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バド桃田選手事故、なぜ「安価なワゴン車」で移動していたのか

2020年01月15日 06時00分更新

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

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桃田賢斗
事故の前日、マレーシア・マスターズ男子シングルスで優勝した桃田賢斗選手 Photo:Avalon/JIJI

 バドミントンの桃田賢斗選手がマレーシアで交通事故に遭った。高速道路で前を行くタンクローリーに正面から追突、ワゴン車の前方が潰れ、運転手が死亡した。2列目に乗っていた桃田選手とトレーナーの森本哲史氏、3列目に乗っていたコーチと技術スタッフの計4人はいずれも骨折や裂傷、打撲を負うなどして病院に運ばれた。

 桃田選手は命に別状はないものの、顔を強く打って眉間や唇、顎などに裂傷を負った。当初は「鼻を骨折」とも報じられたが、その後発表された日本バドミントン協会の確認によれば骨折はなかったものの、病院からは「全身打撲」の診断が下されたという。

 東京五輪の出場権は、4月までのワールドツアーのポイントで決まる。すでに十分なポイントを獲得している桃田選手の出場は間違いない。心配なのは、身体への影響だ。頚や肩、腰などにダメージがあれば大きな支障となる。無意識下の影響も含めて、事故前の体調が確保され、不安が一掃されるまでには時間が必要だろう。その間の体力の低下も案じられる。いずれにせよ、ここまで順風満帆に思えた「桃田賢斗の金メダル獲得への道」、その眼前に大きな壁がまた立ちはだかった。

 事故当日の夜になって、マレーシアのマハティール首相夫人が桃田選手を見舞った様子が写真とともに紹介された。憔悴した様子の桃田選手の顔には傷が見られ、右腕には包帯かガーゼが当てられている。命が無事だったのは不幸中の幸い、本当に寒気がするような事故だったと想像される。

バドミントン王者が
安価なワゴン車で移動の不可思議さ

 詳細はまだ伝わってこないが、この出来事で改めて感じるのは、遠征時の安全管理と危機管理意識の不足だ。

 事故車を見て、驚いた人は多かったのではないか。日本では、主に荷物を運ぶようなワゴンタイプの車だ。同じワゴンでも、エグゼクティブに人気のアルファードやエルグランドなどの「走る応接室」ともいわれるような安全対策が十分に施されている車種ではない。

 おそらく、選択できる中では最も安価な移動手段の1つではないだろうか。早朝4時だから、選択肢が限られている可能性はあるが、日本を、いや世界を代表するバドミントン選手が選択する方法としてふさわしいだろうか?

 バドミントンは、発祥国のイギリスをはじめとするヨーロッパ各国はもとより、マレーシア、インドネシア、中国など、アジア諸国で人気がある。ワールドツアーの開催地もアジア諸国が多い。それゆえ、日本と比べたら質素な車や施設に慣れている面はあるだろう。だが、そこに落とし穴がなかっただろうか。

 事故に遭って、その日のうちに首相夫人が見舞いに来る。マレーシアにおけるバドミントンの存在感、同時に桃田賢斗という現役世界チャンピオンへの敬意の高さを改めて知らされる。国技であり、バドミントンの王者は国の英雄ともいわれる。

 実際、全英オープンを何度も制したリー・チョンウェイ氏は国民的ヒーローだ。そして、そのリー・チョンウェイ氏もまた、知らせを聞いてすぐ病院に駆けつけた。桃田選手はもはや「ヒーローのヒーロー」といっていい存在なのだ。その桃田選手が、マレーシアで、このような危険な車で移動している不可思議さ。例えばテニスのスター選手たちなら、安全性の高い高級車で移動するのが普通だろう。

事故から浮かび上がった
「競技間格差」「安全意識の低さ」

 今回の出来事から、スポーツ界に存在する「競技間格差」が改めて浮かび上がる。お金のある競技、ない競技、現実に大きな差がある。だからこそ、JOC(日本オリンピック委員会)が全体として予算を確保し、足りない競技に十分な補助をするなどの発想と仕組みが必要だろう。

 また、指導者と選手個々の安全意識を高める必要もある。無理な移動、危険が予想される移動手段の利用を禁じるハングリー精神もある意味で大事だ。ぜいたくは排除していいが、安全や健康には相応のお金をかける意識を徹底することも必要だったろう。高額な賞金を手にしながら、あえて華美を戒めた姿勢があだになったとすれば本当に気の毒だ。しかし、その点は周囲がきちんと指針を与えるべきだった。

 普段の海外遠征時、バドミントンの選手たちは日本選手団として行動する。世界ランク1位、賞金獲得額が年間1億円を超える桃田選手であっても、同じ便、同じグレードの座席で移動する。

 今回は、日本選手団から離れ、独自の行動を取っていた中での事故だった。桃田選手は前日、マレーシア・マスターズで優勝。日本選手団はそこからインドネシアに転戦するが、桃田選手は下肢の炎症を訴え、インドネシア・マスターズを欠場し日本に帰国する選択をした。この事故は、帰国のための単独行動中に起こった。安全や快適を求めるならば、他の選手に気兼ねなく、普段より上級の移動手段を選ぶことも可能だった。

 もしかしたら、桃田選手が5年前の出来事(賭博問題)から自らを律し、質素倹約を課していたゆえに選んだリーズナブルな交通手段での事故だったかもしれない。

 チャラチャラする姿は見たくないが、世界王者として、オリンピックの金メダルを目指すものとして、必要な節制と投資を徹底する姿こそが次代の選手たちに伝える王者の行動ではないか。

 桃田選手がマネジメントを任せているのは、サッカーの香川真司選手らが中心になっている会社だ。海外リーグで活躍するサッカー選手が多数所属する事務所が、バドミントンの桃田選手にはあのような安い移動手段を推奨したのか? もしくは黙認したのか。

 エージェントを引き受ける以上、相応の安全対策や予算を確保する、意識づけを徹底するのは当然の務めではないだろうか。昨年プロ転向を発表した陸上短距離のサニブラウン・ハキーム選手も同じ事務所と契約しているだけに、国の宝を守る意識の再設定をお願いしたい。

 この事故を単なるアクシデントで済ませてはいけない。JOC(日本オリンピック委員会)、日本スポーツ協会、そしてスポーツ庁もそれぞれが予算とアイデアを出し合って改善すべきテーマだ。

(作家・スポーツライター 小林信也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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