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コロナ克服の田嶋会長が訴えた「待ったなし」の働き方改革とは

2020年04月04日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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退院したサッカー協会・田嶋会長はオンラインでの記者会見で入院生活で見た医療現場の実態を赤裸々に語った Photo:JIJI

新型コロナウイルスに感染したことを自ら公表し、都内の病院で闘病してきた日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長(62)が2日に退院した。同日午後にオンライン形式で実施された記者会見では、目に見えない敵に打ち克つまでの18日間に及んだ入院生活で見聞きしてきた、医療現場の最前線における切迫した現状だけでなく、新型コロナウイルスを取り巻く日本社会の課題などを、実際に感染した者でしか分からない、重みを伴った言葉とともに訴えた。(ノンフィクションライター 藤江直人)

「医療機器の在庫が刻一刻と少なく…」
入院中に見た医療現場の危機的状況

 目に見えない敵に打ち克ち、帰還を果たしたからこそ、声を大にして訴えたい事実がある。新型コロナウイルスを巡る最前線の光景を目の当たりにしてきたからこそ、発せられる言葉には重みがあった。

「今の医療体制に対してさまざまな意見や批判があると思います。ただ、自分が入院していたから分かることですが、現場の医師や看護師、取り巻くスタッフの方々、そして保健所の方々が必死になって医療崩壊を起こさないように食い止めようとしている。そのことを皆さんにお伝えしなければいけないですし、医療に従事している方々が感染しない、あるいは負荷がかかり過ぎて疲弊させない状況を作らなければいけないと常に身近で、自分の肌で感じてきました」

 パソコン画面を介して切迫した状況を伝えてきたのは、日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長だった。新型コロナウイルス感染を調べるPCR検査で陽性反応が出たことを公表し、氏名が特定された日本で初めての感染者となった同会長は、2日に都内の病院を退院して記者会見に臨んだ。

 とはいっても会見場が用意されて、集まったメディアとの間で質疑応答が交わされたわけではない。パソコンやスマートフォンなどを介する、オンライン形式の記者会見を急きょ開催。やり取りの中で、肺炎の症状が発見された先月16日から図らずも送ってきた入院生活を振り返った。

「入院した日に検体を取って、翌日に新型コロナウイルスに感染していることが分かった次第です。さまざまな治療や対処療法をしていただいた中で、咳というものはありませんでした。発症前に味覚や嗅覚に変調をきたしていたのかと言われれば、ちょっと記憶にありません。ただ、入院後も微熱が1週間ぐらい続きましたが、2週目からは比較的落ち着いた状態で入院していました」

 医師や看護師はエプロンを大きくしたような防護服で身体を覆い、ゴーグルのような機器で顔も完全にガードした状態で病室へ入ってきて日々の診察を行っていた。聞けばそうした医療機器は当然ながら使い捨てとしなければならず、刻一刻と在庫が少なくなってきていたという。

「医療機器の供給についても、多くの方々が懸命に取り組んでいることが分かりました。しかし、そういったものがどんどん足りなくなってきて、なおかつ患者が増えてきた時には、まさに海外の国々で起こっているような、医療従事者が感染する状況がどんどん増えてくる。

 人工呼吸器や新薬、あるいはワクチンを作ることも必要ですけど、一番簡単なことを並行してやっていかなければ、すぐにでも医療崩壊を招いてしまうのではないか。入院中は医師や看護師をはじめとする、すべての医療関係者の献身的で科学的根拠に基づいたプロフェッショナルな仕事に大きな感銘を受けました。本当に頭の下がる思いでしたが、そうした方々が日に日にバタバタしていったのを肌で感じていた状況でした」

濃厚接触者の夫人さえ検査できず
「検査を増やさない努力をしている」

 病室ではテレビを見られる状況にあったという。スイッチを入れれば画面の向こう側で、新型コロナウイルスに対する日本の医療体制への是非がニュース番組などで報じられている。例えばPCR検査そのものの少なさを自分の立場に置き換えた時、さまざまな思いが脳裏を駆け巡った。

 田嶋会長自身は平熱が36度前後のところを、先月15日の夕方になって37度台の前半を計測。なおかつ同上旬に出張したオランダ・アムステルダムで参加した国際会議の出席者から、新型コロナウイルスの感染者が出ていたことを保健所へ報告したことが、検査を受けられるきっかけになった。

 厚生労働省が発表している定義によれば、感染者の家族や同居人は即、濃厚接触者となる。しかし、トップアスリートたちの活動拠点となる国立スポーツ科学センター(JISS)に内科医として勤務する、夫人の土肥美智子さんはPCR検査を受けることができなかったと田嶋会長は明かす。

「PCR検査を増やさないように努力をしているんじゃないかと、私の方で勝手に想像しています。例えば新型コロナウイルスが指定感染症に指定されたことによって、今現在ではPCR検査で陽性反応を示せば、どんなに軽症でも入院して隔離されなければいけない。そういうルールの中で、陽性者がどんどん増えてしまうと本当に大変なことになります。

 軽傷者をどこに集めてどのように治療するのか。あるいは隔離するのか。陰性が2回続けて出なければ今のルールでは退院できない中で、なかなか退院できないとどんどんベッドが埋まっていく状態になり、本当に重症な方が出てきた時に入院できないのは目に見えています。ひとつずつの批判に対応していくのではなく、抜本的に、なおかついっせいに取り組んでいかないと、どこかに歪みが出た時にそれが医療崩壊につながっていくのではないか。さまざまな医療従事者の方々が、もう待ったなしの状況に来ていると思っています」

志村けんさんの死に無念の思い
「命さえあれば、何だってできる」

 退院へ向けて最初のPCR検査を受けた先月30日に、新型コロナウイルス感染症による肺炎と闘病していた、日本を代表するコメディアンの志村けんさんの突然の訃報に接した。同じウイルスに感染した一人として、田嶋会長は「言葉では説明できない気持ちになりました」と無念の思いを明かす。

「この病気は本当に恐ろしいものだと思っています。海外の政府の事例を見ても分かる通り、このような前例のない状況下では国のリーダーは揺るぎない信念を持ち、その時々で前例にとらわれない決断や多くの困難が伴う決定をしていかなければなりません。医療機関で何が起きているのか、そして患者の方々がどのような気持ちでいるのか、といったこともしっかりと踏まえた上で、本当に医療崩壊しないように、そしてこれ以上亡くなる方が出ないようにしなければいけない。本当に命さえあれば、後になって経済の建て直しも、サッカーを含めたスポーツの建て直しも何だってできる。亡くなってしまったら何もできなくなるということを、私たちは忘れてはいけないと思っています」

サッカー協会は2月末から在宅勤務に
感染者の偏見・差別への思いも語る

 先月30日に続いて今月1日のPCR検査でも陰性だったことで、退院できる運びになった。厚生労働省からは毎日の検温やうがい、手洗いなどを励行していく指示を受けた田嶋会長は都内の自宅には戻らずに、単身で離れた施設に当面滞在する。その理由をこう説明する。

「陰性になった後も陽性になることが、稀にあるということも聞きました。なので、妻が医療関係の仕事をしていることと、86歳の母がいるということで、自分一人で住んでいこうと思っています。仕事については、できることはウェブ会議や電話、メールなどでやり取りしながら病院の中でもやっていました。回ってきているものに関しては、稟議書などもウェブで決済しています。

 役職員の在宅勤務を決めた2月26日の時点で、日本サッカー協会にはテレワークのインフラもウェブ会議のシステムもありませんでした。それでも、私たちは在宅勤務に踏み切りました。もしも今、在宅勤務をどうしようとか、インフラがないからという理由で迷っている法人や組織があれば、とにかくやった方がいい。そうすることで間違いなく感染のリスクを下げることができると思います」

 入院中の3月29日に行われた定時評議員会で、自身の三選を含めた人事案が了承された。退院とともに新たな体制をスタートさせた田嶋会長は組織を預かるトップとして、ヨーロッパ出張に同行した3人の役職員や、帰国後の濃厚接触者から新たな感染者が出なかったことに胸をなで下ろす。

「事前に在宅勤務としていたことと、私が罹ったことによってサッカー界の方々が非常に緊張感をもって新型コロナウイルスに向かったことが、日本サッカー協会およびJFAハウスがクラスターにならずに済んだひとつの理由だと思っています。加えて、患者になって初めて分かったことですが、患者だけでなく家族や関わっている医療従事者に対しても、偏見や差別が起こっていることも耳にします。私も経験しましたが、組織を守ることや批判を気にするあまり、情報発信の際に患者や関係者のことを忘れてしまうことが起こりがちですあり、それが偏見や差別に繋がるということも忘れてはいけない。サッカー界も人々に対して優しい組織でありたいと、あらためて強く感じています」

 厚生労働省は3日、PCR検査で陽性反応を示しても軽症や無症状ならば入院せずに自宅やホテルなどで療法し、退院へ向けた2度のPCR検査の間隔を48時間から半減させる新たな方針を各自治体へ通知した。目に見えない敵へ一丸となって向かっていく中で、老若男女が笑顔でサッカーを楽しめる日々を取り戻すための戦いが、復帰した田嶋会長を中心とするJFAを中心に加速されていく。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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