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業務を変えるkintoneユーザー事例 第78回

昔ながらの手仕事を生業にする職人でも、工夫次第でIT化はできる

仙台箪笥の老舗は手直ししながらkintoneを大切に使っていく

2020年06月01日 09時00分更新

文● 重森大 編集●大谷イビサ 写真提供●サイボウズ

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 手作業で作られる伝統工芸品、その現場では技を極めた職人たちがその手腕を振るっている。工芸品であり実用品でもある、仙台箪笥の製造を手がける門間(もんま)箪笥店でも、職人たちの技が高い品質の製品を支えている。しかし長年受け継がれてきたのは、その技だけではない。労働環境やそこで使われるツールも、いにしえより伝えられしものだった。そんな伝統工芸品製作の現場にITを導入する際のハードルや導入による効果が、kintone hive Sendai 2020で語られた。

紙ばかりの現場にサイボウズOfficeとkintoneを導入するも、現場が反発

 仙台箪笥の起源については諸説あるが、有力な説として伊達政宗が仙台藩を治めていた頃に建具の一部として作られたという話が伝えられている。その仙台箪笥を専門に取り扱う門間箪笥店は、1872年創業と150年近い歴史を持つ。現在営業している仙台箪笥店としては創業がもっとも古い老舗中の老舗だ。木工職人である「指物師(さしものし)」、漆を塗る「塗師(ぬりし)」、金具を作る「金具師(かなぐし)」が三位一体となって、現在も仙台箪笥の伝統を守っている。伝統を守るだけではなく、「monmaya+」というブランドで新商品開発も行なっている。

 kintone hive sendaiの舞台に立った鈴木 亮氏は、同社に2017年に入社した。その当時の労働環境は、製品と同じく伝統的な手法によって管理されていた。紙が多用され、正確な情報、最新の情報を共有するのが難しい状況にあった。製品を作る職人が慣れている手法が優先されるのは、ものづくりの現場でよく見る景色。しかし、伝統に則っているのと、最適な手法をとるのとは、違う。

門間箪笥店 鈴木亮氏

「情報が共有されていないのは、製品についてだけではありませんでした。経営と現場で言うことがまったく違っていました。どちらも会社を良くしようという思いは同じなのに、目指すゴールを共有できていなかったので、意識を統一できていなかったのです」(鈴木氏)

 上位目的である将来のゴールを共有できていなかったため、会社に対する満足度も高まらず、当時の離職率はなんと50%ほどだったという。その状況をなんとか改善しようと模索していた鈴木氏が見つけたのが、サイボウズOfficeだった。スケジュール共有が進み、ボタンの掛け違いが少し減ったように見えた。

 さらに鈴木さんはkintoneに出会い、店舗に導入していった。ソウルウェアのRepotoneUを使って見積書や発注書を発行、さらにバーズ情報科学研究所のFAX+kintoneでFAXを受信、徹底したペーパーレス化と入力作業の省力化を図った。最終的に、紙は顧客に手渡す控えのみになったという。来店から納品まで25シートものExcelを使っていた頃に比べて、作業時間は40%ほど削減された。

「店舗での導入は成功でしたが、その後に進めた工房への導入は一筋縄ではいきませんでした。高齢者が多い職人にとっては、データ入力自体が大きな負担になります。よくわからないから、いらないと切り捨てられました」(鈴木氏)

 しかし鈴木さんたちは、そこで歩みを止めなかった。

全社の想いをひとつにするためのミーティングを通して、現場の要望を知った

 kintoneが現場に受け入れられなかった理由を探るべく、門間箪笥店では全社ミーティングを開催した。そこで明らかになったのは、経営と現場のボタンの掛け違いだった。現場では、人のせいにせず自分たちの手で会社を良くしていこうとがんばっていた。その一方で、経営層が考えていることが、現場にうまく伝わっていなかったことがわかった。お互いに会社を良くしようと考えながら、目指すゴールを共有できていなかったために、全社で足並みが揃わずにいたのだ。

 経営層が目指すゴール、会社のビジョンは何なのか。それを実現するために職人が知りたい情報は何なのか。思いをすりあわせる研修が行なわれた。

「会社のビジョンは、『世の中へ大切な想いを創り届ける』というものです。それを実現するために職人たちは、顧客がその商品を注文した背景を知りたがっていました」(鈴木氏)

 それまで、店舗から現場には仕様書だけが届けられていた。しかし、コストも時間もかかる仙台箪笥を買い求める人には、それなりの理由がある。なぜこの箪笥を求めているのか、その背景を知ることで職人は「想い」を形にして、箪笥を「創る」ことができるようになる。それをITで支えることができれば、現場の職人でも使ってくれるはずだ。

 こうした意識のすりあわせを経て、kintoneの現場導入は次のフェーズに進んだ。

 まずは、データ入力の手間を省き、なおかつ簡単に製造工程を可視化できる方法を考えた。その結果取り入れたのは、同じ地元仙台にあるアーセス社が提供するタスク管理プラグイン「KANBAN」だ。受注している製品がいまどの工程にあるのかひと目でわかるうえ、自分の工程が終わればタッチパネル上で指をすべらせるだけで、次の工程へと進めることができる。KANBANのパネルにはどの製品かという情報だけではなく、どのような経緯で注文してくれたかという背景のメモも表示した。

「職人が欲しがっていた情報を表示し、タッチパネルで操作できるようにしただけではなく、タイムカードを押す場所に端末を設置することで、必ず目に留まり、使ってもらいやすい環境もつくりました。その結果、KANBANを入口として徐々にkintoneを使ってもらえるようになっていきました」(鈴木氏)

 現場での進捗状況をリアルタイムに近い状態で得られるようになったので、メールワイズと連携して進捗状況をお客様に通知できるようになった。従来はお客様からの問い合わせに対して、現状を調べたうえで返答していたものを、プッシュ型で通知できるようになったのだ。製作に時間がかかる製品だけに、各段階で通知をもらえれば顧客は安心しつつ、完成に向けて一歩ずつ進む過程を楽しめるだろう。

 そして社内に向けては、ガントチャートを使って案件別、担当者別で進捗状況を共有することにした。各工程の担当者の手の空き具合がわかるようになり、納期を予測しやすくなった。

全社の想いをひとつにするためのミーティングを通して、現場の要望を知った

 kintoneを全社で使い始めたことで、多くの時間を削減できた。特に、それぞれが欲しい情報を共有できるようになったため、状況がわからず文句を言う時間がなくなった。その代わりに増えたのは、未来を考える時間だと、鈴木氏は言う。

「『みんなの広場』というスペースを作り、意見を出しやすい環境を作りました。最初はなかなか気軽に発言してもらえませんでしたが、社内でのワークショップなどを通じて少しずつスペースでの発言は増えてきました。それぞれの立場で意見を言えて、全社が同じゴールに向かって努力できるようになり、離職者もいなくなりました。業務を効率化するだけではなく、企業風土自体を変革したと実感しています」(鈴木氏)

 鈴木氏はここで、「一棹養生(ひとさおようじょう)」という言葉を紹介した。一棹の箪笥を手直ししながら大切に使い、次の世代に届けるという意味で、門間箪笥店が大事にする言葉だ。この言葉はkintoneにもあてはまると言う。

「kintoneのアプリは、作って終わりではありません。状況に応じてカスタマイズを続け、次の世代につなげていくものです」(鈴木氏)

 kintoneで「顧客の想いをつないで商品を創る」ことを実現した門間箪笥店は、顧客だけではなく商品や働き方を通じて東北地域の幸福度を高めることを目標にしていると語り、鈴木氏はセッションを終えた。

■関連サイト

北海道・東北地区代表は、挫折を乗り越えてkintoneを全社に広めた信幸プロテックの村松氏

 kintone hive Sendaiの登壇者4名の中から、もっともインパクトを与えた人には、東京で開催されるkintone Awardに北海道・東北地区代表として登壇し、全国に向けて事例を発表する機会が与えられる。そして、その人は聴衆からの投票により選ばれる。オンライン開催となった今回のkintone hive Sendaiでは画面の向こうにいる数百人の視聴者がPCやスマートフォンから一票を投じた。

 その結果、選ばれたのは、信幸プロテックの村松直子氏。売上向上、過去最高益を実現しながらもkintoneは使いにくいと言われ、挫折。その失敗を乗り越えて全社でkintoneを使う体制を作り上げた事例だ(関連記事:みんなで使った方が効果大!信幸プロテックにkintoneが根付くまで)。

 全国から東京に集まる他のプレゼンテーターとともに自社事例を語る姿を楽しみにしたい。

東北地区で選ばれた信幸プロテックの村松直子氏

 

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