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中国で「暗号法」施行、デジタル人民元だけじゃない“真の狙い”

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中国暗号
中国にはすでに、自国の暗号技術を支える有力企業が育っている。サイバー空間の情報セキュリティーで、海外技術にはこれ以上依存しない方針だ Photo:Smederevac/gettyimages

中国共産党には90年に及ぶ暗号の歴史がある。古くは結党間もない時期、毛沢東自身が数多くの暗号電報をしたためた。今中国は暗号法を施行し、デジタル時代の暗号戦略を全面展開しようとしている。(ダイヤモンド編集部 杉本りうこ)

 中国政府は2020年元日、「暗号法」を施行した。暗号は情報セキュリティーにおいて不可欠な技術だ。軍事のような国家機密情報にとどまらず、金融取引や電子行政、営業秘密の管理などを幅広く支えている。この暗号技術を、中国は国家の戦略的資源と考えている。今回の新法では、国家機密に関わる暗号の管理の在り方や暗号産業の発展に対する政府の基本姿勢などを明確に定義した。

 暗号法施行で大きく前進すると注目されているのが、いわゆる「デジタル人民元」だ。中国人民銀行が発行する中央銀行デジタル通貨(CBDC)の計画だ。世界の主要国では初となると見込まれる中銀デジタル通貨が、昨夏の時点ですでに完成間近であることを、人民銀の関係者は公のイベントで明らかにしている。このデジタル人民元に使われるのが、暗号資産技術のブロックチェーンだ。

 暗号法が成立したのは19年10月28日だが、そのわずか2日前には習近平国家主席が、ブロックチェーンについて極めて重要な政治発言をしている。共産党幹部の技術的会合において、「ブロックチェーンを重要技術の独自イノベーションにつながる突破口とする。ブロックチェーンの技術と、産業のイノベーションと発展を加速させる」と述べ、国家戦略として総力を挙げて振興に取り組むよう号令したのだ。

 こういった流れを踏まえれば、今回の暗号法はデジタル人民元の実現と無関係でないと考えるのは自然なことだ。

 野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは「暗号法がなければデジタル人民元が技術的に実現できないわけではない。だが、法律でブロックチェーン技術に対する政府の関与を明確に示したことは、デジタル人民元発行を十分後押しする。中銀デジタル通貨を巡る取り組みとしては、主要国に対して大きく先んじている」とみている。

「暗号は国の命脈」
米国依存の脱却に四半世紀取り組む

 デジタル人民元は米国のドル覇権に対抗するという点で、中国にとって極めて重要な国家プロジェクトだ。ただ、暗号技術の用途としては一例にすぎない。今回の新法施行が本質的に狙っているのは、デジタル時代のありとあらゆる技術と産業を支える暗号において、他国に依存しない圧倒的な能力を獲得することだ。

「暗号はわが党と国家にとっての命脈であり、命門(生命活動の源泉を意味する東洋医学の用語)でもある」「暗号法を徹底的に、着実に実行し、中華民族の偉大な復興という中国の夢に大きな貢献を果たす」

 国家暗号管理局の李兆宗局長は暗号法成立直後に、共産党機関紙の「人民日報」への寄稿でこう述べている。こういった表現には、中国政府が暗号技術を一貫して重視し、その獲得に長期的に取り組んできたことがにじみ出ている。

 インターネットによる情報通信時代の到来を受け、中国は1990年代中頃から、近代的な暗号技術の獲得に腰を据えて取り組んできた。

 99年には「商用暗号管理条例」を制定。暗号技術を使った産業用のハイテク製品の研究開発や生産販売を、政府の監督下に置いた。外資企業に対しては、海外製の暗号化ソフトウエアを搭載したパソコンや事務機器を持ち込む際には、販売目的ではなく社内用途であっても、当局の許可を得ることを義務付けてきた。

 05年には党中央委員会直轄組織として国家暗号管理局を設立。同局の下には中国暗号学会があるが、これは暗号技術の開発と人材育成を担う官製研究組織だ。リーマンショック後、中国の台頭が顕著になった10年からはほぼ毎年、暗号関連のさまざまな法令や技術規格を発表している。

 デジタル人民元が昨年、米フェイスブックによるデジタル通貨リブラの発行計画と関連して注目されたせいで、暗号法も一連の急ピッチな制定と読み解かれがちだ。だが実際には、数年来の周到な準備による法制化である。

 こういった長期的、全面的な取り組みの核心にあったのは、暗号技術における海外依存度の高さに対する危機感だ。中国の中堅証券会社、東呉証券が今年初に発表したリポートによると、中国の暗号関連産業は現状、ハードウエアに極端に偏っており、ソフトウエアは市場の2%にとどまっている。

 足りないソフトウエアは米国発祥のRSA暗号に圧倒的に依存してきたのが実情で、中国移動(チャイナモバイル)のような大手通信事業者や幅広い金融機関が、RSA暗号を導入しているという。サーバーやパソコンなどコンピューター産業で、核心技術はマイクロソフトやインテルのような米国企業に依存し、国内産業は端末の組み立てに甘んじてきた構造と同じだ。暗号技術の海外依存が、自国の軍事的な安全保障と産業的な情報セキュリティーにとって、潜在的なリスクをもたらしていると中国政府は認識してきた。

 この認識の下、四半世紀近くにわたり暗号化技術に国家戦略として取り組んできた結果、国産技術を担う基幹企業も育っている。成都衛士通信息産業(ウェストン)という四川省に本社を置く国有上場企業だ。ウェストンは軍事集団の中国電子科技集団傘下で、金融業界向けの暗号機やVPNサーバー(インターネットの仮想私設通信網)などの製品と関連のサービスを手掛けている。

 年商規模は300億円程度とまだ成長途上ながら、中国の暗号技術の国際標準化を視野に、海外展開に積極的に乗り出している。直近の決算報告書では、「一帯一路の建設につれて、海外事業の布石を打つ。海外の金融機関や政府のモバイル行政といったビジネス需要を探っていく」と中期戦略を示している。

 ウェストンはごく近い将来、通信分野におけるファーウェイ(華為技術)や、クラウドコンピューティングにおけるアリババ集団のような世界に突出したハイテク企業になる可能性が高い。

 暗号技術はコンピューター産業の最も基本的な要素技術であり、日頃意識する機会は少ない。だが例えて言うなら、堅牢な城を支える礎石のようなもので、地味で目立たなくともその重要性は極めて高い。中国は「デジタルダイナスティ」を築く遠大な国家戦略の中で、この重要技術に着実に取り組んできたのだ。日本が中国について刮目し、危機感を抱き、そして学ぶべきは、産業や安全保障において欠いてはならないものに長期的に取り組むこの戦略性だ。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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