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コロナをサバイバルする米ミュージシャンたち、ロックダウン100日超えの試練

2020年07月11日 06時00分更新

文● 長野美穂(ダイヤモンド・オンライン

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米ABCのオーディション番組『アメリカン・アイドル』の舞台で歌うデミ・レイ・モレノ Photo by Demi Rae Moreno

カリフォルニア州の自宅待機令が3月19日に発令されてから、100日が経過した。バーやライブハウスの閉鎖、コンサートの中止で生演奏する機会を失い、失業状態にあるバンドや歌手たち。彼らがこの3カ月をどう過ごしているのかを追った。(取材・文/ジャーナリスト・長野美穂)

100日超えの自宅待機生活
インスタで生計を立てる歌手の卵

 カリフォルニア州のサンノゼに近い、人口約4万5000人の街モーガン・ヒル。そこで、現在ボーイフレンドとその家族と一緒に同居しながら100日超えの自宅待機生活を送っているのが、デミ・レイ・モレノ(26歳)だ。 

 モレノは16歳のとき、初めてギター片手に1人でサンノゼの路上に立って歌い、道行く人からのチップで一晩150ドルも稼いだことがある美声の持ち主だ。

「じゃあ、リクエストに答えてちょっとだけ歌うね!」

 自宅待機令が発令になった3月後半、SNSのインスタグラム上でライブを敢行した彼女は、部屋の壁に貼った日本アニメの『セーラームーン』のポスターの前で、マイク片手にカメラに向かって歌い始めた。

 パンチの効いたハイトーンボイスで、今年のグラミー賞授賞式でデミ・ロヴァートが披露した曲『Anyone』を歌い上げる。するとファンたちが、「ヘイ、スーパースター!」「なんて美しい声!」と次々にコメントを書き込んでいった。

「いま、聴衆を前にライブで歌うことはできないから、正直つらい。でも、インスタのビデオを見てくれた人たちが、1ドルや50セントなど少しずつ寄付してくれて、そのお金でなんと袋入りのラーメンが買えた。嬉しいし、本当にありがたい」と彼女は電話インタビューで答えた。

 モレノが自身のインスタグラムに「Venmo」(ベンモ)のアカウントを載せたところ、彼女の歌声を聞いたファンから少額の寄付が寄せられるようになったという。Venmoとは、銀行口座と紐付けられた個人間の送金アプリだ。ファンからの「おひねり」を受け取るのに、最も便利な方法なのだ。

「ありがとう、みんな!でも、ひとり2ドル以上は私に寄付しないでね。みんなだって経済的に大変なときなんだから」と、モレノはファンたちにメッセージを送る。

人気オーディションで勝ち進み
「子守り」の仕事を捨ててデビューをかける

オーディション用のドレスは自分でデザインした Photo by Demi Rae Moreno

 新型コロナウイルスのパンデミックにより、米国の失業保険申請者は4600万人を突破した。しかし、もともと自営業だった彼女に失業保険は出ない。モレノは保育士の資格を持ち、時給20ドルでフルタイムのナニー(子守り)をして生計を立てていた。

 サンノゼの裕福な家庭の小学生の娘の専属ナニーとして働く傍ら、自分のバンドで夜や週末にカバー曲などを歌っていた。すると昨年冬、声楽の恩師経由で大手ネットワーク局ABCの『アメリカン・アイドル』という人気オーディション番組から、「ぜひ参加してほしい」と声がかかった。

 一次審査で歌手のケイティ・ペリーやライオネル・リッチーらの審査員の前で歌を披露すると、「こんなに上手いのに、なぜ歌手を本業にしないの?」と驚かれ、合格した。番組内で最終選考まで勝ち残れば大手レコード会社からデビューでき、スター歌手の将来が約束されるチャンスだ。

 だがそれには、全米各地で開催されるオーディションの収録スケジュールを毎週必ずこなさなければならず、フルタイムのナニーの仕事は辞めなければならなかった。「26歳でやっと掴んだビッグチャンス。賭けてみようと思った」とモレノ。そして審査に勝ち進み、最終20人の枠まであと一歩というところで、惜しくも落選してしまった。

 彼女が『アイドル』のオーディションに敗退したちょうどその頃、コロナ感染拡大で非常事態宣言が出され、カリフォルニア州が自宅待機令を出した。その瞬間から、食料品の買い出しと散歩以外には外に出られない生活が始まり、当然、ナニーは元の仕事にも戻れなくなった。

 現在同居しているボーイフレンドは、働いていたゴルフ場の閉鎖によりレイオフされ、失業保険を申請した。彼の両親の自宅に2人で居候させてもらっており、家賃はかからないが、定収入はない。「この間、量販店のターゲットに食料品を買い出しに行ったら、失業した友達のギタリストが店員として働いていた。『働きたいならちょうどうちの店、店員を募集しているよ』と誘われた。ちょっと心が動いたのは確か」と彼女は言う。

 コロナ禍で失業したミュージシャンの多くが今、量販店やアマゾンなどで、エッセンシャル・ワーカーとして働いている。だが現在、医療保険に加入するための資金を工面できないモレノは、万一新型コロナに感染し、発病した場合のリスクを考えて、外で働くことは避けている。

「人前での演奏はできないけれど、音楽は家の中にいてもつくることができる」と、YouTubeに少しずつ自分の歌のビデオをアップし、インスタライブも行っている。

自宅待機中に初の自作シングルを発売
「人に勇気を与えられるかもしれない」

 そして自宅待機中の5月半ばに、初の自作シングル『シュガー』を、ディストロ・キッドという音楽アップロード・販売代行サービスを通して発売した。グーグルプレイなどを通し、視聴者が99セントでダウンロードできる。

「先のことを考えると不安になるけれど、歌って不安を吹き飛ばすようにしているの」と語りながら、将来のために、ステージ用の衣装を自分でデザインしてミシンで縫うモレノ。

『アイドル』の審査員たちの前で彼女は、自分の体型が他の女性歌手のように細身ではない劣等感で自信が持てないことや、思春期に父親がドラッグで逮捕され刑務所に入所しており、父のいない寂しさを紛らわすために1人で歌やギターに没頭してきたことを告白した。
 
 自宅待機中ということもあり、多くの米国の視聴者がそのシーンをテレビで観た。

「あなたに共感する」「私も自分の体型にずっと自信がなかった」「私の父もいま刑務所にいる」というメッセージがSNSを通して、彼女の元に大量に届いた。落選した後も、変わらずにメッセージはモレノの元に届き続けている。

「これまでインスタライブをやっても数えるほどだったファンが、今は数十人、数百人に増えた。幼い頃、父と母がいつも喧嘩していて、その怒鳴り声を聞きたくなくて、クローゼットの中で1人で歌っていた私だけど、今、私の歌を聴いてくれる誰かに勇気を与えることができるのかもしれない」と彼女は言う。

 英語とスペイン語の両方で歌え、ウクレレも弾けるモレノ。部屋にピンクの布を貼ってステージ風に演出し、自宅待機中も歌うことは諦めていない。

●デミ・レイ・モレノが自宅待機中に発表したインスタライブのビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=eaOIvXPbcZ8
「オースティン・フリーマン・ハード・ソウルズ・バンド」の中央で歌うリードボーカルのオースティン・フリーマン。2019年の夏に開催されたチャリティーコンサートで撮影 Photo by Miho Ngano

 シリコンバレーの南、サンタクララ郡の広大なぶどう畑の裏の一軒家に暮らすオースティン・フリーマン(38歳)は、自らの名前を冠したバンド「オースティン・フリーマン・ハード・ソウルズ・バンド」のリードボーカルだ。「バンドハウス」と彼が呼ぶ一軒家の自宅で、バンドメンバーでギタリストのクリスと共に生活している。

 自宅待機命令が出てすぐ、2人で即興演奏したアコースティックギターの動画を4月頭にフェイスブックとYouTubeに載せると、7000回以上再生された。

「ライブ演奏やツアーができないミュージシャンを救う道が、1つある。あなたの指先でYouTubeのビデオをクリックしてくれるだけでいい。その1クリックで、どれだけ多くの音楽家が生計を立てられることか」とフリーマンは語る。YouTubeで動画の再生回数が多ければ、広告料がミュージシャンの懐に入る仕組みだからだ。

シリコンバレー人脈から投資を受け
コロナ禍でも困らない異色アーティスト

 8年前、シリコンバレーに自力でIT企業を興し、CEOを務めたフリーマンは、テクノロジーとアルゴリズムを知り尽くした、ちょっと異色のロックンローラーだ。

 コロナ禍で、この夏に予定されていた彼のバンドのヨーロッパ・ツアーと米国内でのライブ活動は全て中止になった。だが、シリコンバレーのテック界で人脈を築いてきた彼のバンドには、コロナ以前からすでに富裕層のパトロンや投資家が複数ついており、もしこのまま自宅待機命令が秋まで続いても、資金面での問題はまずないという。

「自分たちは例外的に恵まれているが、明日の食料品を買う金がなく、楽器を売らなければ生活できないミュージシャンは、いまこの国にたくさんいる。自分も若い頃、店で一番安いパスタを買おうとしたら口座にお金がなく、銀行のデビットカードが使えなかった時代がある。そんなときでも、好きなバンドのCDを買うのになけなしの16ドルを貯めて、胸をワクワクさせて店に走った経験を、今でも鮮明に覚えている」

 現在フリーマンが住む自宅兼バンドハウスも、彼を支援する投資家が格安で提供してくれている。フリーマンは、そんな恵まれた環境を生かして、自宅待機中に自宅横の12万平方メートルの広大な敷地内にある馬小屋の脇に、自ら材木を組み立てて野外ステージを建設した。彼のバンドの4人のメンバーがそれぞれ2メートル以上の距離を保ちながら、ゆったり演奏できる大きさの野外舞台だ。

「オースティン・フリーマン・ハード・ソウルズ・バンド」のライブの模様 Photo by Miho Ngano

 夜間に紫や青などの照明を当てて演奏すると、背後の馬小屋の木の朽ち具合が、まるで渋いステージ・セットのように映える。葡萄畑や木々に囲まれ、近くに小川が流れるこの野外舞台で、彼のバンドは今、観客なしで25分ほど毎週土曜日に演奏している。そのパフォーマンスを録画し、ネット上で無料視聴できるようにした。

「自分はユーチューバーではない。ミュージシャンなら誰でも経験があると思うが、木曜の深夜1時過ぎのバーのステージ上で、興奮したお客とかけ合いながら演奏する以上に面白いことは、この世にそう多くはない。早くそんな日々が戻ってくることを願うが、今できるベストの形の演奏をファンに提供しようと思ったら、こうなった」

 フリーマンは、ロックダウン中で演奏の場がない地元のミュージシャンたちをゲストとして自分の野外舞台に招き、演奏の場を与えている。さらに、彼らに投資家からの献金を募るサイトも立ち上げた。

●オースティン・フリーマンが自宅待機中に撮影した音楽ビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=9dcX6a0auwM

ピアノ教師とバーのギター演奏
仕事は全てコロナで吹っ飛んだ

ベース・ギタリストとして複数のバンドで活躍するタナー・ハリナン Photo by Tanner Hallinan

「バーで演奏するギグも、ピアノを子どもたちに教える仕事も、コロナで一気になくなった」
 
 そう語るのは、ベース・ギタリストとして10代からプロのキャリアを築いてきたタナー・ハリナン(24歳)だ。

 現在、彼はカリフォルニア州ギルロイで待機生活を送っている。コロナ以前は、5つ以上の地元バンドからベースギターの腕を請われ、夜や週末にサンフランシスコやサンノゼのバーで演奏していた。その合間に、小学生の子どもたちにピアノを教える仕事もこなし、さらにサンノゼ州立大学で音楽専攻の学生として学んでいた。

 そんなハリナンの同居家族は、彼を除き全員がエッセンシャル・ワーカーだ。母は地元の郵便局のフルタイム配達員で、21歳と18歳の弟2人は、ドミノ・ピザで配達員として働いている。

「あらゆる家を回って手紙や荷物を配達しなければならない、母の感染リスクとメンタル面が特に心配だ。夜、家族みんなが無事に家に帰ってくると、ほっとして胸をなで下ろす」

 夕食を家族で一緒に食べ、少しの間だけ団欒すると、各自、自分の部屋にさっと分かれていく。

「どんなに手洗いをしても、誰かがウイルスを家に持ち帰っているかもしれないという不安からは逃れられない。1日ほぼ部屋に籠もっている自分も、もう決して安全ではない」とつぶやく。
 
 コロナ以前は、ピアノ教師として数人の子どもたちの自宅を訪問し、30分当たり35ドルで教えていた。さらに、バーでのギター演奏では1晩に60ドルから100ドルほど稼いでいた。その収入が全てコロナで消えた。

 そんなとき、近所の大手スーパーの「時給18ドル」の店員募集広告が目に入り、思わず応募した。

「でも、ふと考えた。もし自分がスーパーで働いて感染したら、これまで必死で頑張ってきた家族全員を危険にさらすことになるんだって」

 悩んだ末、応募は取りやめた。

まだベースギターを売らなくて
済むのは家族の協力のお陰

 ハリナンが大学で学ぶ音楽の専攻はジャズだ。ジャズ即興の講座をスカイプのオンライン授業で受けながら、日中はベースギターの練習に没頭している。音が近所迷惑にならないよう、ヘッドフォンをつけて音を極力下げている。

「家族みんなが働いているのに、自分だけ家にいて音楽をやっていて申し訳ない。でも、将来どうしてもミュージシャンとして生計を立てたい」と言う。自宅待機令により、子どもたちの家を訪問して教えることはできないが、スカイプで遠隔からピアノのレッスンを再開できないかと試行錯誤している。

「落ちこんでうつっぽくなったり、孤独を感じたり……。情けなさや謙虚な気持ち、感謝など、あらゆる感情を毎日強く感じている」という彼。せっかくなので、そんな感情も曲づくりに生かしている。

 さらに今、母と同じ郵便配達の仕事をバイトで夏にやることも視野に入れている。理由は、スーパーの店内で働くより、外を歩いて配達する方がウイルスの危険が少なそうだから。

「自分はベースギターを3つ持っている。幸い、まだ1つも売りに出さないで済んでいる。それを可能にしてくれている家族の協力に、本当に感謝している」

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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