このページの本文へ

富士フイルムの米ゼロックス買収断念で始まる「事務機」業界大再編

2019年11月14日 06時00分更新

文● ダイヤモンド編集部,土本匡孝(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
富士ゼロックスの完全子会社化を発表した富士フイルムホールディングスの古森重隆会長兼CEO Photo by Masataka Tsuchimoto

富士フイルムホールディングが米ゼロックス買収断念を表明した直後に、今度は米ゼロックスが米HPに買収提案した。成熟産業のドキュメント業界で、仁義なき再編の波が起きようとしている。富士フイルムHDが逃した魚は大きいが、百戦錬磨の古森重隆会長兼CEO(最高経営責任者)は、転んでもただでは起きなかった。(ダイヤモンド編集部 土本匡孝)

商標権、直販エリアを盾にした
“消耗戦”の着地点

 1年9カ月もの間停滞していた富士フイルムホールディングス(HD)の米ゼロックス買収劇は5日、急転直下、幕が降りた。

 買収劇の幕が上がったのは2018年1月。内幕は自社株買いや新株発行を組み合わせるスキームで、キャッシュアウトはゼロ。富士フイルムHDに魅力的なスキームだった。それに対して米ゼロックスの大株主、カール・アイカーン氏ら「物言う株主」が米ゼロックスを過小評価していると反発。同年2月に買収差し止め請求訴訟を起こし、5月には米ゼロックスの新経営陣が合意破棄を通告。交渉は暗礁に乗り上げ、商標権や直販エリアを盾にした応酬に(詳細は後述)、「どこに落としどころを見つけるか」の消耗戦に発展していた。

 決まった着地点は、富士ゼロックス株式(富士フイルムHDが75%を保有)の米ゼロックス保有分25%を富士フイルムHDが約2400億円で買い入れて完全子会社化するというもの。これによって1962年以来続いた富士フイルムHDと米ゼロックスの資本関係はなくなった。

 一方、富士フイルムHDは米ゼロックスを相手取って起こしていた損害賠償請求訴訟を取り下げる手続きに入った。併せて両社の新たな協業枠組みを取り決め、欧米市場に富士ゼロックスは自らOEM(相手先ブランドによる生産)供給が可能に。米ゼロックスへの製品供給も少なくとも今後5年間は継続することとなった。

 富士フイルムHDの古森重隆会長兼CEO(最高経営責任者)は今回の着地点について、「率直に言えばベター」と表現しながらも、「元々米ゼロックスからの提案。それに加えて両社の取締役会で、全会一致で判断した」「株式による売買スキームも向こう側からの提案だった」と、節々に悔しさをにじませた。

 古森会長兼CEOの説明通りならば富士フイルムHDに非はなく、混乱を収束するために譲歩した形だ。

 業績不振の米ゼロックスからの救済要求は今回が2度目。1度目の01年は、米ゼロックス持分の株式25%を約1600億円で買い取って富士ゼロックスを連結子会社化。2度目の今回は米ゼロックスの“丸飲み”で応えようとしたが、物言う株主の抵抗に遭って、するりと逃げられた。

 5日の会見で古森会長兼CEOは米ゼロックスの動きを察知していたかのように、「ゼロックスはキャッシュが入るのがメリットじゃないですかね」と発言。その予告通り、米ゼロックスは同日、株式売却益、借入金、自己株式を原資に、パソコンとプリンター大手の米ヒューレット・パッカード(HP)へ買収提案した。米ゼロックスは富士フイルムHDに吸収される“守勢”の業界再編よりも、HPを吸収する“攻勢”の業界再編に社運を賭けたわけだ。富士フイルムHDの助野健児社長兼COO(最高執行責任者)は「コメントする立場にないが、業績に大きな影響はない」と、表面上は静観の構えだ。

 時価総額で約3倍の開きがある、“小が大を食う”買収提案が受け入れられるかどうかは定かではないが、米ゼロックスは業界の在り方に一石を投じた。

 再編機会を逃した富士フイルムHDだが、転んでもただでは起きなかった。

成熟産業にあって
優良なキャッシュ・カウ

「ドキュメント業界を成熟産業ととらえる向きもありますが、私は新しいやり方やサービスを提供できないことに起因すると考える」。ドキュメントを切り口にITソリューションを強化する古森会長兼CEOは強気な姿勢だが、ペーパーレス化の進行で、「ドキュメン業界の先行きは厳しい」というのが衆目の見方だ。

 それでもこれまで業界再編が起きなかった要因の一つに、参入障壁の高さに守られ、各社に一定のうま味があったことがある。とりわけ複合機は光学、化学、機械技術などの高度なすり合わせが必要で、売り切り型ではないため大規模なサポート体制も備えなければならない。高い参入障壁に守られて、ドキュメント事業各社は安定的に稼いできた。

「大きな飛躍は期待できないが寡占市場なので事業としてはおいしい」と、ある業界関係者。斜陽産業だが稼げる間は稼いでおき、社内の成長分野にキャッシュを回したい。そんな思惑が透けて見える。

 国内大手4社(キヤノン、リコー、セイコーエプソン、富士ゼロックス)のドキュメント事業の営業利益率は10%前後とまずまず良い。富士フイルムHDではドキュメント事業(富士ゼロックス)が売上高で41%(18年度1兆0056億円)、営業利益で46%(同964億円)を占め、稼ぎ頭だ。

 振り返れば、銀塩フイルムを主軸とする業態から大転換中の01年、前出のように富士フイルムHD(当時は富士写真フイルム)は富士ゼロックスを連結子会社化。医薬や化粧品など多角化へ急旋回する一方、富士ゼロックスは将来の成長ドライバーを支えるキャッシュ・カウとして存在感を示してきた。今回の完全子会社化によるシナジーや事業拡大で、25年3月期のドキュメント事業目標売上高は19年3月期比1.3倍の1兆3000億円に。6~7年で投資回収可能といい、「牛」はしたたかに成長する。

 財務インパクトは12日の第2四半期決算で早速表れた。非支配持分利益の取り込みで、純利益の通期見通しは過去最高の1620億円に。21年3月期の目標としていたROE8%も、1年前倒しで達成することになりそうだ。

どうなる?
富士「ゼロックス」ブランド

 5日の決定を受けて、米ゼロックスのジョン・ビセンティンCEOは「富士フイルムとの関係をリセットし、両社に大きな成長の機会をもたらす」と歓迎するコメントを出した。古森会長兼CEOも、「米ゼロックスとの間にしこりはない」と話した。だが、両者のコメントを掛け値なしと受け止めることはできない。

 焦点は21年3月に期限を迎える、ある重要な契約だ。

 米ゼロックスが富士ゼロックスに商標使用を認め、更に両社の直販エリアのすみ分け(富士ゼロックスがアジア、オセアニア。米ゼロックスがそれ以外)を取り決める内容。この契約を巡っては既にひと悶着あった。富士フイルムHDが18年6月に買収合意破棄による損害賠償を請求する訴訟を起こすと、対抗して米ゼロックスは21年3月をもって契約解消の意向を表明。富士フイルムHDは「欧米市場に進出で対抗する」と、応戦した。

 富士ゼロックスの玉井光一社長は5日の会見で、契約について、「現時点で継続するものと考えている」と語る一方、「21年3月以降については、今は何も決まっていない」とも話した。

 契約更新がなければ富士ゼロックスは「ゼロックス」商標を使えず、直販エリアのすみ分けもなくなる。元身内間の仁義なき戦いの始まりだ。米ゼロックスが成長市場のアジアに進出してくる脅威に比べ、富士ゼロックス(契約更新がなければこの社名も定かではない)が縮小市場の欧米に進出するメリットは小さい。

 商標だけならば評価は分かれる。富士ゼロックスはB2Bビジネスなうえ既に半世紀以上事業継続しており、「『ゼロックス』である必要性はもはやない」(前出の業界関係者)と見る向きがある一方、「日本以外では富士ゼロックスの富士は『富士通』と誤認しているケースがあり、『ゼロックス』でもっている」(別の業界関係者)と、『ゼロックス』がなくなった際のブランド力低下を懸念する声もある。

 ただし、米ゼロックス買収断念と引き換えに、OEM供給とはいえ富士ゼロックスは欧米市場へ自社で踏み込める権利を手に入れた。このアクセス権は米ゼロックスにとっては半世紀以上続いた両社の関係を清算する「手切れ金」、富士ゼロックスにとっては1年余り先の更新がない場合を想定して、今から生き残る道を「地固めする権利」を得たように映る。
 
 銀塩フイルム消滅の危機を多角化で乗り越えるなど、“対応力”に定評がある富士フイルムHD。今回の対応も吉と出るのだろうか。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ