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目黒5歳女児虐待死の母親に懲役8年、なぜ虐待はなくならないのか

2019年09月17日 19時00分更新

文● 戸田一法(ダイヤモンド・オンライン

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当時5歳だった船戸結愛ちゃんを虐待して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27)の裁判員裁判判決公判が17日、東京地裁で開かれた
当時5歳だった船戸結愛ちゃんを虐待して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告の裁判員裁判判決公判が17日、東京地裁で開かれた Photo:PIXTA

当時5歳だった船戸結愛ちゃんを虐待して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27)の裁判員裁判判決公判が17日、東京地裁で開かれ、守下実裁判長は懲役8年(求刑懲役11年)を言い渡した。この事件を巡っては、虐待を受けた結愛ちゃんが死亡時、同年齢の平均体重のおよそ半分しかなかったこと、ノートに「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」などとつづっていた悲惨な状況が判明。両親への指導措置の解除や転居の際の引き継ぎ、子どもの安全確認など行政の不手際も浮き彫りとなり、児童虐待防止法と児童福祉法が改正された。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

170ヵ所以上の傷やあざ、平均体重の半分

 判決理由で守下裁判長は「大好きだった母親から極端な食事制限を受けて亡くなっており、苦しみ、悲しみ、絶望感は察するにあまりある」と指摘した。

 判決によると、優里被告は昨年1月下旬ごろから結愛ちゃんに十分な食事を与えず、同2月下旬ごろには元夫の雄大被告(34)=同罪のほか、結愛ちゃんに対する傷害罪、大麻取締法違反の罪で起訴=の暴行で極度に衰弱していたのに、虐待が発覚することを恐れて病院に連れて行かず放置。同3月2日、肺炎による敗血症で死亡させた。

 事件を改めて振り返ってみたい。

 優里被告の虐待が表面化したのは2016年12月のクリスマス。香川県善通寺市の自宅前に結愛ちゃんが放置され、県の児童相談所が保護していた。17年3月にも、保護された。

 同年12月、雄大被告が東京都目黒区に転居。翌月の18年1月には、優里被告と結愛ちゃんも引っ越した。

 同2月9日、都の児相が家庭訪問したが、優里被告が結愛ちゃんへの面談を拒否。同20日には小学校の入学説明会が開かれたが、優里被告だけが出席し、結愛ちゃんは姿を見せなかった。

 同26日、優里被告が結愛ちゃんの目の周りにあざがあることに気付くが放置。27日、結愛ちゃんがおう吐するようになったとされる。

 同3月1日、優里被告が風呂場で結愛ちゃんのやせ細った姿を確認。翌2日、雄大被告の119番で結愛ちゃんが救急搬送されたが、死亡。体には170ヵ所以上の傷やあざがあり、体重は同年齢の平均体重20キロのおよそ半分の12.2キロしかなかった。

DVで精神的に支配され抵抗できず

 優里被告の初公判が開かれたのは9月3日。優里被告はふらつくような足取りで入廷し、開廷からずっと涙を抑えきれないまま。時には嗚咽(おえつ)を漏らし、息遣いが荒くなって過呼吸のような症状にもなった。

 罪状認否では起訴内容を「間違いありません」と全面的に認めた。その上で、雄大被告の暴行を止めなかった理由について「報復されるのが怖くて通報できなかった」と述べた。

 検察側は冒頭陳述で「結愛さんは水のシャワーを浴びせさせるなどの暴行を受け、食事も1日に汁物1~2杯だった」と当時の状況を指摘。弁護側は「心理的なドメスティックバイオレンス(DV)を受け、強固な心理的支配下にあった」と主張した。

 結愛ちゃんを救急搬送した消防隊員が証人として出廷し「あばらが浮くほど痩せていた」と証言。雄大被告は「数日前から体調が悪く、食欲がなかった」と話したが、「数日間食べないで、あんな痩せ方はしないと思った」と述べた。

 第2回公判は翌4日に開かれた。検察側は結愛ちゃんが生前、ノートにつづっていたメモを読み上げた。

「べらんだにたたされた」「もうおなじことはしません ゆるして」「あそぶってあほみたいだからもうやめるので(中略)ぜったいやくそくします」「ぱぱとままにみせるってきもちでやるぞ えいえいおー」など朗読されると、法廷は静まり返った。

 この日は都の児相職員が出廷し、優里被告が「香川で家庭をめちゃくちゃにされた。児相が関わると(結愛ちゃんが)不安定になる」などと面談を拒否したと説明。また「当時は被告との関係を重視して慎重に対応したが、結果として尊い命が奪われた」と声を震わせた。

 香川県の児相職員は「人懐っこい子だった。引っ越して亡くなったと聞き、ショックを受けた」と肩を落とした。

 検察側は雄大被告の「しつけがエスカレートし、ただの暴力になった」「優里は最初、暴力を非難していたが、言葉の暴力に洗脳されて何も言えなくなったのだと思う」とする供述調書を読み上げた。

自分が憎く、許せないと悔いる被告

 第3回公判は翌5日。香川県の医師が出廷し、17年8月の診察で左太ももにあざがあり尋ねたところ、結愛ちゃんは「パパにされた」と答え、医師が暴力をやめるよう伝えたが、翌月、優里被告が「うそをつくから夫が手を上げた」と話したと証言。

 医師は「優里被告は夫が正しいと思い、暴力も容認した」「結愛ちゃんは優里被告が大好きで、最後まで助けてもらえると思っていたはずだ。助けられるのは優里被告しかいなかった」と心情を吐露した。

 被告人質問では、優里被告が前の夫と離婚後、職場で雄大被告と出会い「結愛が楽しく暮らせる家庭を思い描いた」と述べた。しかし再婚後は「お前のために怒ってやっている」などと毎日のように説教されるようになり、昼から夜まで続くことも。

 反論すると「ろくな育児もできないくせに」と罵倒された。結愛ちゃんの顔が腫れていることに気付き指摘すると「ボクサーみたい」と笑う雄大被告。「心を覆う何かがひび割れた」。心理的DVに支配されていく様子を赤裸々に語っていた。

 第4回公判は翌6日。被告人質問が続けられ、結愛ちゃんのノートの記述について問われると「私と雄大が結愛を追い込んだ」と回答。「結果を見れば(雄大被告の暴力を)容認したことになる」と振り返った。

 そして、こう悔いた。「どんな罰でも償いきれない。船戸優里を一番恨み、一番許せないのが私だ」

 証人として出廷した優里被告の父親は「かわいい孫だった。異常に気付いてやれなかった」と涙ながらに語った。

 DVや虐待を専門とする精神科医は、優里被告がDVで精神的に完全に支配されていたと証言した。

 第5回公判は9日に開かれ、検察側は論告で「結愛さんは過度な食事制限で骨があらわになるほど痩せ、体には170ヵ所以上の傷やあざがあった」と指摘。「未来を奪われた結愛さんの無念さは計り知れない」として懲役11年を求刑した。

 弁護側は最終弁論で「暴行には関与していない。DVで精神的に支配され、抵抗は困難だった」と主張。

 優里被告は意見陳述で「自分の命より大事な結愛の心も体もボロボロにして死なせた罰はしっかり受けたい」と涙ながらに弱々しく述べ、結審していた。

 繰り返される児童虐待の悲劇。

 今年に入ってからも1月、千葉県野田市で小学4年の栗原心愛さん(当時10)が父親の暴行により自宅浴室で死亡。6月には札幌市の池田詩梨ちゃん(当時2)が母親の交際相手の暴行などで衰弱死している。

 結愛ちゃん、心愛さん、詩梨ちゃん、他にも虐待で命を落とした子どもたち…。生まれ変わったら優しい両親の元へ、と祈るしかない。

 どうか、安らかに……。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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