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コロナ後に日本が目指すべきはグリーン・デジタル社会の構築

2020年11月26日 06時00分更新

文● 河野龍太郎(ダイヤモンド・オンライン

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写真はイメージです Photo:PIXTA

日本は第3次産業革命といえる、経済社会のデジタル化、グリーン化で世界の中で取り残されている。長期低迷からの魔法のつえはないが、デジタル化、グリーン化に政府、企業が投資をしていくことで、新たな需要を生み出すことはできるはずだ。それは自然利子率や潜在成長率の回復にも寄与する。(BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎)

グリーン・デジタル社会へと
かじを切ることは必然

 菅義偉首相は10月26日の所信表明演説で、2050年までに脱炭素化(カーボン・ニュートラル)を達成することを表明した。このタイミングでの方針転換にはいくつかの理由があるが、米国の大統領選挙でバイデン民主党候補が勝利し、脱炭素化に日本だけが取り残されることを懸念したというのが大きいだろう。

 2050年までの脱炭素化はチャレンジングな目標であり、具体策の策定もこれからとなるのだろうが、自立分散型のエネルギー・システムの構築は、日本経済の成長の切り札となり得る。

 菅政権は経済社会のデジタル化を最優先に掲げるが、グリーン化と併せることで、脱物質化社会における豊かさの享受も可能となる。本稿では、グリーン・デジタル社会にかじを切ることの必然性とその意義を論じる。

 まず、グリーン政策にかじを切ることの必然性である。アントロポセン(人新世)に入り、人類の経済活動が地球規模の気候条件に多大な影響をもたらすだけでなく、気候の大変動が人類の活動に大きな制約や悪影響をもたらし始めた。

 たとえば、CO2(二酸化炭素)排出量の増大に伴う気温の上昇によって、大気中の水蒸気量が大きく増え、それが異常気象とともに、激烈な風水害につながっている。事実、日本や中国をはじめ世界各地で、毎年のように異常気象による風水害が生産活動に悪影響を及ぼすようになった。もはや遠い未来の懸念ではなく、現在進行形の危機となっている。

伝統的なインフラ投資は
地球温暖化問題を深刻化させるだけ

 風水害によるダメージを被っても、インフラ整備を行うことで十分対応できると考える人もいるだろう。しかし、既存の経済社会システムを維持したまま、インフラを拡充し、総需要をかさ上げすると、地球温暖化問題が深刻化する。

 さらに激烈な自然災害を招き、再びそれに対応するための社会インフラの積み上げを余儀なくされる「いたちごっこ」を続けることになりかねない。

 また、21世紀に入る頃から、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、新型インフルエンザなどパンデミック危機が繰り返されるようになっている。これは我々が地球の生態系に大きく手を入れた結果、野生動物を宿主とする新興ウイルスを目覚めさせたためである。

 グローバル化によるヒトや物資の移動が加速し、遠く離れた地域に生息する生物を宿主とするウイルスの感染症が世界中に拡散した。新型コロナ危機が収束しても、再び新興ウイルスによるパンデミックが繰り返され、人類の活動を制約するリスクも無視できない。

 大きな発想の転換が必要である。人類の歴史を振り返ると、コミュニケーション、エネルギー、輸送の3つの社会システムに大転換が訪れた際、社会の在り方そのものが大きく変わってきた。我々は、それを産業革命と呼んできた。

 第1次産業革命以来、200年余りに及ぶ化石燃料文明の下でため込んだツケの支払いをこれ以上先送りするのは難しくなっているが、以下論じるように、現在進行中の第3次産業革命に成功すれば、グリーン・デジタル社会に到達する可能性がある。

 筆者自身はアントロポセンのそもそもの始まりは、農業社会から工業社会への移行をもたらした18世紀末~19世紀初頭の第一次産業革命だったと考える。

 そこでは、蒸気機関をベースとしたエネルギー・システムが生まれ、大規模な工業生産が可能となった。同時に輸送システムとして蒸気機関車、蒸気船などの社会インフラが整えられた。大量生産、大量輸送による工業社会の到来で、成長の時代が始まったのである。

 コミュニケーションについては、電信システムが整うことで、遠く離れた地域とのやり取りが可能になり、商品の売買が国境を超えて広がった。さらに蒸気機関を使った大量印刷技術の開始で、人々が新聞を通じて情報を入手するようになった。

 あまり知られていないが、欧州では、18世紀末~19世紀初頭には森林伐採が限界に近付き、化石燃料革命がなければ、成長の時代の到来どころか、エネルギー危機に直面していた。先進各国は、鉄道網の敷設など社会インフラ整備のための資金調達を開始したが、主に英国のシティーで債券が引き受けられた。

インターネットが第3次革命の始まり
エネルギー、物流、通信システムを変えた

 20世紀初頭に訪れた第2次産業革命は、第1次産業革命の延長線上にあり、そこで工業化が加速する。石油を燃やす内燃機関の普及によって、電気エネルギーの利用が可能となり、生産量が飛躍的に拡大した。

 輸送システムについては、従来の蒸気機関に加えて、内燃機関による自動車での輸送が可能となった。20世紀、とりわけ、戦後はガソリン自動車の時代であり、これがアントロポロセンを確実なものとした可能性がある。

 また、電気の普及のおかげで、電話とテレビが広く行き渡り、コミュニケーション・システムは著しい発展を見せた。第2次産業革命において、大規模かつ垂直型の生産システムが発展し、大企業はこれらの生産設備を整えるために莫大な資金を必要としたことから、米国ウォール街を中心に先進各国で資本市場が高度に発達した。

 第2次産業革命がもたらした大規模かつ垂直型のエネルギー・システムや輸送システム、コミュニケーション・システムは現在も使われているが、過去30年間のいずれかの段階で、古いシステムはピークを打った。工業化社会の絶頂は、1990年代初頭の日本で迎えたと思われる。

 次なるフェーズ、つまり脱物質化社会への移行をもたらしたのは、1990年代後半以降のITデジタル革命である。まず、コミュニケーション・システムが分散型のインターネットに取って代わられた。単に情報通信分野にとどまらず、今やデータそのものが経済成長の源泉となりつつある。巨大化するプラットフォーマーの収益を生み出すのはビッグデータである。

 また、データを含め無形資産が付加価値の源泉となっているため、その蓄積のために、かつてのような大量の資金はいらず、資金需要の低迷で自然利子率が世界的に低下している。各国で伝統的な銀行業が苦戦するのは、銀行貸し出しが無形資産投資のファイナンスにうまく適用できないためである。

 輸送システムにおいても、インターネットとそれに付随するAIの急速な発展によって、自動運転化が実現しつつある。パンデミック危機によって、シェアリング・エコノミーはつまずいたという見方もあるが、自動車産業がCASE革命(Connected, Autonomous, Shared/Service, Electric)の荒波にさらされているのは、多くの人が認識する通りである。

 新しい自動車は、インターネット革命の延長線上にあり、その付加価値の源泉もハードウエアではなく、やはりソフトウエアにある。新旧の産業が熾烈な戦いを繰り広げているが、イノベーターのジレンマを考えると、新しい自動車を生み出す勝者は、既存の自動車産業とは異なる別の産業から生まれると考えるのが自然である。

地震リスク・風水害リスクに対応するためにも
電力システムの水平分散型へ移行は喫緊の課題

 3つの基幹システムの中で、最後に新たな姿を見せ始めたのがエネルギー・システムである。欧州と中国が先行し、日本と米国が後発である。いや、米国は、パリ協定から離脱した後も、州政府レベルでは変革が続いていたから、日本が最後発というべきであろう。

 新たな変化は、単に再生可能エネルギーによる発電に移行し、CO2の排出や核廃棄物の発生を回避するということだけではない。重要な点は、火力発電や原子力発電など、これまで大規模かつ垂直型だった電力システムから、小規模で水平分散型のエネルギー・システムに移行することである。

 この変革もインターネット革命の延長線上にあり、5Gが社会実装されるにつれ、モノのインターネット(IoT)の広がりとともに、加速する可能性がある。

 元々、インターネット・システムは、戦争やテロに備えた自立分散型の情報通信システムを意図して構築されたが、そのコンセプトはエネルギー・システムにも当てはまる。

 最大震度7を記録した2018年9月の北海道胆振東部地震では、未曽有の大規模停電(ブラック・アウト)が発生し、火力発電や原子力発電などの大規模発電に依存する垂直型電力供給体制の脆弱性が露呈した。

 東日本大震災でも同様に広範囲なブラックアウトに直面したが、地震大国の日本では、地震リスクを遮断するために、水平分散型の電力システムへの移行の必要性が認識されていた。さらに、異常気象に伴う風水害の頻発で同様の危機を招くリスクが高まっており、水平分散型の電力システムへの移行が喫緊の課題となっている。

 水平分散型のエネルギー・システムへの移行は、大規模地震や地球温暖化への対応策になるだけではない。今後も人口減少を余儀なくされる日本の地域社会において、自立分散型のスマート・シティーを運営するための動力源ともなる。

 そこでは、居住用、商業用、公的を問わず、全ての建物に太陽光などの再生可能エネルギーの発電設備が備え付けられ、スマート・グリッドのノード(結節点)となる。自家消費を上回る余剰電力はブロックチェーン・システムを使った市場で売買される。

 スマート・グリッドはIoTによってつながりコントロールされるとともに、人々はスマートフォンを通じて容易にアクセスできる。

脱炭素化と経済成長を両立
スウェーデンに見るデカップリング

 スマート・シティーにおいては、コミュニケーション、輸送、エネルギーのいずれのシステムもインターネットの下で分散型システムとして機能する。これが第3次産業革命の完成形において、グリーンとデジタルが融合することの意味である。

 そこでは、工業社会の時代につくられた垂直型・集中型の現在のシステムとは全く異なる脱物質型の社会が訪れる。これがグリーン・デジタル社会の構想である。

 デジタル社会の構築は人々に多大な便益をもたらすものの、そのダークサイドが富の集中による経済格差であることは、既に多くの人が認識するところであろう。イノベーションが生まれても、その果実はアイデアや資本の出し手に集中し、多くの国民には行き渡らなかった。

 支出性向の低い経済主体の所得ばかりが増えるから、貯蓄投資バランスが崩れ、自然利子率や潜在成長率が低下する。さらに経済格差の著しい欧米では、中間層の瓦解によって、中道左派、中道右派の政治勢力が凋落し、政治が不安定化する。

 デジタルにグリーンが加わることで、包摂的な自立分散型社会の構築が可能となり、デジタル化のダークサイドを抑えることにも寄与する。

 グリーン・デジタル社会への移行が望ましいとしても、そこに至る過程で、コストが大きくかさみ、経済成長が困難になると懸念する人も多いだろう。「ただでさえ低い潜在成長率に、パンデミック危機が訪れ、その対応で四苦八苦しているのに、脱炭素化が加われば、ますます重くなる負担で経済成長どころではなくなる」というのである。

 しかし、脱炭素化に先行するスウェーデンでは、経済成長とCO2排出の間で「デカップリング」が相当に進んでいる。1990~2017年の間に、同国では、GDP(国内総生産)が77%増える一方、CO2排出量は28%も削減され、両者のデカップリングが進んだ。

 一方、日本は、依然カップリングしている。80年代初頭の省エネ技術にあぐらをかき進歩がすっかり止まった日本の産業界は、経済成長はCO2排出量の増加を伴うものであり、CO2排出量を減らせば成長できない、という古い考えにとらわれたままである。

 しかし、スウェーデンでは、CO2排出量削減は、成長の妨げにならないどころか、成長を促す要因ともなっている。

欧州では再生エネルギーが
コスト面で化石燃料を下回り始めた

 どのようなメカニズムが働いたのか。京都大学の諸富徹教授の分析によれば、まず、産業構造の転換で、脱物質化が進んだ。炭素集約的で伝統的な重化学工業から情報通信やデジタル化されたサービス業、知識産業への転換が進んだのである。

 さらに炭素税や排出量取引制度の導入など環境規制が強化され、環境改善投資が喚起され総需要が押し上げられただけでなく、エネルギー生産性の改善を通じて競争力の向上がもたらされた。

 そして、脱炭素化で他国企業に先駆け、環境に望ましい製品・サービスの生産工程が確立された。あらゆるところで、デジタルとグリーンの組み合わせによるイノベーションが追求されたのである。

 パンデミック危機への対応としてEU(欧州連合)は復興基金の設立で共通の財政政策の端緒としたが、それは単なる総需要喚起を狙ったものではなく、グリーン・リカバリーが成長戦略に組み込まれている。

 スウェーデンはその財源を積極利用し、本来、炭素集約的産業であるはずの鉄鋼業についても2045年までにカーボン・ニュートラル産業に転換させる野心的計画を掲げている。成長戦略を超え、新たな社会構想の中核にグリーンを位置づけている。

 一早く脱炭素化にかじを切った欧州では、太陽光や風力など再生エネルギーの発電コストが石炭を既に下回る。今や石油、原子力発電のコストをも下回り始め、金融機関や年金基金は化石燃料部門からの投資撤退を始めている。

 それらは、もはや高収益が期待できないだけでなく、多大な既存の設備撤去費用などを要する「座礁資産」とみなされ始めている。金融市場のメカニズムを通じた既存の化石燃料システムの退出過程が既に始まっているともいえる。

 それゆえ、化石燃料システムへの融資に対して、高いリスクウエートを課すことを欧州の金融当局が求めるのであろう。米国が新政権の下でグリーンにかじを切ると、金融の国際ルールにも影響をもたらす可能性がある。

自立分散型のエネルギー・システム移行に
インフラ投資を振り向けよ

 日本へのインプリケーションは明らかであろう。日本経済の低迷が長引く最大の要因は、企業が儲かっても人的資本投資や無形資産投資を抑えてきたことにある。

 90年代末の金融危機、2000年代末の国際金融危機など、数年に一度、経済危機に直面した企業は、倒産回避のため、景気回復局面でも支出を抑制して現預金を積み上げてきた。貯蓄ばかりが増え、それが自然利子率や潜在成長率の低迷につながった。

 90年代後半以降、世界的に知識経済化、脱物質化が進む中で、日本企業がデジタル関連投資など無形資産投資を抑えたのは致命的だった。デジタル投資の本質は、顧客と迅速につながり、新たな付加価値を創造することにあるが、経営者は単なるコストカットのツールと誤認してきた。

 菅新政権はコロナ禍で露呈した日本社会のデジタル化の遅れを解消すべく、それを最優先課題に掲げた。デジタル投資の重要性に気が付いた一部の企業は動きだす可能性はあるが、過去10年、支出を抑え、高い資本比率を維持したから、コロナ禍を無事乗り切れると誤った教訓を引き出す大企業経営者も少なくない。

 次なる危機に備え、大企業はデジタル投資などの無形資産投資を抑え込むリスクもある。そのことは、一国全体の過剰貯蓄傾向は変わらず、潜在成長率と自然利子率の低迷が続くことを意味する。金融政策は有効性を失ったままで、ショックが襲った際、経済収縮を回避するために、追加財政が必要とされる。

 ならば、景気を一時的にかさ上げする以上の効果を持ち、潜在成長率や自然利子率の回復につながるワイズ・スペンディングを探る必要がある。その候補となるのが、これまで論じてきた自立分散型のエネルギー・システムに移行するためのインフラ投資である。

 新規のインフラを構築するだけでなく、既存の大規模集中型のインフラを廃棄する必要もあり、長期にわたって、多額の資金とともに、大量の労働力を必要とする。

 2050年のカーボン・ニュートラルの達成を目指すとなれば、単に発電システムだけではなく、社会システム全体の変革が不可欠であり、スマート・グリッドを動力源としたスマート・シティーの構築も含まれるはずである。グリーン・デジタル社会は、パンデミック危機後の日本の目指す姿ともなり得る。

 筆者は、これさえ行えば日本が長期停滞から抜け出すことができる、といった魔法のつえが存在するとは考えていない。ただ、長期停滞が続く中で、パンデミック危機の収束後、完全雇用を目指すために、追加財政を繰り返すのだとすれば、それらは、新たな社会システムに対応した民間企業の支出の呼び水となることが必要条件となる。

 地球温暖化問題はそれ自体が解決されるべきものであるが、その解決に向けて適切な投資を行うことは、長期停滞からの脱却の一助となるはずである。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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