このページの本文へ

ソニーのオーディオを支える「S-Master」、その特徴を解説

2020年06月22日 13時00分更新

文● 佐々木喜洋 編集●ASCII

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 最近、ソニーのオーディオが元気だ。

 好評のウォークマンはもちろん、6月20日に発売されたニアフィールド・パワードスピーカーの「SA-Z1」はユニークで、ソニーらしさあふれる製品と言えるだろう。そしてそうした製品群の心臓と言える技術が「S-Master」だ。

SA-Z1

 「ウォークマンの音質の要は、S-Masterだ」ということを知っている人は多いと思う。しかし、そのS-Masterとはどういうものかということを知っている方は少ないかもしれない。そこでS-Masterに迫りたいと思う。

S-Masterとはなにか

 デジタル・オーディオ・プレーヤーの世界では、どんなDAC ICを搭載するかが性能の目安のように語られることも多い。旭化成エレクトロニクスの「AK4499」とかESS Technologyの「ES9038」などはハイエンドチップの代表例だ。そうしたこともあり、「ウォークマンのDACはなんだろう?」と疑問に思う人もいるだろう。

S-Master

 端的に言うと、ウォークマンでDACの役割を果たすのはS-Masterである、同時にアンプの役割を果たすのもS-Masterなのだ。こういった回路を“フルデジタルアンプ”と呼ぶ。そのポイントは音楽信号の読み込みから音の出力までの全工程が一貫してデジタルで扱われていることだ。

 一般にデジタル・オーディオ・プレーヤーは、デジタルの音源(CDや楽曲ファイルなど)をDACでアナログの信号に変換し、アナログのアンプで増幅してスピーカーやヘッドホンで聞く構成になっている製品が多い。下図の上の例がそうだ。

ソニーによる解説図

 一方、ソニーのS-Masterでは、こうした構成を取っていない。DACがそのまま増幅しているように見えるので“パワードDAC”あるいは全行程がデジタルという意味で“フルデジタルアンプ”などと呼ばれる。

 ここで注意したいのは、ひとくちにデジタルと言ってもDACに入力するのはPCM(Pulse Code Modulation)、デジタルアンプで扱うのはPWM(Pulse Width Modulation)と違う形式のデジタル信号である点だ。

 一般的なデジタルアンプ(スイッチングアンプ)は、入力したアナログ信号をPWM形式に変換して増幅する。そのため、デジタルアンプ搭載の機種では、PCMのデジタル信号を一度DACでアナログ信号に戻し、デジタルアンプに渡す構成になっている。デジタル→アナログ→デジタルの変換が発生するため、フルデジタルの処理にはならないが、市販のチップの組み合わせで簡単に製品を作れるので、多くの機種が採用している。

 もう少し別の言葉を使うと、「S-Masterは、PCMからPWMへの変換機能が付いたデジタルアンプ」と言い換えられる。ただし、S-Masterは一般的なデジタルアンプが扱うPWMではなく、ソニーが独自改良したC-PLM(Complimentary-Pulse Length Modulation)という形式を用いている。

 だから、もう一度言い換えると、S-MasterはPCMをC-PLMに変換する機能を持ったデジタルアンプ(またはスイッチングアンプ)と言うことができる。ソニーの技術屋らしい側面が産んだ技術といえるだろう。

S-Masterの発展と功罪

 もともとS-Masterは、据え置きオーディオの世界で生まれたものだが、高効率・省電力という性格はモバイル用途にも適するということで、ウォークマンにも採用されるようになった。そして特にモバイル用に改良されたものが「S-Master MX」である。

NW-ZX1

 さらに、S-Master MXをハイレゾ対応したものが、現在よく使われている「S-Master HX」だ。S-Master HXは「NW-ZX1」で初めて採用された技術で、据え置き機器にも搭載されている、現在のソニーの核となる技術とも言える。

 S-Masterの長所は、フルデジタルなので信号が劣化しにくいということ、高効率で発熱しにくく省電力であることだ。一方で、S-Master自体はICチップなので、中の改変がそう簡単ではないという側面もある。そのために、例えばウォークマンNW-ZX1や「NW-ZX2」など、初期の高性能モデルでは、差別化ポイントが主に後段のアナログ部分の強化に置かれているのが見て取れるだろう。

MAP-S1

 また、PCMに特化していたアーキテクチャなので、当初はDSDのネイティブ再生ができなかった(DSDの信号はPWMとよく似た考えのPDMという形式だが、パルス生成方式が異なる)。こうした点から、Signature シリーズのハイエンドプレーヤー「DMP-Z1」では、一般的なDAC(AK4497)+アナログアンプの形式を取ったのではないかと推測できる。AK4497は、特にDSDのネイティブ再生に向いたDAC ICだ。また、マルチオーディオプレーヤーの「MAP-S1」では、DACにPCM1795が別に搭載されて「S-Master HX」はアンプとしてだけ使用されている。

TA-ZH1ES

 しかしながら最近の「NW-ZX500」搭載のS-Master HXでは、S-Master内部でDSD対応がなされるようになった。また、冒頭に述べたニアフィールド・パワードスピーカー「SA-Z1」や据え置きのヘッドホンアンプ「TA-ZH1ES」では、S-Masterとアナログアンプが補完し合うハイブリッド形式が採用されている。S-Masterは優れた技術だが、ほかの技術同様に完璧というわけではない。こうして今後ともさまざまな形で進化・改良が続けられていくのだろう。

カテゴリートップへ

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン