。実験する

 振り返って思うのは、大切だったのはビジョンであり、テーマをはっきりさせたことだということです。「人生は壮大な実験だ」というテーマを掲げ、「僕の実験に付き合ってほしい」というメッセージを投げかけて集まってきた人たちだったからです。

 不特定多数ではあるけれど、私がどんな人に来てほしいのかを、かなり理解してくれている人たちが集まってきた。それこそ実験ですから、じっと何かが起こるのを受け身で待っているというよりも、自発的に何かを動かそうという人たちが集まってくれた。

 そして私が感じたのは、リアルではちょっとできない規模で、1対n対nが実現できることでした。これはもしかして、すごいことが起こるのではないかと思いました。こうして、7月1日から、本格的なオンラインサロン「Honda Lab.」としてスタートさせることを決断したのです。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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