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子供向け「くるま図鑑」に戦闘機掲載はアリ!?増刷中止騒動を考える

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「表現の自由」はどこまで認められるのか?国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展対応では議論が巻き起こっていたが、児童書でも未就学児向けの乗り物図鑑に自衛隊車両が含まれていることが問題視され、出版側が増刷の中止を発表した。

自衛隊車両の掲載は
何が問題だったのか?

「はたらくくるま」の表紙
昨年11月に発行された『はじめてのはたらくくるま』は就学前の子どもを対象にした「知育図鑑」としてノーを突きつけられた。帯で自衛隊車両が見えない表紙(上)と、帯を外した表紙(下)

「3~6歳向けステップアップ知育ずかん『はじめてのはたらくくるま』」(以下『はたらくくるま』)を編集制作したのは講談社ビーシーで、同社が手掛ける就学前の子どもを対象にした人気シリーズ「はじめてのずかん」のうちの1冊だった。

 この図鑑で問題とされたのは、ミサイル護衛艦や潜水艦、戦闘機など一般的には「くるま」と呼ばないものも含めた自衛隊の車両が、全28ページのうち約20%当たる6ページ弱で取り上げられていることや、表紙にはバスやパトカーなど複数の写真が掲載されているが、その1枚に自衛隊車両の上で銃を構えた自衛隊員の写真が使われていることで、子どもへの精神的な影響を懸念されたのだ。

『はじめてのくるま』に対し「戦争に利用する乗り物を普通の車と同列に掲載することに大きな不安を感じ幼児向け絵本として不適切」と講談社ビーシーに意見書を送ったのは、日本子どもの本研究会、親子読書地域文庫全国連絡会、日本児童文学者協会、新日本婦人の会など、子どもの教育や環境について長年向き合い、向上や改善を担ってきた団体であった。

 子どもの本のコンテンツについて、制作側の表現の自由はどこまで認められるのかを問う議論は、これまでも「性」や「暴力」の表現などでたびたび行われてきた。

 だが、この図鑑の自衛隊車両掲載はこれまでの議論とは少し異なっている。なぜなら、自衛隊は職業として公認されており、車両にも違法性はない。子どもへの直接的な被害や悪影響を受ける要素が見当たらない中で、「一般車両との並列が不安」だからという理由での不適切との指摘を受けての増刷中止には、「表現の自由」として疑問が残るものだった。

子どもへの心理的不安は
実際どれくらいあるのか?

 講談社ビーシー側も「未就学児を対象とした『知育図鑑』として適切な表現や情報ではない箇所があった」と内容の不適切さを認めたものの、一方でこれは「言論の弾圧ではないか」「自衛隊車両もはたらく車ではないか」といった一般読者の声も数多く上がった。

 公開されているアマゾンのレビュー評価は、児童書を考える団体各位から不適切認定を受けたにもかかわらず、5つ星のうち4.3と驚くほど高い。またレビューに書かれた否定的な意見も、実際に子どもに対して買い与え問題を感じたというよりも、この本の問題性を研究する資料として購入したという読者の感想が多く寄せられており、子どもにどれくらいの悪影響を及ぼしているのかを推測することは難しい。

 この議論を全く知らない親子に『はたらくくるま』を実際見てもらったが、子どもは、むしろ巻頭から8ページに渡って紹介される消防車両のほうが、「全部真っ赤で(視覚的に)嫌だ」という感想だった。

 もちろん、兵器が搭載されている車両と一般車両を並列で扱い、何も知らない未就学児に「戦争」や「武器」を身近に感じさせることへの問題は理解できるが、これを過剰に忖度すると、今度は「表現の自由」を考えなければならない。

 ちなみにこの図鑑を海外ではどう受け止められるかを、“Children's Literature in Education(教育における児童文学)”という、学校司書や教育関係者が集うグローバルなSNSグループに投げかけてみた。

 参考になる意見をいくつか抜粋して紹介してみよう。

「子どもたちは毎日のニュース報道で銃を見ています。この絵に対する日本の大騒ぎは理解できません」(アルゼンチン)

「この本の内容(軍事車両の意味)を幼い子どもに説明して理解できるとは到底思いません。私は3歳の息子と一緒にニュースは見ません。もし、本に書かれている年齢の子どもが、この本を読んで理解ができるというのは怖すぎます。日本では幼稚園の子どもが軍用機についての本を読んでも大丈夫だと思っていますか?」(カナダ)

海外の教育関係者は
どう考えるか?

海外の図鑑例。右は中面に戦闘機が掲載されている幼児向け図鑑。左は表紙に戦闘機が掲載された子ども図鑑

「この本が『乗り物』についての図鑑ならば、兵士のいない戦車を掲載するほうが適切なのでは?」(イギリス)

 就学前の子どもに手渡す本としての賛否はあったが、軍事車両を子どもの図鑑に掲載することを否定する意見は見受けられなかった。

 また、海外の乗り物図鑑にも表紙や中面に軍隊の車が掲載されている例もあるが、その点について日本のように「不安」を覚えるのかと質問すると、大人がしっかり説明をすることが重要だとする意見とともに、「世界の状況」について子どもに語る別の本が必要ではないかという答えが返ってきた。

 多様な視線でこの『はたらくくるま』の内容を掘り下げていくと、本質的な問題は自衛隊車両が掲載されることによる子どもへの悪影響よりも、「戦争」や「武器」を安易に掲載するという、作り手の意識の低さが現れた本だからではないだろうか。

「これまでにはない、できるだけ多くの乗り物を掲載したかっただけで、政治的な意図はない」と編集側は他メディア内で釈明していたが、そこに選別基準という編集方針は存在したのか?ということである。

「街で見かける大好きな働く車たちが満載!」というキャッチコピーが大々的に添えられ売られた本に、武器的要素が強い戦闘機やミサイル発射車両を掲載する意味を考えたのだろうか?恐らく意見書を提出した団体は、その部分に違和感や意図的な疑念を感じ、動いたのであろう。

「表現の自由」は当然尊重されるべきだが、その裏には発行者が責任意識をしっかりと持っていることが前提だろう。

 講談社ビーシーは、ウェブで「書籍の編集、発行をする際には、より細心の注意を払い、適確な情報を読者の皆様に届けられるよう、一層努力して参る所存でございます」(2019年7月22日)と発表したが、心からそう願う。この図鑑だけでなく出版不況の中で「売れればOK」という作り手の意識の低さが子どもの本の世界に広がれば、本から学ぶことが大好きな小さな読者の信頼を永遠に失うことになることを、作り手は忘れてはいけない。

(まついきみこ@子どもの本と教育環境ジャーナリスト/5時から作家塾®)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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