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内定辞退率問題だけではない!「リクナビショック」で人材業界全体が震え上がる理由

2019年09月18日 06時00分更新

文● ダイヤモンド編集部,相馬留美(ダイヤモンド・オンライン

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謝罪するリクルートキャリアの小林大三社長(左)
謝罪するリクルートキャリアの小林大三社長(左) 写真:毎日新聞社/アフロ

「リクナビ」を利用した内定辞退率データを企業に販売していた問題が、人材業界全体を震え上がらせている。個人情報保護の観点だけではなく、人材データの利活用のあり方そのものが問われている。 (ダイヤモンド編集部 相馬留美)

本人の同意があっても
「内定辞退率」の外部提供はアウト

 「リクナビがやったのは『オレオレ詐欺』みたいなもの。金を取る仕組みづくりはさすがだが、直感的にアウトでしょ」と新卒向けサービスを行う同業他社の事業担当者は苦笑する。

 就職情報サイト「リクナビ」を利用した内定辞退率データの販売問題が波紋を広げている。

 リクルートホールディングスのグループ会社・リクルートキャリアは、2018年3月「リクナビDMPフォロー」(以下、DMPフォロー)というサービスを開始。このサービスを使えば、リクナビ上の行動履歴などをもとに、内定辞退率を算出できる。契約していた38社のうち34社に対して、リクルートキャリアは内定辞退率スコアを提供していた。

 しかし、19年8月26日にリクルートキャリアは個人情報保護委員会から勧告・指導を受けた。その理由は、「リクナビ2020」において、約8000人がDMPフォローへの個人情報提供の同意が取れていなかったためだ。

 話はそれだけに止まらなかった。9月6日、リクルートキャリアは職業安定法および同法に基づく指針に違反したとして、東京労働局からも行政指導を受けた。

 同社はリクナビを「募集情報等提供事業」と定義していた。募集情報提供事業の場合、国からの規制は緩い。しかし、リクナビのデータを「選択・加工」して販売したことから、より規制の厳しい「職業紹介事業」に該当すると厚労省は断じたのだ。職業紹介事業の場合、たとえ本人の同意があっても「同意を余儀なくされた状態」であれば職業安定法違法となり、DMPフォローはこれに該当するというわけである。

 内定辞退のデータというのは、そもそも学生が企業にエントリーしたかどうかの情報が必要だ。他の情報提供事業者と違い、リクナビの場合、その会社にエントリーするために使わざるを得ないサービスだ。そうしたサービスは、リクナビやマイナビなど数社に限られる寡占状態であるため、「同意を余儀なくされた」と認定された。

 また、情報提供事業者の場合、企業からの情報を右から左に流すだけの事業を行わなくてはならないが、そこにデータの加工を加えたということが問題となったわけだ。

 さらに厚労省は、リクナビのような求人サイトを運営する企業が加入する全国求人情報協会に対して、「募集情報提供事業等の適切な運営について」という文書を9月6日に通達した。

 本人同意があっても、職業安定法51条2項の「職業紹介事業者等及びこれらの代理人、使用人その他の従業者は、前項の秘密のほか、その業務に関して知り得た個人情報その他厚生労働省令で定める者に関する情報を、みだりに他人に知らせてはならない」という条項への違反を行わないよう、通達で業界にくぎを刺した格好だ。

 DMPフォローに金を払ってデータを受け取っていた企業は、トヨタ自動車やホンダなど有名企業が並ぶ。

 「いくら大企業といわれる企業でも、今最も優秀な層の学生は外資とメガベンチャーに取られ、日系企業はいわば『滑り止め』。内定辞退者がもっとも多いのがこの優秀層なんです。ですから、そうした優秀層の学生がエントリーしてきた時、内定辞退の可能性が高い人間かどうかを見極めることは、人事がもっとも苦心しているところなのです」と、新卒採用の現役コンサルタントは、大企業人事部の内情を打ち明ける。

 厚労省は内定辞退率を購入した企業側への調査を進めており、今後行政指導が行われる可能性もある。

どこまでが「シロ」なのか?
不安が募る人材業界

 こうした「リクナビショック」に肝を冷やしたのが、人材ビジネス関係者たちだ。

 リクルートキャリアの行った行為を冷ややかに見つつも、「全社のプライバシーポリシーや利用規約を総点検した」(新卒採用サイト運営会社)と各社が対応に追われている。

 個人情報に関して、人材業界は大規模な個人情報流出や、利用規約・プライバシーポリシーに関する炎上などの紆余曲折を経て、現在はデータ使用に対してかなり慎重ではある。

 他業態では、2013年のSuicaの乗降履歴分析などがあるが、HRテックでも事例はある。例えば、16年にHRテック企業のウォンテッドリーが、名刺管理アプリ「Wantedly People」を利用し、個人がアップロードした名刺データのアドレスを、ウォンテッドリー側が利用できるように読み取れる利用規約になっていたことで炎上した。

 こうした積み重ねが、「本人の同意を取るだけではだめだ」とエンジニアを慎重にさせていった。

 「HRテック系の会社はエンジニアの発言権が強いため、開発時点でかなりセンシティブになっている」(採用メディアのエンジニア)。

 だが、リクルートのような人材ビジネスのレガシー企業では、エンジニアよりも営業の発言権が強い。現場では、「DMPフォローと契約すればリクナビ掲載料を値引きする」というようなセールストークも行われていた。

 DMPフォローを企業に使わせることができる「強い営業力」が、かえってあだになったのである。

 また、そもそも人材紹介という側面でも、「企業に人材を紹介するとき、『この応募者は最終選考に進んでいる会社が2社あるから、早く内定を出したほうがいい』と伝えることはよくあること。内定辞退の可能性をデータで伝えるのが違法であれば、直に聞かれて答えるのはよいのだろうか」(元キャリアコンサルタント)と現場は困惑している。

 ただ、今回のリクナビショックの与えた影響は「内定辞退」という新卒市場だけではない。

 「『うちの会社のサービスは違反していないか』という問い合わせがじゃんじゃん来ています」と話すのは労働法に詳しい倉重公太朗弁護士だ。

 厚労省幹部は「今回の行政指導はあくまでもリクナビの事例のみが対象になったものだ」というが、その通りに受け止めている企業はない。

 その原因は、「今回違法とされたデータの『選別又は加工』の明確な定義はなされなかった」(倉重氏)からである。

 たとえば、いまや募集情報提供事業者が当たり前のように行っている「表示順の変更」や「おすすめ」「レコメンド」「マッチ度」の表示が、データの選別・加工に当たらないのか、明確な規定はない。また、その選別・加工した情報を「みだりに他人に知らせてはならない」という文言のみでは、自社が提供するデータが「本当にシロなのか」が、作っている本人たちでもわからないという事態になっているのだ。

 「(リクルートキャリアの件は)あくまでも個別案件であり、今後も案件ごとに調査する」(厚労省幹部)という。「ちょうど厚生労働大臣が交代する直前のタイミングだった。政治的なパフォーマンスではないか」と揶揄する声も少なくない。

 とはいえ、HRテックに関する分野の技術の進化は急速である。

 たとえば、書類選考から採用に至るまでの全ての情報はもちろん、採用で不合格になったり、内定辞退されたりした人、さらにはイベント参加者や社員のOB訪問程度の学生の情報まで、過去接触を持ったあらゆる人をデータ化する「タレントプール」(採用母集団形成)と呼ばれるクラウドツールの利用企業も増えている。「学生からのアプローチも採用ツールでプールしておき、数年後にアプローチできるようにしている」(採用管理ツール業者)というわけだ。

 何をやるかは別として、リクナビが内定辞退率のアルゴリズムを自社で開発できたように、情報提供事業者側にデータの蓄積が進み、さまざまなツールのデータをつなぎこめば、「できること」は増える。モニタリングやスコアリングが日常的に行われるようになれば、さらに深い個人情報が蓄積されていくだろう。

 ただ、できることが増えても、「やっていいこと」がわからなければ、企業は何も使えなくなるし、HRテック業者側も、おのずと何も作れなくなるだろう。

 新卒一括採用が将来的になくなることになれば、今まで以上に個人の職種やスキルの情報を、企業は欲しがることになるだろう。そうした時代において、精度の高いマッチングができれば、個人と企業双方にとって効率化につながるため、データの利活用の流れを止めてしまうのは本末転倒だ。

 むしろ、第2第3のリクルートを生まぬよう、人材データへの明確なルールを早急に整える必要があるだろう。

(ダイヤモンド編集部 相馬留美)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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