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さくらの熱量チャレンジ 第38回

いま「お寺のデジタル化」が必須である理由――浄土宗・善立寺 副住職 小路竜嗣さん

「寺院デジタル化エバンジェリスト」に聞く、お寺とデジタルの未来

2019年12月10日 08時00分更新

提供: さくらインターネット

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 さくらインターネットでは2019年11月1日、テラテクとの共催で、寺社を対象としたWebサイト構築セミナー/ハンズオン講習会を開催した。これからWebサイトを立ち上げたいと考える寺社向けに、「WordPress」を使った簡単なWebサイトの構築法を教えるセミナーだ。

この日のテーマは「WordPress」を使った寺院のWebサイト構築だった

 この日、講師として登壇した小路竜嗣さんは、長野県塩尻市にある浄土宗 善立寺の副住職である。それと同時に、自ら「寺院デジタル化エバンジェリスト」を名乗り、寺院のさまざまな側面でのデジタル化に向けた“布教活動”を展開している。Webサイトの開設だけでなく、寺院運営のさまざまな側面でもっとデジタル/ITが活用されるように促す取り組みだ。

 全国の寺社関係者とデジタル活用についての勉強会を行うFacebookコミュニティ「テラデジ!」を主宰し、善立寺のWebサイト内でオウンドメディア「Teranova(テラノバ)」も運営する小路さんに、「お寺とデジタル」の現状や、デジタル化が必要となっている背景、課題などを聞いた。

長野県塩尻市にある浄土宗 善立寺(ぜんりゅうじ)の副住職であり、「寺院デジタル化エバンジェリスト」として活動する小路竜嗣(こうじ りゅうじ)さん

紙資料の多い寺院、デジタル化の第1号案件は「お墓の地図」

 小路さんの経歴は少しユニークだ。もともとは信州大学 大学院で工学を研究したのち、精密機器メーカーのリコーに就職。そこでは業務用デジタル印刷機のマシン設計を手がけるハードウェアエンジニアだった。そんな中、善立寺の一人娘である奥様と結婚することになり、2011年に退職して仏門入り。2年間の修行期間を経て、2014年に善立寺の副住職となった。

 善立寺は開山から470年以上の歴史を持つ、地域に根ざした寺院である。しかし、仏門に入る前の小路さんは、仏教や寺院とは「まったく接点がなかった」と語る。もっとも、それは現代ではごく一般的な感覚と言えるのかもしれない。

 「実家が何宗なのかわかりませんでしたし、仏壇もありませんでした。お寺やお坊さんといえば、アニメの『一休さん』くらいのイメージでしたね(笑)。肉を食べちゃいけない、結婚しちゃいけない、パソコンを使うなんてもってのほか――きっとそんな世界なのだろうと想像していました」

 さすがに「一休さん」の世界ではなかったものの、仏門に入った小路さんを待っていたのは、デジタルやITとは縁遠い世界だった。善立寺の住職はパソコンでワープロや住所録のソフトを使いこなす人だが、檀家やほかの寺院など外部との連絡手段は電話かFAX、そして書類はすべて紙。そんな世界だ。

 「たとえばお寺の会合などがあると、そのお知らせ状が紙で、封書で届きます。そして出欠の連絡は同封のハガキで返信と、今でもそんな感じです。お坊さんも20代から80代まで幅広いですから、なかなか難しいところです」

 また善立寺でも、過去からのさまざまな記録は「紙」の資料として残っている。その中でも特に扱いが面倒だったのが「墓地の地図」だという。

 善立寺には200ほどの墓地があるが、お墓参りの訪問客に「○○さんのお墓はどちらですか?」と尋ねられたり、小路さん自身が納骨などを行ったりするたびに、大きな紙地図を広げてその場所を探さなければならなかった。

 そこでExcelを使って墓地の地図を書き起こし、それぞれの墓地に番地を振って、住職が檀家をリスト管理していた「筆まめ」に番地を記録してひもづけた。これが、善立寺で小路さんの手がけた「デジタル化第一号案件」となった。

 「これで簡単に墓地の場所が検索できるようになりました。さらに、デジタル化して整理したことで、用途もだんだんと広がっています。たとえば『ここは管理者不明になっている無縁の墓地』『ここは墓地を買ったがまだお墓は建てていない』といったことが明確になりました。これは墓地管理で重要なことなのですが、管理者が不明の墓地であっても、お寺が勝手にお墓を撤去することはできません。一定期間の告知など、法的な墓地整理の手続きを進めるためにも、デジタル化が進んだのは良かったと思います」

 ほかにも善立寺には、過去からの紙資料がたくさんある。事務的、マニュアル的な資料は管理負担を軽減するために、また亡くなった人の戒名を記録する「過去帳」など宗教上で重要な意味のある資料は経年劣化や災害への備えとして、ドキュメントスキャナの「ScanSnap」やクラウドサービスの「Evernote」「Dropbox」などを活用してデジタルデータでの保存を進めている。

 「たとえば年に1回、夏に行う法要があるのですが、それをどのように行うかというマニュアルのような資料もEvernoteに保管しています。年に1回、1日だけ使う資料を紙ファイルで保管しておくのは負担が大きいですし、Evernoteならばテキスト、写真、動画など何でも貼り付けられて便利ですから」

この日のセミナーでは、そのほか「PFU ScanSnap」や「Dropbox」、クラウド監視カメラの「Safie」などを紹介していた

「自ら発信しなければ、お寺が困っていることに誰も気付いてくれない」

 こうして善立寺のデジタル化を一歩ずつ進めていた小路さんだが、当初は積極的に情報を発信していくスタンスではなかったという。周囲の親しい人から質問されたら教える、という程度だった。

 だが2016年から、小路さんは「寺院デジタル化エバンジェリスト」を名乗り、積極的な活動を展開するようになる。そのきっかけは、Evernoteの公式ブログでユニークな導入事例として取り上げられたことだった。

 「『お寺でこんなふうにEvernoteを使っています』というインタビュー記事だったのですが、記事を見た同業の方から『これは便利そうだ』『自分も使いたい』とかなり反響がありました。そこで初めて『あっ、わたしが悩んでいたことは、みんなも悩んでいたんだな』と気付きました」

 多くの人が同じように悩んでいるのなら、自分ひとりが便利になるのではなく、ノウハウを公開してみんなで便利になったほうがいい。そういう考えから、徐々に積極的な情報発信を行うようになった。

 さらにもうひとつ、別の理由もあるという。多くの寺院、特に小規模な寺院では、中小企業や個人事業主と同じような悩みを抱えている。しかし、そこにデジタル化のニーズがあることに気付いてもらえていない現状がある。

 小路さんは、「よくこの格好(法衣)でITの展示会に行くのですが、誰も製品のチラシを渡してくれません。おそらく昔のわたしと同じように、まだ『お寺の人は筆と紙で書類を書いている』イメージなのでしょう」と苦笑いする。

 「実は、一般の個人事業主向けや中小企業向けのクラウドサービスには、お寺の事務作業に流用できるものも多いのです。ただ、たとえばSalesforceなど米国のサービスでは宗教法人向けの無償プランがあるのですが、日本にはほとんどない。これもIT企業の皆さんが、お寺にもニーズがあると気付いていないからではないでしょうか。だからお寺の側から、困っていること、ニーズがあることを積極的に発信しなければいけないと考えました」

エバンジェリストの役割のひとつとして、寺院側の「困りごと」を積極的に発信し、IT企業が持つソリューションと結びつけることがあるという

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