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「無罪」ほぼ確実な滋賀の呼吸器外し事件、女心につけ込んだ刑事のでっちあげか

2019年10月31日 06時00分更新

文● 戸田一法(ダイヤモンド・オンライン

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弁護団によると、西山さんから自供を引き出したのは、威圧感ある怖さと優しさを使い分ける巧妙な刑事のトークでした。
写真はイメージです Photo:PIXTA

滋賀県東近江市の湖東記念病院で人工呼吸器を外して患者の男性(当時72)を殺害したとして、殺人罪で懲役12年が確定し、服役後に再審開始が決定した元看護助手西山美香さん(39)の再審公判で、検察側は新たな証拠を提示しない方針が明らかになった。事実上の“敗北宣言”で無罪がほぼ確実になった。一方で検察側は求刑放棄や無罪論告はせず、曖昧な姿勢を貫いており、関係者から疑問や批判の声も上がっている。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

検察側の手詰まり

「事実上の有罪立証断念だが、趣旨が曖昧で分かりにくい。はっきりと無罪を認めるべきだ」

 23日、記者会見した西山さんの井戸謙一弁護団長は語気を強めた。検察側が、再審公判で新証拠による立証をしないと書面で通告してきたという。

 弁護団によると、検察側は従来の証拠に基づき有罪主張そのものは取り下げないが、弁護側の無罪主張には積極的に反論しないというスタンスらしい。

 また検察側は確定判決で有罪の決め手となった「呼吸器のチューブを外して殺害した」という自白調書を再審公判で証拠として維持するかは、裁判所の判断に委ねるとした。

 何とも煮え切らない検察側の姿勢だが、本年度内の再審公判開始や即日結審を希望し、弁護団の証拠請求にも同意する方針だという。

 どういうことか分かりやすく言うと、検察側は「間違っていたとは認めないが、裁判所が『無罪』というなら、それに従ってあげますよ。それでいいでしょ」「面倒くさいことはさっさと終わらせたい」ということだ。

 当時、事件を担当した検察官は身内であるし、積極的に不手際を指摘したくない気持ちは理解できないでもない。

 そして、昨今は検察のレベルとモラルが低下しているのはいうまでもないことだが、公判をゲームか何かと勘違いし、人の人生などどうでもいいと考えるエリートらしいリアクションでもある。

 井戸弁護団長は検察側の姿勢に「積極的に有罪を立証する証拠はないが、はっきり無罪といえる証拠もないのだろう」と検察側が手詰まりになったと推測した。

 記者会見した西山さんは「裁判が早く終わるのはうれしい」と喜びを語った一方、公判が1回だけの可能性が濃厚になったことに「検察側に直接聞きたかったこともあるが、それができないのは残念」と心境を吐露した。

女性の心につけ込んだ刑事

 確定判決によると、看護助手だった西山さんは2003年5月、巡回中に男性患者の人工呼吸器を外し、殺害したとされる。

 任意捜査の段階で自白したが、公判では一貫して無罪を主張。07年に懲役12年の判決が確定し、10年に大津地裁に第1次再審請求。地裁、高裁、最高裁ともに再審は認めなかった。

 17年8月に服役を終え、同年12月、大阪高裁が再審開始を決定し、風向きが変わる。今年3月、最高裁が検察側の特別抗告を棄却し、再審開始が確定。この時点では、検察側は有罪主張を表明していた。

 この事件は「自白」が証拠の決め手とされたが、実はデタラメでいい加減な調書が作成されていた。

 本審では、大津地裁から最高裁まで一貫して自白調書の信用性や任意性を認定し、男性患者の死因を「酸素供給が途絶えたことによる心停止」として有罪としたが、大阪高裁の再審開始決定では確定審の医師の鑑定で、カリウムイオンの血中濃度から「致死性の不整脈」による自然死の可能性があるとされた。

 実は、西山さんの「供述調書」が問題なのだが、でっちあげた警察側は仕方ないにしても、検察も、裁判所も見抜けなかったのはあまりにお粗末だった。

 実は西山さんの自白は二転三転しており、検察側が証拠として示す調書と、公判での西山さんの供述がちぐはぐだったとされる。

 大阪高裁の再審開始決定でも「自白はめまぐるしい変遷があり、体験に基づく供述ではない疑いがある」と疑問視。取り調べた刑事に好意を抱いた末に迎合し、虚偽の自白をした可能性があり「信用性は高くない」と結論付けた。

 最高裁の決定も、裁判官3人全員一致で高裁決定を支持し、再審開始が確定した。

好意につけ込んだ刑事

 今回の事件で問題となったのは、この取り調べを担当した男性刑事の存在と、でっちあげられたストーリーだ。

 弁護団によると、西山さんから自供を引き出したのは、威圧感ある怖さと優しさを使い分ける巧妙な刑事のトークだった。

 当時30代だった男性刑事は呼吸器が外れたことを知らせるアラームが鳴ったかどうか執拗(しつよう)に尋ね「なめたまねしたら痛い目に遭うで」。机を蹴り、睨(にら)みつけた。

 アラームが鳴ったと認めると別人のように優しくなり、親身に話を聞いてくれた。近所でも「優秀」といわれた兄と比べられ、コンプレックスもあった。「うん、うん」と自分の話を聞いてくれる刑事に、好意を抱いてしまった。

「逃げるな。否認したら裁判官の心証が悪くなる」「弁護士は信用するな」

 刑事の言葉を信じた西山さん。公判での「やっていない」という訴えは、判事の耳に届かなかった。

 服役後、西山さんは精神科医に「人に迎合しやすい傾向があり、軽度の知的障害と発達障害がある」と診断されていた。

 実は捜査や公判の段階で、検察や裁判所が「違和感」に気付く局面はあった。

 アラームが同僚に気付かれないよう1分間数え、消音ボタンを押したという供述調書だ。

 弁護団によると、西山さんは「私は20秒しか数えられない。1分数えたとは言っていない」と主張。大阪高裁決定もこの供述調書について「誘導された疑いがある」と指摘していた。

 この事件を巡っては、弁護団が「違法な捜査があった。自白に至った経緯を明らかにしたい」として捜査段階の供述調書など約350点の証拠を新たに開示請求した。

 おそらく、見るに堪えないお粗末で杜撰(ずさん)な調書が披露されるだろう。

 早ければ年内にも「無罪」が言い渡されるが、西山さんが謳歌(おうか)すべきだった20~30代の青春は戻らない。

 その原因を作った警察や検察、各裁判所の関係者は誰も謝罪せず、責任を問われることもない。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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