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日本が成長率や金利を上げる王道は「発汗」より「感性」だ

2019年09月11日 06時00分更新

文● 森田京平(ダイヤモンド・オンライン

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 成長率や金利を上げる王道は「発汗」より「感性」
Photo:PIXTA

 他の主要国と同様、日本でも長期金利(10年国債金利など)が急落している。その結果、長短金利差が逆転し、それが日本の景気後退を示唆しているとの解釈を耳にすることも増えた。

 そうした解釈は現時点では行き過ぎだろう。とはいえ、一方で、長期金利の水準を決める1つである潜在成長率は、この20年間、ほとんど変わっていない。

 ポール・クルーグマン教授が使った表現に倣えば、日本経済は、“perspiration”(発汗=労働投入)ではなく、“inspiration”(感性=技術革新)で潜在成長率を高めることが求められている。

長期金利の急低下
自然利子率との“乖離”の要因は

 10年国債金利の急速な低下を解釈する上では、その変動要因を抽出することが必要だ。そこで以下の4段階で考えてみよう。

 第1に、長期金利には常に何らかの形で自然利子率 (≒均衡実質金利)が含まれている。

 第2に、ただし景気、物価、金融・財政政策、リスク・プレミアムの変動などにより、実際の長期金利は自然利子率から乖離する。

 第3に、実際の長期金利と自然利子率の乖離を説明する要素を探る。

 第4に、そのような要素を見つけられれば、自然利子率を別途、推計することで、長期金利の推計が可能となる。

 以上の4つの段階を踏まえて、長期金利と自然利子率の乖離を説明する推計式を作成した。なお、自然利子率は潜在成長率で代用する 。また推計に当たっては、コアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除く総合CPI=前年比:%)、米国10年国債金利(%)、日銀の保有長期国債割合(発行残高比:%)を説明変数とした。

その結果、
10年国債金利-自然利子率=0.19+0.21×コアコアCPI前年比変化率+0.21×米国10年国債金利-0.04(イールドカーブコントロール=YCC以降は-0.01)×日銀の保有長期国債割合――という関係が得られた(図表1参照)。

日銀の国債買い入れが
圧倒的な金利の下押し要因に

 ここで、上記の推計式の左辺にある自然利子率(潜在成長率)を右辺に移すと、
10年国債金利=自然利子率+0.19+0.21×コアコアCPI前年比変化率+0.21×米国10年国債金利-0.04(YCC以降は-0.01)×日銀の保有長期国債割合――という関係が得られる。

 この式に基づいて10年国債金利を要因分解すると、いかに長期金利が日銀の行動によって下押しされているかが可視化される。

 例えば、2019年1~3月期の10年国債金利に対して、日銀の保有長期国債は実に-1.50%ポイント(-150bp)もの押し下げ圧力をかけている(図表2参照)。

 この意味で、長期金利の低下を背景とする長短金利差の逆転は、景気後退シグナルというよりは、日銀による国債買い入れに伴う国債需給の強烈な引き締まりの反映と解釈する方が自然だ。

20年、潜在成長率は高まらず
年率0.5~1%で推移

 では、より長い視点に立ったとき、10年国債金利の立ち位置はどの辺りにあるだろうか。

 オーソドックスだが、そのためにはやはり潜在成長率の趨勢を見極める必要がある。

 日本では、内閣府と日銀が潜在成長率の推計値を公表しているが、ただし両者の推計方法は大きく異なる。

 例えば、内閣府は、資本ストックや労働力の賦与量、それらの平均的な稼働率などから潜在GDPを推計し、その潜在GDPの成長率を潜在成長率としている。

 一方、日銀は、資本ストックや労働力の賦与量と稼働率の趨勢的な成長率を合成し、そこに、別途算出した全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)の趨勢的な伸び率を加えることで潜在成長率を算出している。

 つまり、内閣府の推計方法が事前に潜在GDPの算出を必要とするのに対して、日銀の方法は事前の潜在GDPの算出を必要としない。

 また、内閣府が四半期ごとに潜在成長率の推計値を公表するのに対して、日銀は半期ごと(四半期ごとではない)にしか公表しない。

 そこで極力、日銀の推計方法に沿う形で四半期ベースの潜在成長率を別途、推計した。

 見えてきた結論は、リーマンショックとその後のグローバル金融危機(GFC:Global Financial Crisis)を除くと、結局この20年間、日本の潜在成長率は年率0.5~1.0%程度で変わっていないということである(図表3参照)。

“inspiration”(感性)ではなく
“perspiration”(発汗)に依存

 ただし、潜在成長率の水準自体は変わっていなくとも、その構成はこの20年で変わっている。技術やスキルの代理変数とされる全要素生産性(TFP)の寄与はどんどん下がっている(図表4参照)。

 こうしたTFPの成長率への寄与の低下を埋め合わせているのが、資本投入と労働投入の寄与の上昇だ。このうち、労働投入の増加の背景には、女性や高齢者の労働参加率の上昇がある。

 ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授は1990年代に、アジアの成長は多分に“inspiration”(ひらめき、感性)ではなく、“perspiration”(発汗)によるものであるとした。

 経済学的には「TFPではなく労働投入による成長」といったところを意味する。日本の潜在成長率に見るTFPから労働投入へのシフトは、まさに“inspiration”から“perspiration”へのシフトと重なる。

労働投入では限界
R&D支出をどう増やすか

 だが、いつまでも労働投入(“perspiration”)で成長できるわけではない。

 世界銀行の“Population estimates and projections”に基づいて、日本、米国、ユーロ圏、中国の「総人口」、「生産年齢人口」(15~64歳人口)、「15歳以上人口」を展望すると、いずれも日本の減少ペースの速さが目立っている(図表5参照)。

 では、再度、TFPの潜在成長率に対する寄与度を高める上では、最低限、何をする必要があるだろうか。つまり、もう一度、成長の軸を“perspiration”から“inspiration”に移すには、何が求められるだろうか?

 それは「知的財産生産物」(intellectual property products)への投資促進だろう。

 ここで、知的財産生産物とは、企業の研究・開発(R&D)の蓄積を固定資産としてとらえたものであり、GDPなどマクロ経済変数の計算体系である「2008SNA」で新たに採用された概念である。

 したがって、知的財産生産物という固定資産の形成(知的財産生産物への投資)とは、すなわちR&D支出そのものである。ところが、ここでも心許ない動きを見て取れる。

 知的財産生産物への投資を日米間で比べると、日本の出遅れは否めない(図表6参照)。しかも2015年頃からは伸びがほぼ止まっている。

 これでは、将来の人口減に伴う労働投入の制約をTFPで補うこと、つまり“perspiration”の制約を“inspiration”で補うことのハードルは高いといわざるを得ない。

「北風」政策で最低賃金の引き上げも
金融政策の役割は小さい

“perspiration”から“inspiration”への移行を半ば強制的に企業に促すとすれば、最低賃金の引き上げも一案となり得るだろう。

 ただしその目的は賃金の引き上げではない。あくまで労働コストを無理やり高めることで、むしろAI、IT、ビッグデータ、ロボットへの投資に企業を追い込むという「北風」的な対策である。

 その結果として、労働生産性が高まることになれば、継続的に賃金が上昇する土壌が形成されたことになる。つまり、短期的には「北風」的な政策であっても、中長期的にはむしろ企業にとっても雇用者にとっても、これが「太陽」的な政策となり得る。

 その延長線上で、潜在成長率が全要素生産性(TFP)主導(=“inspiration”主導)で高まれば、結局はそれが日本の長期金利(のトレンド)を高める契機となるだろう。

 この過程で金融政策が担うことができる役割は残念ながら小さい。

(クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト 森田京平)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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