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STARTUP×知財戦略 第74回

株式会社Kyulux 代表取締役社長 安達淳治氏インタビュー

急務だった基本特許の補強 世界に類を見ない有機EL材料スタートアップ・Kyuluxは知財の穴をどう埋めたのか

2020年10月20日 16時00分更新

文● 松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 写真提供●株式会社Kyulux

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この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(https://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。

 株式会社Kyuluxは、九州大学とハーバード大学からライセンスを受けた技術をもとに、有機ELディスプレイや照明に用いる次世代材料の開発に取り組んでいる。同社が開発するTADF/Hyperfluorescence™発光技術は、低コスト・長寿命・高純度・高効率を特徴とし、世界中の大手有機ELメーカーとの共同開発を進めている。2018年には、発光材料の量産化へ向けて知財強化のため、特許庁の知財アクセラレーションプログラムIPASに参加。代表取締役社長 安達 淳治氏に事業と知財について話を伺った。

株式会社Kyulux 代表取締役社長 安達 淳治(あだち・じゅんじ)氏
大阪大学基礎工学部卒業後、松下電工株式会社(現パナソニック株式会社)入社。1994~1996年、米国MIT客員研究員として出向し、帰国後は燃料電池、有機ELの先端技術開発と事業化に従事。2010年から九州大学でTADFの開発および実用化を推進し、2015年に株式会社Kyuluxを創設。
本稿取材時は、同社の最高技術責任者 岡田 久氏も同席し、IPASなどの知財関連の取り組みについても伺っている。

レアメタルに頼らない高効率・高純度・低コストでの有機EL発光材料TADF/Hyperfluorescence™を開発

 株式会社Kyuluxは、2015年3月に設立された九州大学発スタートアップ。九州大学で開発された第3世代有機EL発光材料TADF(熱活性化遅延蛍光)および第4世代-Hyperfluorescence™ーの有機発光材料/技術の実用化を目指し、レアメタルに頼らない有機ELディスプレイと照明パネル用の材料の開発に産官学の連携体制で取り組んでいる。

 有機ELは、色再現性の高さ、薄さ、省エネ、という特徴をもち、薄型テレビやハイエンドスマートフォンに採用され、次世代ディスプレイの主流として期待されている。

 現在の有機ELには、蛍光とリン光の2種類の発光体が用いられている。かつての第一世代の蛍光有機EL発光体は、電気から光へエネルギーを25%しか変換できず、効率が悪かった。1997年に発明された第二世代のリン光は、レアメタルのイリジウムを使うことで100%の高効率で発光できるようになったが、三原色の一つである青色の純度が低く、またレアメタルを使うためコストの高さが課題だ。

 だが2012年、九州大学の安達千波矢教授のチームが発明した第3世代の発光技術TADF(熱活性化遅延蛍光:Thermally Activated Delayed Fluorescence)は、イリジウムを使わずに100%の高効率を実現。

 さらに2014年には、このTADF技術と蛍光材料を組み合わせた第4世代の発光技術Hyperfluorescence™を開発。同技術は、蛍光材料の4倍以上の高輝度と高い色純度をもち、また炭素と窒素、水素だけで製造できるため、従来のような燐光材料に比べてコストを10分の1に抑えられるのが特徴だ。

 また有機ELの課題となる青色発光も現在開発中の段階にある。テストでは成果が出ており、実用化に向けてSamsungやLGなど世界の主要パネルメーカーとの共同開発を進めている。2020年4月からは、台湾WiseChip社へTADF/Hyperfluorescence™発光材料を世界初出荷。Kyuluxとして黄色はすでに量産しており、緑色と赤色は21年、青色は22年を目途に量産化を目指す。

2つの特許をコアに独自のMIシステムで新たな材料開発を高速化

 Kyuluxは、ここまで説明したHyperflorescence™についてサブライセンス権付の独占通常実施権を保有しているので、他社が同技術で有機ELパネル等を製造するには、Kyuluxからライセンスを受ける必要がある。また、TADFについても実施許諾を受けており、これら二つの基本特許の実施権を有している世界唯一の企業である。。

 同社は創業時からこの技術を世界へ広く普及させることを使命としており、技術を独占で縛るのではなく、周辺材料の企業ともコラボしながら業界全体を発展させていく考えだ。しかし、他社から新しい材料が続々と開発されれば、クロスライセンスにより、特許の効果はなくなってしまう。知財戦略としては、Kyuluxでも有効な材料特許を開発し続けて、基本特許を補強しながら実用化していくことが必要だ。

 そのような材料開発を高速化させるため、2016年にはハーバード大学の独占的ライセンスを得て、AIによる材料分析を行うマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用した独自の開発システム「Kyumatic」を構築済みだ。世界中の拠点からクラウド上のR&Dシステムにアクセス可能で、材料開発のスピードが従来の10倍に向上したという。

 このように、新たな技術開発を進めているKyuluxにおける知財だが、創業から2年後の2017年に最高技術責任者となる岡田 久氏が入社する以前は、社内に知財部門はなく、開発者による知財の説明を元に、外部の弁理士事務所に依頼するという状況だったという。

 岡田氏は2012年まで富士フイルムにて有機ELの材料の研究開発から事業化に携わった人物。その後、Samsung Display、Samsung綜合技術院でシニアフェローとして活躍し、特許庁登録調査機関の株式会社AIRIにて知財業務に従事していた。

「当時、戦略的ではなかったし、知財体制は脆弱でした。AIRIに在籍していた岡田さんに月に一度、指導してもらっていましたが、社外だとどうしてもわからない部分があり、時間もかかってしまいます。そこで、AIRIの社長に『岡田さんをください』と直談判して入社してもらいました」(安達氏)

 当初、知財調査など部分的にAIRIへ委託する方法も検討したが、外部に調査部門を委ねると会社の肝となる技術を開示することになってしまう。また、日々の開発をどのように行なっているのか、具体的な情報がわからないと、適切な方針を立てるのは難しい。

 岡田氏の入社後、知的財産部を創設し、現在の知財担当者は6名。うち5名は技術部員で出願業務を担当し、1名は経理法務の担当だ。Kyuluxは、設立時から米国の弁理士と契約しており、米国以外の諸外国については、国際特許事務所の現地事務所を通じて相談に乗ってもらっているそうだ。「今は、内部のサーチスキルを上げることが課題。また、知財の交渉に関わる法務が手薄なので強化していきたいです」と岡田氏は語る。

知財アクセラレーションプログラム・IPASで得られたこと

 さらにKyuluxは、特許庁によるスタートアップへの知財アクセラレーションプログラムであるIPASに2018年度に参加している。応募のきっかけはどのようなものだったのか。

「大学からライセンスを得ている特許は、ビジネスで使うには穴が多かったため、もう一度しっかり整理・俯瞰して、他社の分析もする必要があると考えていました。IPASは知財面だけではなく、事業戦略に沿った知財構築を支援してくれるとの説明があったので、これはぜひ、と応募しました」(安達氏)

 Kyuluxでは、材料の開発と販売を事業としているが、量産はアウトソーシングしており、製造を委託する相手先にどこまで技術をオープンにするのかが悩ましい。

「IPASでは、特許を開示しつつも、肝となるノウハウをどの段階で、どこまで開示するべきか、参考になるご意見を伺えたのが大きな収穫でした。材料はリバースエンジニアリングすると、分析技術で侵害を特定できるので、特許は一番の武器になります。サプライチェーン全体との関係性の中で、製造ノウハウを営業秘密にするのかを慎重に考える必要があります」(岡田氏)

 また、スタートアップが知財にかけられる資金には限りがあるので、効率よく特許を押さえていくことが大事だ。海外の特許は、どこの国に、どの範囲に出していくべきか。審査をいかに早く成立させるか、うまくコストカットをしていく方法についてアドバイスを受けた。

「今後の知財構築について全体像のアドバイスをいただいたので、それに沿って自分たちで検証しながら進めているところです。IPASの終了後も相談に乗ってくださるので、非常に助かっています」(岡田氏)

 社内での知財教育にもWebセミナーを活用し、知財部員はIP BASEに会員登録して勉強会にも積極的に参加するように勧めているそうだ。

 今後、2021年にHyperfluorescence™の緑色と赤色が実用化されれば、特許係争が発生しやすくなってくるため、知財体制の強化は急務となるという。「知財部を知財法務、知財技術、技術情報調査の3つを柱に強化していきたい。それには人材の拡充が必要で、大手企業の知財部長クラスの人材を探しているところです」と安達氏。

 最後に、大学発のスタートアップへのアドバイスをいただいた。

「大学が出願している特許は、質がいいものばかりではありません。ビジネスでの前提がないため、知財の範囲となる請求項について十分に吟味されていないこともありますし、大学の知財予算は限られているので、海外出願をしていないケースもあります。

 その点我々は幸運でした。当初、大学での研究における最初の出願当時、内閣府プロジェクトが海外も含めて特許費用も含めてサポートしてくれました。結果、そこから先で権利をKyuluxに譲り受けた形になったのですが、国として大学発ベンチャーを育てていくためには、経産省や文科省からも特許出願予算の支援制度も整備されていくといいですね」

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