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スマホ世代こそ「万年筆」を絶対に使うべき理由

2020年09月23日 06時00分更新

文● 白川 司(ダイヤモンド・オンライン

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写真はイメージです Photo:PIXTA

あまり知られていないが9月23日は「万年筆の日」だ。211年前の9月23日、英国で万年筆の原型となったペンが発明されたことから制定された。今やパソコンやスマホの普及により、手書きで文章を書く機会は減っている。まして、わざわざ万年筆を使う人など、極めて限られている。だが、万年筆には使う楽しみとともに、意外な効用もあるのだ。(国際政治評論家・翻訳家 白川 司)

紙に字を書くことは
脳を活性化する

 10年ほど前に放映されたNHK『クローズアップ現代』で興味深いデータが提示されていた。スマホがまだ普及していない時代、若者と携帯メールの関係について分析していた。

 番組では若者の携帯メールの内容が公開されるのだが、「いる?」とか「いいよ!」など、ごく短い言葉のやりとりが延々と続いていくのである。当時はLINEのようなメッセージアプリがさほど使われていなかったので、LINEと同じことを携帯メールでやっていたのだろう。

 番組では驚くべきデータが提示された。単純化すると、「メールの時間と成績は反比例する」ということだ。極端に言うと、メールを長くやる若者ほど成績が悪いということになる。

 そして、その説明が専門家によって加えられていく。脳の活性化の程度で「どれくらい脳を使っているか」を見ると(モニターで脳の部位が赤くなることで示される)、メールを打っているときは赤くならずほとんど活性化しないのである。

 次に紙に字を書くと、いきなり赤の部分が広がっていった。書くことで、脳の広い部位に強い活性化が起こった。

 文を書くだけなのに、なぜこれほど違いがあるのか。それは、紙に字を書くときは、「どのペンを使って」「どの位置から」「どれくらいの大きさの字を」「どれくらいの長さの文で」など、決めなければいけないことが膨大にあるからだ。

 単純に思える「書く」という行為も、やり遂げるには脳を「総動員」しなければならないのである。単に頭に浮かんだ言葉を打ち込むだけの携帯メールとは小さくない違いがある。実際、私も手紙を1つ書き終わるだけで、けっこう頭を使った感覚がある。

 たしかにメールを出すと記録に残り検索も楽であるし、書き損じても、ゼロから書き直す必要はない。それでも、実際に紙に書くことは、脳をフルに使うという大きなメリットがある。

 普段から紙に書いている人とそうではない者の間に、「脳力」の面で差がつくのも当然だといえる。

良い万年筆は
楽で疲れない

 私が初めて万年筆を使ったのは中学生のときである。たしか月刊学習誌を定期購読したときにおまけについていたものだったと思うが、鉛筆やボールペンとは違う感触に心地よさを感じた。

 ただ、何度もインク漏れして指が汚れたために、しばらくすると面倒になって使わなくなった。それでも突発的に万年筆を使いたくなることがあり、時々買ってはしばらく使って、指が汚れて使わなくなる、を繰り返した。

 私が本格的に万年筆にはまったのは、知り合いに招待されて行った外商展で、イタリアのアウロラというメーカーの万年筆を買ってからである。ブランド名などはわからなかったが(今ならネット検索ですぐわかるだろうが)、エメラルドグリーンのレジン製の軸が美しく、なめらかな書き味で、これまでに使ったものと比べると、段違いに書きやすかった。

 また、その万年筆を使うようになって、なぜ指が汚れるのかがわかった。私は筆記具をかなり短く持つうえに、かなり押しつけて書く癖があるので、ニブ(ペン先の金属部分)に指が触れることが多かったからだ。

 よくできた万年筆は、長く持って軽く書いてもきちんと書けるものである。だから、長い時間使っても疲れない。また、ペン先がどんな方向にあっても、書けなくなることはほとんどない。むしろ、ペン先の方向が文字に変化を与えて、それが味になるのだ。

 それまで安物ばかり使ってきたせいで、ペン先をなるべく一定方向に固定して筆圧を強くして書く癖がつき、じきにペン先を駄目にする、を繰り返していた。これはいわば自分が万年筆に合わせようとしていたようなものだろう。良い万年筆は、万年筆のほうが書き手に合わせてくれる。私はそのことをそのアウロラの万年筆で知った。

万年筆と便箋が
下手な字を味に変える

 高級万年筆メーカーで一般に圧倒的に人気があるのはスイスの老舗モンブランだろう。名前をアルプスの最高峰からとったことから、頂に積もった雪をイメージした白い星があしらってある。生産中止になった限定モデルがかなりのプレミアをつけて売られていることがあり、人気のほどを実感することもある。

 私も一度定番といわれるモデルを使っていたことがある。たしかに使いやすく、完成度が高い。手入れも楽であるし、見栄えも良い。好きな人が多いだけに、「それモンブランの○○ですね」などと一目置かれる効果もあるのかもしれない。

 ただ、モンブランが好きかどうかと聞かれると、私の場合は微妙だ。実際、その後モンブランを買っていない。誤解を恐れずに言えば面白みがないのである。

 万年筆に面白みなどいらないとは思うのだが、どうも私はブランドの個性を求めてしまう。そういう意味ではモンブランの特徴は「究極の無個性」にあるのかもしれない。

「万年筆好き」といっても、いろんな嗜好(しこう)がある。私のようにイタリアンブランドの意匠が好きな者もいれば、日本製やゲルマン系の完成度の高さを愛する人、現代的なデザインが好きな人、ビンテージが好きな人、安い物のなかから掘り出し物を探すのが好きな人など、さまざまである。また、インクにこだわっていくつも買う人や、ペン先を機械で削って自分好みの書き味にする「削り」(たいていは専門業者に任せる)にこだわる人もいる。

 たがが「万年筆で字を書く」という行為なのに、結果としていろいろな形がある。それをもたらしているのが「この万年筆は使っていて気分が良い」「なんとなく違和感がある」「ちょっと太すぎる」などといった感覚だ。万年筆にこだわっている人は、紙に文字を書くときの微妙な感覚にこだわっているのである。

 万年筆と同じように私がこだわっているのが、便箋である。専門店に行くと、いつも素晴らしい意匠の便箋が並んでいる。私は和紙のものをよく買っているのだが、それは紙が美しいうえに、表面にあるわずかな凹凸が、文字に味のある陰影をつけてくれるからだ。私はかなり字が下手なのだが、万年筆と便箋を使うと、それなりにまとまりがあるように見える。下手が味に変わるのである。字に自信がない人ほど万年筆や便箋にこだわるべきかもしれない。

手書きの手紙が
もたらす効用

 実は私もお礼はメールで済ませることが多いが、それでも時間があればできるだけ手紙を出すようにしている。それは単純に書くのが好きだからである。

 ただ、その結果、思いもよらない反応をいただくことがある。お礼をしているのはこちらなのに、先方から感謝をいただくことがあるのだ。メールやメッセンジャーがコミュニケーションの中心となっている今、手書きの手紙はそれだけ希少性があるということなのだろう。

 おそらく「こんな仰々しい手紙などもらっても困る」という人もいるのだろうと想像はしているのだが、だからといって、さすがにそれで相手がいやになる人はおそらくいないはずだ。手書きの手紙はメールよりはるかに気持ちを強く伝えてくれるのである。

 実用的な理由もある。万年筆は常に使わないと、書き味になめらかさを失ってしまうのだ。だからコンスタントに使う必要もあって、手紙は手書きにしている。

 また、その状況によって便箋やインクを変えることがある。たとえば、秋にお礼状を書くのなら、枯れ葉をあしらった秋らしい意匠の便箋にセピア色のインクを使うといった具合だ。

 手紙は何が書いてあるかも大事だが、どう見えるかも同じように大事だ。いくら素晴らしい万年筆を使おうが、普通の紙に事務用便箋では気持ちが伝わらないこともないとはいえない。

最初の1本として
おすすめの万年筆

 最後に、これから万年筆を使いたいという方に簡単にガイドをしておきたい。

 基本的には日本製がおすすめだ。というのは、値段の割に質の高いものが多いからだ。

「それほど本格的に使わないだろうが、1本持っておきたい」という人は、プラチナ万年筆の#3776シリーズがおすすめだ。#3776はプラチナが開発したニブのことで、2年間使わなくてもインクが乾燥せずに使えるほどの高い技術で仕上げている。万年筆はできるだけ頻繁に使うのが理想だが、たまにしか使わないという人にはうってつけだろう。また、このシリーズはデザインにおしゃれなものがあり、1万円台でそれなりに格好のつくものが買えるのも魅力だ。

 バランスの良さを重視するなら、パイロットのカスタムシリーズがいいだろう。デザインや大きさもバラエティーに富んでおり、日本人に合わせた作りで長時間使っても疲れにくく、値段がリーズナブルなものから高級なものまで幅が広い。

 せっかく万年筆を使うのなら文字に味をつけたいという人は、セーラー万年筆の長刀研ぎ(なぎなたとぎ)はいかがだろうか。長刀研ぎは名工・長原宣義氏が創業当時の研ぎ方をさらに改良したもので、「斜めにしても書ける」をうたうほどのやわらかさが特徴である。ありがたいことに、その技術は現在も継承されている。

 また、自分用に買うときは、お店で実際に書いてみて選んだほうが良いだろう。万年筆は長く使うものであって、書き味を試さないで買うと、思っていた感覚と違うなどと、後悔することになりかねない。インクは入れてなくてもかまわないので、購入前に紙をなぞってみて、書いたときの感覚を確かめておきたい。気分良く書ければ問題なく買いだ。

 いずれにしても、万年筆はできるだけ頻繁に使うことが重要だ。一日数文字でいいので、何か書いてみることだ。それと、インクを替えるときは、できれば水洗いして、いったん古いインクを流してしまうのが理想的である。「インクがすぐ出なくなるから、万年筆は使いたくない」と言う人がよくいるのだが、それはあまり使わないで固まったインクをそのままにしているせいであることがほとんどである。

 万年筆を使うと人生が変わる。そう言いたくなるほど万年筆は、私にとって生活に彩りを与えてくれる大切なものだ。大人のたしなみとして、気に入ったものを1本持っておくのはいかがだろうか。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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