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インハウス専門家としてスタートアップで働く醍醐味とは

アイリス株式会社 執行役員プロダクトマネージャー(PdM) 弁護士 﨑地 康文氏インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンクhttps://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。


 法務知財の知識や人手の少ないスタートアップにとって、専門家によるサポートは欠かせないが、社外の立場でできることには限界がある。規模が小さいうちは外部の事務所の顧問契約で十分、と考えがちだが、知識や人手の少ないスタートアップだからこそ、会社の内側から法務や知財をサポートしてくれる専門家が必要だ。﨑地康文弁護士は、業界大手のアンダーソン・毛利・友常法律事務所での海外勤務、米国LLM留学の経験を経て、2019年7月よりAI医療機器スタートアップのアイリス株式会社にジョイン。法務や知財の職務に留まらず、エンジニアたちと一緒にさまざまな開発業務にも取り組んでいる。スタートアップで働く醍醐味、インハウス弁護士だからこそできることを伺った。

アイリス株式会社 執行役員プロダクトマネージャー(PdM) 弁護士 﨑地 康文氏
2008年東京大学工学部卒業、早稲田大学大学院法務研究科を経て、アンダーソン・毛利・友常法律事務所で弁護士として勤務。特許訴訟、企業買収等に携わる。2016年からシンガポール勤務、2017年 カリフォルニア大学 バークレー校LLMコースを修了。2018年夏に帰国し、2019年7月アイリス株式会社に入社。特許庁 知的財産アクセラレーションプログラム(IPAS)2018年度メンター。慶應義塾大学イノベーション推進本部 特任講師。

喉の画像から、AIがインフルエンザを診断

 アイリス株式会社は、新しいインフルエンザ検査方法の開発に取り組んでいるAI医療機器スタートアップだ。現在のインフルエンザのウイルス検査は、鼻の奥に綿棒(スワブ)を入れて採種する方法が主流。痛みがあるうえに初期の診断が難しく、検出精度は約6割と低いと言われている。このことが重篤化や感染拡大の一因になっている。

 インフルエンザは発症初期でも特有の喉の濾胞(ろほう)が現れると言われているが、ベテラン医師でなければ見分けがつかないそうだ。同社では、この喉の濾胞からのベテラン医師の診断技術をAIで再現する医療機器の開発に取り組んでいる。インフルエンザに限らず、喉に症状が現れる病気への転用も期待できる。

 﨑地氏は、インハウスの弁護士として、開発中の医療機器とAIデータの薬事法への対応を含む知財戦略業務に携わっている。

スタートアップの中に入り、一緒に知財を発掘する

 﨑地氏がアイリス株式会社に加わったのは、2019年の7月。それまでも大手法律事務所でスタートアップの投資契約やポートフォリオ作成を手掛け、2018年度の知財アクセラレーションプログラム(IPAS)のメンターを担当するなど、外部専門家としてスタートアップを支援していた。さらに一歩踏み出して、インハウス弁護士として働くことを選択した理由は何だろうか。

 「米国留学中にスタートアップ文化を肌で感じたことですね。帰国後、IPASに参加するなどスタートアップの支援活動をやってみましたが、外からの支援には限界を感じて、じゃあ中に入ってみよう、と」(﨑地氏)

 﨑地氏の経験上、外から支援する形の場合、社内にどのような情報があるのかわからないという。というのも、スタートアップの経営者サイドも、自分の展開するビジネスにおいて、何の情報を専門家に伝えればいいのかなかなか判断がつかないためだ。コミュニケーションの齟齬により、いい特許ができないのはもったいない。中に入って普段から一緒にいれば、もっといい仕事ができるのでは、と考えたそうだ。

 大手法律事務所に比べると大幅に収入は下がってしまったそうだが、﨑地氏は、慶應義塾大学オープンイノベーション推進本部特任講師と兼業することで収入減をカバーしているという。「いきなりフルで入るよりも最初は兼業がいい。スタートアップの様子も分かるし、弁護士資格を活かして幅広く活躍することができる。」と﨑地氏。

 アイリス側としても、フルタイムで専任弁護士を迎えるほどの規模ではなかったため、兼業前提であれば都合がよかったそうだ。もともと工学部出身の﨑地氏は、法務や知財だけでなく、機械設計や製造の品質管理などのあらゆる業務にも携わっている。

 「ビジネス面もやりたいと思っていたので、全部に入り込める環境はすごくいいですね。一緒にやっていると、問題があれば自分でわかる。もし外にいたらこの情報は入ってこなかっただろうな、と思うことは多々あります」

 現在アイリスでは、AIを搭載した診断機器の特許を含む4件の特許を出願中だ。

 「創業時に基本特許を出願していたのですが、そのあとの補強ができていなかったので、急いでアップデートしたところです。今は、将来の開発スケジュールを見据えて、特許の取り漏れがないようにしています」

 特許出願後は、1年で優先権主張の期限、1年半で改良出願といった期限があるが、スタートアップの経営者には、あまり知られていない。開発スケジュールと知財の出願のタイミングを合わせることは、あまり認識されておらず、出願後のケアがおろそかになりがちだ。また、エンジニアは何が発明なのかわからずに開発しているため、特許になりうる技術が埋もれてしまっている。

 「発明の発掘は、想像以上に難しかったです。中に入れば、もっと簡単に発掘できると考えていたけれど、エンジニアに直接聞いてもなかなか出てこない。相手に尋ねるのではなく、自分で製品を理解して、新規性を探すしかない。これができる弁理士さんがいると、スタートアップとしては助かるでしょうね」

スタートアップがインハウス弁理士を雇うメリット

 スタートアップがインハウスの弁護士を雇っても、人件費に見合うだけの業務量があるのかが気になるところだ。アイリスでは、現在も外部の法律事務所と顧問契約をしているが、﨑地氏が入社してからは、外注費用が抑えられ、すべてを外注するのに比べてトータルでは安上がりになっているそうだ。

 「以前は何でも外注していたので、顧問料の業務量を超えてしまい、かなりの額が追加請求されていました。契約書をチェックしてもらう場合も、漠然とチェックを依頼するのではなく、範囲を絞ると費用が抑えられます。今は私経由で外注しているので、少しずつ改善されてきています」(﨑地氏)

 法務にかかる費用は必要経費と考えがちだが、インハウスの専門家がいることで意外とコストダウンできるようだ。

法務知財に限らず、ビジネス全体が見られる面白さ

 﨑地氏が仕事で大事にしているのは“楽しさ”。かつての法律事務所での仕事もやりがいはあったが、今は関わった製品が世に出ることに、より面白さを感じているそうだ。

 「スタートアップの醍醐味はスピード感。数ヵ月で状況がまったく変わるのはスタートアップならではですね。製品開発も変わりますし、社員が急速に増えたり、資金調達の将来の見え方も変わってきたり、すべての状況が目まぐるしく動きます。また、顧問契約に比べて、社長との距離が近いので、決定が早く、内部にいることで自身の裁量権も大きい。外部のアドバイザーは保守的な意見になりやすいですが、内部にいれば多少のリスクがあっても、ベネフィットを取りに行けるのが面白いですね」(﨑地氏)

 また﨑地氏は、専門家がスタートアップを支援するために必要なスキルは、人間関係を築く力と、変化を恐れないことだと考えているという。

 「スタートアップはチームで動くので、相手を理解することが大事。また、状況が変われば、求められる役割も変わってきます。役職によって業務が固定されておらず、僕の場合、品質管理、薬事申請、統計処理、画像処理をしたりすることもあります。法務、知財だから、と殻に閉じこもっていたら厳しい。変化や挑戦を楽しめるかどうかだと思いますよ」

 最後に、これからスタートアップと働く士業の方へアドバイスをいただいた。

 「弁理士や弁護士は、お客さんにあまり手を突っ込んではいけないのでは、と距離を取りがちですが、スタートアップは、むしろ中に入ってほしいと思っています。距離をもっと縮めていいと思います」

 アイリスに入ったことで、よりスタートアップのコミュニティが広がったという﨑地氏。今はアイリスと慶應大学イノベーション推進本部特任講師の傍ら、プロボノでのスタートアップ立ち上げ支援もしているそうだ。大手企業の知財部や法律事務所からスタートアップに入り、また事務所に戻る、というキャリアプランもあっていい。きっと経験が活かせるはずだ。

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