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コロナ禍の路線バス運転手の日常、ステイホームも新しい生活様式も無縁

2020年05月14日 06時00分更新

文● 藤田和恵(ダイヤモンド・オンライン

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コロナ禍の緊急事態宣言でも、路線バスは交通インフラとして機能し続けた(写真はイメージです) Photo by Ryuko Sugimoto

新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言は、感染者数減少とともに「出口戦略」の段階を迎えた。1カ月を超える外出自粛や在宅ワークに終わりが見え、ほっとする向きも多いだろう。だが出口どころか、この間ずっと平時と変わらず働き続けた人もいる。公共交通機関や食品スーパー、医療機関などで働き社会基盤を支える「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる人たちだ。彼らがコロナ禍で感じた、仕事の現実とはどのようなものだったのか?(ジャーナリスト 藤田和恵)

朝5時半に勤務開始
乗客は社会に不可欠な人たち

 バス運転手の朝は早い。始発便のハンドルを握る日、大阪市内の路線バス運転手の男性Aさん(50代)は朝4時前に起きる。出勤して点呼や呼気検査、車両の点検を終えると、5時半には営業所を出発するという。

 Aさんが勤務する路線バスは、かつては大阪市による直営だった。その後、赤字事業であることなどを理由に民営化が決定。2018年4月に大阪シティバス(本社・大阪市)に譲渡された。所属する運転手は約800人。市内のほぼ全域をカバーしている。

 コロナ禍で在宅勤務や外出自粛が進む中、乗降客数は通常の3割にまで減った。スーツ姿の会社員や制服姿の学生が減り、幼稚園や小学校が休園・休校と思われる小さな子どもを連れた母親や、高齢者の姿が目立つようになった。商店街やスーパーが近い停留所や、地下鉄やJRなどの主要な駅と接続している停留所で降りていくという。

 一方で、依然として「毎日結構な込み具合」になるのは、公立病院や民間の医療機関がある停留所だ。利用しているのは、看護師や理学療法士、薬剤師といった医療従事者や、清掃やリネン交換、給食業務などを担うスタッフたち。朝や夕方の出退勤の時間帯は今もかなりの人数が乗り降りしていくという。

 Aさんは「バス運転手は、エッセンシャルワーカーのためのエッセンシャルワーカーやな」と言う。

 エッセンシャルワーカー、すなわち社会を支える上で「不可欠な働き手」の重要性は、コロナ禍でかつてないほどに注目を浴びた。具体的には、Aさんのような公共交通機関の運転手のほか、医療従事者やスーパーのレジ係、警備員、宅配業者、保育士、介護士、ゴミ収集業者などだ。彼らの存在のおかげで、多くの人の在宅ワークや外出自粛生活は成り立っているといってもいい。

 だがいつもと変わらず働くことは、新型コロナの感染リスクにさらされ続けることと裏腹でもある。バス運転手も、例外ではない。

英国では死者多数
高リスク職場の感染対策は?

 1月下旬、国内の日本人として初めて新型コロナウイルスに感染したのは奈良県のバス運転手だった。4月上旬には、同じ関西圏の南海バスの運転手が感染。北海道や沖縄でも感染が判明したほか、AFP通信は海外の事例として「英ロンドンのバス運転手20人死亡」と伝えた。

 Aさんが勤務する大阪シティバスでは3月初め、運転手たちが会社に対し、運転席の真後ろの座席などには乗客を座らせないようにしてほしいといった感染対策を求めていたという。しかし、Aさんに言わせると、「会社は、まだどこのバス会社もやってへんとか言って腰が重かった」と振り返る。

 結局、会社が本格的な感染防止対策を実施したのは、緊急事態宣言の発令により、乗客数が減り始めた4月中旬以降。現在は、運転席を覆うようにカーテン状の透明ビニールを設置しているほか、運転席の真後ろと左隣の座席や運転席付近のスペースの利用を制限している。Aさんは「タイミングは遅かったけど、今はやれることはやってくれとる。マスクも支給されているし、除菌スプレーも常備されている。換気のために(一部の)窓も開けて走っている」と話す。

路線バス車内のコロナ対策の様子Aさんら路線バス運転手は、3月初めから会社にコロナ感染対策を求めた。だが導入されたのは1カ月あまり後の緊急事態宣言後。バス内には運転席を覆うビニールシート(左)や、乗客に運転席から離れて立つよう求める印(右)ができた。マスクも支給されているというが、勤務実態そのものは平時と何ら変わらない(写真はAさん提供) 拡大画像表示

 とはいえ、乗客の中にはマスクをしていない人もいるし、「寒い」と言って窓を閉めてしまう人もいる。感染リスクはゼロとはいえない。同僚運転手の中には、家族と眠る場所を別々にしたり、子どもを実家に預けたりしている人もいるという。

「毎日、ぎょうさんの人と接する仕事やから、自分はすでに感染している可能性があるという覚悟でおるんやろな。うちは子どもも独立したし、そこまではしてへんけど……」

在宅ワークも新しい生活様式も
バス運転手とはまったく無縁

 新型コロナの感染拡大を受け、世の中は「リモートワーク」や「ステイホーム」が推奨されている。緊急事態宣言が解除されても、感染予防を意識した「新しい生活様式」はある程度定着していくだろう。だがAさんの勤務実態はそんな変化とはまったく無縁。コロナ前も、コロナ後も変わることはない。

 Aさんは正社員で、勤務ダイヤは午前5時30分~午後2時、午後3時~午前0時半などのほか、早朝の乗務をこなした後、4時間の休憩をはさんで夕方の乗務をこなす「中休ダイヤ」といわれる形態もある。公休が毎月8日あるうち2日は出勤しているので、休めるのは月6日ほどだ。

 Aさんの年収は約400万円。給与所得者の平均年収441万円(国税庁民間給与実態統計調査、2018年の結果)よりやや少ないぐらいの金額だ。しかし過去を振り返れば、バス運転手の年収相場は劇的に下がっている。

 バス事業が大阪市直営だったころ、運転手の身分は公務員で、平均年収は約750万円だった。同市は民営化の過程で、大阪シティバスの前身である大阪運輸振興への業務委託を進めており、高収入の公務員ドライバーは一部だったものの、完全民営化によりすべての運転手の給与体系が大阪運輸振興の水準まで切り下げられた。

 Aさんはもともと大阪運輸振興の運転手だったので、自身の年収が下がったわけではない。ただ、バス事業の民営化は当時の橋下徹前市長の絶大な人気の下で進められたこともあり、公務員へのバッシングもまたすさまじかった。Aさんは公務員でもないのに、乗客から「公務員のくせに」「運転手がたっかい給料もらいやがって」といった文句を言われたという。

 安定した仕事があることは、今回の非常事態で失業したり、補償もないまま休業を強いられたりしている人のことを思えばありがたいことだ。一方、民営化の流れの中で、バス運転手という職業が賃金相場や世間からの評価という点で軽んじられ続けてきたのではないかと考えると、複雑な気持ちになることもある。今になって「社会に欠かせない仕事」と言われても――。

 最近、同僚たちと顔を合わせるたびに話題になるのはボーナスのことだという。「(売り上げが減っているので)今年のボーナスは期待できんなと、みんな言うとる。危険手当? そんなもの出えへんよ。橋下さんは赤字や、赤字や言うて民営化したけど、コロナになってわしらがどれだけ大事な仕事をしとるか分かったやろ」とAさんは言う。

 Aさんは以前はトラック運転手として働いていた。こちらもエッセンシャルワーカーでありながら、規制緩和政策の下、賃金水準は下落の一途をたどっている。「『外出自粛して買い物はネット通販で』と言うけど、それを運んでるのは誰や、トラック運転手や」と皮肉り、こう続けた。

「トラック運転手も、バス運転手も『山谷ブルース』の心境やで」

 山谷ブルースは往年のフォーク歌手、岡林信康によるデビュー曲だ。高度経済成長を支えた山谷地区の日雇い労働者は切り捨てられ、社会から嫌われる――。彼らの悲哀を、岡林はギター片手にこう歌う。

「だけどおれ達いなくなりゃ ビルも ビルも道路も出来ゃしねえ」

 コロナ禍を受けた緊急事態宣言は、段階的に解除される段階を迎えました。ここから先の課題は、コロナショックで打撃を受けた仕事への対策です。ダイヤモンド編集部は、アフターコロナ時代の雇用や賃金をテーマにアンケートを実施しています。https://bit.ly/diamond_coronaから、ぜひご回答をお寄せください。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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