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ユニクロを特許侵害で訴えた下請け社長語る「ゼロ円でライセンスを要求された」

2019年10月09日 06時00分更新

文● ダイヤモンド編集部,相馬留美(ダイヤモンド・オンライン

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ユニクロ
Photo:Diamond

ユニクロ店舗内のセルフレジに対し、ファーストリテイリングが下請け企業から特許侵害で訴えられている。一体何が起こったのか。下請け企業の社長が、その特許侵害を告発するまでのやりとりを、生々しく語った。(ダイヤモンド編集部 相馬留美)

「ゼロ円でライセンス提供を」と要求
ユニクロのセルフレジが特許を侵害?

「9カ月も話し合ってきて、最後に『ゼロ円でライセンス提供してください』と言われた。それはないだろうと、私の腹は決まりました」

 こう話すのは、ファーストリテイリングのセルフレジを特許侵害で訴えている大阪市のIT関連企業、アスタリスクの鈴木規之社長だ。

 鈴木氏は東レ出身で、独立して同社を設立した。iPhoneなどに装着して利用するスマートフォンケース型のRFID(電子タグ)リーダーなど、IoT製品を販売しており、トヨタ自動車や東急ハンズなどでも同社の製品が採用されている。

アスタリスクの鈴木規之社長
ユニクロのセルフレジを特許侵害で訴えたアスタリスクの鈴木規之社長 Photo by Rumi Souma

 アスタリスクは2019年9月24日、ファストリを相手取り、特許権侵害行為差し止めの仮処分を求めて東京地裁に申し立てた。これは、ファストリがユニクロ店舗内で急速に台数を増やしているセルフレジが、特許を侵害しているという訴訟である。

 ユニクロのセルフレジは、商品についたRFIDタグを読み取り、レジに商品を置くだけで会計できるという装置だ。ファストリが推進している生産、物流、店舗までRFIDを活用する「有明プロジェクト」の一環として、強力に進めている施策でもある。

 今回の訴訟はそのレジがターゲットとなった。争点となる特許はアスタリスクが17年5月に出願し、19年1月25日に登録された特許6469758号「読取装置及び情報提供システム」である(特許は出願した日から20年間権利が発生する)。

 この特許の中身は、至ってシンプルな内容だ。

 大雑把に言えば、桶状に形成されたシールドで外部への電波放射を低減させる箱のような据え置き装置で、その中に商品を入れるだけで、蓋をすることなくRFIDアンテナによる正確な無線タグの読み取りを実現する装置だ。

 RFIDの電波は強いものなら10m程度飛んでしまう。店舗で使う場合、近くにいる他人のタグを誤読してしまうという課題があった。

 GUやローソンが導入しているタイプのレジでは、カゴを置いた後に扉を閉じることで、電波漏れなどの問題をクリアしていた。

 アスタリスクの特許の特徴は、ふたを閉じる必要がなく、商品を箱の中に置くだけでRFIDを読み取ることができる点にある。「いったん扉が閉まるようなものではなく、置くだけで読み取れる仕組みでないと普及しないと思い、研究したんです」と鈴木社長は強調する。

 GUやローソンのレジはこの特許に抵触しない。一方、ユニクロのセルフレジについては、アスタリスクは自社の特許を侵害すると判断した。実際にユニクロのセルフレジは窪みに商品を置きRFIDを読み取るもので、アスタリスクのセルフレジとよく似た仕組みだ。

アスタリスク社のセルフレジ
アスタリスク社のセルフレジ Photo by R.S.
ユニクロのセルフレジ
ユニクロのセルフレジ Photo by R.S.

 この技術についてアスタリスクは17年5月の「Japan IT Week」というイベント前に特許出願し、イベント当日に新型RFIDセルフレジを発表した。当日は試作機の展示とともに、「特許出願中」と書いたチラシを配布した。当時ファーストリテイリング のIT事業部の担当者にも、この技術について説明したという。

チラシ
「特許取得済」と書かれた現在のチラシ Photo by R.S.

 そもそも、当時からファストリとアスタリスクは取引関係にあった。iOSに関連する製品を納入していたのだ。

 しかしその後、新型セルフレジについて、ファストリからアプローチはなかった。

 進展があったのは18年8月。ファストリが翌年2月から店舗展開するRFIDレジのコンペをしているという情報を知り、アスタリスクはIT部門の検討チームの担当者を紹介してもらった。

「仕様を見た時、『うちの製品のまんまじゃないか』と思いました。ですので、とにかくユニクロの製品を買いまくって、RFIDの読み取りを1カ月くらい試した」(鈴木社長)という。10月には提案書を提出することができた。

 鈴木社長は、「話をもって行った時は、担当者は『これがやりたかったんだ』と言ってくれました」と振り返る。IT事業部の担当者の反応は良かった、と鈴木社長は記憶している。もちろん、特許を出願中であることはファストリ側も知っていた。

 しかし11月になって、他社製品で決まった旨が伝えられた。IT事業部の担当者は、「もう推すことができない」と告げたという。「(現場レベルではなく)かなり上の立場の人間によるジャッジによって決まったことは、暗にわかった」(鈴木社長)。

 ここで、アスタリスクの製品が、ユニクロのセルフレジに採用されることはなくなった。

「この特許は金を払うに値しない」と一蹴
特許無効を訴え対抗するファストリ

 そして翌年となる19年1月、アスタリスクが出願していた特許が登録された。鈴木社長からファストリのIT事業担当者に特許取得の旨を伝えた。

 ユニクロに新型セルフレジが導入され始めたのは同年2月以降だ。そのころから、アスタリスクとの話し合いの場に、法務部の知財担当者が現れるようになった。

「月に1回は話し合いの場が設けられました。毎回『今日は本社で』『今度は有明で取締役に説明して』と、ファストリに呼び出されるんです。下請けだからでしょうか。企業同士で特許権者側にこんなことはさせないと思いますが……」(鈴木社長)

 確かに、アスタリスクはファストリに納入している製品がある。契約を打ち切られる恐れがあるという弱みから、交渉も穏便に済ませたかったというのが鈴木社長の本音だ。そのため、同社製品の納入か、ライセンス契約を提案し続けた。

 しかし、ファストリ側には「この特許は金を払うに値しない」と一蹴されたという。

 5月、ファストリは同特許に対して、無効審判を請求した。特許権を侵害しているのではなく、そもそもこの特許は無効であるという形で対抗したわけだ。

「顧問弁理士には、『早く差し止め請求をしたほうがいい』と言われていました」とも鈴木社長は言う。しかし、鈴木社長は水面下の交渉にこだわった。無効審判請求の後も、ライセンス交渉は続いた。

 そうしている間にも、ユニクロのレジはどんどん新型レジに変えられていく。しびれをきらした鈴木社長は、9月20日を最後の話し合いにしたいとファストリ側に通達した。

 そして、そのときにファストリが出した回答が、冒頭の「ゼロ円ライセンス」であった。

「9カ月も話して、結果がゼロ回答です。今までの話し合いはなんだったのかと」

 ここで腹を括った鈴木社長は、9月24日、ユニクロのセルフレジに対して特許権侵害行為差止仮処分命令申立を行うに至ったのである。

 今後の展開としては、まず10月29日にファストリ側の無効審判の口頭審理が行われ、戦いの火ぶたは切られる。無効審判の結果が出るのは来年前半とみられるが、特許が無効になればアスタリスクの異議申し立てが行われる可能性が高く、数年争うことが予想される。

 ファストリ広報は、本誌の問い合わせに対し、「係争中のため、詳細についてはコメントを控えさせていただきます」と回答した。

 しかし、この「金を払うには値しない」とファストリ法務部が言い放った特許を、専門家はどう見るか。

単純な特許だからこそ簡単につぶせない
プロの見立ての決着は和解金?

「特許の内容は非常にシンプル。というより、よくこれが特許になったな、という印象だ。実用新案レベルとも思える」とある弁理士は苦笑いする。

 というのも、アスタリスクの特許内容は、アイデアとしてはどこにでもありそうな、単純なものだからだ。

 ただし、「こうした単純な特許ほど、特許登録されている場合は非常に強い特許になり、簡単に潰せなくなるのが業界の通説だ」と知財コンサルタントの藤野仁三氏は解説する。

 特許の無効審判は、「なぜこれが特許になるんだ」という気持ちの表れと、「この特許に疵がある」という手続きをすることで、和解後の交渉を有利にするために行われることが多い。

「権利になったものを無効にするためには、証拠に条件がある。まず、本など印刷物になっていることが必要。アイデアとして珍しくないものについては、かえってあまり出版物として残されていないため、探すのが困難になる」(藤野氏)

 仮にそうした切り札をファストリ側が持っていたとしたら、ライセンス交渉の段階でカードを切っていたはずだ。

 そうであれば、ファストリ側の、「この特許は『特許』と呼べるようなレベルのものではない」との主張も説得力を持つ。

 しかし、出願中の特許であればまだしも、正式な手順を踏んで登録された特許を無効にするのは、そう簡単ではない。特許無効が安易に認められると特許制度の信頼がゆらぐからだ。

 これまで「特許が無効にされ、特許をとる意味がない」というあきらめの空気が産業界にみられた。そのこともあって、近年では、裁判所が特許権者に不利にならないような判決を出す傾向にあり、特許庁もそれに倣うという流れになっているというのが知財業界の常識だ。

 こうした経緯を踏まえると、ファストリは不利な状況である。その上、もしも差し止め命令を裁判所が出してしまえば、セルフレジの使用ができなくなる。セルフレジ化を止めて現状のレジに戻すなどということは、IoTを活用したサプライチェーンの構築という同社の企業戦略にダメージを与えるため、考えにくい。「どこかの段階で、和解金で決着するだろう」と、藤野氏は予想する。

 テックバイザー国際特許商標事務所弁理士の栗原潔氏も、「もともとアスタリスクは特許権ライセンスを要求していたので、それに応じることになると思います」と話すと同時に、「条件面で折り合わなければ侵害しないタイプのレジ(従来の平置き型)に切り替えることも考えられます」と今後の展開を予想する。

 では、実際にライセンスフィーが払われた場合、どのくらいの金額になるのか。

 アスタリスクで同様のセルフレジでライセンス契約した事例では、レジ1台あたりのライセンス料は1日約500円だという。単純計算すると、国内800店舗×2台×365日で、年間約2.9億円となる。ユニクロの店舗規模から考えれば、ディスカウントになると考えられるため、実際の負担はもっと軽くなるだろう。

 それでもファストリの知財担当者は鈴木社長に対し、「仮に無効審判が通らなかったとしたら(ライセンス料を)支払わなければいけない」と前置きした上で、「ゼロ円でライセンス提供をして」と提案したことには変わりはない。

「話し合いの途中も、我々を無視してレジを展開していく。そのうえゼロ回答で、これではらちがあかない。勇気を持ってことにあたろうと決断した」と鈴木社長は強調する。

 不可解なのは、この特許トラブルが、ファストリにとってもアスタリスクにとってもまるでメリットのない泥仕合であるということだ。

 ファストリは物流倉庫の自動化のために、今後も1000億円単位で投資を進めていく方針であり、RFIDレジはそのピースの大事な一つである。こうした訴訟で争っている場合ではないし、下手をするとブランドイメージにも傷がつく。

「普通はこういう案件は表面化する前にやめる。アメリカでさえ、90%が判決前に和解する。アメリカは特に、裁判過程でどちらが有利かわかってくるので、分が悪いとやめる。日本の場合、裁判を好まないという国民性がある上に、裁判所が特許を守ってくれないという不安があるので、裁判で争うことは多くない」と藤野氏は言う。ただ、裁判になれば、資本力がある企業が強い。

 ある弁理士は、「アパレルにとって訴訟といえば商標権で、それらの権利訴訟については強い。だが、知財はあまり出願していない会社。特許については甘く見てしまったのではないか」と指摘する。

 この特許侵害騒動は、アパレルや小売業にとって、対岸の火事では決してない。

 オンワードホールディングスの保元道宣代表取締役社長も「RFIDレジは直営店やSCに広げていく」と話している。物流改革やEC化の推進、人手不足の解消のために、RFIDを用いたセルフレジを導入する店舗が増えるのは間違いないからだ。

 この事件が、IT化に出遅れたアパレル業界の知的財産に対する取り組みに一石を投じることになりそうだ。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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