このページの本文へ

東日本大震災・津波の教訓から生まれた「借り上げ福祉避難所」の今

2020年11月05日 06時00分更新

文● 木原洋美(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
いかほ秀水園の研修風景 写真提供:一般社団法人日本環境保健機構

日本の避難所がイタリアなどの国々と比べて環境が悪いことは、東日本大震災の頃から大きな問題になってきた。復興庁によると、大震災では3647人が関連死と認定されている。そこで、政府は「主として高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者(要配慮者)」を滞在させるための「福祉避難所」確保に動いてきた。折しも、11月5日は「津波防災の日」。東日本大震災の教訓から生まれた「借り上げ福祉避難所」の現状や課題などを取材した。(医療ジャーナリスト 木原洋美)

東日本大震災の教訓から生まれた
「借り上げ福祉避難所」

「瞬間最大風速75メートル、過去最強クラスで日本に接近・上陸し、甚大な台風被害の恐れがある」――今年9月に発生した台風10号では、日本に接近する4日も前から政府が異例の“特別警報級”の警戒を呼び掛けた。

 2019年、千葉県に未曽有の被害をもたらした台風15号の最大瞬間風速は57.5メートル、つづく台風19号の神奈川県における最大瞬間風速は43.8メートルだった。それであれだけの被害が出たのだから、最大風速75メートルともなれば一体どれほどの巨大災害が引き起こされるのか――危険を感じた多くの住民が自治体の避難所に向かう中、別の避難先として注目されたのがホテルなどの宿泊施設だ。

 予想進路に該当する九州全域の宿泊施設には早くから「自費避難」を希望する宿泊予約が相次ぎ、満室になったところも少なくなかったようだ。中には「Go Toトラベル」を利用した人もいたという。

 台風上陸後のテレビニュースでは「ホテルなら、ソーシャルディスタンスもとれるので、新型コロナに感染する不安が少ない」「自宅よりも頑丈な建物なので、安心して過ごせる」「高齢なので、(自治体の避難所のように)体育館の床にマットを敷いての雑魚寝は耐えられない」などの声が紹介されていた。確かにその通り。今後、災害時の避難所としてホテルや旅館を頼るケースは増えていくだろう。

日本環境保健機構の専務理事・高尾和宏さん Photo by Hiromi Kihara

 日本の避難所がイタリアなどの国々と比べて環境が悪いことは、東日本大震災の頃から大きな問題になってきた。復興庁によると、大震災では3647人が関連死と認定されている。犠牲者の17%を関連死が占める。熊本地震では建物倒壊などの直接死は50人だったが、関連死は203人と4倍に上ったことが報告されている。

 そのため内閣府は、「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」を策定し、平成20年から「主として高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者(要配慮者)」を滞在させるための「福祉避難所」確保に動いてきた。

 今年4月には災害時の新型コロナウイルスの感染対策をにらみ、ホテルなどの宿泊施設を避難所として活用するよう自治体に要求。内閣府が6月に各地の状況をまとめた結果では、1254の宿泊施設が協力を申し出ていることがわかっている。政府はこれらの施設を災害時には自治体が借り上げ、無料の福祉避難所として活用することを推奨している。

「ただ、福祉避難所に名乗りを上げたとしても、いざ受け入れとなると躊躇する施設は少なくないと思われます」

 そう語るのは一般社団法人日本環境保健機構の専務理事・高尾和宏さんだ。日本環境保健機構はこの9月、防災コンサルティングの株式会社イオタと提携し、「借り上げ福祉避難所(宿泊施設避難所)推進プログラム及び推進施設認証」を開始した。

「避難所を運営するとはどういうことなのか、具体的なイメージを持って名乗りを上げている施設はほとんどありません。内閣府は福祉避難所の運営マニュアルを作成していますが、マニュアル通りには絶対にいかない。事前のシミュレーション・トレーニングで準備しておかなければ、混乱するのは目に見えています。今回の台風10号でも、チェックイン時の混雑具合がSNS上で話題になってしまったところもありました」(高尾さん)

準備しなければ何もできない
準備以上のことはできない

 実際、台風10号が接近した際、ホテルや旅館を避難所として活用した市町村は2%だけで、98%は見送ったことが10月31日までの内閣府調査で判明している。名乗りを上げた施設が即、福祉避難所として機能できるわけではないのだ。

 見送った理由として報道では「必要ない」「空室を確保できない」との指摘が出たとされているが、本当だろうか。「必要ない」と指摘した自治体には「要配慮者への周知は徹底されているのか」「空き室を確保できなかった」という自治体には「市や県をまたいでの広域避難の可能性は検討していなかったのか」と聞いてみたい。

 これをちゃんとやってもらわなければ、素早い情報収集と行動ができて、お金がある人でなければ、安心安全な避難所に入れないことになってしまうのではないだろうか。

「空き室がない」と断った宿泊施設側にも問題がある。

「旅館組合に入っている施設の場合は、近隣の宿泊施設と連携し、空きが全て埋まってしまった際には互いに空きを案内することで住民の迅速な避難につなげる準備ができています。今後はそうした連携の強化も求められていくでしょう」(高尾さん)

 高尾さんによると、宿泊施設側の認識として最も見落とされているのは、対象となる避難ケースが2通りあることだという。

「地元が被災地あるいは被災する可能性があって地元住民のための避難所になる場合と、巨大台風や津波の難を逃れるために関東であれば東京都などからの広域避難者を受け入れる場合との2ケースがあるのですが、宿泊施設側はだいたい前者のケースしか念頭にありません。

 前者の場合は近隣から徒歩や自家用車でバラバラに集まってくるイメージですが、後者は大型バスで一気にやってくる。チェックインのやり方や誘導からして異なるノウハウが必要です。また地元が被災地である場合には、施設自体が被害を受けて停電・断水している可能性もありますし、従業員も被災者である可能性が十分あります。福祉避難所は、そうした状況でも避難者を受け入れる。当然、できることは限られ、普段のような“おもてなし”はできません。

 宿泊施設側の皆さんには、それぞれのケースで起こりうることをしっかりとイメージした上で、準備してもらう必要がある」

 福祉避難所になれば、災害時であってもある程度の収益は約束される。だが一方で、予想外の事態に対応しなければならない苦労や、自身も被災者でありながら、避難者に対応しなければならないことへの葛藤も生じる。

「準備しなければ何もできないし、準備した以上のことはできないんです。我々は『借り上げ福祉避難所(宿泊施設避難所)推進プログラム』の研修を通して、施設の責任者と従業員の皆さんに、こうした危機意識を共有してもらいたいと思っています。

 それには研修ではどんどん「失敗」して課題を洗い出していただき、改善の準備をしてもらうことが大切です。何よりも、絶対にマニュアル通りにはいかないという覚悟と対応力を身につけてしてもらうことが必要です」

申し込み済み施設はまだ6軒
有益な事業を止めてはいけない

 去る9月、日本環境保健機構は群馬県伊香保温泉の「いかほ秀水園」を推進プログラム第1号として、初の研修を行った。プログラムを受講した施設には「借り上げ福祉避難所(宿泊施設避難所)推進施設認証」を付与し、 3年に一度の研修を受けることで防災意識及び災害避難所として運営できる技術を維持できる体制づくりを促していく。プログラムの実施には人手も時間もかかるが、現状では講師の数が足りていないため、地域防災支援協会と協力して、講師の募集と養成に力を入れる方針だ。

「実際に現地に赴き、責任者の方と打ち合わせを行った上で、オンラインによる管理者専門研修(3時間程度) と、全従業員を対象とする一般研修を実施した後、施設での開設・運営訓練(3時間程度)に臨みました。

 頭で理解していても難しいんだなと感じたのは、避難者への接し方です。ソーシャルディスタンスを保ちながらの迅速な対応が大事なのに、どうしても“お客様”としてのおもてなしが身についているので、丁寧な敬語でゆったりとした対応になってしまうんですね。それでは時間がかかり過ぎてしまいます。『検温してもよろしいでしょうか』なんてお尋ねしている場合ではないんですよね。それでは避難者への危機感も伝わらない。

 そこは切り替えが難しいと感じました」

 秀水園のスタッフからは、全員で意識を共有できるよい機会になったとの感想を得たという。

「ホテルや旅館を福祉避難所にする一番の利点は、環境衛生が保たれるということです。従来の避難所では、足腰の不自由な高齢者が、不衛生なトイレの床に手をついて用を足さざるを得ない状況も少なくありませんでした。それは絶対になくしたい」

 秀水園は1254分の1。全国にある借り上げ福祉避難所候補のうち、プログラムへの申し込みを済ませた施設はまだ6軒だけだ。コロナ禍とGoToトラベルへの対応に追われ、「それどころではないのだろう」と高尾さんは言う。

 今年はどうやら台風は上陸せず、これ以上の自然災害はないまま年を越せそうだが、巨大台風や津波など、大規模災害は必ずやってくる。早期に避難する人を増やすことと災害関連死を減らすことの両方に役立つ、借り上げ福祉避難所事業の推進を止めてはいけない。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ