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横浜FCをJ1昇格へ導く、41歳中村俊輔「ベンチ外」からの復活秘話

2019年11月24日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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中村俊輔
J1昇格に王手をかける横浜FCの中村俊輔 写真:徳原隆元/アフロ

13年ぶりとなるJ1昇格へ王手をかけている横浜FCが24日、ホームのニッパツ三ツ沢球技場に愛媛FCを迎えるJ2最終節に臨む。勝利して5連勝でシーズンを締めくくれば、無条件で悲願が成就する運命の大一番へ。今夏にJ1のジュビロ磐田から完全移籍で加入し、23年目を迎えたプロ人生で初体験となる2部リーグを戦ってきた41歳の大ベテラン、元日本代表の中村俊輔がさまざまな葛藤を乗り越え、ボランチとして存在感を放つまでの軌跡を追った。(ノンフィクションライター 藤江直人)

ベンチ外から先発へ復活
無我夢中でラストチャンスにかける

 気がつけば13年ぶりとなるJ1昇格へ王手をかけていた。今夏にJ1のジュビロ磐田からJ2の横浜FCへ移籍し、サッカー人生で初めてとなる2部リーグの舞台で戦ってきた41歳の大ベテラン、中村俊輔のいま現在の心境を表せば、無我夢中という言葉に凝縮される。

「この何試合か、別にそういうので選手たちがあまり硬くなっていない。一番でかいのは、真ん中の4人が一気に代わったこと。オレなんかもう必死で、アピールする方に頭とメンタルが行っている。今日も走り回って、点差とかに関係なく、とにかく勝つことしか考えていなかった」

 敵地シティライトスタジアムでファジアーノ岡山を1-0で下し、4連勝をマークした16日の明治安田生命J2リーグ第41節。取材エリアに姿を現した俊輔は「そういう」と位置づけたJ1昇格争いではなく、ベンチから注がれるチームメイトの視線にプレッシャーを感じていると打ち明けた。

「ベンチ外だった選手がいきなり先発って、普通はなかなかない。ラストチャンスが来た、とみんな思っているし、これでまた負けるとか、ちょっとでもミスをすれば、ベンチにはすごい選手たちがいるわけだからね。だから、勝ち点とかが本当に気にならない」

 J1へ自動昇格できる2位へ浮上し、しっかりとキープしてきた4連勝の過程で、俊輔はボランチとしてすべてで先発。東京ヴェルディとの第38節ではペナルティーエリアの外、約20メートルの距離から強烈な移籍後初ゴールを突き刺して連勝スタートに貢献している。

 しかし、リーグ戦の軌跡をさらにさかのぼれば、ヴェルディ戦の前は5試合続けて出場機会を得られなかった。ツエーゲン金沢との第36節、京都サンガとの第37節はベンチにすら入っていない。けがをしていたわけではない。移籍後で初めて訪れた状況に、おのずと危機感が頭をもたげてきた。

「ジュビロでまったく試合に出られなくなって、オレはこんなものじゃない、このまま終わりたくないと思って。それでカテゴリーをJ2に下げてでも試合に出たいと思ったら、実際にカテゴリーを下げても出られない。もう引退しかない、こんなものじゃない、というのがずっとあった」

 一方で横浜FCをめぐる状況も大きく変わった。サンガ戦は0-3で完敗し、19試合ぶりとなる黒星を喫していた。3位にこそつけていたが、2位のモンテディオ山形から7位の徳島ヴォルティスまでの6チームが、勝ち点3ポイント差の中にひしめく大混戦状態になっていた。

 もはや一敗すら許されない。5月から横浜FCを率いる下平隆宏監督が大ナタを振るった。快進撃をけん引してきたチーム得点王のイバ、トップ下のレアンドロ・ドミンゲス、ボランチの松井大輔および田代真一と、俊輔をして「真ん中の4人」と言わしめた主力を迷うことなくリザーブへ回した。

 チームの心臓を担うボランチには俊輔と、2011シーズンから横浜FCひと筋でプレーしてきた30歳の佐藤謙介が指名された。今シーズンの半ばまで主力を担っていた佐藤もまた、夏場以降の戦いにほとんど絡んでいなかった。コンビを組む相棒の胸中を、俊輔は自身の思いにシンクロさせる。

「謙介もずっとベンチ外だったじゃない。能力は高いのに。いろいろと葛藤があったはずだし、募らせてきた悔しい思いをアイツは今、プレーに出していると思う。それはオレも一緒だけどね」

 俊輔の初ゴールを再現すれば、佐藤が右タッチライン際にいたDF北爪健吾に正確無比なロングパスを通した。北爪のパスをイバに代わって先発したFW皆川佑介が、相手選手を背負いながら落としたところへ、あうんの呼吸で走り込んできた俊輔が黄金の左足を一閃している。

 V・ファーレン長崎との第39節では、柏レイソル時代にJリーグMVPにも輝いたレアンドロ・ドミンゲスに代わって先発した、中学生年代のジュニアユースから生え抜きで育ってきた22歳の齋藤功佑が先制点をゲット。終盤戦で下平監督が打ったカンフル剤が鮮やかに奏功している。

「今まで引っ張ってきた真ん中の4人がごっそりいなくなって、自分たちがピッチ上にいるということにいろいろなメッセージが込められているよね。守備で身体を張らなきゃいけないとか、献身的に走らなきゃいけないとか。難しい時期の試合で今まで積み上げてきたことにプラスして、とにかく勝ち切る意識をみんなが共有しているのがでかいと思う」

 横浜FCの現状をこう分析する俊輔もまた、葛藤を抱えてきた。

「トップ下」から「ボランチ」に
葛藤しつつチームに染まる道を選ぶ

 日本代表や横浜F・マリノス、ジュビロ、そしてセルティックをはじめとする海外のクラブで長くトップ下を主戦場としてきた。しかし、今夏に新天地を求めた横浜FCで、下平監督から告げられたポジションはボランチだった。

 しかも、指揮官が考えるボランチには独自の約束事が課されていた。マイボールになった時に一人が最終ラインに下がり、短いパスを前後左右に、例えるなら各駅停車のように繋ぎながらスピードに長けた若き両サイドハーフ、22歳の松尾佑介と23歳の中山克広を縦へ走らせるタイミングをうかがう。

 トップ下で俊輔が得意としてきたプレーのひとつ、視野の広さを生かした大胆なサイドチェンジではなく、チーム内では「ハンドリング」と呼ばれている、後方で確実にパスを回す黒子的な役割を求められた。横浜FCに加入した直後の俊輔が、こんな言葉を残したことがある。

「パッとパスをもらってサイドチェンジすることが、ここではいいプレーではなかったりする。自分の色を出そうとすると『それ、やりすぎだよ』となる。もちろんシモさん(下平監督)はダメと言わないし、僕のやり方でいいとも言ってくれるけど、すごく難しいよ」

 だからといって、ふて腐ることはない。プロである以上は、課された約束の中で自分を輝かせる。日本代表を含めて、ユニフォームに袖を通したチームを「自分の色に染める」と何度も口にしてきた俊輔は、23年目を迎えたプロ人生で、まったく逆のアプローチに挑む決意をすぐに下している。

「できあがっているチームに、途中から入ったわけだからね。急に移籍してきた一人の選手に合わせることが許されるのは、強烈なストライカーだけ。中盤の選手で、こんなおっさんが途中から来た以上は自分の色に染めるんじゃなくて、自分がこのチームの色に染まるにはどうしたらいいかを考えた。いろいろな葛藤があって、シモさんが考えているサッカーに染まるのに多少時間がかかっちゃったけど」

 出場機会を得られなかった時期も、思考回路を含めて、横浜FCに染まる努力を積み重ねてきた。だからこそ、ベンチ外から一転して先発を告げられてもチームを勝利に導く役割を、縁の下で演じることができた。ただ、より高みを追い求め続ける、プロの矜恃もまた俊輔は忘れていない。

「このチームのやり方の中で、自分の色を少しずつ出していく、という感じだね。契約しているチームの約束事をまっとうするけど、それにプラスしていろいろなことがやりたくなる。動かずして、それでいてもっといいプレーができるんじゃないかとか。そうした欲がなくなったら、もっと早くダメになっていただろうね」

カズという最高のお手本が
近くにいるから練習にも耐えられる

 波乱万丈に富んだ今シーズンをあらためて振り返ってみる。ジュビロとの契約を延長したものの、2試合、わずか65分間プレーしただけで、4月以降はピッチから姿を消した。それでもホームで試合を見届けた後は磐田市内の練習場へ向かい、いつ訪れるか分からない出番に備えて汗を流した。

「ああいうのがこうして今に繋がるんだな、と。一生懸命に取り組んでくれば自然と調子も上がってくるけど、ちょっとでもモチベーションを落としたら絶対にダメ。ずっと張り詰めさせていれば、いつになるのかは分からないけど、必ずどこかで引っかかる。まだまだあきらめずに、粘って、もがいて、オレの場合はカテゴリーを下げたけど、ボランチの位置でのボールの回し方もだんだん染みついてきて、こうやってまた痺れる試合に出られる体験ができた。それも41歳になって。本当に面白いよね。将来、自分が指導者になった時に、そういう選手のことは陰ながら見ていきたいと思うよね」

 延べ7つ目の所属チームとなる横浜FCで、尊敬してやまない現役最年長選手、52歳のFW三浦知良と、日本代表でプレーした2000年6月以来、実に19年ぶりにチームメイトになった。永遠のサッカー小僧を自負する俊輔だが、練習場でロッカーが隣同士になったカズにはかなわないと苦笑する。

「カズさんという最高のお手本がいつも近くにいるから、練習がキツいなんて言えないよね。カズさんがJ1でプレーする姿、見たいですよね? オレたちが見たいですよ。チームをJ1へ上げて、という意識はみんなにあると思うよ」

 愛媛FCをホームのニッパツ三ツ沢球技場に迎える24日のJ2最終節で勝てば、無条件で13年ぶりとなるJ1昇格が決まる。注目度の高さを物語るように、NHK BS-1で生中継されることが急きょ決まった大一番を目前に控えても、俊輔は自然体を崩さない。

「J2を満喫しているよ」

 積み重ねてきた努力。41歳になるシーズン中に下した移籍という決断。初体験のJ2で直面した葛藤を乗り越え、横浜FCの色に染まるための自問自答。すべてに対する答えを短い言葉に凝縮させながら、運命の90分間がキックオフされる午後2時を俊輔は静かに待っている。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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