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田代まさし氏覚せい剤で4度目の逮捕、依存性と常習性の恐ろしさ

2019年11月16日 06時00分更新

文● 戸田一法(ダイヤモンド・オンライン

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出所報告会見を行った田代まさし
出所報告会見を行った田代まさし氏(2015年3月18日撮影) Photo:AFLO

かつて「ラッツ&スター」「シャネルズ」のメンバーとして活躍した田代まさし容疑者(63)が、またも覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された。過去に同法違反の罪で3度逮捕・起訴され、計約7年間服役した「マーシー」こと田代容疑者。薬物依存者向けのリハビリ施設「日本ダルク」で自身もリハビリプログラムを受けながらスタッフとして活動し、更生支援イベントで講演するなど、薬物の恐ろしさを説いていた。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

宿泊施設に置き忘れ発覚

 田代容疑者は6日、宮城県警に逮捕された。8月23日に宮城県塩釜市の宿泊施設で、11月6日には東京都杉並区の自宅マンションでそれぞれ覚せい剤を所持していた疑いが持たれている。

 全国紙社会部デスクによると、事件が発覚したきっかけは8月24日、田代容疑者が利用した宿泊施設から「客が変な忘れ物をしていった」と通報があり、覚せい剤であることが判明したことだった。

 この所持の容疑で宮城県警が逮捕状を携えて田代容疑者の自宅マンションを訪れた際、覚せい剤を所持していたため、この容疑でも現行犯逮捕された。

 宮城県警は公式には認否を明らかにしていないが、前述のデスクによると、塩釜市での所持は「自分のものではない」と否認しているという。

 テレビの映像では6日午後7時ごろ、シルバーのワゴン車で塩釜署に移送された。後部シートから降りた田代容疑者は茶色のジャケットを頭からかぶり、警察官に誘導されて署に入った。

 田代容疑者が同法違反容疑で最初に逮捕されたのは2001年12月。他人の浴室をのぞいたとして軽犯罪法違反容疑で逮捕され、家宅捜索で覚せい剤が見つかった。

 逮捕段階で「私が買って所持していました。間違いありません」と容疑を認め、尿検査で陽性反応も出て、同法違反(所持・使用)の罪で起訴された。

 02年2月の初公判では「今日は娘の受験の日です。裁判の結果よりも娘が受験に成功してほしいと心から願っています」と涙ながらに語っていた。

 判決で東京地裁は「重圧や焦り、不安を感じると覚せい剤を使用する依存性が認められ、刑事責任は軽くない」として懲役2年、執行猶予3年(求刑懲役2年6月)を言い渡した。

 執行猶予とした理由は初犯であり、反省している点などを挙げた。判決を受け、田代容疑者は「改めて自分が犯した罪の重大性を感じ、厳粛に受け止めています。ファンを裏切ったことを深く反省し、心からおわび申し上げます」とコメントしていた。

顕著な常習性に実刑

 しかし執行猶予中の04年9月、再び同法違反と大麻取締法違反(いずれも所持)容疑で逮捕された。尿検査で陽性反応が出たため、使用の容疑でも追送検。その後、MDMAの所持と使用も明らかになった。

 執行猶予中であり、再犯であったことから今度は実刑となった。東京地裁判決は「自己の使用にとどまらず、交際相手の女性にも注射して薬物の害悪を広めた」と厳しく指弾。懲役3年6月(求刑懲役4年6月)を言い渡した。

 さらに10年9月、横浜市中区新港1丁目の赤レンガパーク駐車場でコカインを所持したとして麻薬取締法違反容疑で現行犯逮捕される。

 乗用車に同乗していた前述の女性とは別の交際相手も、覚せい剤を所持していた容疑で逮捕された。2人は覚せい剤について「共同所持」の罪で起訴された。

 この事件の時、田代容疑者が移送される様子がテレビで放映されたが、頬がこけてやせ細った姿をご記憶の読者も多いと思う。

 11年7月の横浜地裁は「常習性が顕著だ」などとして、2度目の実刑判決(懲役3年6月)が言い渡され、府中刑務所で服役することになった。

 事件が発覚する度に反省を口にし、それでも覚せい剤に手を出してしまう田代容疑者。今回の事件を受けて、世間でも「懲りない」「反省がない」「なぜやめられない」「意志が弱いからだ」などと批判する声が上がる。

 しかし、覚せい剤の使用を断ち切ることは並大抵のことではないらしい。

覚せい剤の真の恐ろしさ

 まず「覚せい剤」とは何かを解説しておきたい。

 覚せい剤はアンフェタミン類の精神刺激薬(中枢神経の活動を増加させる薬物。刺激薬、興奮薬とも呼ばれる)を指す。

 脳神経系に作用して心身の働きを一時的に活性化させる(ドーパミン作動性に作用)。覚せい剤精神病と呼ばれる乱用・依存を誘発する中毒症状を起こすことがある。

 闇の世界では「一度やったら、骨の髄までしゃぶられる」ということで「シャブ」と呼ばれる。

 国内では第2次世界大戦後に、「ヒロポン」の名前で注射の乱用が問題となり、1951年(昭和26年)覚せい剤取締法が公布された。

 かつて筆者が担当していた地方の警察本部銃器薬物対策課で薬物担当の課長補佐をしていた警部や、闇社会についていろいろ教えてもらった暴力団の元組長から聞いたことがある。

 まず警部は「薬物依存者に必要なのは懲役ではなく、治療だと思う」と話していた。気合や根性で何とかなるような生易しいものではなく、脳が支配され抜けられないのだそうだ。

 刑法で禁止されているし、摘発が仕事だから取り締まっていたが「ほぼ被害者という容疑者もいた。懲役はあまり意味がない」と感じていたそうだ。

 というのは、自発的に使用するのではなく、使わされる「女性」が多かったというのだ。

 元組長は「あちこちを飲み歩き、目を付けた女性に『栄養剤』などと言って使わせる。一度使うと抜けられない。常連の『お客さん』は女性が多かった」と語っていた。

 元組長は話術巧みで「若いころ、さぞかしモテただろうな」という感じの風貌だった。一緒に飲みに行くこともあったが、1軒に約30分しかいない。「昔の習慣だな。飲むのが目的じゃなく、お客さんを物色するのが目的だから」

 酒は飲まず、もっぱら事前に頼んでいた出前の寿司(すし)を頬張っていた。自身も覚せい剤を使ってC型肝炎に罹患(りかん)していたため、酒を飲めなくなっていた。

 還暦を待たずして亡くなったが、見舞いに行った時、やせ細った元組長が「好奇心とか、試しにとかで、絶対にやるな。あれは麻薬じゃない。『魔薬』だ」と話していた。

 今年7月、NHKのEテレの情報バラエティー番組「バリバラ」に2回出演し、薬物依存症の恐ろしさを訴えた田代容疑者。

 容疑の段階で一部否認しているため、事実関係は分からない。

 しかし、覚せい剤の恐ろしさを、こうした形で世間に訴えるのは、皮肉としか言いようがない。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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