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トーレスが引退試合に盟友イニエスタとの対決をあえて選んだ理由

2019年08月30日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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ヨーロッパの舞台やスペイン代表として一時代を築き、世界中の老若男女から「神の子」として愛されてきたFWフェルナンド・トーレスが、J1のサガン鳥栖の一員として現役に別れを告げた。サッカー人生最後の対戦相手に指定したヴィッセル神戸には同じ1984年生まれの35歳で、母国の代表として数々の栄光をともに手にしてきたアンドレス・イニエスタがいた。少年時代から友情を育み、ともに昨夏から日本でプレーしてきた2人の太く、強い絆を追った。(ノンフィクションライター 藤江直人)

12歳からの盟友だった2人
「彼との対決でサッカー人生に別れを」

トーレスとイニエスタ
8月23日のサガン鳥栖-ヴィッセル神戸戦で、競り合う鳥栖のフェルナンド・トーレス(右)と神戸のアンドレス・イニエスタ Photo:JIJI

 以心伝心で何度も目が合った。キックオフ前に両チームの選手が集まった時に。キャプテン同士で行ったコイントスを終えた直後に。そして、引退セレモニーのクライマックスで。フェルナンド・トーレスとアンドレス・イニエスタはその度に抱き合い、至福の瞬間を共有した。

 ともに8月23日を待ち焦がれてきた。ちょうど2ヵ月前の6月23日。シーズン途中での現役引退を突然表明したトーレスが最後の試合として希望したのが、サガン鳥栖のホーム、駅前不動産スタジアムにヴィッセル神戸を迎える明治安田生命J1リーグ第24節だった。

「古くからの友人アンドレスとの対決で、サッカー人生に別れを告げたかった」

 エゴイストが適しているといわれるストライカーの中で希少価値に入るほど誠実で、自己犠牲を厭わないトーレスは、6月の引退表明会見でこんな言葉を残している。サガンに加入して1年あまり。おそらくは最初で最後となるわがままに、イニエスタも万感の思いを抑え切れなかった。

「トーレスの引退試合を日本で、自分が対戦相手になって戦うのは本当に不思議な出来事だと思う。何よりも彼との友情や、彼の素晴らしい人間性を大切に受け止めている」

 アトレティコ・マドリードのエースストライカーと、FCバルセロナのプレーメイカーとして何度も対峙。スペイン代表としても数々の栄光を共有してきた、1984年生まれのトーレスとイニエスタの間で紡がれてきた絆をさかのぼっていくと、12歳の時に出場したある大会に行き着く。

 当時のトーレスは、祖父がサポーターだったアトレティコの下部組織へ加入したばかりだった。一方のイニエスタは地元のクラブ、アルバセテ・バロンピエの下部組織で頭角を現していた頃で、さまざまなクラブから注目されていた中で後にバルセロナの下部組織へ入った。

 トップチームでのデビューはトーレスが早かった。17歳だった2001年5月27日にラ・リーガ2部のピッチに立ち、次の試合でさっそく初ゴールもマークした。対戦相手はくしくも、イニエスタが最初に心技体を磨いたアルバセテ・バロンピエのトップチームだった。

 イニエスタのトップチームデビューは18歳だった2002年10月29日。UEFAチャンピオンズリーグのグループリーグ、対クラブ・ブルッヘで非凡なプレーを見せ、その後に築かれる伝説の第一歩を記した。若くして期待を背負った2人は、必然的に年代別のスペイン代表でも顔を合わせる。

 2001年5月のU-16ヨーロッパ選手権と、2002年7月のU-19ヨーロッパ選手権でともに優勝。対照的に2001年9月のFIFA・U-17ワールドカップでは、グループリーグでまさかの敗退を喫する悔しさも味わわされた。

 フル代表でのデビューもトーレスが先だった。19歳だった2003年9月のポルトガル代表との国際親善試合のピッチに立ったトーレスに対して、イニエスタも2006年5月のロシア代表との国際親善試合でデビュー。ともに直後に開催されたワールドカップ・ドイツ大会に臨んだ。

 そして、スペイン代表の黄金時代はトーレスのゴールから幕を開ける。2008年のヨーロッパ選手権。ドイツ代表との決勝戦で値千金の決勝ゴールを決め、44年ぶりに手にしたビッグタイトルとともに、上手いけど勝負弱い、と揶揄されてきたスペインの歴史を変えた。

 スペインは2010年のワールドカップ・南アフリカ大会、2012年のヨーロッパ選手権も制覇。トーレスは後者の大会で、リザーブが多い状況ながら3ゴールをマークして大会得点王に輝いている。

 クラブシーンではイニエスタがバルセロナひと筋でプレーしたのに対して、トーレスは2007年夏にプレミアリーグのリヴァプールへ移籍。その後もチェルシー、セリエAのACミランをへて、2015年1月に愛着深いアトレティコへと戻った。

2人は考え方も似ている?
ほぼ同じ時期に欧州を離れ、日本へ

 再びラ・リーガ1部で対峙して4年目を迎えた2018年春。くしくもほぼ同じタイミングで、2人は新たなステージへ挑むことを決意する。4月9日にトーレスがアトレティコに、2週間後の同27日にはイニエスタがバルセロナに別れを告げるとそれぞれ表明した。

 ビッグネームの新天地が世界的にも注目を集めていた中で、トーレスの元へイニエスタから一本の電話が入っている。古巣とは戦いたくないという理由から、2人はヨーロッパ以外の大陸で現役を続けることも決めていた。

「アンドレスとはいつも、いろいろな話をしてきたからね。アンドレスから『日本に行くことにした』と聞いた時は、彼にとって素晴らしい国だと思ったので本当に嬉しかったよ」

 イニエスタのヴィッセル移籍が発表されたのが昨年5月24日。おそらくはこの直前に2人のやり取りがあったはずだが、実はトーレス自身も退団表明後にサガンから真っ先にオファーを受け、さらにアメリカ、中国、オーストラリアのチームからサガンを上回る条件を提示されていた。

 ヨーロッパから見て極東に位置する日本の、それもイニエスタが移籍を決めた神戸とは対照的な地方都市の佐賀県鳥栖市へ行くことに異存はなかった。ただ1つ、サッカー人生で経験したことのない残留争いの渦中に、サガンが巻き込まれていた状況がトーレスを悩ませていた。

 しかし、交渉のために何度もマドリードへ足を運んだ、サガンの竹原稔代表取締役社長の情熱を目の当たりにするうちに心境が変化していく。未知の戦いを乗り越えた先に新たな成長がある、と決意を固めたトーレスもすぐにイニエスタへ連絡を入れている。

「私も日本へ行くことを決めたと伝えたら、アンドレスから『おめでとう。よかったね』とメッセージが届いた。古くからの友人なだけあって、考え方も似ているのかもしれない。ほぼ同じ時期に愛するチームに別れを告げて、日本へ来る決断も下した。私にとっても彼にとっても家族は非常に大切な存在だし、家族のためにも日本のような安全な国でプレーできるのは最高だと思っている」

最後の直接対決はヴィッセル快勝も
トーレスは晴れやかな表情

 トーレスの加入から1ヵ月あまりがすぎた昨年8月22日。天皇杯4回戦で実現した、日本の地における両者の初対決はサガンに軍配が上がる。2-0で迎えた後半39分に、ダメ押しとなる来日初ゴールを決めたのはトーレスだった。

 ともに残留を決められない状況で迎えた昨年11月10日のJ1では、スコアレスドローで勝ち点1を分け合った。そろって残留を果たして迎えた今シーズン。3月2日に迎えたJ1では新たに加入した元スペイン代表の盟友、FWダビド・ビジャの一発でヴィッセルが歓喜の雄叫びをあげる。

 迎えた日本で4度目にして、現役最後の直接対決。試合開始前の時点でヴィッセルが15位、サガンはJ2への自動降格圏が迫る16位とともに不本意な順位に甘んじていた。だからこそ、引退するトーレスには敬意を表するものの、絶対に負けられない、という闘志がヴィッセルに満ちていた。

 前半22分までに3ゴールを奪う怒涛の猛攻撃。すべてに絡み、ヴィッセルをけん引したイニエスタは20分に2点目となるPKを決め、2分後には圧巻のプレーで3点目をお膳立てした。

 自陣の左サイドで浮き球のパスに対して、トラップせずに右足を一閃。逆サイドのFW古橋亨梧の元へ50mを超えるピンポイントのロングパスを通し、FW田中順也のゴールを導いた。今シーズン最多の2万3055人を沸かせたスーパープレーには、トーレスへの思いも込められていたはずだ。

 試合は後半にも3点を追加したヴィッセルが6-1で快勝した。左太ももの裏を痛め、前半終了間際に無念の退場を強いられたイニエスタは試合後の取材エリアに姿を現さなかったが、トーレスの引退セレモニーを見届けて労をねぎらった後に、ヴィッセルを介してコメントを残している。ちなみに、苦悶の表情を浮かべる負傷直後のイニエスタのもとへ、トーレスは心配そうに駆け寄っている。

「多くの人に愛されて引退していく姿が、トーレスの存在を表していると思う」

 こんなコメントを発表したイニエスタは、ヴィッセルと2021シーズンまで契約を結んでいる。残された時間の中で技術と経験のすべてを捧げながら、ヴィッセルをJ1の上位争いから、クラブとして目標に掲げるアジア王者を狙えるレベルにまで引き上げていく使命を自らに課している。

 そして、思い描いてきたベストのプレーを演じられないと自ら判断し、今シーズン末まで結んでいたサガンとの契約を、1年間の延長オプションを含めて解除することを申し出たトーレスは、フル出場しながら無得点で終えたヴィッセル戦後に晴れやかな表情を浮かべた。

「アンドレスと話していて涙をこらえきれない瞬間もあったが、でも今日は悲しくない。誇らしく、幸せな気持ちだ。偉大なサッカーの歴史の中で、こういう終わり方ができた。後悔はまったくない」

 近日中に母国へ戻るトーレスは、今後は実質的なアドバイザーとして定期的に来日し、サガンの組織改革や育成組織の強化に関わっていく。日本へ導いてくれた、愛するチームを成長させるために。20世紀から紡がれてきた絆は形を変えて、ピッチの外と中とで切磋琢磨していく新たな章へ突入していく。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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