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明治・グリコが参入の液体ミルク、普及が危ぶまれる「グレー」な理由

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液体ミルクを飲む乳児
Photo:JIJI

10月に日本を襲った台風19号。そこで大活躍したのが「液体ミルク」だ。作成に手間がかかる粉ミルクとは異なり、パッケージを開封すれば授乳が可能という便利な商品だ。日本では今年の3月に発売が解禁されたばかりで、現在は明治と江崎グリコの2社のみが参入している。(ダイヤモンド編集部 山本興陽)

台風19号で乳児の命を守った「液体ミルク」

明治ほほえみらくらくミルク
明治が販売している液体ミルク Photo:明治

「台風で停電と断水になり、赤ちゃんの粉ミルクが作れなくなってしまった。避難所での生活で自治体から液体ミルクが支給され、本当に助かった」――。

 被災者からの感謝の声に、液体ミルクの販売を行う江崎グリコのある女性社員はトイレで一人涙したという。

 自然災害が相次ぐ日本。10月には大型の台風19号が直撃し、最大で43万軒以上の停電をはじめ、産業・家庭共に甚大な被害をもたらした。

 このときに、陰で大活躍したのが「液体ミルク」だ。避難所での生活はプライバシーの観点から母乳の授乳環境も限られる。広く普及する粉ミルクは、粉を量り、お湯で溶かした後に、人肌まで冷ますという手間と時間を要する。断水や停電になれば、衛生環境の確保やお湯の用意さえも難しい。

グリコアイクレオ赤ちゃんミルク
江崎グリコが販売している液体ミルク Photo:江崎グリコ

 一方、液体ミルクは、容器を開けて哺乳瓶に移し替えれば、そのまま赤ちゃんに飲ませることができるとあって便利だ。

 多発する自然災害を受け、10月25日には、内閣府と厚生労働省から各自治体に、液体ミルクの備蓄を含む災害時の授乳環境整備等を進めるよう要請があった。

 海外では、1970年代にフィンランドで発売されて以降、液体ミルクは広く普及している。しかし、日本では今年の3月にようやく発売となった。

 日本での導入が遅れた理由は、法整備がされていなかったという点に尽きる。液体ミルクは「調整液状乳」という規格になるが、日本にはそもそもこの規格が存在しなかった。

台風19号襲来の直前に売り上げは2~3倍
利用者からは「多様なサイズ」などの要望も

 18年8月に調整液状乳に関連した法律が制定されて以降、大手メーカーの明治とグリコが液体ミルクの販売に参入した。2社の商品はパッケージや内容量がそれぞれ異なる。

 明治はパッケージにスチール缶を使用している。「缶は賞味期限が長い。全国50前後の自治体で、備蓄品として購入されている。寒冷地では、缶のままカイロで温めている事例もある」(明治マーケティング本部の田中伸一郎氏)と明かす。台風19号の直前には通常の2~3倍売れたそうだ。

 一方、ライバルのグリコは紙パッケージを使用。マーケティング本部の水越由利子氏は、自身の育児経験から「粉ミルクの缶を捨てるのに困った。液体ミルクでは捨てることがストレスにならないようにしたかった」と理由を語る。販売量についても、「当初予測の3倍で推移している」(同氏)と笑顔だ。

 液体ミルクの普及に努める社団法人乳児用液体ミルク研究会の末永恵理氏によれば、既存製品に対して3つの要望が寄せられているという。

 1つ目の要望は、サイズの多様化だ。「既存の2社が販売している製品の中間ぐらいのサイズがあると嬉しい。明治の製品(240ml)は一般の乳児にとって量が多く、お母さんは中身を捨てるのに抵抗がある。一方、グリコの製品(125ml)は小さいと感じる人も多い」(同氏)。

 2つ目は、乳児用乳首が直接つくタイプの製品だ。海外ではすでに発売例があるが、現在日本で流通する商品は、一度容器に移す手間が必要になる。

 3つ目は、アレルギー対応の液体ミルクだ。粉ミルクではアレルギーを持つ乳児でも飲めるタイプが日本でも既に発売されているが、液体ミルクではまだない。日本とデンマークの文化に詳しいコペンハーゲン大学のマリー・ホンジュランド・レスガード准教授によれば、「デンマークでは昔から液体ミルクが普及していた。現在はアレルギーに対応した製品がある」と北欧での事例を語る。

 現状、日本での人工栄養(粉ミルクと液体ミルク)に占める液体ミルクの割合は、明治とグリコを合わせてもわずか4%前後だ。

 18年9月に発生した北海道胆振東部地震では、海外製の液体ミルクが被災地に送付された。しかし、安全性への不安や使用方法が周知されておらず、捨てられてしまった。まず、商品の認知を上げることが必要不可欠となっている。

 現在、国内の液体ミルク市場への参入は2社だけで、競合の粉ミルクメーカーは、「販売を検討している」(森永乳業)、「施策の検討を進めていて、関係省庁への申請に向けて動いている」(雪印メグミルク)。粉ミルクに比べて価格は2~3倍程度と割高で、今後は価格競争も含めて激戦となることが予想される。

 ただ、液体ミルクをはじめとした人工栄養の普及にあたり、母乳推進の団体からメーカーや行政に対して疑問の声が寄せられていることも確かだ。

 約2万人の乳児を診てきた川口市立医療センターの小児科医山南貞夫氏は、母乳育児の重要性を強調する。

「液体ミルクがあるから母乳はどうでもいいという発想は危険だ。人工栄養には含むことのできない側面が母乳にはある」と液体ミルクの普及によって、母乳育児へのモチベーションが下がることを山南氏は危惧している。

 また、母子を取り巻く小児科医にも問題があると鋭く指摘する。適切な指導を行っても母乳が出ない人はごく稀なケースで、「人工栄養を安易に与える医師も多い。母乳か人工栄養かという二択は非常に危険で、あくまでも母乳育児が基本だ」と山南氏は主張する。

 液体ミルクを販売したいメーカーは、こうした母乳推進派の声と真摯に向き合うことも必要だろう。また、粉ミルクも含めた人工栄養の市場を巡り、国内メーカーと医療現場の“グレー”な関係を危惧する声も上がる。

 世界約50カ国で液体ミルクを販売しているネスレは「日本での販売は検討していない」と明言する。その理由について、「すべての国でWHO(世界保健機関)コードに基づいた企業活動をしている。WHOコードの観点から日本でのビジネス展開は、市場競争においてさまざまな課題があり、参入は難しい」(ネスレ日本担当者)というのだ。

 WHOコードとは、「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」のことを指す。この基準は母乳推進のため、人工栄養のサンプルを配布してはならないことや、保健所や医療機関を通じて人工栄養を売り込んではならないことなどを倫理規定として定めている。

 この倫理規定について、日本国内で違反した場合の罰則などの法整備がなされておらず、“日本市場はグレー”とネスレは捉えているのだ。

 日本では一般的に行われている、病院の産婦人科で粉ミルクのサンプルを渡すという行為は、WHOコードに照らし合わせればグレーだ。

 女性の社会進出が急速に進み、共働き世帯も増加の一途をたどる。「イクメン」の浸透をはじめ、男性の育児参加も求められている。液体ミルクの出現で、消費者にとって“選択肢が増えた”ことは間違いない。

 海外と比べ、液体ミルクの普及が遅れた日本市場。法整備の遅れに加え、グレーな市場環境が液体ミルクの浸透を阻んできた側面がある。液体ミルクが市民権を得ていくためには、国内メーカーと医療現場のグレーな関係を解消していくことが必要だろう。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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