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ラガルド新総裁が早くも直面したECBの「根源的問題」

2019年11月20日 06時00分更新

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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ECBラガルド新総裁
Photo:picture alliance/gettyimages

ECB内の意見対立
投票制移行などの議論に

 欧州中央銀行(ECB)に参加する主要な域内中央銀行(NCB)の間での意見対立がなかなか収束しないようだ。

 発端は、マイナス金利の深掘りや11月からの月額200億ユーロの債券買い入れ再開を決めた9月の政策決定にあった。

 なかでも量的緩和再開に関しては、独仏など主要国の間で慎重論が根強かったにもかかわらず、ドラギ前総裁が政策理事会で「明確な多数」の支持を頼って決定を強行したことが反感を招いたわけだ。

 9月の政策理事会での決定後も、ワイトマン独連銀総裁やビルワドガロー仏中銀総裁らから慎重論“が続出した。効果への疑念のほか、国債の買い取りは、ECBの出資割合に応じて買い取り量が決まるため、均衡財政を重視する独などは持続性に難点があるといった事情があるからだ。

 だが10月末にラガルド新総裁が就任し、資産買い取りが11月から実施に移される中で、意見対立の焦点は政策判断の妥当性から、政策決定の枠組み自体へ移行しているようだ。

市場との対話の「正常化」
「公式見解」への拘束は可能か

 欧州メディアが伝えるところによると、総裁は政策理事会で合意が成立したことだけを対外的に明らかにすべきということと、政策理事会の決定を明示的に投票制にして結果を明らかにすべきという2点を求める動きがある。

 第1の点は、ドラギ前総裁が重要な政策決定に際して、政策理事会での正式な決定を経ていない内容を、しばしば市場に「予告」したことに起因している。

 今回の量的緩和第2弾もその例といえ、この問題は最近、始まった話ではなく、むしろドラギ総裁の任期を通じてこうした傾向が見られたといってもいい。

 欧州債務危機のような危機的な局面では、ECBは、域内各国の実体経済や金融市場の状況が大きく異なるなかで、政策理事会メンバーのコンセンサスを形成する困難さや、各国の経済指標が出そろうまでの時間ラグの大きさのために政策判断が遅延するリスクを抱えていた。

 したがって、機動的な政策対応をするためには、ドラギ前総裁のやり方も危機における市場との対話としての意義があった面も否定できない。

 実際に、債務危機に端を発し、ユーロ圏の崩壊も懸念されたほどの深刻な状況から欧州経済を立て直し、「ドラギマジック」と称賛された政策決定は、そうしたドラギ流に依存していた面も少なくない。

 しかし欧州経済が危機的な局面を脱した後には、政策理事会による合意形成に先んじるドラギ流の副作用がよりECB内でも強く意識されるようになった。

 このため、例えばこの数年の政策理事会では、総裁を含むメンバー全員が対外的に発言すべき内容について、チーフエコノミストでもあるプラート前専務理事が一つ一つ具体的に確認を取っていたことが、議事要旨の記述から明らかになっている。

 その一方で、全ての政策理事会メンバーが「公式見解」のみを発信するのも、不自然なだけでなく、外部からは政策判断をめぐる議論の動きや方向性が推測しにくくなり、政策決定が、市場関係者にとっては唐突に打ち出されるサプライズと化し、金融市場に不要の不安定性をもたらすことにもなりかねない。

 実際、ラガルド体制でチーフエコノミストのポストがレーン氏に引き継がれるとともに、少なくとも議事要旨からは、上記のような発言内容を拘束する動きは見られなくなっていた。

 その意味では、この問題に改めて焦点が当てられていることは興味深い。

 現在、政策理事会メンバーにくすぶっている不満は、ラガルド新総裁にドラギ流を継承させないように釘をさすことが狙いなのかもしれない。いずれにせよ、ユーロ圏経済が「平時」に戻ったことを踏まえて、市場との対話を「正常化」することが重要だ。具体的には定例記者会見では、政策理事会での議論の概要について少数意見も含めてバランスよく語ることが必要だろうし、総裁自身の意見は個別の講演など別の機会で、しかも未決定であることを明確にした上で語るべきだろう。

 これらがきちんと守られているかどうかは政策理事会などの場で事後的にレビューできるし、市場からも確認できる。

理事会メンバーの域内中銀総裁は
「欧州市民」か「各国代表」か

 第2の点である投票制への移行は、第一の問題に比べるとより難しい課題だ。

 そもそもECBの政策理事会は、各メンバーが「欧州市民」として、ユーロ圏全体にとって適切な政策判断を下すことが基本であり、その前提で実際の政策決定もコンセンサスを通じて行われてきた。

 一方で、政策理事会のメンバーはECBの執行部を代表する専務理事に加えて、域内中央銀行の総裁で構成されている。

 しかも、ユーロ圏の加盟国が増えた結果、2014年からは政策決定の過程に直接関与し得る域内中央銀行総裁は輪番制に移行している。

 おのずと、理事会メンバーの域内中銀総裁の国の経済状況を踏まえた意見が反映されることになり、いわば実質的に投票制の性格を帯びるようになった。

 さらに、2015年からは議事要旨(account)の公表も始まり、それだけで発言者を特定することはできないにしても、別の講演などの内容と関連付ければ、どのメンバーがどの意見を述べたかを推測し得るようになっている。

 その意味では、本格的な投票制によって政策理事会における政策決定に関する賛否を氏名とともに公表することも一連の流れに沿った動きではあるし、それは連邦準備制度理事会(FRB)や日本銀行のやり方と同じになるので、移行はむしろ自然なことに見えるかもしれない。

 それでも、ユーロ圏の成立から20年を経ても、欧州域内の経済の同一化は緩やかであり、簡単には格差が収束する状況ではない。そのばらつきは米国や日本の国内経済の比ではない。 

 しかも、現在は域内主要国による意見対立が目立ちやすいだけに、政策理事会メンバーが、自国の市場や企業、家計へのアピールするために投票行動をするといったリスクもある。

 さらにもともと投票制の場合、僅差で決定された際には、その政策に対する市場や経済からの信認が弱いものになり、また市場の反応も不安定になりやすいという面がある。

域内各国の経済実態に応じた
政策の柔軟性をどう確保するか

 こうした点を考えると、現時点で一気に本格的な投票制へ移行することには慎重であった方が良いように筆者には思える。

 FRBでも地区連銀総裁の意見は地元の事情を反映しやすいとされ、ECBの域内中央銀行総裁が自国の議論に影響を受けること自体は避けがたいとすれば、まずは、ECBは、執行部の結束を固めることが重要であり、その意味では専務理事の間で安定したコンセンサスが形成される体制を確立することが大前提だ。

 同時に、ECBの政策の全てを欧州域内で統一するのではなく、実施面でのある程度の柔軟性を域内中央銀行に付与することも考えてよいのではないか。

 これは一見するとユーロ圏内に単一の金融政策というECBの大原則に反し、ECBの存在意義を根底から崩すことにつながるように見えるかもしれない。

 だが、国債や社債の買い入れ、銀行貸出の支援策などは、個別国の市場や銀行システムの特性や状況に応じて行われることが有効だし、そうした柔軟性があれば、域内中央銀行総裁の間でも執行部が提案した政策決定に同意し得る余地が広がるはずだ。

 投票制の本格的な導入は、こうした措置を通じた経験を蓄積してからでも遅くないように思われる。

(野村総合研究所金融イノベーション研究部主席研究員 井上哲也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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