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【追悼】李登輝・台湾元総統ラストインタビュー(上)「リーダーなき世界で日本は今、何を考えるべきか」

2020年07月31日 06時00分更新

文● ダイヤモンド編集部(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:AP/AFLO

台湾の李登輝・元総統(在任期間1988~2000年)が30日、97歳で死去した。在任中に総統直接選挙を実現し、台湾の民主化を無血で成し遂げた歴史に残る政治家だった。この李氏にダイヤモンド編集部は昨年末、書面で独占インタビューを実施した。米中対立、民主主義の価値、経済成長のカギ、そして日本への助言まで語り遺したこのインタビューを、李氏への哀悼を込めて再掲載する。アジアの巨人よ、安らかに。(インタビューは質問状に対して李氏が答えた内容を、日本人秘書の早川友久氏が書面にまとめ、ダイヤモンド編集部副編集長・杉本りうこが構成・編集した)

台湾の民主主義導いた李氏は
中国をどう見ていたか

 21世紀に入り、中国は経済・政治・軍事・科学技術などの各分野で目を見張る発展を遂げた。だが指摘しておきたいのは、中国の発展は覇権主義的であり、決して民主的かつ自由な文明ではないということだ。

 民主主義と自由は、人類の文明にとって最も重要な価値観だ。こういった価値観は、私たちに平和と安定、繁栄と進歩をもたらす基盤である。ところが中国は、民主主義や自由といった価値から遠く離れている。中国が世界の強国となりたければ、それは決して覇権主義の発露ではなく、普遍的な価値観を持つ文明を実現することで達成されるべきである。しかし中国は、富と軍事力によるかりそめの繁栄を喧伝しているにすぎない。中国政府が目指しているのはただひたすら、独裁体制の維持と安定だ。

 一帯一路構想も、野心に満ちた覇権主義的な計画だ。中国にとっては、自国の内部資源やエネルギー問題を解決する方法となり得るだけでなく、国際貿易上のルールを恣意的に決められる格好の手段だ。他国を唯々諾々と従わせ、世界の新たな支配者に君臨しようとしている。これは中国の覇権主義に見られる一貫したやり方で、結局この計画は、多くの国家を中国の経済的植民地におとしめて終わる。中国こそ、アジアの情勢を最も不安定にしている要因だと断言できる。中国がもたらす動揺は、周辺国家の安全保障上、大きな脅威となっている。

 そもそも各国が有する軍隊は、自国の防衛のために存在している。しかしながら、中国の軍事力は対外的な膨張を続けてきた。中国の軍事費はおよそ2500億ドル(編集部注:ストックホルム国際平和研究所の2018年のデータ)で、米国に続く世界2位となっている。中国は世界各国に軍事基地を建設しており、それによって生じる周辺国家との摩擦は途切れることがない。この事実は、東シナ海や南シナ海の問題のほか、各国の航行の安全と自由が侵害された例を挙げるまでもないことだ。こうした行為は地域のリスクを高めるとともに、アジア各国の軍事的支出を増加させ、軍拡レースを助長することにもなりかねない。

 こういった中国の専制的なやり方に、最も大きな影響を受けてきたのは台湾だ。中国は少なくとも1000発以上のミサイルの照準を台湾に合わせている。領空侵犯や領海侵犯など、武力による軍事的どう喝は日常茶飯事ともいえる。また外交においても、あらゆる手段を講じ、台湾と国交を持つ国を奪い、台湾が国際組織に参加することを妨害している。経済面では、台湾企業の工場から最先端の高度な技術を盗み、優秀な台湾の人材を引き抜いてきた。そしてそういった人材に対し、自らの政治的思想を放棄して中国に忠誠を誓うことを求めている。中国の最終目的は台湾を併呑し、いわゆる「中国統一」を成し遂げることにあるのだ。

蒋経国死去を受け、台湾総統就任を宣誓する李登輝氏(1988年) Photo:AP/AFLO

 私の総統就任(1988年)と前後し、台湾の対中政策は開放的になった。それまでは内戦中という建前で、さまざまな交流は途絶えていた。しかし経済貿易の往来が頻繁になると、過度な中国依存のリスクが台湾に芽生えた。そこで私は96年に国家政策として、「戒急用忍(急がば回れ)」政策を進めた。両岸の不均衡な経済関係を目の当たりにして、このままでは台湾の重要な産業や資金が全部中国に吸い取られてしまうと、切迫した危機感を覚えたからだ。この政策では、高度な科学技術と5000万ドル以上の投資、インフラ建設については、政府の審査を経なくては実施できないと決めた。

 経済界は目先の利益にとらわれて先走りしがちなものだ。それを野放図に黙認していたら、台湾の持つ産業や技術の優位性も、豊富な資金もあっという間に中国に流れていってしまう。そこで制限を設け、特に台湾が世界でもトップクラスだった電子産業については保護していた。

 ところが2000年に民進党が政権を担うと、台湾の方針を「積極開放、有効管理」に大転換させてしまった。確かに当時は中国経済の見通しが明るかったから、誰もが中国への投資を希望していた。しかし民進党は中国への投資を開放する一方で、多くの産業が流出している状況については、何ら有効な方策を打ち出すことができなかった。本来であれば産業流出が続くなら、台湾は新しい産業をつくり出さなければならない。しかしそれができなかったがために、台湾の経済成長率は下降を続けた。それによって就業機会も減少し、失業率が増加する結果となってしまった。

 台湾がすべきことは、今でも優位性を保っている分野をきちんと守ることだ。例えばTSMC(台湾積体電路製造)は、私が総統在任中、政府がバックアップをしてできた会社だ。現在では世界最大の半導体製造会社となっている。この会社に対して、中国が買収をもくろんでいるという情報が多方面から寄せられている。あの手この手で、TSMCの企業機密を得ようと画策しているとも聞く。こうした企業を保護し、優位性を守らなければ、台湾の産業は文字通り根こそぎ中国に取られてしまう。

 資本主義、自由経済に任せるべきだ、という言い方は確かに聞こえがいい。だが資源のない台湾が、中国の経済的なブラックホールにのみ込まれないためには、民間任せにせず政府が、台湾独自の優位性をいかに保つかをきちんと考えていくべきだ。

中国が「妨害」しても
李氏が訪米できた理由

2018年、台湾出身戦没者の慰霊祭で沖縄を訪れた李氏 Photo:KYODO

 東西冷戦が終了したとき、私も含め誰もが、米国の覇権が確立したと考えた。だが実際に起きたのは、米政治学者サミュエル・ハンチントンが言うような文明の衝突だった。フランシス・フクヤマ氏は「歴史は終わった」と言ったが、その主張はあまりに早過ぎたのである。01年の同時多発テロで、米国は中東問題に足をすくわれてアジアから後退した。08年のリーマンショックで、経済的な地位も失陥した。いま世界には、リーダーシップを取る国家が存在しない。

 だが米国による一極支配の時代が終わった今、私が言いたいことは逆説的ではあるが、「米国との関係がますます重要になる」ということだ。それは米国による軍事の傘で守ってもらう、というような話ではもはやない。より密接で対等な同盟関係を追い求めていく必要があるのだ。むしろ米国もそうした互恵的な関係を望んでいるのではないか。トランプ大統領の発言から私はそう感じている。日本は米国との間で、率直な対話に基づく対等なパートナーシップを築くことを考えるべき段階に来ている。

 米国は民主主義を標榜する社会だ。経済的には中国との関係が利益にはなるが、こうした状況でも民主主義国家としての良心を発露させてきたのが米国の議会だ。私は95年に米コーネル大学のフランク・ローズ学長から招待されて訪米した。大学の特別講座で講演をするのが目的だったが、私が訪米を画策していることが伝わり始めると案の定、中国が妨害を開始した。現役の台湾総統の訪米は、当時のクリントン政権にとっても頭の痛い問題だったに違いない。だが、すごいのは議会だ。私を訪米させようと言って、上下院で採決までした。米国は民主主義を、経済的利益よりも上位の価値として認めているのだ。

 日本の場合は残念ながら、こうしたときの反射神経というか、反応が鈍い。中国に大きな幻想を抱いている国会議員や外務省の「チャイナスクール」と呼ばれる官僚、新聞記者が多過ぎる。インターネットが普及し、これだけ情報の獲得が容易になった現在、日本も大きく変わるべきではないか。

>>インタビュー(下)「日本に言い遺しておきたいことがある」に続く

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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