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グーグルの量子コンピューター発表は、要するに何がすごいのか U30世代の起業家2人が「サルでも分かる」解説

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米グーグルの量子コンピューターで使われた半導体
米グーグルの量子コンピューターで使われた半導体 Photo:Google

米グーグルは23日、量子コンピューターを使って、最先端のスーパーコンピューターよりも高速で計算する成果を出したと発表した。社内の研究チームによる論文は同日の英学術誌ネイチャー(電子版)に掲載され、学術的実績としても高い評価を受けている。一体この発表、何がすごいのか? サイエンスに縁遠いビジネス層にも分かるように、量子コンピューター分野の若手起業家2人に解説してもらった。(聞き手/ダイヤモンド編集部 杉本りうこ)

計算速度でついに
スパコンを超えた

 文系記者の素朴すぎる質問に答えてくれたのは、QunaSysの楊天任代表と、Jijの山城悠代表だ。いずれも1994生まれで昨年起業した。楊氏は東京大学大学院修士課程(情報理工学系)を休学中、山城氏は現在も東京工業大学の博士課程(理学院物理学系)に籍を置いており、研究者の視点を持ちながら量子コンピューターのビジネス化に取り組んでいる。2人は週刊ダイヤモンド10月26日号の第1特集「5年で大化け!サイエンス&ベンチャー105発」で量子コンピューターについて4ページにわたって解説しており、今回の緊急解説も快く引き受けてくれた。

――今回のグーグルの発表は、どこがすごいのでしょうか。

 研究の具体的な内容は、最速のスパコンで1万年かかる計算問題が、グーグルの量子コンピューターを使って200秒で解けた、というものです。ポイントはこの成果によって、「量子超越性(Quantum Supremacy)を達成できた」ということ。これがコンピューター研究において非常に大きな前進なのです。

――量子超越性って何ですか。

 これまでのコンピューターでは長い時間がかかる計算を、量子コンピューターなら高速で処理できることです。量子超越性を達成できるなら、実際の社会では役に立たない問題でもよい、というところがミソでもあります。

――実際には何を計算したのですか。

 量子コンピューターの動作をシミュレーションしました。

――量子コンピューターで量子コンピューターをシミュレーション、ですか。「自分の家は自分が一番よく知っている」的で、ずるい気がしますが。

山城 問題が何であれ、これまでのコンピューターよりも速く計算できた、という意義は非常に大きいんですよ。従来の研究では、これまでのコンピューター以下の速度でしか量子コンピューターではできなかったわけですから。

 1981年に米物理学者のファインマンが原型となるアイデアを示して以降、「量子コンピューターの理論はあるが、本当に可能なのか」という状態が続きました。今回の発表に至るまでにも、重要な研究成果はいくつかあったのですが、「量子コンピューターでこそできることがある」という1点については、ざっくり言えば机上の空論状態だったのです。

「グーグルは大げさ」
IBMの批判は正しいのか

QunaSysの楊天任代表(左)と、Jijの山城悠代表(右)
QunaSysの楊天任代表(左)と、Jijの山城悠代表(右)。量子コンピューター分野で起業した1994年生まれのヤングリーダーだ Photo by Yoko Akiyoshi

――近年はニュースでも量子コンピューターという言葉を見かけるようになっていましたが、まだ机上の空論だったのですね。そもそも量子コンピューターってどういうものですか。

 量子コンピューターは、量子力学の「重ね合わせ」を利用した計算機です。スパコンのようなこれまでのコンピューターは、ビット(論理素子)が0か1のどちらかの状態で計算します。これに対して量子コンピューターは、量子ビットの0と1を重ねた状態で計算します。そうすると計算する対象によっては、スパコンよりはるかに速く、正しい答えを得られるものがあるのです。

――量子力学を使うというところで、もう分かりません。

 そうですよね。原案の提唱者であるファインマンも、「量子力学を理解できたと思ったなら、それは量子力学を理解できていない証拠だ」と言ったぐらいですから、専門外の人はすぐには理解しにくいと思います。

――米IBMは今回のグーグルの発表に対して、「スパコンで同じ問題が2日半で解けた。グーグルは大げさだ」と批判しています。

山城 これまでのスパコンだと1万年かかる、という点は確かに議論の余地がありそうです。特に今回グーグルが計算する際に使ったアルゴリズムは量子コンピューターに合わせたものなので、逆にスパコンに合わせたアルゴリズムを作れば、もっと違う結果が出る可能性は十分にあります。研究者の間でも、今回の成果で量子超越性が「完全に」達成できた、と考えている人はほとんどいません。これから、スパコンに「やり返される」ターンになると思います。

 ただ1万年か2日半かの議論があったとしても、今回の成果は重要なマイルストーンとしての意味が十分にあります。スパコンが量子コンピューターに勝てなかった、ということ自体に意味があるのです。

ライト兄弟の有人動力飛行に
匹敵するマイルストーンだ

 僕は今回の成果は、ライト兄弟が有人動力飛行に成功(1903年)したのと同じインパクトを持つと思います。最初に空中に浮上した時間はたった数秒。「それで飛んだことになるのか」「実際には何の役にも立たないじゃないか」とも言えますが、この数秒のブレークスルーがその後の飛行機の進化を加速させる重要なマイルストーンになったのです。

――重要な一歩が踏み出されたとして、今後は何が課題ですか。

 次のマイルストーンは、実用的な問題で量子コンピューターの方が速く正確だと示すこと、つまり「量子加速(Quantum Speedup、またはQuantum Advantage)」が達成されることです。そのためには、もっと量子ビット数の大きい本格的な規模の量子コンピューターができることや、優れたアルゴリズムが考案されることが必要です。

――今回グーグルが使った量子コンピューターは、どの程度の規模だったのですか。

山城 53量子ビットです。研究者が考える量子コンピューターの最終形は100万量子ビットなので、まだまだ小規模なものです。ですが、グーグルは72量子ビットのものを開発中です。すごくざっくりとした表現にはなりますが、1量子ビット増えると性能は倍増します。72量子ビットが実現されれば性能は飛躍的に向上します。実際にはもっといろんな要素が絡むのでこの通りではありませんが、性能面の進歩は大きい。100~200量子ビットに達すれば、産業で実用できると言われています。

――今回の成果を受けて、量子コンピューターは実際に産業界で使われるようになると考えてよいですか。

 グーグルは2022年までに、環境問題に役立つ成果が生まれるという主旨の主張をしています。僕の実感から言ってもこれから2~3年程度で、化学業界で量子コンピューターによる変化が起こりそう。つまり何と何を合成すればもっと環境負荷が低く、低コストで化学物質を作ることができるのか、というシミュレーションが従来のコンピューターより容易になると思います。それは決して、たくさん生まれるわけではないけれど、1つでも2つでも新しい合成方法が判明すれば、産業的インパクトは大きい。

量子コンピューターは
これから冬の時代に突入?

グーグルのサンダル・ピチャイCEO(左)の隣に立つのが、量子コンピューターのキーパーソン、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授
グーグルのサンダー・ピチャイCEO(左)の隣に立つのが、量子コンピューターのキーパーソン、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授 Photo:Google

山城 量子コンピューター研究者にとっては、やりがいのある数年になるでしょうね。何がどこまでできそうか、ほんのりと見えてきたわけですから。

 でも僕は、産業的にはこれから「量子コンピューターの冬」がやってくると思っています。

――こんなに大きな成果が出たのに冬の時代ですか。

山城 量子コンピューターへの産業界への期待は、グーグルが成果を発表した今がピーク。量子超越性が実現したのか、じゃあ産業界でもあんなことやこんなことができるんじゃないか。そんな期待が今最大化しているわけです。

 でも量子超越性っていうのはあくまで研究上の成果です。楊君が言うような変化は確かにあるだろうけれど、幅広い産業で量子コンピューターを使うにはまだまだ時間がかかります。そういう中で、「何もできないじゃないか」と失望する企業がいくつも出てくると思います。

――人工知能(AI)も冬の時代を経て今に至っていますものね。

 量子コンピューターを開発する企業も、利用する企業も、今後二分されていくでしょうね。経営層が量子コンピューターの現状と可能性を正しく理解して、しっかり投資を続けられるか。または「スパコンより速くて何でもできるんでしょう?」と誤解して一時的に投資してみたものの、「何も成果がない」と言って短期で撤退するか。

山城 そして多くの企業が失望した数年後に、産業で使う上ですごく重要な量子コンピューターのアルゴリズムがぽこっと出てくる。僕はそう予想しています。その時に日本の企業や研究機関がどれだけ残っているか。

 ぜひ覚えておいてほしいのは、量子コンピューターの種となる研究成果が実は日本から生まれていることです。

 今回、グーグルで成果を出した研究者は米カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授。量子コンピューターがノーベル賞を取るとしたら彼が間違いなく受賞者の1人です。そして同時に受賞すると目されているのが、東京大学の中村泰信教授。NECの研究所にいた1999年に、量子コンピューターの基本的な回路である「超伝導量子ビット」を開発しました。日本人は本来、理論物理学のような基礎研究で非常に強みがあります。これから始まる量子コンピューターの産業化でも、簡単に諦めずに存在感を示してほしいですね。

(注)今回の記事で指す量子コンピューターは、「ゲート方式」であり、「量子アニーリング方式」には必ずしもあてはまりません。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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