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働き方改革と「生産性上昇」の“断絶”をつなぐ方法

2019年12月18日 06時00分更新

文● 熊野英生(ダイヤモンド・オンライン

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ビジネス
Photo:PIXTA

残業時間削減だけでは
「成果の総量」は増えない

「生産性上昇」を図るために、「働き方改革」を進める。これはよく聞かれる説明だが、なぜそうなるのか。人によっては意味もわからないのに、聞き心地の良い言葉をくっつけて都合よく話をしている気がする。

 政府が働き方改革として推進するのは、年次有給休暇を5日以上取得して、残業時間も削減しようというものだ。これは現実には規制強化である。

 残業時間が減ると、仕事量が一定であれば時間当たりの効率は高まる、ということで、生産性が上がるということなのだろうか。

 だが、それでは、見かけ上、生産性が上がったように思えても成果の総量は増えない。だから、賃金は増えない。働き手には何もメリットはないということになる。

 また、残業時間が減ると、生活の質が上がることが働き方改革のメリットという人もいる。しかし生活の質が上がることは、生産性上昇と何の関係があるのか。議論はいよいよ曖昧になっていく。

 なぜこういう議論が横行するのかといえば、働き方改革が生産性上昇に結びつくまでのリンケージが途切れているからだ。

 連鎖しているはずのものが途中で、断線していることを「ミッシング・リンク」と呼ぶ。このミッシング・リンクをうまくつなげる作業をしなければ、残業が減っても、成果の増大、つまり生産性上昇にはつながらない。

Googleの「20%ルール」は
「時間への投資」

 では、残業を減らすことはどうやって生産性上昇へとつながるのだろう。

 答えを先に言うと、その間に、学ぶという活動があるからだ。

 今まで残業をしていた時間を将来の生産性上昇のために学ぶことに使うのだ。学びとは時間を使った投資活動である。その投資の果実が成果の増大を生み出す。

 最近、退任することを発表したGoogleの創業者のセルゲイ・ブリン氏とラリー・ペイジ氏は、企業の習慣として、勤務時間の20%を割り当てられた仕事以外に使って良いという働き方を作った。

 この20%は、遊んでいていいという時間ではない。20%分の勤務時間には、会社が給与を支払いながら、自由な働き方ができるのである。

 自分が考える有望なプロジェクトに20%の勤務時間を使って、その後、そのプロジェクトを会社の仲間に認めてもらって、残り80%の勤務時間を使える“本業”に仕立て上げていく。これが、時間への投資という考え方である。

 時間に投資することを、筆者は「学び」と呼んでいる。

 今の仕事に役立たなくても、先々の仕事に役立つこととして学びの内容を吟味することは重要である。

 Googleの「20%ルール」とは違って、勤務時間の外で行うのだから、働く人には大きな選択の自由が与えられる。先々の仕事に役立ちそうなことを選ぶとしても、その内容を自分で検討できるところが、勤務時間外の学びの良いところだ。

自分の裁量で「学び直し」
企業のOJTでは限界

 自分の裁量で行う時間外の学びと、企業が行っている人材育成とはどう違うのか。

 企業の人材育成は、教科書的にはOJTとOFF‐JTがある。その概念で言えば、時間外の学びは自己啓発というものに分類される。

 OJTやOFF‐JTを重視するよりも、自分の裁量で自己啓発に時間を割く方が、自らの能力を高めるやり方として有意義ということになるだろうか。

 答えはYesである。

 近年、人材育成のツールとして、OJTやOFF‐JTの評価は低くなっている。 例えば、スキルの低い若手が現場で先輩から仕事を教えてもらい上手になるのは、OJTの1つだが、それは若手がキャッチアップを目指すものであって、先輩の持つ技能などを超えるランクアップやグレードアップにはつながることにはなりにくい。

 むしろ、OJTは社内リソースを使っているため、世の中の新しい知識を得ようとする学びには追い付けない。社内の知識で不十分なものを、社外から得て、人材を作ろうという方が、生産性上昇のために役立つ。

 またOJTには、40~50歳代のシニアの知識・スキルをランクアップさせる力は乏しい。

 40~50歳代になると、スキルを上げても給与などに結び付く資格は上がりにくくなっていて、学びのモチベーションが下がるうえ、企業の提供するOJT、OFF‐JTといった教育機会も少なくなる。

 サラリーマン人生は、その後半期に学ぶ習慣が弱くなっていることが問題だ。

才能・業績を「見える化」する
人事・管理システムが重要

 社外で学んだことを、社内の業績向上に役立てるというのは、できるなら理想的だが、現実にはあまり活発に行われていない。

 その理由は、多くの企業が社外で勤労者が任意に学んだことに極めて冷ややかだからだ。

 職場を見回すと、多種多様なスキル・経験をした人がいるのに、その能力や才能が仕事に生かされていないのが実態だ。改革が必要だとすれば、放置されている同僚の才能を自分たちの仕事の成果に生かす人事・管理の手法を構築することだろう。

 ある外資系企業では、実際にそうしたタレント・マネジメント・システムが社内にあって、そのデータベースを使ってプロジェクト・チームを組むという。日本企業では、人事評価のデータベースはあっても、それが「見える化」されて、お互いの仕事に利用できるようにはなっていない。

 個々人の才能や業績が「見える化」されていないことが、人材の死蔵につながっている。

 社内の人材を育てる方法は、多くの日本企業にとってあまり進歩していない分野の1つだ。

 これを見直すためのヒントとして、システム開発におけるアジャイルという手法がある。

 2000年頃からシステム開発は、全体像をきちんと描くのではなく、漸進的に課題をこなしていくアジャイルという手法が広がってきた。

 この手法は、人材開発の発想にぴったりと合致する。ある専門職になるには、事前にいくつかの必要な要件を提示しておき、そのキャリアを得たい社内の人はその要件をクリアできるように自分で勉強する。

 わかりやすいのは資格取得である。資格取得のために何を勉強すべきかは広く知られているからだ。

 だが現状では、社内の専門職には、そうした要件がはっきりと示されていない。キャリア・チャレンジ制度といったものはあっても、そこに応募するためには何の要件を満たしていれば良いのかはよくわからないことが多い。

 あるポストを得るために、社内の人材が示された要件をいくつもクリアし、さらに別のポストで数多く業績を上げていることがタレント・マネジメント・システムに登録されていると、人材活用で極めて透明性を高くすることができる。

 例えば、専門知識を必要とする部署に人事異動で何の業績もない人が来て、適性が合わずに去っていくことも少なくない。それが中間管理職だったりすると悲劇的である。

 こうした人事のミスマッチを起こさないためにも、人事とは独立した形のタレント・マネジメント・システムがあると、組織の人事もより風通しが良くなるはずだ。

新しいアイデアは
既存業務の外での学びや交流から

「学び直し」によって、生産性が上昇する理由を考えると、それは新しいアイデアを使って仕事の成果を増やすことができると考えられるからだ。

 仮に、既存の業務の中で何か良いアイデアを生み出せないか考えるとしよう。

 その時は、歴代担当者がすでに同じような知識と経験に基づき、精いっぱいに考えた揚げ句、今の業務が成り立っている。だから、新しい発見は当然ながら生み出されにくい。

 むしろ、「既存の業務」という枠を越えて、かつ異なるバックグラウンドを持つ人々と交流することで、別のアイデアや違った視点で、従来の業務を考え直すことができる。

 リカレント教育を志して大学院に通っている何人かに話を聞くと、「日々仕事でやってきた知識を、大学院に行って知の世界のやり方でもう一度、体系的に学び直してみたい」という動機だった。

 学問の世界でもう一度繰り返して学ぶことで、今まで気づかなかった鉱脈から金塊を掘り出せないかと試行錯誤している様子である。

 学びとは、新たな成果を獲得するための試行錯誤をする準備、あるいは投資だといえよう。

 それが、働き方改革と生産性上昇のミッシング・リンクをつなぐものになる。

 働き方改革によって、働き手が自由に裁量的に使える時間を作る。その時間は、独学あるいは社外の学びのサークル・学校を使って学習する。その成果を仕事で試してみることで、生産性向上やより大きな業績へとつなげるのだ。

 学校だけでなく職場でも、一緒に学んでいる仲間から刺激を受ける効果は大きい。ある時は競争し、ある時は教えてもらいながら、それぞれの学びを深めていく。

 先述のタレント・マネジメント・システムを使って、同僚の身に付けたスキルや経験に触れることは、自分のモチベーションを高めたり、他人から学んだりという効果がある。

 働き方改革をどのように生産性上昇へとつなげていくかは、多くの日本企業の課題だが、「学び」という時間への投資が1つの「解」だ。

(第一生命経済研究所首席エコノミスト 熊野英生)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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