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センバツ中止は、高校球児のためではなく「大人の事情」で決まった

2020年03月14日 06時00分更新

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

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センバツの中止で、今年の春は高校球児の勇姿を見ることはできません Photo:PIXTA

 センバツ中止が決まった後、中止を惜しむ声も数多く聞こえてくる。

 大会主催者は「苦渋の決断」と言った。安倍首相がイベントなどの自粛を十日間延期してほしいと要請した直後だけに、無観客でも実施は厳しいと判断した背景がうかがえる。

 私はずっと高校野球の改革を強く唱えている者だが、すでに決まったことに横槍を入れる気持ちはない。私自身も甲子園を目指した元高校球児だ。今回も、選ばれた選手たちがなんとか甲子園でプレーできないか、あれこれアイディアをひねり出し、非公式だが、高野連の関係者に提案させてもらったりもした。最後まで「開催してくれないか」との思いが心の奥にあった。

 最終的な可能性としてどうかと考えたのは、「優勝を争うトーナメント方式をやめ、全チームが1試合ずつ戦う親善大会」だった。これなら近隣の高校は甲子園まで日帰りで来られる。遠いチームも1泊で済む。中止よりはいい。日本高野連の中にも同じ案を考えた理事がいたようだが、最終的にはそれも採用せず、全面中止を決めた。

本当に「選手のため」の決断か
“大人の判断”が優先したのではないか

 私は、決断を感情的に非難したいわけではない。だが、ごまかしや本質外れは、指摘しなければならない。丸山昌宏大会会長(毎日新聞社社長)が「断腸の思い」「痛恨の極み」「苦渋の決断」と繰り返し言い、「選手たちが安心して甲子園でプレーできる環境を現段階では安全を担保することが難しいというのがその理由です」と苦しげな表情で言った。

 だが、私の心にはその「苦しさ」が響いて来なかった。選手が感染したらいけないから中止にした、という言い方だ。が、この年代の選手は「もっとも感染しにくい、感染しても発症しにくい」と言われる。

 ずるい。選手のためと言われたら、選手や監督は何も言えない。だが本当に、選手のために中止を決めたのか? もし選手のためなら、その選手のため、すぐ代替案を提示するのが当然の配慮ではないか。そのスピード感を持っていないのはなぜか? 本当に選手の気持ちを第一に考えたのか? それよりも、この状況下で、「高校野球だけが強行するのは賢明でない」という、大人の判断が優先したのではないかという印象がぬぐえない。

 八田英二・日本高野連会長も同様だ。自分たちは「最後の最後まで努力を続けた」「高校野球は学校教育の一環である」とも言った。もっともらしいことを真剣な表情で言ったが、全部、大人の論理ではないか。

「教育の原点に返って苦渋の決断をした」「教育者として苦渋の決断をした」「このような厳しい決断、それもありうるんだとわかっていただくことも人格形成に寄与する、教育ではないか」

 あれ? 自分たちの決断がいかに高尚かを前提に話している。そして、それを受け入れることが「人格形成に寄与し」「教育だ」とまで言い切っている。

 教育の原点? 高校野球が本当に教育本位で行われているなど、誰が認めるだろう? 勝利至上主義が前提になり、多くの控え部員が3年間一度も試合に出ることができず卒業していく状況を高野連は放置し続けている。一回戦で負ければ、年に3試合しか公式戦のチャンスがない、そんな高校に「もっと機会を!」といった配慮もない人々(組織)が本当に教育を原点にしているなどと公言できるのか?

 結局センバツは、大人が準備し、大人の事情で開催している大会なのだ、という印象が強く残った。もともと春のセンバツは、新聞社の販売競争が激しく展開され始めていたころ、現在の毎日新聞社の拡販のために企画された大会だと言われている。「高校野球の普及・発展」「高校教育の一環」としばしば語られるが、原点は宣伝なのだ。その証拠に、共催の形にはなっているが、大会会長は日本高野連側でなく、毎日新聞社社長だ。どちらの意向や事情が最終的に反映されるかは想像がつく。

 今回の中止決定にあたって、「専門家の意見を熱心に聞いた」が、出場が決まっていた選手たちの気持ちは聞いていない。

 もちろん、現体制のセンバツを実施するか否か、選手の希望を聞いて、選手たちの判断にゆだねることはできないだろう。だが、主役であるはずの選手は一切決定の場には近づけず、ただ決定に従う立場。こうした上下関係に一切変化がなかったことに私は深く失望した。

高校球児にものを考えさせない
「高野連至上主義」が今の高校野球

 再考までの1週間で、日本高野連は何をしたのか?

 他にするべきことがあったはずだ。それが私の無念であり、高野連への失望をさらに深めた。さらなる感染防止対策を模索されたのは事実だろう。だが、1週間で世間の流れを見た、それが彼らの行った一番大きなことではなかったか。

 決定の前日、「無観客でも出場するか?」という打診が、日本高野連から出場各校になされたと報じられた。それで「やるんだ」と期待した関係者が多かったという。罪な話だ。もし打診するなら、もっと早い段階で、「選手たちは、どのような考えを持っているか」と投げかけ、再決定までの1週間で選手たち自身に考えてもらい、球児の考えも大きな参考にする姿勢があれば、選手たちの気持ちも少しは違ったのではないか。

 当事者は選手なのだ。決断は大人がすべきだが、大人の事情だけで選手を翻弄すべきではない。選手たちに「この状況とどう向き合い、どういう選択をするのが最善か」を考えてもらうのは大きな学習の機会だったと思う。

 高校野球はこれまでもずっと、高校球児にものを考えさせない、監督やコーチたちも含めて、お上(高野連)に従う癖をつけさせることが大きな病弊だと私は指摘している。今回も同じだった。再決定までの1週間、意見やアイディアを日本高野連に寄せた監督、コーチ、選手がどれほどいただろう。出場校でなくても、そんなアクションがあったとは、いまのところ聞こえてこない。みんなの問題なのに。おかしい。

「こんな方法でやりましょうよ」とか、「いまはやめましょう」とか、誰もが真剣に考えているはずの思いを寄せる場所がない、それがいまの日本高野連だ。何かあるたびごとに、「高校野球はあくまでも教育の一環だ」と強調するが、実際には、勝利至上主義や甲子園絶対主義に捉われて、教育的な姿勢は薄いと残念ながら感じている。今回もまさにその体質が露呈した。

 こんな出来事があるとしばしば、「人生には理不尽がある。それを学び、乗り越えるのも高校野球」といった言い方がされる。私はこうしたごまかしとすりかえに激しい憤りを感じる。

 ある出場校の監督が、中止決定直後、選手たちにこう語りかける光景がニュースで何度となく紹介された。

「残念だけど、仕方ない。誰が悪いわけでもない。見えない敵に負けたってことや」

 なかなか気の利いた表現だとは思う。だが、これを受け入れていいのだろうか?

「見えない敵」とは何だ? 目に見えないウイルスのことを直接的に言った直喩なのか、日本高野連という組織の重さをほのめかす暗喩だったのか、わからない。いずれにせよ、「見えない敵」に負けたとしたら、まず高校球児たちはその敵が何であって、どうすれば回避できたのか、あるいは他の方法はありえなかったのかを検証しなければ、先へは進めない。

 私が選手なら、従わざるを得ないとわかってはいるが、絶対にやり場のない怒りといら立ちが消えずに残るだろう。そうした心情を後で知った高野連は、「選手たちの心のケアにも配慮してください」といったメッセージを翌日に出した。

 そんなバカな! それこそ口先だけの言い逃れではないか。どうすれば、心が癒えるのか! そのメッセージは、本当に心配して出したのでなく、自分たちの責任を多少でも回避する、自分たちを守るための発信ではないか。こういう大人たちのずるさ、保身こそがさらにいっそう高校生たちを傷つけかねない。

 前述の監督は、短いミーティングの最後を「いいな」という言葉で締めくくった。

 監督が一方的に、自分は心を切り替えるしかないと決めたから、お前たちもそうしろ、と服従をうながしている。選択の余地がない。思考の行き場がない。それを、理不尽を乗り越えると言う便宜的な言い方で逃げることが本当に教育なのか。そんな言い方こそ、監督の勝手ではないか。

「いいえ、俺たちは納得できません!」と声を上げる環境がいまの高校野球にはない。そういう状況こそ、取っ払う必要があると私は感じている。

春の大会は5月、夏の大会は10月へ
今回の落胆が未来を作る礎に

 最後に、前向きな話に転じよう。

 中止によって、甲子園の舞台に立つ機会を奪われた選手たちへの救済案が各メディアで示されている。

 私は、実現可能で、将来への布石にもなる提案をしたい。

 例えば5月に、先に挙げた「1試合だけの親善方式で実施する」というプランだ。全選手が甲子園で試合ができる。5月なら、夏の大会への支障はない。春の地区大会の時期だが、1試合なら調整は可能なはずだ。

 これは緊急的な対応でもあり、新たなスタンダードにしてほしい願いもある。

 3月にセンバツ、8月に夏の甲子園、これが長く続く慣習だが、これは変える時期に来ている。春の大会は5月、夏の大会は秋10月。こうした流れのきっかけを作ることができれば、今回の落胆が修復され、なおかつ未来を作る礎になる。

(作家・スポーツライター 小林信也)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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