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〈後編〉藤井啓祐教授ロングインタビュー

量子コンピューターは新世界の神になる!?

文●石井英男 編集●ASCII

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前編はこちら

Googleの量子超越性達成=ライト兄弟の初飛行!?

 前編に引き続いて、量子コンピューター研究の第一人者である藤井教授へのインタビューをお届けする。

―― 藤井先生は2019年にGoogleが発表した量子超越性に関する論文の査読者の1人とお聞きしています。その後、IBMも反論したりしていますし、そもそも量子超越性という定義が、何倍の差があれば超越なのかみたいな話もあると思いますが、先生はどう評価されていますか?

藤井 あれはかなりすごいと思います。なぜかと言えば、量子コンピューターという概念が1985年に提案されて以降、初めて古典コンピューター(編註:既存の半導体コンピューターを指す)と勝負するレベルに達したからです。しかもGoogleが参入したのは2014年で、量子ビットの数はわずかに5でした。

 たとえば5量子ビットをすべて数式で書き下しても2の5乗=32個の数字で表せてしまいます。頑張れば僕らでも手計算できる範囲です。さらに言えば、僕のノートパソコン上でPythonを使ったシミュレーションを動かせば29量子ビットくらいまでならサクッと動きます。

―― Googleはそこからたった5年で、30年以上歯が立たなかった古典コンピューターと勝負できるまでに量子コンピューターを進化させたのですね……!

藤井 そもそも、2014年のGoogle参入までは「量子ビットが1つできました」とか「2つの量子ビットを並べてゲートを作りました」といったレベルが長らく続いていたのです。ところがGoogleは参入の翌年に9量子ビット、2017年には22量子ビットまで増やします。これに刺激を受けたIBMや、ベンチャー企業のIoQなども数十量子ビットに到達するなど、界隈が活発に動き出します。

 20量子ビットくらいになると、僕のノートパソコンでシミュレーションするには30~40MBのメモリーが必要になりますが、それでもノートパソコン上でどうにかなる程度です。それが次のステップで50量子ビットを超えてきました。ここまでくると話が変わってきます。これをシミュレーションで再現するとなると、愚直にメモリーを確保するなら16PB必要です。スパコンを使ってもメモリーが厳しくなるくらいの規模感になります。

大阪大学 大学院基礎工学科 藤井啓祐教授。主な著書に『驚異の量子コンピュータ』『観測に基づく量子計算』など

―― まさにケタが違いますね。

藤井 Googleが参入した2014年以降、ここ数年でにわかに興味を持った人たちの間では、量子コンピューター開発は最近停滞しているとか言われているようなのですが、「いや待ってくれ」と(笑)

 こっちは2005年から2014年まで9年間、1~2量子ビットのまま研究を続けていたんだよと。それが2014年に5になったと思ったら翌年9に増えて、すごいなと思った2年後に22になって、これはヤバいとか言ってたら、そのまた2年後に50到達ですよ。短期間でめちゃくちゃ順調に進化しているんです!

 ちょっと前までは1量子ビットできるか否か、まあ手計算でもよいのですが……というレベルだったのに、今やスパコンと勝負させているわけです。やっと計算機システムとしての入り口に立ったと言ってよいでしょう。

 では、それまではなんだったのかと言えば、物理実験でした。物理に興味を持っている人たちが「究極的な量子力学の制御をして、物理現象としてそれを観測したい」というモチベーションで続けてきたのです。

 それが2014年以降は「コンピューターを作る」に変わりました。完全に潮流が変わった結果、新たにマイルストーンが設定されたのです。その内容は「古典コンピューターに勝ってみなさい。ただし、こちらはコンピューターをゼロから作り直しているようなものなので、いきなり役に立つ問題で勝負するのは厳しい。そこで、とにかくどんなタスクでもよいから、数学的にきちんと定義できるタスクで既存のコンピューターに勝ってみなさい」と。

―― なるほど。

藤井 たとえば、ライト兄弟の最初のフライトは10秒ちょっとで実用に足るような飛行ではありませんでした。そんなもの使うくらいなら自動車で走ったほうが速い。しかしそこから100年以上経ち、今やジャンボジェット機が飛び交って、宇宙にロケットを打ち上げる、しかもそれらが商用化された時代になっています。

 ですから、まずは地に足を付けず移動ができることを実証することが重要なのだと思います。その実証に影響を受けた人たちが、「じゃあもうちょっと長く飛べる方法を考えよう」と進んでいくわけですから。

 そういった意味で、Googleの量子超越性のマイルストーンは、量子コンピューターが物理学の単なる実験ではなく、きちんとシステムを作れば計算機として従来のコンピューターを凌駕する可能性を示しました。それまでの「量子コンピューターは本当にできるのか否か?」から、「量子コンピューターをどうやって作るか? もしできたならどうやって使うか?」に変わったのです。フェーズを変えたという意味では、歴史的なマイルストーンだと思います。

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