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難解な金融政策、もはや「ロジック不要」の“日銀ウオッチング”

2019年11月06日 06時00分更新

文● 森田京平(ダイヤモンド・オンライン

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日銀
Photo:PIXTA

 10月30・31日に金融政策決定会合を開いた日本銀行は、金融政策(政策金利と資産買い入れ)を据え置く一方、先行きの政策金利の方向を示す「フォワードガイダンス」を修正し、将来の利下げに含みを持たせた。

 フォワードガイダンスの修正は、追加緩和の余地の少ない中で市場の緩和期待をつなぎとめるために腐心した跡がうかがえるが、日銀の主観的な物価判断に依存する度合いが強まり、市場参加者には政策金利の先行きがますます読みにくいものになった。

新たなフォワードガイダンス
日銀の主観的な物価判断次第に

 新しいフォワードガイダンスの文言は、「日本銀行は、政策金利については、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」とされた。

 このガイダンスは、(1)「少なくとも2020年春頃まで」とされてきた従来の「カレンダー依存型」を「物価のリスクに依存する型」に変え、同時に、(2)CPI(消費者物価指数)の展開次第では利下げがあり得ることを明示した(図表1)。

 ガイダンスの文言は修辞学的にも文学的にも難解だが、最も難解なところは、「注意が必要な間」という箇所だろう。

 客観的な判断基準が何も示されないまま、「注意が必要な間」というフワフワした表現が使われており、市場とのコミュニケーションに資する要素が見当たらない。

 一体、市場は何をもって「注意が必要な時」と「注意が不要な時」を見分けたらよいのか。結局、これは日銀の判断次第ということである。

 つまり、このフォワードガイダンスは「利下げが必要になったら利下げをするが、利下げの要・不要の判断は、その時になったら日銀が判断する」という情報しか伝えていない。

 その結果、このフォワードガイダンスには、将来の政策金利を見通すための「ガイダンス」という機能が込められていない。

「注意が必要な時」と「注意が不要な時」の見極めが日銀の主観的な判断次第となるのであれば、このフォワードガイダンスがある限り、今後の金融政策を予想するための「日銀ウオッチング」はロジック不要となる。

 文字通り日銀を「ウオッチ」するしかない。

 しかも、日銀はすでに7月時点で、必要な場合は「躊躇なく」追加緩和するというコミュニケーションを始めていた。具体的には、7月の決定会合以降、日銀は「先行き『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」と明示している。

 今回、刷新されたフォワードガイダンスは、この「躊躇なく」というコミュニケーションの屋上屋という思いを禁じ得ない。

景気判断との整合性を欠く
日銀の物価についての判断

 とはいえ日銀が金融政策を担う以上、物価のモメンタムが損なわれるリスクについて「注意が必要な時」と「注意が不要な時」の見極めが、日銀の裁量に一定程度はゆだねられる面があることは否めない。

 ただし、それは日銀の主観的な物価判断が景気との整合性を維持していることが前提だろう。

 実は、この整合性に対して大きな疑問を呈するのが、他でもない日銀の「展望レポート」である。

 展望レポートに示される日銀のGDP見通し(景気判断)と、CPI見通し(物価判断)の修正パターンを振り返ってみよう。

 まずGDP見通しについては、これまで「上方修正」「下方修正」「据え置き」の3パターンが適度に分散しており、一方向に偏った修正パターンは見られない(図表2)。

 ところが、CPI見通しは、黒田総裁の下で量的・質的金融緩和が始まった2013年4月以降、ほぼ下方修正しか見られない(図表3)。

 つまり、日銀のGDP見通しの修正と、CPI見通しの修正の間に整合性は見られない。

 これは何を意味するだろうか。

 それは、日銀のCPI見通しが外れてきた背景は、景気(GDP見通し)を見誤ったことにあるのではなく、景気と物価の関係を見誤ったことにある、ということだ。

 別の言い方をすると、日銀が見誤ってきたのは景気(GDP)ではなく、フィリップス曲線(需給ギャップとCPIインフレ率の関係)の傾きと切片である。なおフィリップス曲線の切片は、需給ギャップがゼロ、つまり経済がインフレ的でもデフレ的でもない状態で実現するインフレ率を表し、おおむね予想インフレ率に相当する。

 さらに敢えて身もふたもない言い方をすれば、日銀のGDP見通しとCPI見通しの修正の間に整合性が見られないということは、日銀の物価判断(CPI見通し)の妥当性を評価する上で、日銀の景気判断(GDP見通し)は参考にならないことになる。

 この点を踏まえて、今回、修正されたフォワードガイダンスについてもう一度、考えてみよう。

 上述したように物価のモメンタムが失われるリスクについて「注意が必要な時」と「注意が不要な時」の見極めが日銀自身の物価判断に依存する。ところが、どうやら日銀の物価判断は、景気判断との整合性を欠くことが見えてきた。

 景気判断との整合性を欠く日銀の極めて主観的な物価判断に基づいてフォワードガイダンスが運用されるのであれば、市場参加者にとって、このフォワードガイダンスは「ガイダンス」にならない。

今回の展望レポートでも
不自然なCPI見通しを公表

 景気判断との整合性を欠く日銀の物価判断は、今回の決定会合の際に発表された「経済・物価情勢の展望」(展望レポート 2019年10月)でも健在(?)だった。

 発表されたばかりで申し訳ないが、筆者は、日銀のCPI見通しは、次回の来年1月の展望レポートで下方修正されることが、早くも確定しているとみている。

 なぜならば今回の日銀のCPI見通しは不自然だからである。

 展望レポートで日銀が示したCPI見通し(消費税率引き上げ・教育無償化の影響を除く)は、2019年度+0.5%、20年度+1.0%、21年度+1.5%だった。

 これを、各年度に属する月に線形案分してみよう。そうすることで、日銀がどのような物価トレンドを念頭に置いているかが可視化されると同時に、年度ベースのCPI予測がどの程度、実現性を持っているかを評価しやすくなる。

 まず2019年度+0.5%のインフレ率が実現するには、同年度末の2020年3月のコアCPIは前年度比+0.5%とならなくてはならない。

 エネルギー価格のマイナス効果が2020年初頭まで強く表れることを考えると、この伸び率はおおむね妥当といえる。

 これを踏まえて、2020年度+1.0%のインフレ率が実現するには、2021年3月のコアCPIが前年度比+1.5%に達する必要があり、そのためには同年度中のインフレ率は急速に高まらないといけない。

 2021年3月時点のインフレ率だけで評価すれば、これは前回7月時点の展望レポートからの事実上の上方修正である。

 ところが、このペースでインフレ率が高まるとみておきながら、今回の展望レポートで日銀は、2020年度のGDP成長率を、従来の前年度比+0.9%から+0.7%に、むしろ引き下げている。

 ということは、日銀のCPI見通しは、GDP(景気)ではなく、予想インフレ率(フィリップス曲線の切片)が上がることを前提としていることになる。

 しかし、例えば、直近9月調査の日銀短観では。小売り、対個人サービス、宿泊・飲食サービス業など家計向けセクターは一年後の販売価格見通しを下げている。つまり、予想インフレ率はむしろ下向きのリスクにさらされている。したがって予想インフレ率が高まるという日銀の見方は非常に主観性の強いものだと言える。

 さらに、2021年度+1.5%のインフレ率を実現するとすれば、今度は逆に同年度の各月のインフレ率は上昇ペースがかなり弱まる(「強まる」ではない!)ことになる。

予測は「日銀の主観」を
追うだけのむなしい作業に

 展望レポートで示された日銀のCPI見通しがこのようなちぐはぐな動きになるのは、2020年度のCPI予測が不自然に高いからだ。

 足元にかけてみられるCPIの毎月の変動パターンを踏まえると、2020年度のCPIインフレ率が2019年度を明確に上回るという予測は、物価に対して非常に強気であるか、月次の統計をちゃんと見ていないかのどちらかでないと、作ることはできない。

 日銀が2019年度(前年度比+0.5%)を0.5%ポイントも上回る2020年度CPI見通し(同+1.0%)を出した背景として、2020年度のCPI見通しを自然体の水準まで下げてしまうと、物価上昇のモメンタムが失われていないという日銀の主観的な物価判断を維持できなくなってしまうという事情が垣間見える。

 いずれにせよ、今回の日銀のCPI見通し(とりわけ2020年度の見通し)は不自然と言わざるを得ず、次回の展望レポートで早々に下方修正されるだろう。

 このように日銀の主観が深く組み込まれた物価判断によって、今後はフォワードガイダンスが運用される。そこでは客観的なデータに基づくロジックなどは不要である。

 市場関係者の今後の金融政策の予測や分析は、日銀の「主観」を追うだけのむなしい作業になりそうだ。

(クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト 森田京平)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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