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『女帝 小池百合子』著者に聞く、小池都知事に賛同できない理由

2020年06月17日 12時00分更新

文● ダイヤモンド編集部,岡田 悟(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:JIJI

7月5日投開票の東京都知事選に再選出馬を表明した小池百合子氏。その半生に迫った『女帝 小池百合子』(文藝春秋)が5月28日に発売され、15万部のベストセラーとなった(6月11日現在)。「これまでの女性たちの苦難の道の末に咲かせた花であるとして、受けとり、喜ぶことが、できない」――。小池氏についてこのように書いた、著者であるノンフィクション作家の石井妙子氏に話を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部 岡田 悟)

政治家を“演じている”小池氏に当初は興味なし
カイロ時代の生真面目な同居人が抱えていた秘密

いしい・たえこ/1969年神奈川県茅ケ崎市生まれ。白百合女子大学卒業、同大学大学院修士課程修了。伝説的な銀座マダムの生涯を描いた『おそめ』(新潮文庫)が大宅壮一ノンフィクション賞などの最終候補となり注目される。『原節子の真実』(新潮文庫)で新潮ドキュメント賞を受賞。他に『日本の天井 時代を変えた「第一号」の女たち』(角川書店)、『満映とわたし』(岸富美子氏との共著、文藝春秋)など女性の評伝を多く手掛ける。 Photo by Masato Kato

――小池百合子氏についてこうした著書を書こうと考えたきっかけを教えてください。

 最初は小池氏にはさほど関心がありませんでした。文藝春秋の編集者の方から執筆依頼があったのですが、小池氏は特に実現しようとしている政策もなく、いわば“空っぽ”。政治家というよりも、政治家を演じている人物だと考えていたので、本にはならないのではないかと思っていました。

 小池氏が初当選した2016年の都知事選でも、彼女は情熱的な言葉を使って聴衆をあおっている割には、目が笑っていない。言葉と感情が比例しないというか、どこかひんやりしたものを感じ、それが気になりました。それでも、彼女について積極的に書きたいとは思いませんでした。

 ただ、彼女がキャスターから政治家に転じ、東京都知事に上り詰めた平成という30年間を、小池氏という人物を通じて描けるのではないか。小池氏という政治家をここまで押し上げたのは、小池氏自身の罪なのか、この時代の私たちの罪なのか? そういう視点でなら本にできるという感じはしていました。

――月刊誌に小池氏の生い立ちを記す中で、エジプト・カイロ時代に小池氏と同居していた早川玲子(仮名)さんという女性から連絡を受け、彼女が保管していた膨大な記録や証言を取材することができたのですね。

 早川さんはとても生真面目で優しい方です。小池氏よりも10歳ほど年上で、カイロに来た当時、20歳ほどだった小池氏にとっては姉のような存在でした。小池氏は1976年10月に当時のサダト・エジプト大統領夫人の訪日に同行し、日本に一時帰国した際、日本のメディアの取材を受けて、「日本人で2人目、女性では初めてカイロ大学を卒業した」と自己紹介しました。

 小池氏は、エジプトに戻ってからそのように書かれた日本の新聞記事を早川さんにうれしそうに見せています。早川さんは当時を振り返り、「そんな嘘をついてはいけないと、小池氏にもっと注意を与えておけばよかった」と後悔の念を私に語ってくれました。

アラブ最高峰のカイロ大は留年も当たり前
腐敗、日本政府の援助を見据えた思惑も

 早川さんはこうした小池氏とのカイロでのやり取りを、自身の母への相当量の手紙で克明に記しており、取材時にはそこから記憶を想起してもらって話を聞きました。小池氏が後半生に日本で大臣、そして東京都知事となったことに恐怖心を感じておられました。そんな小池氏の秘密を自分だけが知っているという不安に加え、エジプトは軍事独裁国家であり、小池氏とアラブ世界とのパイプを考えれば、命を狙われるリスクもゼロではないと考えていたからです。

 ただ早川さんには、小池氏を憎いと思う気持ちはなく、経歴を詐称したことが憎いので、これを償ってほしいと考えていると話しておられましたね。

――早川さんの証言によると、カイロ時代の小池氏は遊びやアルバイトに熱心で、アラビア語の読み書きは超初歩レベルと、とても熱心に勉強をしていたふうではない。にもかかわらず日本ではカイロ大学“首席卒業”と自称してキャリアを積んできました。今年6月8日には在日エジプト大使館がカイロ大学長の声明として、小池氏がカイロ大を卒業したのは事実だとする声明を出しました。

 そもそもカイロ大はアラブ世界の最高峰の大学であり、卒業するのは非常に難しい。4人に1人は卒業できないと当の小池氏自身が過去に語っています。アラビア語のネイティブでない日本人であれば、死に物狂いで勉強しても、留年を繰り返して何年もかけて卒業するのがやっとで、できない人もたくさんいます。まじめに勉強していなかった小池氏が首席で、4年で卒業できたとは考えられません。

 小池氏は、父の勇二郎氏と、エジプトの副大統領などを務めたアブドゥル・カーデル・ハーテム氏とのコネによってカイロ大の2年生に編入できたようですが、進級できず落第し、卒業はできなかった。

 ではなぜ、カイロ大があのような声明を出したのか。エジプト社会は腐敗が多く、いわばその人の社会的地位に合わせて恩恵が受けられる国です。またエジプト政府は日本から多額のODA(政府開発援助)を受けており、日本政府や小池氏とのパイプを政府も重視していることでしょう。現在の小池氏の地位や権力を考えれば、カイロ大は小池氏が卒業生であることをむしろ利用したい、という思惑があるのではないでしょうか。

莫大な借金、顔のあざに苦しんだ少女時代の小池氏
“下”に落ちる恐怖が過度な上昇志向を形成

――著書では小池氏の学歴詐称疑惑に限らず、幼少時代から今に至るまでの彼女の振る舞いを、徹底した関係者への取材によって明らかにしています。特にカイロに渡る前の兵庫県芦屋市時代、顔のあざに悩んだり、父親の勇二郎氏の事業や政治活動の失敗で莫大な借金を抱えたりするなど、彼女の経験には同情を覚えます。

 小池氏の実家は芦屋市にありましたが、高級住宅街のイメージから連想されるような裕福な家庭ではありませんでした。経済的に不安定な幼少時代からの環境は、社会の上へ上へと常にはい上がらないと、下に落ちてしまうという恐怖感を彼女に植え付けたことでしょう。組織の上層部にいる有力者とだけつながって世渡りをするという小池氏の手法は、父親譲りといえます。

 また勇二郎氏の見栄もあって、地元の名門女子高である甲南女子中学・高校に通いましたが、周囲は本当の富裕層の子女たち。劣等感を抱いたことで、いつか強者になって人を見下したい、だから権力が必要だと考えるようになったのだと思います。今の彼女に権力があるからこそカイロ大の声明が出るわけですからね。

――カイロから帰国後はテレビの世界で活躍。やがて新党ブームに乗って日本新党の参議院議員となり、衆議院にくら替えして、その後は自民党へ。2003年には小泉純一郎内閣で環境大臣として入閣を果たします。「クールビズ」を流行させるなど環境大臣の経験は、やたらと「エコ」をアピールする彼女の大きな売りになっています。しかし当時、水俣病患者やアスベスト被害者に対して実に冷酷な対応をしていますね。

 水俣病関西訴訟で04年に最高裁判所が国の責任を認めましたが、環境大臣として認定基準の見直しには踏み込みませんでした。05年にはアスベストの被害が明らかになりましたが、尾辻秀久厚生労働大臣(当時)と異なって真摯に解決策を示さず、被害者団体とのやり取りでは強い怒りを買いました。

 これには二つの面があると思います。一つには、自民党の保守政治家として、「女性政治家だから社会的弱者に優しい」と周囲の男性政治家や世間から見られることを避けたかったのではないか。イギリスのサッチャー元首相が、弱者切り捨てともいわれる市場原理主義的な経済政策を導入したり、フォークランド戦争を始めたりするなど、女性であるがゆえにそう見られまいと“女性らしくない”政策に傾いたのと似ています。

 当時、女性議員は旧社会党出身者が多く、小池氏は土井たか子氏にとても批判的でした。こうした女性議員たちと自身を差別化する意図もあったのでしょう

助けを求める人々を足蹴にしたくなる心理
“芦屋令嬢”を演出しても出てしまう地金

 二つ目は、彼女自身が苦労してはい上がる人生を歩んできたため、立場の弱い人から頼られると、手を差し伸べるよりも、むしろ足蹴にしたくなるのではないか。芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」のように、下から糸につかまろうとする人を振り払おうとする心理に駆られるのではないでしょうか。

――阪神・淡路大震災の被災者の訪問を受けた際に、指にマニキュアを塗りながら応対し「塗り終わったから帰ってくれます?」と言い放つエピソードも出てきます。私も小池氏本人に16年11月にインタビューした際、iPadを操作しながら目を合わせることなく生返事を続けられたことがあるので、こうした言動は十分に想像できます。小池氏のそんな一面はあまりメディアで取り上げられませんね。

 小池氏はテレビカメラが回っているなど公の場所と、そうでない場所での振る舞いが大きく違います。北朝鮮による拉致被害者の家族の記者会見に付き添った際など、自分がいかにも良心がある人物であるかのように振る舞うことはとても上手です。

 記者会見でも「○○と存じます」などと丁寧さをやたら強調した言葉遣いをします。“芦屋令嬢”的なイメージを意識しているのでしょう。しかし、いざ自分に不利な質問が出ると、手元の資料を束ねて机にたたきつけてバンバン音を立てるなど、途端に豹変する。“地金”が出てしまうのです。

 小池氏の周辺を取材して感じたのは、本人は学ぶ力、思考力が乏しいのに、複雑な物事をさも十分に理解しているように自分を見せる力だけは抜群に高いことです。多くの人々は小池氏のそうした虚像だけを見ているわけで、それが怖い。

 小池氏が07年にわずか55日間、防衛大臣を務めた際の事務次官だった守屋武昌氏は、私の取材に「小池氏は防衛政策を理解していないのに、記者会見では、さも中身を理解しているように話す。鋭い質問には論点をそらした上で、さも堂々と答えていた。中身を学んでくれればとレクチャーの時間を取ろうとしても、雑誌のグラビア撮影やテレビの取材を優先するので時間を取れなかった」と話していました。

――とりわけ防衛大臣ともなれば、それは極めて危険ですね。

新型コロナの危機下でけん玉、かるた、こんまり…
不幸な少女時代が生み出す、すぐにバレる嘘

 また小池さんは、いわゆる“マスコミ受け”する言葉や施策を打ち出すことにかけても天才的です。3月以降、新型コロナウイルスでの対応で医療の現場が危機的な状況下にあっても、彼女が記者会見で紹介したのは、「コロナかるた」、けん玉、そして近藤麻理恵さんの片づけ動画でした。派手な柄のマスクを話題にしようとするなど、すぐに目くらましをする。

 早川さんに言わせれば、例えばカイロ大学卒業の件でも、小池氏には嘘をついているつもりはない。目の前の相手が振り向いてくれるよう、相手の喜ぶことを口にしてしまう性格だというのです。カイロ大“首席卒業”も、当時の日本人男性記者が喜んで記事にしてくれると考え話を作ってしまったのでしょう。今もマスコミに対して同じことをやっている。

 一方で、小池氏の嘘はすぐにバレるような甘いものが多い。カイロ滞在時をつづった著書『振り袖、ピラミッドを登る』でも、1年留年しているのに4年で卒業したと書いたことなど、調べればすぐに矛盾に気づくようなエピソードがたくさん出てきます。

 そういう意味では、彼女はカイロにいたころから今まで何も変わっていない。彼女自身の特異なキャラクターよりも、そんな彼女をここまで押し上げた社会の在り方こそ問題ではないかと思います。環境大臣時代に水俣病やアスベストが問題化していた時期であるのに、小池氏がぶち上げたのはクールビズでした。公害問題で地道な成果を上げることよりも、マスコミや社会はクールビズに飛びついてしまったわけです。これは私たち社会の責任でもあります。

 都庁で行われる小池氏の記者会見を動画でよく見ますが、彼女のくだらない冗談に、前の方に座っている民放キー局の女性記者たちが、大げさに受けたり、うんうん、うんうんと必死でうなずいて見せている。私は密かに「うなずき娘」と呼んでいるのですが(笑)、記者たちが権力者に迎合しすぎています。

 小池氏に気に入られたいという気持ちはわからなくはありません。でも、若くても大手メディアの記者には、特権的な立場が与えられているのですから、自らの役割を自覚して、もっと毅然としていてほしいです。そもそも環境大臣時代の彼女の振る舞いをメディアが詰め切れていれば、今ごろ東京都知事にはなっていなかったかもしれません。

調べるほど女性代表には見えなくなった小池氏
踏みつけられた女性にこそ見出した尊敬の念

Photo by M.K.

――著書の終盤で石井さんは「(小池氏を)これまでの女性たちの苦難の道の末に咲かせた花であるとして、受けとり、喜ぶことが、できない」と書いています。

 今回の著書は小池氏の“批判本”と呼ばれますが、私はむしろ、小池氏を生み出したこの社会の流れ、在り様にこそ関心がありました。

 そもそも私は、もっと女性の政治家が増えるべきだと思っていますし、決定権を持つべき立場に就く女性が増えれば、世の中をいい方向に変えることができると考えています。その趣旨からいえば、常に女性初といわれてさまざまなポジションに就いてきた小池氏を理屈の上では応援すべきなのですが…。でも私にはどうしても、彼女を女性の代表として見ることができないのです。

 小池氏について調べれば調べるほど、彼女を女性たちの苦難の歴史の果てに咲いた花、成果であるとして見ることができなくなりました。

 小池氏は、私がこれまで評伝で取り上げてきたどの女性たちとも違います。今回の取材でも、私は尊敬したくなる素敵な女性たちとたくさん出会うことができました。カイロで小池氏と同居していた早川さんがそうですし、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」副会長の古川和子さん、築地市場の移転に反対していた「築地女将さん会」の方々などです。市井にはこんなにも優れた女性たちがいるのだと感激しました。でも、そうした女性たちが小池氏によって踏みつけられていったわけです。

 一方で、自分のことしか考えていない小池氏という人間が、ひたすら階段を上って「女性初」として社会の称賛を浴びていく。どうして彼女に出世の階段を上らせてしまったのか。社会を見渡せば“ミニ百合子”のような女性はたくさんいます。そのような人が出世してしまうという社会でいいのか。地道に努力している女性が踏みつけられていいのか、考えさせられました。

 とはいえ、小池氏を現在の地位から引きずりおろしたいと考えて作品を書いたわけではありません。しかし、早川さんら、これが女性のすごさだと思わせてくれるような市井の女性たちに出会い、その正義感に触れ、小池氏よりも、そうした女性たちに私の心情が傾いたことは事実です。

 歴代内閣における女性閣僚の多くがそうですが、どうしても男性側がピックアップして選ぶ。彼女たちは高い地位にいる男性によって選ばれた女性であって、女性たちの塊の中から上へと押し上げられた人材ではありません。

 男性側も、女だから大臣にはしてやるが、総理大臣なんてとんでもないというのが前提で、女性閣僚はあくまでもアクセサリーのような存在です。また最近の女性政治家を見ていると、有能で素敵な私を見てほしいという、自分の虚栄心を満足させたいという思いから政界進出するタイプが多いように見えます。

 小池氏を、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、台湾の蔡英文総統と同列に並べ、コロナ対策で成功したのは女性リーダーだったと論じた記事も目にしましたが、果たしてそうでしょうか。日本では残念ながら女性側の人材の裾野の小ささもあり、メルケル氏や蔡氏のような、能力があって実務ができ、真摯な言葉で人を感動させることができる女性リーダーがなかなか出てきません。日本でも早く出てきてほしいと思います。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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