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「日本のトイレは最大の輸出資源だ」とミスター・トイレ絶賛の理由

2019年11月19日 06時00分更新

文● ダイヤモンド編集部,林 恭子(ダイヤモンド・オンライン

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トイレ
日本のトイレ文化が「世界最高」と称される理由とは? Photo:PIXTA

11月19日は「世界トイレの日」とご存じだろうか。トイレ先進国に住む日本人には想像もつかないが、実は世界中の女性の3人に1人が安全なトイレ環境がないために、病気やハラスメント、ひいてはレイプなどの危険にさらされているという。そんな危機的状況に警鐘を鳴らし続け、2001年からトイレ健全化活動を行っているのが「ミスター・トイレ」こと、世界トイレ機関(WTO)のジャック・シム氏だ(WTOといっても世界貿易機関ではない。たった3人で運営している)。世界のトイレ情勢などを語った書籍『トイレは世界を救う』を上梓したシム氏に、日本人が知らない世界のトイレの危機的状況と、日本のトイレ文化のすごさについて話を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部 林 恭子)

女性の3割がトイレで身の危険に
インドには排泄物の海に潜る仕事も

――私たち日本人は海外旅行などに行くと、トイレの悲惨さにがくぜんとすることがあります。シムさんご自身は、これまでどのようなひどいトイレを見てこられましたか?

世界トイレ機関のジャック・シム氏ジャック・シム
シンガポールの社会起業家、別名「ミスター・トイレ」。会社経営などを経て、2001年国際NPO団体WTO(世界トイレ機関)を創設。世界各国での「ワールド・トイレ・サミット」開催や「世界トイレ大学」開講などを通じ、トイレ問題の普及啓蒙に努める。2013年、国連の全会一致でWTOの創設日(11月19日)が「世界トイレの日」に制定される。

 ひどいトイレといえば、私が幼少期を過ごした自宅のトイレが挙げられます。英国領だった当時のシンガポールでは、屋外排泄も当たり前。私が暮らしていた貧しく小さな集落では、トイレはくみ取り式の共同トイレで、一列に並んだトイレ小屋で、両足で板の上に乗っかって、用を足していました。

 くみ取りは週に一度だけ。トイレの穴の下にはバケツが置かれていて、1週間もすればさまざまな人の糞尿と紙で溢れかえり、大きなハエが飛び回っていたことは子どもの私にとってトラウマになりました。ですから私は、トイレに行くのが嫌で、自宅でお丸を使い、それを親に捨ててもらっていたほどです。

 こうした劣悪な状況は、もちろん現在のシンガポールでは改善されたものの、世界各地でいまだに残っています。世界中の女性の3人に1人は屋内での安全なトイレ環境がないために、病気やハラスメントの危険にさらされており、実際にインドでは女性へのレイプの30%が屋外で排泄する際に起こっています。

 このレイプが非常に問題なのは、被害を受けた女性のカースト(階層)が低かったりすると、警察に被害を訴えても無視されることです。もしくはこういう事件があったと知られるとある種の差別の対象になって、結婚できなくなったり、家族から勘当されてしまったりするため、なかなか表沙汰にならず、問題が解決されにくい構造になっています。

 さらにインドには、下水道システムにおいて、私たちには信じがたい構造も残っています。なんとインドでは、政府が低カーストの人たちに下水、すなわち排泄物の海に潜ってパイプの詰まりなどを取り除いてきれいにする仕事をさせているのです。マンホールから糞まみれになっている人を見たとき、こんな仕事が世の中に存在するのかと、非常にショックを受けました。

 彼らはヤシの実からできた強いアルコールのお酒をクイっと飲んでから潜るのですが、下水に含まれる有毒ガスを大量に吸いこむため、平均寿命は40歳と極端に短くなっています。

 これは由々しき事態です。そこで、私が責任者を務める「世界トイレ大学(ワールド・トイレ・カレッジ)をインド国内に2校も作って、彼らが排泄物の海を潜らなくても済むよう、下水を処理する機械を使うように教育しました。しかし、彼らはどんなに説明しても、この機械によって「自分たちの仕事がなくなるのではないか」という恐怖感がぬぐえず、警戒しています。そして、機械の導入が難しい状態が続いているのが現状なのです。

日本のトイレは世界最高
「トイレ文化」こそ世界に輸出すべき

――そうした悲惨な世界のトイレ事情がある一方、日本のトイレをどう見ていますか?

 日本のトイレは世界最高のクオリティーであり、「トイレ文化」も素晴らしい誇れるものだと思います。日本人は清潔好きで、完璧主義な国民性だからかもしれませんが、世界のどの国を見てもこの水準には至っていません。日本がダントツです。

 日本には、漫画や日本食、カワイイ文化などの素晴らしいソフトパワーがたくさんありますよね。でも、一番輸出すべきなのは「トイレ文化」ではないかと私は思います。

 まず日本のトイレ文化の最大の特徴は、トイレに入る前に「トイレはきれいだ」と想定して入ることができることです。東京駅などの公共の場でもそうですし、例えば使う人が次の人のことを考えて使うといったようなことが当たり前になっているのが、一番素晴らしい点だと思います。

 日本人の方に伺うと、「いやいや、別にいつもきれいなわけじゃない」とおっしゃいます。しかし、それは日本人のトイレに対する期待値の水準がすごく高く、その期待値には常には到達していないからでしょう。しかし、私のような外国人が行くような場所では、常にトイレはきれいな状態だと感じます。

 もう1つ素晴らしいのは、トイレを清掃する人たちがきちんと教育やトレーニングを受けている点です。彼らは決してやっつけ仕事ではなく、きちんとプライドを持ってトイレ清掃の仕事をされているのがわかります。

 トイレのデザインも優れています。ライティングの位置、手を乾かすハンドドライヤーの位置など、動線がとてもよく考えられていると思います。

――「日本の最大の輸出資源は日本のトイレ文化だ」とおっしゃいましたが、実際には日本の温水洗浄便座などは海外にまだあまり輸出されていません。なかなか普及しないのはなぜでしょうか。

 理由は2つあると思います。一番大きいのがマーケティングやプロモーションの問題、もう1つが修理などアフターケアのインフラの問題です。コストはあまり問題ではないと思います。

 前者については、本来であれば、イスラム教諸国やヒンズー教の国々では、排泄時に水を使って洗う文化がそもそもあるので、温水洗浄便座はすごく売れるはずです。

 近年、TOTOが北米に進出し、認知度はだんだん上がっているようですし、日本を訪れた中国人観光客の中には温水洗浄便座を買って帰る人がたくさんいます。最大の問題である、プロモーションの問題を解決すれば、もっと世界に広がっていくのではないでしょうか。

トイレを作るのは簡単でも
ずっと使い続けてもらうのは難しい

――世界各地でトイレの普及に力を入れる中、実際にトイレを設置しても、汚いまま放置されたり、倉庫と化したりすることが多いと著書『トイレは世界を救う』でも語っています。ではどうすれば、トイレ後進国にもトイレ文化を広められるでしょうか。

 トイレを作ることは比較的簡単ですが、トイレをきちんと使い続けてもらう文化を根付かせるのは容易ではありません。しかし、自分たちがトイレの必要性を感じて、自らのお金を使って建てたトイレであれば、使い続けてもらえます。

『トイレは世界を救う』『トイレは世界を救う』(ジャック・シム著、近藤奈香訳)

 そのために私たちは、屋外排泄が行われている村の中である実験をしたことがあります。まずは、村の人がどこで排泄しているかを地図上にマークします。そして、村の中にいるハエがどれくらい飛ぶかを地図上で可視化させたあと、時を見計らって村の人が集まる場所に、ご飯がのったプレートと糞尿がのったプレートを置きます。すると、あっという間にハエが両方に止まってご飯が真っ茶色になります。その様子を村中の人に見せて、どんな少量でもハエによってご飯に糞尿がつき、口にする可能性が高いことを認識させるのです。

 それによって、「トイレを作らなきゃ」と思わせて、自らトイレを作ってもらう方が効果的で、トイレの利用も持続して、文化が根付くようになります。

 また、「うわさ話」と「近所からの評価」の活用もトイレの普及には効果的です。私の育った村では、床が土の家は床がコンクリートの家庭から見下げられていました。そこで、近所の人にバカにされたくない気持ちがとても強いため、この家の子どもたちは働き始めるとまずは床をコンクリートにしたものでした。

 つまり、そうしたプライドをトイレの普及にも利用するところに秘訣があります。「素晴らしいトイレが家にある家庭はハイソ」だという価値観を植え付けて、そうなりたいと思う人たちを増やしていくのです。そのために、カンボジアでは村でうわさ好きな女性の力を活用して「あの人の家にはすごいトイレがあるけど、あそこの家にはまだトイレがないのよ」と言ってもらったりしていました。うわさ好きの女性こそ、最強の営業ウーマンなのです。

――トイレ普及の取り組みをされて20年近く。今後はどのような課題に取り組む予定ですか?

 トイレ問題は勢いよく解決に向けて進んでおり、2030年までには世界のほとんどの人にはトイレが行き渡るだろうといわれています。一度トイレを使うことに慣れた人は、屋外排泄に戻ることはないため、トイレ市場はより高級志向に進むでしょう。

 そんななかで今最も大きな課題になっているのが下水処理、汚物による河川の汚染問題です。現在、世界の14%の人たちはオフグリッドの下水処理などのインフラを必要としていますが、大学などでこれらを学ぶ専門家はあまり多くありません。今後はそういう人材を育てていくことが重要でしょう。

 われわれは1日6~8回トイレに行きますし、トイレが1つの文化といっても決して大げさではありません。QOL(クオリティー・オブ・ライフ)を構成する1つとして、トイレの話が気軽にできる社会になることを願っています。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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