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森ひかる、トランポリン新女王が勝負をかけた大技「トリフィス」との出合い

2019年12月04日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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世界選手権を制したニューヒロイン、森ひかる選手とトランポリンの出合いは?
世界選手権を制したニューヒロイン、森ひかる選手とトランポリンの出合いは? Photo:JIJI

東京五輪にとびっきりのニューヒロイン候補が現れた。有明で今月1日まで開催されたトランポリン世界選手権の女子個人決勝を制し、自身初の五輪代表を内定させた森ひかる。天真爛漫な笑顔を弾けさせた20歳のシンデレラは、偶然にも出会ったトランポリンに心から魅せられ、見た目以上に過酷な競技を極めながら青春を謳歌。日本のトランポリン界がまだ手にしていない五輪メダルへの最短距離にたどり着いた。堂々のエースへと成長してきた原点と軌跡を追った。(ノンフィクションライター 藤江直人)

本番会場となる有明で優勝
トランポリンとの出合いは4歳

 周囲を笑顔にさせる天真爛漫な一挙手一投足と、負けず嫌いの性格に導かれる勝負師の一面。二律背反する要素を抜群のバランスで同居させた、キュートなシンデレラがまばゆいスポットライトを浴びた。

 竣工したばかりの有明体操競技場で、1日まで開催されていたトランポリンの世界選手権。最終日に行われた女子個人決勝を制し、日本勢で初めて表彰台の真ん中に立った20歳の森ひかる(金沢学院大学クラブ)が、とびっきりの笑顔とともに来夏の東京オリンピック代表を内定させた。

「やばい、やばいです。マジで、って感じ。信じられない。本当にやばいです」

 金メダル獲得が決まった直後の第一声を聞いただけで、日の丸を背負いながら会場をぴょんぴょんと跳び回った立ち居振る舞いを見ただけで、底抜けに明るく、それでいて飾らない素顔が伝わってくる。

 東京オリンピックの金メダル候補にも躍り出たニューヒロインと、トランポリンとの出合いをさかのぼっていくと4歳の時に行き着く。都内のスーパーマーケットの屋上に設けられていた、200円で7分間跳べる子ども用のトランポリンに魅せられ、すぐに地元のスポーツクラブの門をたたいた。

「自分でもあまりよく覚えていないんですけど、母親の買い物についていって、終わった後に屋上にあったトランポリンで跳んだのがすごく楽しかったんだと思います。制限時間が終わってもすぐにまた跳んで、という感じだったと聞かされています。ただ、最初に入ったクラブの先生が、宙返りを教えない方針だったんですね。いざ試合に行って宙返りをしている選手を見ると、自分もやってみたいと思ったんでしょうね。別のクラブへ移って、基本をしっかりと教えていただきました」

 4歳年上の双子の兄も同じクラブに入った。とりあえず跳んでみるか、といった具合に、まさに怖い物なしの精神で新しい技をどんどん吸収し、上達していく2人が最初のライバルになった。

「私、ものすごく負けず嫌いなんです。小さな頃は兄と同じ技で跳んでいましたし、兄よりもうまくなりたい、兄よりも先に技を覚えたいと、いつも考えていたくらいなので」

小学校4年生の時に大ケガ
トランポリンは恐怖心との闘い

 一度だけ心が折れかけたことがある。小学校4年生の時だ。着地の際にバランスを崩し、左手を突いた時にポキッという音が体内から聞こえた。ひじから先を見ると逆方向に曲がっていた。左腕にはしばらくの間、手術による長い傷痕と短い傷痕が痛々しく刻まれていた。

「骨が粉々になって、さらに神経を挟んでいたんですね。長い傷痕は神経を傷つけないように、うまく外すために切ったところで、短い傷痕は折った骨を支えるためのピンを3本入れたところです。神経が切れなかったのが不幸中の幸いだったと、今では思っています。

 ただ、その時はトランポリンをやめるつもりでした。それほど怖くなってしまったんですけど、入院先で同室になった大人の方に『やめたい』と漏らしたら、逆に『そんなことでやめたらダメ』と励ましてくださったんですね。退院してからは、兄を迎えにいこうとクラブに顔を出すと、みんなが楽しそうに跳んでいる。私もトランポリンの上を歩いたりして、その時の感覚がやっぱりうれしくて」

 競技トランポリンは100本を超えるスプリングで周囲のフレームと結びつけられた、縦4.28メートル、横2.14メートルの「ベッド」と呼ばれる弾力性に富んだシートの上で跳びながら演技を競い合う。ベッドの中心に近いほど着地時に深く沈み、反発力を利用して宙高く舞うことができる。

 女子選手の最高到達点は約7メートル、ビルの3階分の高さに達することがある。少しでも恐怖心に支配されれば演技が乱れ、体重の10倍以上もの負荷がかかるといわれる、着地の際の危険度も増してくる。競技続行を決めた後も、自分の心との闘いが続いたと振り返ったことがある。

「いやぁ、やっぱり怖いと思うことはありますよ。少しでも自分の感覚と異なったりすると、次のジャンプが怖くなったりすることもあります。でも、最後は自分がやるしかないので。跳び始める前に『できる、できる、できる』と自己暗示をかけたりしていますね」

世界トップを狙うには
難度の高い大技が必要

 もちろん、トランポリン競技はただ単に跳ぶだけではない。10本のジャンプを連続して、すべて異なる技で跳んだ上で、技の難しさとなる「難度点」、技の美しさとなる「演技点」、真ん中に着地できるかどうかの正確さが問われる「移動点」、そして滞空時間の長さとなる「跳躍時間点」の合計で順位を競い合う。

 1回の競技に要する時間は約20秒。10本を続けて跳べば、陸上競技で300メートルを全力疾走するのと同じくらいのエネルギーを消耗する。見た目以上にはるかにハードな競技だ。そこで日本の、さらには世界のトップを狙っていくには、4種の得点の中でも特に難度点を極めていく必要がある。

 そして、成功すれば難度点の大幅アップにつなげられる大技のひとつに「トリフィス」がある。宙を舞っている2秒ほどの間に前方へ3回転して、さらに最後の回転時に身体を半分ひねるトリフィスに大いなる好奇心を抱き、初めてトライしたのは小学校6年生の時だった。

「その時はトリフィスを跳べる日本の女子選手が少なかったということもあって、じゃあ私がやってみようと。バンジージャンプのように身体を吊る補助器具をつけて実際に挑戦してみたら、成功したんです。トリフィスの中でも最初に回転する時にひざを曲げて胸の前で抱え込む“タック”が、次にひざを曲げない屈伸の“パイク”ができるようになりました。

 あとは伸身のトリフィスがありますけど、伸身姿勢で3回転宙返りとなると、女子ではまず回れないんですね。伸身の前方2回転宙返りができる選手もそれほど多くないので。男子の選手は跳んでいますけど、高さもあるし、女子は筋力も全然違うので、かなり難しくて」

 たとえ2種類のトリフィスを完璧に成功させたとしても、他の8本のジャンプに影響が出てしまっては意味をなさない。実際、初めてトリフィスをプログラムに入れた時はリスクの方が上回ってしまい、演技点と跳躍時間点でかなりの減点を食らってしまったホロ苦い経験がある。

高校1年時に強豪校へ
基礎を固め、満を持して大技解禁

 身体の成長に合わせて体幹なども鍛え、高校1年生だった2015年11月には、都立高からトランポリンの盛んな石川県の強豪校、金沢学院東高(現金沢学院高)へ転校。東京・足立区内の自宅に父親の博之さんらを残し、母親の美香さんと見知らぬ地へ移り住んで勝負をかけた。

 2000年のシドニーオリンピックで6位に入賞した第一人者、丸山章子監督(現日本体操協会トランポリン女子強化本部長)に師事。一時的に難度を落とし、基礎から技術を高めてきた上で、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とばかりに、今夏から満を持してトリフィスをプログラムに入れた。

 14歳の時に初めて出場した全日本選手権で最年少優勝を果たし、トランポリン界の新星として注目を集めたのが2013年12月。直前の9月にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開催された、国際オリンピック委員会(IOC)の総会で2020年の東京オリンピック開催が決まったタイミングだった。

「年齢制限があってリオデジャネイロ大会には出られない私にとって、東京が初めて迎えるオリンピックのチャンスになります。その時は試合があったのでしっかり寝ていて、朝起きて東京に決まったと知った時はすごくうれしかったし、自分が生まれ育った国で開催されるオリンピックに絶対に出る、という思いも強くなりました。

 年齢的にも21歳でちょうどいい時期に迎えると思うので、それまでに体力と筋力だけでなく、メンタルもしっかり鍛えたいですね。トランポリンは本当に一発勝負で、20秒間の演技ために4年という、とてつもなく長い時間をかけて練習を積んでいくので」

 競技人生の中で心技体が最も充実する時期に巡ってくる、スポーツ界最大の祭典を自国で迎えられる幸せに胸を躍らせる心境を、トランポリンに出合った原点などとともに聞いたのは、高校に進学した直後の2015年春だった。その時に弾むような口調で語ってくれたトランポリンの魅力に、金沢学院大学スポーツ健康学科2年生になった今ではさらにはまり込んでいるはずだ。

「空中ではビューン、ビューンと空気を切るような音が聞こえるんです。普段は味わえないような、高く跳び上がらないと聞こえない音なのかな、とは思っています。目が回ったりしないのとよく聞かれるんですけど、実際にはそういうことはないんですよ。演技にすべての神経を集中させているので」

 トランポリンとともに歩んできた青春は、有明体操競技場で女子個人の予選と決勝が一挙に行われる、来年7月31日の東京オリンピック8日目へとまっすぐに伸びていく。男子を含めてまだオリンピックの舞台でまだメダルを獲得していない、トランポリンの歴史を塗り替える可能性を膨らませながら。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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