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景気減速でも最高値更新続ける米株価の「5つの死角」

2019年11月13日 06時00分更新

文● 西岡純子(ダイヤモンド・オンライン

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景気減速でも最高値更新続ける米株価の「5つの死角」
Photo:PIXTA

米中歩み寄りを好感
追加関税延期の観測

 米国では株価が高値を更新し続けている。

 先週末11月8日時点のS&P500指数は3093ポイント、ダウ平均は2万7681ポイントと、リーマンショック前の高値と比較してほぼ2倍に上昇している。

 先週に株価上昇には弾みがついたきっかけは、米国と中国の貿易協議で双方が掛け合った制裁・報復関税を引き下げる方向で議論が進んでいる、と中国商務省の高官がコメントしたことだ。

 ほかにも、中国が米国からの農産品の購入を増やすことや知的財産権の保護について法的拘束力を持たせることに約束をしたこと、金融サービス分野の市場開放を進めることで、譲歩の姿勢を示したことで、米中が歩み寄ったとの観測なども材料になった。

 だがこのまま一本調子の株価上昇が続くのかは、疑問だ。

 8日の時点で、トランプ大統領は関税撤回について「完全な撤回ではない」「私は何にも同意していない」と説明し、期待に水を差した。

 これはおそらく、米中合意という政治的成果をアピールするのは自分であって、中国側からそうした歩み寄りが明らかにされることをよしとしなかったということだろう。

 まだ不明な部分もあるが、今のところは、12月15日に予定されている追加関税実施は少なくとも延期され、また部分的には関税が引き下げられるという見方が多い。

 そうなれば、世界経済全体に及ぶ負の圧力はいくらか弱まることにはなるだろう。政治的な判断なのだとしても、何であれ望ましい展開だ。

企業収益はピーク過ぎる
直近四半期ではすでに減益

 しかし、それで株価上昇が続くと考えていいものか、はなはだ疑問だ。

 S&P500指数に採用されている企業を対象に集計すると、企業の税引き前利益は直近の今年7-9月で前年割れだ。昨年同期の利益水準が高かったことの反動でもあるが、株価の上昇のように、企業収益が加速度的に伸びているわけではない。

 近年、同じように税引き前利益が前年割れに転じたのは、2015年のチャイナ・ショック時だ。

 中国経済の成長率が大きく下がり、米国の多国籍企業も収益の低下に見舞われた。また、人民元が大きく低下したことで世界的に金融市場が混乱、それが需要の圧迫にもつながった。

 その前となると、2007年のサブプライム・ショックおよび2008年リーマンショックである。この局面は、実体経済の需要が落ち込んだうんぬんではなく、世界からドルの流動性が干上がったことで、世界的な資金繰り倒産が急増した。

 ドル資金の供給に金融機関が深く介在していたので、金融機関の経営体力が急速に弱体化して貸し出し先の企業活動がシュリンクすることになった。 

 今は、当時と同じ轍を踏まないよう、金融機関に対する規制が強化されていることで、足元ではそうした金融危機(流動性の枯渇)が発生するリスクは十分に抑制されている。

 さらにその前に企業利益が大きく低下したのは、2001年の「ITバブルの崩壊」時だ。その名称どおり、当時は株式市場でバブルが発生しているとの見方が広がっていた。それに比べると、今の米国では、株価のバブルというよりも、懸念されているのは企業の債務問題である。

 やはり、当時とは少し異質で、ITバブル崩壊時のような調整に向かうとも思えない。

 だがいずれにしろ、こうした過去の例を見る限り、企業の税引き前利益がピークを打ったことは注意が必要だ。

利下げの効果はそう大きくない
メリット感じる企業減る

 FRBの連続利下げはどう考えるべきか。

 トランプ大統領は何か手詰まりに直面するとFRBに圧力をかけ、利下げによって景気(株価)を押し上げようとする。

 FRBはトランプ大統領に半ば押し込まれる格好で、3回も利下げを実施した。

 FRBは昨年、利上げを実施していた。今年に入ってからもいくらか利上げを積み上げることで将来への備えを確保しておきたかっただろうと思われる。その機会を逸した格好だ。

 市場金利は大きく低下し、10年物国債利回りも一時は1.4%台まで下がった。経済の名目成長率がなお4%近くある経済で、金利負担が非常に低いことは想像できるが、ただ、そもそも金利が下がることがメリットと感じる企業の割合は少なくなってきている。

 一例ではあるが、シカゴ地域で実施されている企業へのアンケートで、FRBの利下げが事業にどう影響しているかを尋ねた結果、51%の企業は「影響なし」という回答だった。

 もちろん、影響がないわけではなく、住宅ローンの取得は比較的容易となっているのだが、企業へ働きかけるチャネルでは効果が下がっていることを考えると、FRBの連続利下げも実体経済に対してはかつてほどは効果がなくなってきていると考えたほうがよさそうだ。

積み上がる企業負債
中小でクレジットリスク高まる

 一方でむしろ、米国経済が直面しているのは、企業の負債の積み上がりである。

 社債市場の規模は、投資適格級(BBB以上)で6兆6796億ドル、それ以下の信用格付けでは2兆6205億ドルもある。特に、ハイテク関連企業の負債の積み上がりペースが目立つ。

 企業のキャッシュフローが万全で、需要の見通しも良好であり、またコスト面でその都度発生するショックに対して耐久力が十分であれば負債の積み上がりはそう問題ではないだろう。

 しかし現状は米中貿易協議や、さらに減速が目立つ中国経済がどういった形で着地するのかなど、先行きの不透明さは枚挙にいとまがない。

 S&P社が北米企業を対象に集計したデータ(2653社)によると、今年前半(1~6月)の負債の伸びは、前年同期を10%上回り、利益の伸び(4%)と大きく乖離した。

 同社の推計によると、今後もしばらくは利益の伸びは負債の伸びを下回り続けそうである。となれば、負債の返済能力の低下が実体経済を圧迫する、というシナリオが現実味を帯びる。

 株式市場とは異なり、取引単位の大きな社債市場で負債の圧縮が本格化すれば、大手の機関投資家のフローの動きで大きく市場が動く。理由は何であれ、リスクへの許容度が投資家の間で崩れる際には、社債などクレジット市場が引き金となって金融市場全体が萎縮するリスクは徐々に高まっていると警戒すべきだ。

来年からは実質増税
キャッシュフロー圧迫の要因に

 冒頭で触れたとおり、米中関係は政治的な思惑で双方が歩み寄り、12月の追加関税は延期ないし、もしかしたらこれまでの関税についても一部、引き下げられる可能性すら展望できる。

 ただ、これまでの関税が全て撤廃されない限り、世界経済にのしかかる負荷は解消されない上、米国でも2020年からは実質増税になる。

 トランプ政権は公約どおり、大規模の減税を実施している。10年間の会計年度にわたり、累計で2000億ドル強の減税効果が企業と家計に及ぶ空前の規模の計画だ。

 2018年と2019年はこの大減税で米国経済は好調だった。しかし各年の減税額は一律ではなく、2020年からは2027年にかけては、減税額そのものが減っていくように設計されている。

 前年度と比較した減税額は今年2019年がピークで、来年以降は減少し実質増税になるのだ。

 減税であることには変わりはないのだが、株価の評価では、企業のキャッシュフローが前年からどう増減したか、が重要視される。2020年以降は2019年度と比較すればキャッシュフローを圧迫する方向に働く。

 言い換えると、2018~2019年と同様の高い成長、高いキャッシュフローを獲得する上では、実質増税を解消するに足る追加の減税政策が実施され、加えて関税の完全撤廃が必要ということだ。それも海外需要が特に下振れないという前提条件で成り立つシナリオである。

 来年の大統領選挙を前に、市場関係者の間で今、話題に多く上がるのは、民主党候補が掲げる経済政策であり、そこには度合いの違いはあっても、おおむね拡張財政を主張する声が目立つ。

 他方、トランプ政権ないし共和党では、景気刺激のための追加減税を唱える声はさほど強くない。

 議会が「ねじれ」状態にあるため、予算が絡む立法化はほとんど通らなくなっているという事情もあるのだが、選挙キャンペーンが始まろうとしているのに、今のところトランプ大統領の主要戦略は通商政策だ。

 実質増税を解消する減税などの政策が特に聞こえてこないことから考えると、2020年以降の実質増税によって成長の勢いは下がる確度は高いといえるだろう。

自己株償却も足元では失速
4-6月期は大きく減少

 米国企業が自己株償却を増やしてきたことも、近年の株価上昇を説明する要因のひとつだ。

 自社株を買入消却することの目的は、株主資本利益率(ROE)を高めることだ。米国には政府公式の「スチュワードシップ・コード」や「コーポレートガバナンス・コード」は存在しないが、投資家は高いROEを選好するのはどの市場でも共通だ。

 息の長い景気拡大に比べると、設備投資など実物投資はいくらか控えめだったため、利益剰余金を潤沢に保有している米国企業は少なくない。その資金が自社株の購入に充てられたり、中には低金利を利用して自社株償却のための資金を調達したりする企業もある。

 自社株買いを通じて株価が吊り上げられてきたことは疑いのないところだが、S&P500企業を対象にしたデータによると、その自己株償却の金額は直近の今年4-6月に大きく減少している。

 配当金額は増加基調と見えるが、実質は頭打ちといっていい。企業収益の伸びが減り始めているのに、自己株償却だけが進むはずがない。こうした需給の変化から言っても、株価上昇が長く続くとは考えにくいのだ。

(三井住友銀行 チーフ・エコノミスト 西岡純子)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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