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なぜ南野拓実は世界最強のリバプールが欲しがる選手になれたのか

2020年01月08日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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リバプール・南野拓実
名門リバプールでのデビューを果たした南野拓実 Photo:AFP=JIJI

ヨーロッパ王者に加えて世界一のタイトルを獲得したばかりのイングランド・プレミアリーグの名門、リバプールFCへ移籍した日本代表MF南野拓実が、合流から5日目でさっそくデビューを果たした。エバートンとのFAカップ3回戦から幕を開けたビッグクラブにおける新たな、そして最大の挑戦を手繰り寄せた背景には、5年前に流した「涙」とオーストリアで積み重ねた「我慢」、そして昨秋に世界中へ与えた「衝撃」という3つのキーワードがあった。(ノンフィクションライター 藤江直人)

鮮やかなステップアップで
リバプールへ移籍するまでの軌跡

 クラブカラーの赤でスタンドを染める熱狂的なサポーターの大声援が、ヨーロッパ王者・リバプールFCの選手たちを鼓舞し、同時に対戦チームを畏怖させる。鳥肌が立つ雰囲気に支配されることで知られる聖地アンフィールドのピッチで、南野拓実は3カ月あまりの間に2度も躍動した。

 最初は昨年10月2日。オーストリア王者レッドブル・ザルツブルクの一員としてヨーロッパ最高峰の舞台、UEFAチャンピオンズリーグへ挑んだ。そして、95日後の今月5日。背番号は「18」のままで赤いユニフォームに身を包んで世界最古のカップ戦、FAカップの舞台に立った。

 ヨーロッパの中でもセカンドグループに入るオーストリアのクラブから、昨シーズンのUEFAチャンピオンズリーグを制し、昨年末のFIFAクラブワールドカップでも頂点に立ったイングランド・プレミアリーグの名門へ。ほんのわずかな間に、南野は鮮やかなステップアップを成就させた。

 ガンバ大阪からアーセナルへ移籍した稲本潤一をはじめ、マンチェスター・ユナイテッド入りした香川真司、ACミランで「10番」を背負った本田圭佑――イングランド、スペイン、ドイツ、イタリアの4大リーグの中でも、いわゆるビッグクラブへ移籍した日本人選手の例はこれまでにもあった。

 昨夏にも久保建英がレアル・マドリード、安部裕葵がFCバルセロナとスペインの名門クラブへ旅立った。しかし、直近のチャンピオンズリーグおよびクラブワールドカップを制した、圧倒的な強さをも兼ね備えたビッグクラブに移籍した選手は、南野の前には一人しかいない。

 FC東京からイタリア・セリエAのチェゼーナを経て、2011年1月に同じくセリエAのインテル・ミラノの一員になった長友佑都は、ビッグクラブでプレーする価値をこう表現する。

「サバンナにいる動物とそのへんの山にいる動物とでは、研ぎ澄まされ方がまったく違いますよね。常に狙われ続ける厳しい環境で育つ動物と、普通に寝ていても襲われない動物とでは。僕ら人間も動物なので同じなのかな、と。やっぱりインテンシティーが高い、厳しいリーグでプレーしないと」

 インテンシティーとはプレーひとつひとつの強度を指す。世界中から猛者たちが集まってくるプレミアリーグの首位を、無敗で独走しているリバプールは最も過酷なサバンナと言っていい。弱肉強食の世界へすすんで身を投じた南野は、5年前には涙ながらに日本からの旅立ちを訴えていた。

5年前にセレッソ大阪を離れて
セカンドグループ・ザルツブルグへ

 2014シーズンのJ1で17位に終わったセレッソ大阪は、翌2015シーズンでJ2からの捲土重来を期していた。20歳になる直前の当時の南野は、中学生年代から心技体を磨いてきたセレッソから注がれる期待と、ザルツブルクから届いた望外のオファーの間で大きく揺れ動いていた。

「結果を出し続けることが大事だし、それが選手にとっての自信になる。どんな相手に対しても貪欲にゴールへ向かっていく選手じゃないと、どんな舞台でもゴールを決められないと思っているので」

 十代の頃から抱き続け、今現在も、そしてこれからも変わらない自身のテーマを、南野は「結果」という二文字に凝縮させる。今でも心の底からセレッソを愛している。それでも、いつかはヨーロッパでプレーしたいと青写真を描いてきた中で、図らずも訪れたチャンスを絶対に逃したくない。

 揺れ動いた時計の針は、時間の経過とともにザルツブルクへの移籍を指したまま止まった。J2へ降格したセレッソを離れる苦渋の決断が、交渉の席で涙を流させた。もっとも、青写真の続編には、数年でザルツブルクからステップアップを果たす自身の姿もまた描かれていた。

 ヨーロッパのセカンドグループと呼ばれるリーグは、多くの選手たちにとって通過点と位置づけられている。ザルツブルクも例外ではなく、日本代表が2018年のロシアワールドカップで引き分けたセネガル代表のエースで、圧倒的なスピードを誇るFWサディオ・マネは最も有名な存在となる。

 マネがザルツブルクでプレーしたのは、20歳からの2年間だった。オーストリアリーグでの無双ぶりが見初められてプレミアリーグのサウサンプトンへ移籍し、さらに2年後の2016年夏にはリバプールの一員となって今現在に至る。対照的に南野は、ザルツブルクで6シーズン目を迎えていた。

代表に選ばれない「我慢」を経て
森保ジャパンで復帰、初ゴールへ

 所属クラブでのパフォーマンスとともに、自らを売り込むことができる舞台が代表チームでの活躍となる。2015年10月。2シーズン目を迎えたザルツブルクで好調ぶりを発揮していた南野は、ヴァイッド・ハリルホジッチ元監督に率いられる日本代表に初めて招集された。

 意気揚々と参戦したものの、待っていたのは序列という壁だった。イラン代表との国際親善試合で2分間、続く11月のカンボジア代表とのロシアワールドカップ・アジア2次予選で4分間と、合計でわずか6分間の途中出場に終わった南野は、ロシアワールドカップを含めて日の丸と疎遠になった。

「(ロシアワールドカップの)代表メンバーの発表もザルツブルクの練習を終えて、ニュースか何かで普通に見ていた感じですね。普通に『選ばれへんやろうな』と思っていたので」

 ハリルホジッチ監督が解任され、急きょ就任した西野朗監督の下で臨んだロシアワールドカップを、どこか達観した心境で南野はとらえていた。代表に呼ばれないのも、ザルツブルクからのステップアップを果たせないのも、すべては自分に力がないからだと結論づけていた。

 我慢を重ねて実力を養いながら活躍の機会に備える、雌伏して時の至るを待つ、ということわざに通じる心境だったのだろう。2018年9月に船出した森保ジャパンで復帰を果たし、初陣となったコスタリカ代表戦で初ゴールをあげた試合後の取材エリア。デビューから3年も待った初ゴールなのか、あるいはわずか3試合目での初ゴールなのかと問われた南野は、こんな言葉を残している。

「そこに関してはどうでもいいですね。もちろん代表のことは意識していたし、空いた期間に抱いた悔しい気持ちを忘れたことは、一度もありませんでしたけど、すべてはここからなので」

 過去は振り返らない、とばかりに貪欲に結果を求め続けた南野は、森保ジャパンでは最多となる11ゴールをあげるエースへと成長した。そしてザルツブルクにおいても、大きな変化が起こっていた。これまでは無縁だったチャンピオンズリーグの舞台に、初めて立てることが決まったからだ。

 チャンピオンズリーグの本大会には、総勢32チームが出場する。4大リーグだとリーグ戦の上位4チームまでが出場権を得る一方で、セカンドグループ以下のリーグになるとリーグ優勝を果たしても、本大会へ出場するにはプレーオフを勝ち抜かなければいけない。

 オーストリアリーグで6連覇中のザルツブルクは、プレーオフの壁にはね返され続けてきた。ひるがえって今シーズンはヨーロッパにおけるオーストリアリーグのランキングが上がり、優勝チームはプレーオフを戦うことなく、自動的に本大会への出場権が与えられることになった。

「自分としてはいつも通りのつもりでしたけど、チャンピオンズリーグは自分がヨーロッパへ行ってプレーする上での目標でもあった。憧れてきた舞台でプレーできている今シーズンはすごく充実しているし、高いモチベーションを維持させてくれている理由のひとつだと思っています」

世界に「衝撃」を与えたゴールで
リバプールに4年半契約で正式加入

 夢のひとつをかなえた南野は、王者リバプールとの激突で眩い輝きを放つ。アンフィールドに乗り込んだ昨年10月2日のグループEの第2戦。1-3と2点のビハインドを背負って迎えた後半11分に、ヨーロッパだけでなく世界中へ衝撃を与えるゴールを叩き込んだからだ。

 ペナルティーエリア内へトップスピードで走り込むと、左サイドから放たれた山なりのクロスに右足をダイレクトで一閃。ピッチに叩きつけられた強烈な一撃が、ゴール左隅を正確無比に射抜いた。4分後には同点ゴールをアシストする南野の活躍ぶりに、ボルシア・ドルトムント時代に香川を重用した名将、リバプールのユルゲン・クロップ監督はなぜか笑みを浮かべていた。

 そこには南野という原石を目の当たりにした喜びが反映されていた。南野と対峙したリバプールの選手たちが獲得を進言したこともあり、今冬の移籍市場が開いた元日に4年半契約で正式に加入した。

 5年前に流した「涙」で幕を開けた挑戦は、オーストリアの地で積み重ねてきた「我慢」を土台にしながら、アンフィールドで与えた「衝撃」を触媒とする形で舞台が大きく様変わりした。端正なマスクの内側で激しく脈打つ、生来の負けん気の強さもステップアップを後押ししたはずだ。

 リバプールでの初陣となった宿命のライバル、エバートンとのFAカップ3回戦。わずか2度の練習を消化しただけで3トップの真ん中で先発した南野は、後半25分までプレー。前半には左サイドから放たれたクロスへ飛び込んだが、不得手と公言するヘディング弾は残念ながらミートしなかった。

 それでもクロップ監督は「まさに我々が欲しかった選手、望んでいた選手だ」と賛辞を惜しまなかった。ゴールへ向かう貪欲な姿勢だけではない。前線からの積極果敢なプレスや強度の高い守備でも大きな存在感を放った70分間は、リバプールのスタイルにマッチする可能性を十分に示していたからだ。言うまでもなく、南野自身はこれまで同じように「まだまだ」と自分自身へ呟き続ける。

 1992年にスタートしたプレミアリーグで意外にも縁のない優勝。2005-06シーズンを最後に優勝から遠ざかっているFAカップ。そして、連覇を狙うチャンピオンズリーグ。今までにないハードルの高い目標を追い求める南野は、毎日のように受ける刺激を成長への糧に変えながら、現時点の世界最強クラブ、リバプールで居場所を築き上げるチャレンジを加速させていく。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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