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韓国映画が『パラサイト』でアカデミー賞を受賞できた理由

2020年02月17日 06時00分更新

文● 白川 司(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:Michael Kovac/gettyimages

今年2月にハリウッドで行われたアカデミー賞の授賞式で、韓国映画の『パラサイト――半地下の家族』が、外国語映画で初となる作品賞を受賞した。昨年にはカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールも受賞している。日本映画界の低迷とは対照的に、なぜ韓国映画の世界的な評価は高まっているのだろうか。(国際政治評論家・翻訳家 白川 司)

韓国映画を変えた
20年前の通貨危機

 今年2月9日に行われたアカデミー賞授賞式で、韓国映画『パラサイト――半地下の家族』(以下、『パラサイト』)が国際長編映画部門を取ったことに驚いた人はそれほどいなかっただろう。この賞はすぐれた外国語作品に送られるもので、前評判が高かった『パラサイト』はその資格を十二分に有していた。

 だが、この作品が、アカデミー賞の脚本賞と監督賞、そして最高賞と言っていい作品賞まで受賞したときは、少なからぬ映画好きが衝撃を受けたに違いない。

 まさに映画史に残るほどの快挙だと言ってよい。

『パラサイト』は貧富の格差という韓国社会の問題点を描きながら、最後まで見る者を飽きさせない高い娯楽性がある。この作品はまず韓国国内で高い評価を受け、映画産業が強い韓国とはいえ1000万人超という桁違いの観客を動員した。社会問題を描きながらも、貧困の悲惨さと同時に、そこに生きる人たちのたくましさや卓越した生きる力を辛辣(しんらつ)なユーモアも交えて描いている点で、娯楽映画としても高い水準を有している。

 昨年5月のカンヌ国際映画祭で『パラサイト』が最高賞であるパルムドールを受賞したとき、日本での反応はもう一つだった。まだ日本で映画が公開されていなかったこともあるが、カンヌでは芸術性や社会性が重視されるので、アジア映画でも取るのは可能だという認識があるのかもしれない。

 だが、アカデミー作品賞となると話は変わる。芸術性や社会性だけでなく、ハリウッド映画にも対抗できるほどの多くの人を惹きつける娯楽性があることが認められたことになるからである。

『パラサイト』公開当時は、日本のマスコミでも優れた映画として広く取り上げられていた。ただ、そこでは「半地下」が象徴する韓国社会の負の側面に焦点を当てたものが多く、プロットの巧みさには触れても、映画そのものの娯楽性を強調したものはそれほど多くはなかった。

 それだけに本作品がアカデミー作品賞を取ったことは、日本にとっても衝撃だった。韓国映画が日本のはるか先を行き、世界市場を狙えるところまで上り詰めていたことが明らかになったといえる。

 日本では宮崎駿監督をはじめとするアニメーション作品は世界的に高い評価を受けているが、実写映画、とくに娯楽性のある作品では、黒澤明以後、世界ではあまり注目されることがなくなっている。そこで、これを機会に「日本ではなぜ映画がだめになったか」の議論も行われるようになっている。

 映画に限らず、韓国のエンターテインメントは1997年の通貨危機によるIMF救済をきっかけに世界市場を目指すようになった。

 特に2000年代以降の韓国映画の質的な向上はめざましい。2004年公開の朝鮮戦争を描いた映画『ブラザーフッド』で、私は俳優の演技力や戦争シーンのリアルさに驚嘆した。韓国映画は俳優の演技力や映像美については一定の評価はあったが、このときに娯楽性についてもすでに高いレベルに達している。

 一方、日本映画が国際的な評価を受けにくい理由として、テレビ局や広告代理店の影響力が大きく、俳優が「監督の道具」になりきれない点もあげておきたい。

 低予算の地味な映画には個性的で面白い作品も少なくないが、予算をかけた作品になると、テレビドラマの延長のようなものになって「誰でも楽しめる」といった普遍性を失いがちだ。また、つたない演技力の俳優が交じり作品が台無しにされてしまうことも稀(まれ)ではない。その点、韓国映画では演技力のない俳優が交じることはないので、安心して見ていられる。

 幼い頃から訓練を受けてきたり、才能のある人材を優先する韓国映画には、その点でも太刀打ちできなくなっていると感じる。

急成長の背景には
政府のあと押しも

 一部マスコミは『パラサイト』を制作したCJエンターテイメントのロビー活動がかなり盛んだったと報じている。

 CJエンターテイメントとはサムソン系コングロマリットであるCJグループの子会社で、韓国のエンターテインメント会社を多数吸収して成長した一大エンターテインメント企業である。それだけに圧倒的に資金力と影響力を有している。

 さらに、韓国政府も韓国エンターテインメントを国家レベルで支援しており、受賞に向けたロビー活動も他国とは規模が違っている。

『パラサイト』のアカデミー作品賞受賞には、作品の良さのほか、制作側が十分な予算を使って各国マスコミに広報活動を繰り広げてきたことも大きいと考えられる。

 映画の観客動員も『ブラザーフッド』が公開された2004年から急速に伸びて、2011年には日本を抜き、その差は年ごとに広がっている。人口比で考えると、日本人の2倍から3倍多く映画館に足を運んでいることになり、こうした裾野の広さが韓国映画を下支えしている。

 これには韓国の人口がソウルやプサンなどの大都市圏に集中していて、交通費が安く移動コストがさほどかからないなど、日本にはない特徴も影響しているだろう。

 韓国映画の裾野の広さでもう一つ思い浮かぶのが、映画が「みんなで楽しむ娯楽」である点だ。日本では映画館は1人客の割合が多いが、韓国はカップルやグループ、家族が多い。最近は韓国も少しずつ変わりつつあるが、レストランに1人で行く人も少なく、たいていはカップルかグループである。映画は面白い場面では声を出して笑い、悲しい場面ではみんなで泣くといった一体性も含めて楽しめるため、多人数を動員しやすい素地があるのかもしれない。

ハリウッドを変えた
2つのきっかけ

『パラサイト』のアカデミー作品賞受賞には、アメリカ映画界の変化が大きく影響していることも見逃せない。

 ハリウッド(アメリカ映画界)が本質的に変わった時期として2016年から17年にかけてをあげておきたい。

 2016年とはトランプ大統領が誕生した年である。ハリウッドは民主党の強力な牙城であり、ハリウッドで出世するには民主党支持者でなければならないと言われることもある。実際、オバマ大統領誕生のときは、ハリウッドを代表するスターたちがオバマ支持を次々と表明した。

 だが、Netflixの台頭によって、映画界に圧倒的な力を誇っていたハリウッドも徐々に影響力を失っていく。

 それ以前の俳優たちはハリウッドしか道がなかったが、2017年に米動画配信大手のNetflixの加入者が1億人を突破し、質の高いオリジナル映画を生み始めると、白人至上主義で言論の自由のないハリウッドを嫌い、映画の世界から飛び出す映画人たちも増えていった。

 2017年にハリウッドの大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインがセクハラ問題で告発された。すると、女優たちがワインスタインの圧倒的な政治力の前にセクハラに沈黙していたことを証言し始めた。ワインスタインはトランプ大統領に敗れた民主党ヒラリー・クリントンのスポンサーであり、ワインスタインは民主党やヒラリーをバックにやりたい放題であったことがのちに明らかになっている(ヒラリー側は否定)。

 ハリウッドは既存の#METOO運動を盛り上げて、2018年のゴールデングローブ賞で女優全員に黒服を着せることでごまかそうとしたが、ハリウッド内のことをトランプ大統領の愛人問題などと強引に結びつけるやり方には、マスコミの盛り上がりとは反対に一般的にはほとんど盛り上がっていなかった(なぜか日本の野党が盛り上がった)。

 アカデミー賞の審査員が白人中心から、さまざまな国へと広がるようになったのは、まさに2017年からである。この頃から「白人」と「英語」を中心とする今までの選び方を改める機運が高まっていたわけである。

 しかも、ハリウッドはもともと民主党リベラル派の牙城であるので、アメリカの中では中国や韓国に近く、実際、ハリウッドには近年、多額の中国資本が入っている。また、先述した韓国のCJエンターテイメントも『ターミネーター』を手掛けた制作会社スカイダンスに巨額投資をすることになっている。

 2020年のアカデミー作品賞に『パラサイト』が選ばれた背景には、このようなハリウッドの変化もある。つまり、『パラサイト』は外国語映画であり、韓国社会の問題点を描いている社会派映画であり、観客を飽きさせない娯楽性も備えているという点で、「新生アカデミー賞」の存在意義を示すには理想的な作品だったわけである。

『パラサイト』の
さまざまな楽しみ方

『パラサイト』を見た日本人観客には、この映画の富裕家族とパラサイト家族の関係に、日本と韓国の関係を見た人もいたかもしれない。私もまさにそうだった。

 以下、「ネタバレ」があるので、予備知識なしで作品を楽しみたい方は、鑑賞後に読むことをおすすめしたい。

『パラサイト』ではITベンチャーで成功した裕福な創業者一家と、そこに嘘とはったりを利かせながら一家総出で入り込み寄生(パラサイト)する貧困家族を描いている。両者はどちらも一般の家庭の出身なのだが、かたやIT起業で成功し、かたや事業に失敗したことで命運が分かれた。

 パラサイト家族は、素直で人の言うことをすぐに信じる富裕家族に寄生し続けるつもりでいる。戦後の高度成長で先進国入りした日本を地上で暮らす富裕家族と置き換えれば、日本と発展途上の大陸アジアの間にある韓国は「半地下」の家族にもなぞらえうる。

 本作品の真骨頂は、富裕家族とパラサイト家族が対比して描かれると思いきや、驚きの秘密から、半地下とは別の形で富裕家族に寄生する「地下夫婦」が現れて、半地下と地下の家族が争っていく点にある。

 地下夫婦の夫は、富裕家族のIT企業社長に心酔しており、自動で点灯していたと思っていた室内照明が、実は地下夫婦の夫が操作していたことが明らかになる。映画ではこっけいに、そしていくぶん醜く描かれるこの地下夫婦は、韓国国内で厳しい視線を向けられているのに日本を好意的に思う「親日派韓国人」のようにも見える。

 半地下のパラサイト家族と地下夫婦の争いは、やがて豪邸の庭園で友人たちとエレガントに楽しむ富裕家族を巻き込み、血みどろの様相を呈する。

 そして、IT社長が無意識に行っていた軽蔑にひそかに傷ついていたパラサイト家族の父親は、雇い主として義務を冷徹に課した彼を刺し殺し、富裕家族を崩壊させてしまう。これなど、日本から受ける差別意識と国際条約を守れと強いる態度への怒りや、理屈を超えた日本への破壊願望を描写しているようにも思える。

 そして映画のラストは、犯罪者となって「地下」に逃げ込む父を助けようと、息子が「自分が偉くなって豪邸を買って秘密の地下室に隠れる父親を助け出す」=「韓国が世界をリードする先進国になる」と父親に誓うところで終わる。

 以上はあくまで私なりの解釈にすぎない。いずれにせよ、『パラサイト』は韓国社会を冷徹に切り取りながら、韓国人の深層心理までも描いた重層的な作品である。その冷笑的なユーモアは素直に楽しめるし、一つの社会論として解釈することもできる小宇宙である。このような作品がアジアから生まれ、映画の世界的栄誉を受けたことを喜ぶとともに、低迷を続ける日本映画にもエールを送りたい。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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