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米国の過度な「予防的利下げ」が自国や世界に生み出す厄介な問題

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米国の「早すぎた利下げ」が米国や世界に生み出す“厄介な問題”
Photo:PIXTA

「ルール」が変わったのか
「景気後退」前の利下げ

 米国準備制度理事会(FRB)が10年半ぶりに0.25%の利下げを行ったのに対応する形で、9月にも欧州中央銀行(ECB)が金融緩和に踏み切る可能性が強まり、日本銀行もFRBの決定を前に、必要とあれば金融緩和に躊躇しない姿勢を表明した。

 FRBが金融緩和を進めると、通貨高を恐れるECBや日銀は、副作用があっても追随せざるを得ない。これは金融グローバリゼーションのダークサイドの1つだ。

 本来、大国であれば、他国を気にせず、自律的な金融政策運営が可能となるはずだが、現実は程遠い。

 ECBや日銀は、景気拡大局面で一度も利上げができないまま、再び金融緩和を余儀なくされるのだろうか。

 だが「早すぎる利下げ」は長い目で見ると、米国自身にも世界にも災厄をもたらす可能性が小さくないように思われる。

 現在、金融市場は、FRBがさらに1%幅の利下げを2020年末までに行うことを織り込んでいる。7月末の利下げを含めて合計で1.25%の利下げということだ。

 過去30年を振り返ると、米国経済全体が拡大を続けても、製造業がリセッションに入った場合、FRBは、累計で0.75%の利下げを行っている。

 95年のメキシコ危機の際、98年のアジア通貨危機やロシア危機の際、2002~2003年のドットコムバブル崩壊後の二番底の際、それぞれ0.75%幅の利下げを行った。

 とはいえ、現在の米国経済は緩やかな回復を続けているだけでなく、製造業も米中貿易戦争の激化によって減速しているとはいえ、まだ明確なリセッションに入ったとはいえない。

 いくら保険的な金融緩和とはいえ、かつてのFRBの行動からすれば、今回の利下げは相当に異例であり、さらに利下げを続けるというのは、本来なら、到底予想できないはずである。

 興味深いのは、昨夏のジャクソンホールで、パウエル議長が「過去2回のリセッションに至る過程では、経済の不安定化につながる過剰(excesses)はインフレではなく、主に金融市場に現れた」と指摘していた点だ。

 一時、このパウエル発言を巡って、FRBが雇用や物価の安定だけでなく、バブルを回避し、金融システムの安定をより重視する国際決済銀行(BIS)の視点に近付いた、という観測も広がった。

 しかし、実際は完全雇用の下で、年初には利上げを停止、今回は利下げを開始し、結局、雇用やインフレ抑制を重視する従来の姿勢、いわゆるFED(FRB)ビューから変わってはいなかった。

 いやFEDビューであっても、このタイミングでの金融緩和はやり過ぎだろう。

 パウエル議長自身も、企業部門で過剰債務が積み上がっていることに無自覚ではない。ゲームのルールが変わった可能性がある。

 金融正常化の過程で、利上げを中断したため、現在の金融環境はなお緩和的ないし中立的であり、金融不均衡の蓄積が意識される中で、今後の利下げをどのように解釈すれば良いのだろうか。

 トランプ政権からの政治プレッシャーと言ってしまえばそれまでだが、政治の話を抜きにすると、結局、マクロ安定化政策を担う中央銀行は、米中貿易戦争激化によって目の前で火事が起これば、それを鎮火するための金融緩和がより大きな金融的不均衡につながるリスクがあっても、まずは火消しを最優先する、ということなのだろう。

 これは近視眼的な行動のようにも見えるが、不確実性が大きい中では、やむを得ないのだろうか。

 とりわけ、米国では社会のセーフティーネットが、日本や欧州ほど整っていないため、FRBに課せられるマクロ経済の安定(最大限の雇用)の責務は、より大きいということかもしれない。

過剰債務で高い成長は難しい
緩和で問題が先送りされただけ?

 とはいえ、金融的不均衡が大きくなれば、その調整過程において、より大きな金融システムの動揺を招くリスクが高まる。

 目先は、今回の保険的な金融緩和によって、資産価格が押し上げられることや、借り入れコストが一段と低下することで、企業や家計が借り入れとともに、支出を増やし、米経済はサポートされるのだろう。

 緩和状況を維持して時間稼ぎをしている間に、革新的な技術開発や投資による飛躍的な生産性の上昇などのポジティブなサプライショックが訪れるのを待つということなのだろう。

 ただ、企業部門は既に多大な借り入れを行っており、デット・オーバーハングに近い状況にあるというのが筆者の見立てである。

 金融的不均衡を永久に膨らませることはできない。イノベーションで全要素生産性(TFP)が大きく改善するというシナリオが描けない以上、債務リストラなしで、トレンドを上回る高い成長経路に復帰する可能性は高いとはいえない。

 金融緩和によって、緩慢な回復が何とか延長されるだけではないのだろうか。

 このことは米国だけでなく世界経済にとってもいえる。

 特に新興国は、経済規模対比で考えると、米国以上に過大なドル債務を積み上げているようにも見える。

 高い上乗せ金利が要求される新興国企業にとって、FRBの金融緩和で利払い負担が軽減すれば、多少の景気刺激がもたらされるのだろう。

 とはいえ、それがデット・オーバーハング問題の解決につながるとも思われない。金融環境が緩和的になっても、イノベーションにつながる投資が容易ではないことを考えると、景気回復局面が延長されるとはいえ、むしろその過程で、新たな債務が拡大し、問題をさらに拗らせるだけではないのか。

 いずれにせよ、グローバル経済はかなり成熟化し循環的に高い成長は望めないと考えたほうがいい。

非対称的な為替市場への効果
とばっちりを受ける日欧

 こうした状況でFRBの金融緩和が続けば、そのとばっちりを受けるのは、日本や欧州だ。

 米中貿易戦争の激化で、グローバル経済が下降局面に向かうと、各国で設備投資が抑制され、資本財のグローバル・サプライヤーである日本経済やドイツ経済は大きなダメージを被るが、それだけにとどまらない。

 仮にFRBの継続利下げによってドル安が進む場合は、ダブルパンチとなる。日欧経済が通貨高に敏感なのは、グローバル経済が下降局面に向かう際、FRBの金融緩和で、同時に円高やユーロ高が訪れることが多いためである。

 米国は、グローバル経済が下降局面に入っても、金融緩和によって、ドルを減価させることが可能なため、自国の輸出部門が被る悪影響を軽減できる。

 金融政策の為替市場への効果が非対称的であることが、天国と地獄ほどの大きな違いを引き起こすのである。

 幸いにして現段階では、FRBの利下げ継続観測によって、グローバルで資産価格が何とかサポートされ、全面的なリスクオフ環境とはならず、大幅なドル安は避けられている。

 FRBの金融緩和が保険の範囲で済むのなら、それほど問題視する必要はないのかもしれない。ただ、米中貿易戦争の成り行き次第では、グローバル不況に向かう可能性も排除できず、その場合はFRBの継続的な利下げが大幅なドル安をもたらすリスクがある。

 また現段階でも、市場にはECBや日銀もFRBに追随するという予測があるから、円高やユーロ高が回避されているともいえる。

 それが分かっているから、ECBのドラギ総裁も、日銀の黒田総裁も、必要とあらば、金融緩和の用意があることを強調し、早々に「口先緩和」を始めたのである。

 しかし、金融緩和を行うといっても、現実にはECBも日銀も利下げ余地は乏しく、今後のFRBの利下げに全て対応できるわけではない。

 日銀の金融緩和の「次の一手」が議論される際、マイナス金利での資金供給の是非が市場で言及されるのは、追加緩和による金融機関への悪影響が大きく、その影響を少しでも相殺する必要があると、多くの人が考えているからだ。

 今後、ECBがマイナス金利の深掘りを行う際、多くの人が銀行の痛みを和らげると見られる中銀預金金利の階層化を予想しているのも、全く同じ理由からだろう。

 金融システムの脆弱化や金融不均衡の蓄積につながる恐れがあり、弊害が大きいため、ECBや日銀は、追加的な金融緩和を行いたくないのが本音である。

 しかし、FRBの金融緩和がもたらす自国通貨高を回避するには、金融緩和も検討しなければならない。

 FRB自身も眼前の火事を止める必要があるとはいえ、金融不均衡の拡大リスクに目を瞑らざるを得ないという点で、コストは決して小さいとはいえない。

「ドル安誘導」が可能な米国
基軸通貨という「法外な特権」

 とはいっても、FRBは、果敢に金融緩和を行ったから、インフレ率も多少は上昇し、今回の景気拡大局面で政策金利(FFレート)を2.25~2.5%まで引き上げることができたのであり、一方で、ECBや日銀は金融緩和が十分ではなかったから、いまだにインフレ期待の醸成も十分ではなく、利上げが一度も行えず、それ故、悪循環に陥っていると考える人も多い。

 こうした見方も、日銀やECBに、次こそはFRBの緩和に後れをとってはいけないという強いプレッシャーを感じさせ、ECBウオッチャーも日銀ウオッチャーもそのことが分かっているから、追随緩和を予想するのである。

 ただ、FRBの政策が比較的うまくいっているように見えるのは、FRBがコントロールするのが基軸通貨であるドルの金利であり、金融緩和によってドル安に誘導できるからだ。

 日銀やECBが金融緩和で自国通貨安にうまく誘導できるのは、残念ながらFRBが利上げするときのみである。

 基軸通貨という「法外な特権(Exorbitant Privilege)」を米国が有しているから、他国の中央銀行が不利な状況に追い込まれるのである。

 現在は、1960年代に仏ドゴール政権当時のジスカールデスタン財務相が、そうした発言を行ったときよりも、さらに「法外な特権」となっているようにも思われる。

 米国の国際金融上の「法外な特権」を抑え込むことができれば、それは長い目で見た場合、グローバル金融市場、ひいてはグローバル経済の安定につながるだろう。

 ただもちろん、日本や欧州がゼロ金利から抜け出せないのは、“ドル安問題”のせいだけではない。

 潜在成長率や生産性上昇率の低下といった構造問題をないがしろにして金融政策だけで、持続的に成長率やインフレ率を高めようとしているからである。

 そもそも金融政策に割り当てる問題が誤っているため、いくら金融緩和をしたところで解決できず、それ故、ゼロ金利からなかなか抜け出せないのだ。

米国の「日本化」リスク
緩和頼みで潜在成長率低下

 ただ、この問題は、いずれ米国にも当てはまるようになるかもしれない。

 過去の不況でFRBは累計で5%幅を超える利下げを行ったが、7月末の利下げを含めた今回の利下げ余地は合計で2.25%にとどまる。

 日銀にとって、ゼロ金利(正確には0.5%)の下で、米国の5%幅の利下げに対抗するのは相当タフなことだったが、その半分の2.25%の利下げに対応するのであれば、苦労は相対的に少なくて済むだろう。

 つまり米国が、景気が回復しても低インフレや低金利から抜け出せない、いわば「日本化」した状況に陥り、景気サイクルを経るたびに、ピーク時の政策金利(FFレート)の水準が例えば、半減していけば、次回の不況時の利下げ余地も1.25%、さらに次々回は0.65%と半減していく。

 そうなれば、将来、ECBや日銀は、FRBの利下げがもたらすユーロ高や円高を懸念する必要が無くなるのかもしれない。

 さらにいえば、FRBの金利が恒常的にゼロに近付く頃には、圧倒的な経済規模の格差を背景に、基軸通貨の座は中国の人民元にとって代わられているのだろうか。

 現在、過去の不況期に比べて利下げの糊代が小さいFRBは、今後の金融緩和余地を確保すべく、金融政策の新たな枠組みを検討している。

 2%インフレ達成への強いコミットメントを示すため、「平均2%インフレ・ターゲット」が候補の1つとなっている。

 過去の目標未達部分の物価上昇も追求する「2%上昇経路付き物価水準ターゲット」ほどの強力な約束ではないが、それに近い考え方ではある。

 これが採用されれば、2%インフレに到達した後も、オーバーシュートを促すべく、FRBは緩和的な金融環境を継続することになるのだろう。

 しかし、中央銀行が約束しただけで、それが達成できるというのは、理論の世界だけの話である。それは、日本の異次元緩和でも実証済みだ。

 目標達成のための信頼に足る具体的な金融緩和のツールが存在しなければ、財・サービス市場や労働市場とは異なり、直ちに反応する金融市場ですら、それを信頼することはない。

 このため、将来、ゼロ金利制約に再び直面した際、例えば、FRBのブレイナード理事が提案するように、日本のイールドカーブコントロール(YCC)をまねて、まずは1年や2年の長期金利をターゲットにする手法が導入されるのだろうか。

 ただ、米国も自然利子率そのものが大きく低下しているのであれば、「逆効果」がもたらされるリスクがある。

 つまり自然利子率や潜在成長力が落ちている場合に、長期金利をターゲットにしたゼロ金利政策継続のコミットメントは、むしろ人々のインフレ予想は抑え込まれる。

 ゼロ金利政策の長期化は景気を刺激するのではなく、人々のゼロインフレ予想を強化したというのが、日本の教訓だと筆者は考える。

長い目で見ると
災厄をもたらす可能性

 日銀がフォワードガイダンスでゼロ金利の継続を宣言するたびに、企業経営者は自社の財やサービスの価格を引き上げることができない(異常な)状態が今後も続く、と考えてしまったのではないだろうか。

 さて、年初からのFRBの行動で、筆者が1つ好意的に受け止めたのは、FRBが自らの政策のグローバル経済へのスピルオーバー効果(拡散効果)にも配慮し始めたように見える点だ(真の理由は政治プレッシャーで、excuseの可能性もあるが)。

 具体的には、FRBの利上げが、中国を含め新興国などからの資金流出、生産や消費の減退につながり、その影響が米経済にも跳ね返ってくることを考慮したから、利上げ停止を決定し、早期金融緩和を開始した可能性である。

 以前は、FRBがスピルオーバー効果を重視しているとは、到底言い難かった。

 ただし、今回の「配慮」が、最終的にグローバル経済に良い結果をもたらすかどうかは、引き続き不透明である。

 もし、今回の緩和への転換で、金融的不均衡が米国や利払い負担が軽減される新興国で一段と蓄積されるのなら、保険としての早期利下げは長い目で見ると、災厄をもたらす可能性が小さくないように思われる。

(BNPパリバ証券チーフエコノミスト 河野龍太郎)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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