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ITデジタル革命による「所得格差拡大」の動揺を抑える方法

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ITデジタル革命による「所得格差拡大」の動揺を抑える方法
Photo:PIXTA

技術革新がもたらす秩序の動揺
技術変化が経済と政治を規定

 先進各国では、既存の経済秩序、政治秩序が大きなチャレンジを受けている。国際政治においても、米国の覇権が中国に脅かされている。既存の秩序が揺らいでいるのは、何が原因か。

 それはイノベーションであり、現代ではITデジタル革命だ。

 ITデジタル革命が新たな経済システムを形成しつつある一方で、イノベーションによる所得の二極化が政治や経済の不安定を生むことになっている。

 法律や政治的な関係性あるいは、道徳、芸術、宗教など人々の意識は、土台となる経済構造に依存し、土台に応じて変化する、と論じたのはマルクスだった。

 経済構造(下部構造)が変化しているから、政治構造(上部構造)も変わってきたのである。

 それでは、経済構造を変化させるのは何か。それは技術(テクノロジー)に他ならない、というのが筆者の仮説だ。

 19世紀初頭は蒸気機関システムが経済成長の時代をもたらした。20世紀初頭は、ガソリンによる内燃機関が自動車を始めとする大量生産・大量輸送の時代をもたらした。

 そして、21世紀初頭はITデジタル革命が新たな経済システムを形成しつつある。

 米中を巡る国際政治上の覇権争いも、単に中国の経済規模が拡大しただけでなく、テクノロジーが大きく影響している。さまざまな分野で経済のブロック化が進んでいるが、最終的には、それぞれの持つテクノロジーの優劣が勝敗を決めるのだろう。

 振り返れば、19世紀半ばに中国が覇権を失ったのは、西欧が蒸気機関システムでテイク・オフしたからだった。それ以前は、中国が世界で最も豊かで強い国だった。

 そして、1990年代後半以降のITデジタル革命がもたらした先進国企業によるオフショアリング(生産や業務の海外への移管)が中国が再び覇権国の座をうかがうきっかけとなっている。

 約2世紀ぶりのリベンジを狙う中国共産党は、ドル決済システムの優位性も打破しなければならないと考えているのだろう。

 デジタル通貨などのステーブル・コイン問題で、西側諸国が既存の金融システムの安定性だけを重視しイノベーションを抑え込もうとすると、人民元決済システムに優位性を奪われるという、取り返しのつかない事態に陥るリスクもはらむ。

ITデジタル革命は
ルネッサンス時代に匹敵する変革

 ITデジタル革命は、もう少し長い射程で捉え、16世紀のルネッサンス時代との共通点を見いだすべきかもしれない。

 当時は印刷技術の出現によって、文字の読める限られた人々だけだったとはいえ、母国語で多様な情報を入手することが可能となり、人々の認識が大きく変わった。

 その結果、何百年も安定していた既存の経済秩序、政治秩序が大きな脅威にさらされることになった。

 1990年代後半から始まったITデジタル革命で、フェイク・ニュースを含めてとはいえ、大量の情報をリアルタイムで入手することが可能となり、世界中の人々の現状認識が大きく変わりつつある。
 
 既存の経済秩序と政治秩序は脅威にさらされ続けるのだろう。

イノベーションによる所得の二極化
分配問題の深刻化で政治不安定に

 近年、米欧の政治秩序が大きく揺らいでいるのは、直接的には、国際金融危機や欧州債務危機によって、経済停滞が続いたことも影響しているが、それだけではない。

 1990年代後半以降、先進各国では、オフショアリングなどの労働節約的なイノベーションが広がったことで、中間的な賃金の仕事が失われ、高い賃金の仕事と低い賃金の仕事への二極化が進んだ。

 この結果、中間層が瓦解し、彼らが支持していた中道左派や中道右派の主要政党の支持率は大きく低下した。

 民主党と共和党の二大政党が政治を支配する米国でも、トランプ大統領に乗っ取られた共和党は大きく変質し、左派ポピュリストが力を増す民主党もオバマ時代と比べると大きく変容している。

 所得の二極化は、これまで、ダロン・アセモグル教授らが主張するように、技能偏向的技術進歩(skill biased technological change:SBTC)が主因だと考えられてきた。

 デジタル革命で、高スキルを持つ高教育人材の有用性が高まり、高スキルを持つ人は相対的に賃金の上昇が続いている、というのである。

 本来なら、進学率が上がり、高スキル労働の供給が増えることで、相対的な賃金の上昇は止まり、格差拡大はいつまでも続かない。しかし、高等教育の普及によって、高スキル労働が増えると、その能力を生かす技術の開発が進む。

 ネットワーク外部性によって、高スキル労働者に有利な技術進歩が続き、生産性の上昇を背景に相対賃金の上昇が続く。

 一方で、低スキル労働は、機械に代替されることによって、仕事が減り賃金が抑制される。

 ただ、今や大卒の賃金ですら長らく頭打ち傾向で、賃金が上昇しているのは大学院卒だけである。

 これは恐らく、現在は技能偏向的技術進歩だけでなく、資本偏向的技術進歩ともいうべき状況が生じているからだと思われる。

 1990年代後半以降、明確に観察されるのは、労働分配率のすう勢的な低下だ。ITデジタル革命が進む下、特許等に守られた資本やアイデアの出し手に、所得増加が集中しているのである。

 本来なら、資本財への代替が進むと、資本財の相対価格が上昇に転じると同時に、資本の限界生産力も逓減するはずである。しかし、ITデジタル技術の進歩によって、資本財の相対価格は下がり続け、同時に限界生産力の逓減も避けられている。

 いや、付加価値の源泉は今や無形資産となっている。

 こうした傾向はAIやロボティクスの導入で一段と強まる可能性があるが、それは資本の所有者に所得増加がますます集中することを意味する。

 肉体労働のみならず、頭脳労働までが機械に代替されるのなら、賃金上昇に一段と強い抑制圧力が加わる。

 もちろん、人間の欲望には限りがないため、生産性上昇で、所得が増えた人々の需要が新たに創出され、それらを供給するための新たな雇用も生まれる。

 19世紀初頭や20世紀初頭と同様に、実際には、機械による代替によって失業問題が引き起こされることはないのかもしれない。しかし、賃金上昇は抑え込まれ、放置しておけば、ギリギリの生活を余儀なくされる人がさらに増えるだろう。

 分配問題の深刻化で、先進各国では中道派の支持率はさらに低下し、政治の不安定化が続く可能性がある。

日本型格差は別の深刻さ
「二重労働構造」に移行した結果

 日本では、イノベーションが少ないから、所得格差も小さいといわれてきた。

 雇用が非流動的で、事業売却やリストラが難しいため、企業経営者は既存事業との共食いとなることを何よりも恐れて、イノベーションにちゅうちょする面がある。

 いわゆる「イノベーターのジレンマ」が、他国よりも深刻なのである。

 そのため、一般には、公平性の代償として、効率性や成長性が犠牲にされてきたと説明されている。しかし、公平性の内実も怪しいのではないか。

 社内の正規雇用を守るため、非正規雇用のウエイトが大きく高まり、日本全体では、事実上の二重労働構造となっているからだ。

 仕事が同じでも、処遇だけが異なるというケースもあり、公平性が保たれているのは、正規雇用の間だけともいえる。

 資本市場からのプレッシャーに対し、日本の経営者はプロダクト・イノベーションで収益性を高めることができず、二重労働構造への移行というダークサイドのイノベーションで対応したともいえる。

 米国のように際立った高所得者はいないとはいえ、所得格差問題や労働分配率の低下問題は起きており、現在の政治的安定性が未来永劫保たれるとは言い難い。

金融政策では解決にならない
社会的包摂をどう進めるか

 ここまで論じてきたことは、金融政策の限界とともに、しばしば論じられる「長期停滞論」とも大きく関係している。

 表面的には、完全雇用になっても平均的な労働者の賃金が増えないため、インフレも上昇せず、緩和的な金融環境が続き、資産価格の上昇ばかりが続いている。

 このメカニズムは次の通りだ。

 イノベーションによる所得増加が、消費性向の低い資本やアイデアの出し手にばかり集中するため、一国全体では、貯蓄ばかりが増え貯蓄と投資を均衡させる自然利子率がマイナスの領域まで低下する。その結果、完全雇用に達するのが難しいため、超金融緩和が長期化する。

 それでも何とか完全雇用に達するのは、バブルなどの金融不均衡で総需要がかさ上げされているからである。

 だとすると、資産価格が下落すれば、総需要のかさ上げが難しくなり、完全雇用は維持できなくなる。それ故、中央銀行は、実体経済がさほど減速していない段階でも、資産価格の下落に対し、金融緩和を行わざるを得なくなる。

 結局、金融政策では、所得の二極化に対する問題を解決できないから、総需要のかさ上げと崩壊、ブーム&バーストが繰り返される。

 1980年前後のサッチャー・レーガン革命以降、経済成長にはイノベーションが不可欠であり、そのためには自由貿易や規制撤廃が望ましいと考えられてきた。

 それは、今でも間違ってはいない。「政府が研究開発において大きな役割を果たすべき」という介入論の是非はともかくとして、少なくとも保護主義や規制強化は経済全体のパイを縮めてしまうため、問題の解決策になることはあり得ない。

 ただ、自由貿易や規制緩和によって経済活動が自由になれば、経済はより競争的になるため、その結果として、勝ち組と負け組の格差はより大きくなることは避けられない。

 そこで必要となるのは、「社会的包摂」を広げることだ。

 だがしかし1970年代後半以降、実際に行われてきたのは、所得再分配の弱体化である。

 もちろん、戦時中のあまりにも高過ぎる最高税率は間違いなく是正が必要だったが、その後も、インセンティブに働きかけることが成長につながるとして、所得再分配の弱体化を推進した。

 必要なのは、イノベーションと同時に社会包摂も進めることだったのだろう。

 それでは、どのように社会包摂を進めていくべきか。

資本主義への「代替策」はない
株式市場をやめるわけにはいかない

 そのことを論じる前に、先進国の経済システムとして資本主義以外の選択肢はないことを確認しておく必要があるだろう。

 一般に資本主義は、市場システムと生産手段の私有制との組み合わせと定義されている。ベルリンの壁が崩れ落ちた30年前の11月に、共産圏の瓦解を前にして、資本主義こそが唯一の経済システムだと我々は考えた。

 複雑なのは、資本主義の代替案であったはずの共産主義が瓦解し始めた頃を転機に、経済格差問題が世界的に広がり始めたことである。

 以下は、代替可能な経済システムを検討したドイツ人経済学者のジャコモ・コルネオ教授の分析『よりよき世界へ――資本主義に代わりうる経済システムをめぐる旅』(岩波書店)をベースにした論考である。

 まず、資本主義ではなく、政治システムを変える、つまり民主主義をやめるという選択肢はないのか。

 市場経済における経済格差や寡頭支配の問題は、政治との癒着の中で生じる。それ故、はるか昔のギリシャの時代、プラトンはその問題を回避するために民主制ではなく、哲人政治の下で、公正な商業資本主義を模索した。

 恐らく今の中国は、共産党独裁による資本主義運営の理想の姿として、プラトン流の哲人政治の下での資本主義運営を念頭に置いているのだろう。

 だが我々は民主主義と決別するわけにはいかないし、仮に「真の哲人」が存在するとしても、世には多様な意見が存在し、正義についてすら合意するのが容易ではない。

 市場システムをやめて、トマス・モアのユートピア論やクロポトキンの無政府主義で語られるような、共有財産制を目指すのはどうか。

 しかしこれも、市場システムなしでは、複雑な経済の資源配分を解決するのは困難である。財・サービスが必要とされるところに回らず、経済が機能しない。そのことが正しく理解されたから、中国でも市場システムを容認したのである。

 それでは、旧ユーゴスラビアで採用された自己管理型の市場経済を導入し、株式市場を停止するのはどうか。

 だが株式市場が存在しなければ、イノベーションが生まれないだけでなく、経営者への規律付けが働かなくなる。一部のステークホルダーにとって都合の良い縁故主義に陥り、資本が費消されてしまう。

 経済格差の元凶とされても、市場システムや株式市場をやめるわけにはいかないのである。

「株式市場社会主義」の可能性
日銀保有ETFを政府ファンドに移行

 最後にコルネオ教授は、株式の過半を公有制とする「株式市場社会主義」を検討している。

 前述した通り、資本やアイデアの出し手に所得が集中していることが経済格差の原因であるとはいえ、一方で株式制度をやめるとガバナンス問題が生じ、経済成長が困難になるため、その折衷案が株式社会主義だ。

 政治介入を避けるための独立性を備えたソブリン・ウエルス・ファンド(政府出資ファンド)の下に株式を組み入れ、政治とも切り離す。

 この方法は、市場競争の下で、企業が自由に設立され、資源配分の問題も解決し、経営者への規律付けや経済の寡頭支配の阻止も理論上は、可能になると教授は論じる。

 ただし、福祉制度を備えた現行の北ヨーロッパ型の資本主義に対して、株式市場社会主義が明確に優れているとは必ずしもいえないとも主張する。

 さらに、制度移行の際、多大な費用や不確実性の発生を考慮すると、望ましい代替的な制度が理論上考えられても、安易に移行すべきではないと、穏当な結論を教授は引き出している。

 ちなみに、ベーシック・インカムについては、財政問題から、現実的な選択ではないと慎重である。

 日本に当てはめて計算すると、例えば、月10万円、年120万円を1億2614万人の全ての日本国民に配るには、年間147兆円が必要だ。100兆円の国家予算の1.5倍である。

 支持する有識者は内外で少なくないが、やはり財政的には現実的とは言い難い。

 コルネオ教授は、資本主義体制の下で経済や政治を安定化させるには 質の高い福祉制度の再構築が肝要とし、構築の過程で、ソブリン・ウエルス・ファンドなどによる漸進的な株式公有制導入も役立つと論じている。

 株式市場社会主義へのグラジュアルな移行を念頭に置いているのだろう。もちろん、株式公有制に踏み出すのは容易ではないのだが、実は、日本には株式関連資産を大量に保有し、今も買い増しを続ける公的主体が存在する。

 金融政策として、ETF購入の大量購入を続ける日本銀行である。

 政策的には不要となっても保有するETFを日銀が市場で売却することは、政治的にはまず不可能だろう。

 ソブリン・ウエルス・ファンドに移行することが、超金融緩和策からの「出口」の際のひとつの有力なオプションとなるかもしれない。

 具体的には、政府が国債発行で調達した資金でETFを買い取ってソブリン・ウエルス・ファンドにぶら下げ、日本型社会包摂のためのツールとするのである。

 例えば18歳となり成人した国民に200万円相当の「持ち分」を支給する。今年成人となった121万人の若者に総額2.4兆円程度を支給するのなら、ベーシック・インカムのような巨額の財源も不要である(将来的には2兆円を割ってくる)。

 スタート段階では、20代前半までの若者も支給対象とすべきなのだろう。支給のためにソブリン・ウエルス・ファンドが日銀からETFの購入を続ければ、日銀の出口政策も容易になる可能性がある。

 デジタル・エコノミー化で、ますます税の捕捉が難しくなることを考えると、対応策のひとつは政府が研究開発に関与し特許の一部を持ってロイヤルティーを受け取ることであり、もうひとつは政府がソブリン・ウエルス・ファンドなどを通じ、株主としてデジタル・エコノミーの恩恵を配当やキャピタルゲインとして得て、それを社会的包摂を進める政策に使うことである。

 経済格差など、急激に発展するデジタル技術のダークサイド面を抑えなければ、オーウェルの『1984』的な管理社会やハラリの『ホモデウス』的な階級社会にも陥りかねない。

 暗黒社会の到来を避けるためにも、「人間の顔を持つ」経済システムの構想が必要である。

(BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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