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事件があった「京都アニメーション」スタジオ前で手を合わせる人たち(撮影日:2019年8月8日) Photo:JIJI |
京都市のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオが放火され、35人が死亡、34人が重軽傷を負った事件は18日、発生から1ヵ月が経過した。犠牲者のご家庭が仏教であれば、悲しみの初盆を過ごしたことだろう。この間、容疑者は医師の呼び掛けに反応するまでに回復したが、依然として容体は重篤なまま。京都府警による事情聴取や逮捕が可能になるのは、早くとも数ヵ月後とされる。刑事事件として動き出すのがいつになるのか、先行きは不透明だ。(事件ジャーナリスト 戸田一法)
7年前にも放火殺人を示唆
“ガソリン放火7年前言及 京アニ容疑者「社会に嫌気」”。毎日新聞の8日付朝刊に衝撃的な見出しが掲載された。
事件当時、第1スタジオにいた70人に対する殺人と殺人未遂、現住建造物等放火の疑いで逮捕状が出ている青葉真司容疑者(41)=さいたま市見沼区大和田町1丁目=は、過去に起こしたコンビニエンスストア強盗事件で、今回と同様にガソリンを使った放火殺人を考えていたというのだ。
毎日の報道などによると、青葉容疑者は2012年6月、茨城県坂東市でコンビニ強盗を起こし、同9月に水戸地裁下妻支部で懲役3年6ヵ月の実刑判決を受けた。
青葉容疑者は捜査段階で「小説を書いている」と供述し、その小説を巡り家族関係が悪くなったことが事件の引き金だったと主張。実際に小説を書いていたかどうかは不明だが、漫画は多く読んでいたと話していたとされる。
09年にアルバイト先をクビになり、当時の心境について「ガソリンをまいて他人を燃やそうと思った」とも供述。その際に08年6月に発生した秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大死刑囚(事件当時25、現在は36)について触れ、「同じ心境だ」「刑務所に入りたかった」と述べていたとされる。
一方で「無差別殺人を考えることはあるが、思いとどまることもできる」とも供述していたという。
同事件は歩行者天国に加藤死刑囚のトラックが突っ込んで通行人を相次いではね、さらにナイフで襲った無差別殺傷事件だ。7人が死亡、10人が重軽傷を負った。
加藤死刑囚は青森県トップの県立青森高校を卒業後、短大に進学。インターネットに「負け組」というキーワードを書き込み、加藤死刑囚が当時、派遣労働者だったことから、ネットでは「勝ち組に一矢報いた」「格差社会の英雄」ともてはやす投稿もあった。
青葉容疑者はコンビニ強盗の動機について「仕事上で理不尽な扱いを受けるなどして、社会で暮らしていくことに嫌気がさした」と述べ、自首したことも含め、判決では罪が軽減されていた。
7年前は思いとどまることができた無差別大量放火殺人…。何が青葉容疑者を凄惨(せいさん)・残虐な犯行へと駆り立てたのだろうか(推定無罪の原則、または刑事責任能力を問えない可能性もありますが、犯行は疑いのない事実とみられますのでこのように表現します)。
一方的な思い込みの犯行か
京アニの代理人弁護士は7月30日、同社が年1回開催している「京都アニメーション大賞」に、青葉容疑者と同姓同名・同住所の投稿があったと明らかにした。
京アニ大賞はプロ・アマ、年齢を問わず、広く作品を募集。大賞作品はアニメ化され、文庫として出版される。
青葉容疑者は事件発生直後、京都府警の警察官に取り押さえられる際に「小説を盗まれたからやった」と話したとされる。
代理人は「(応募者が)同一人物かどうかは確認できない」としつつ、内容を確認したところ、京アニが手掛けた作品と似たような表現は確認できなかったと説明した。
この代理人の説明で、青葉容疑者の動機が「自分の作品を盗用されたと思い込んだ、理不尽かつ一方的な思い込み」だった可能性が浮上した。
しかし、不可解な点も残る。
単純に「盗用された」と思い込んだだけなら、京アニ側に抗議すればいいだけだ。それがなぜ、70人もの社員が作業中の建物に、ガソリンをぶちまけて火を放たなければいけなかったのか…。
万が一、青葉容疑者が思い込みの激しい特異な感情の持ち主だとしても、誰もが納得・理解できる動機にはなり得ない。
京アニによると昨年9月~11月、ホームページに特定個人に対する殺害予告のほか、「新作アニメの制作を中止しろ」「コンサートを中止しろ」などの脅迫が相次いでいた。
京アニは京都府警に被害届を提出。京都府警は威力業務妨害などの疑いで捜査しているが、容疑者は特定できていない。
また同じ時期、インターネット掲示板サイトに「爆発物を持って京アニに突っ込む」などの投稿があったことも判明。
ほかにも「アイディアをパクる貴様らだけは絶対に許さん」「原稿を落とされた」「裏切られた」など複数の投稿があり、青葉容疑者との関連をうかがわせるような内容もあるという。
こちらについても京都府警が、青葉容疑者の自宅から押収したパソコンやスマートフォンを解析して調べている。
いずれも現時点では青葉容疑者との関連は不明だが、実際のところどうなのか、容体の回復を待って京都府警が聴取するしかない。
今後の刑事処分の見通し
聴取の後、逮捕状が執行されるのは間違いないが、今回のケースは青葉容疑者に過去に精神障害があったこともあり「精神鑑定」になるだろう。
精神鑑定は報道等でもよく見かける用語だが、法的には裁判所が訴訟当事者などの精神状態・責任能力を判断するため、精神科医などに命じる鑑定を指す。
裁判所判事は鑑定人の鑑定意見に拘束されず自由に判断できるが、採用しない合理的な事情が認められなければ、その意見を十分に尊重して認定しなければいけないとされている。
では、今後、青葉容疑者の刑事処分はどのように進むのか。順を追って解説したい。
まずは容体の回復を待って逮捕。そして前述の精神鑑定のため、さらに鑑定留置となるだろう。
鑑定留置もよく見かける用語だが、刑事訴訟法に基づく手続きで、精神鑑定のために期間を定めて容疑者や被告人を病院などに留置することだ。
鑑定では成育歴や生活状況、計画性、違法性の認識などを調べ、刑事責任能力を判断する材料となる。検察官が請求して裁判所が認める場合と、裁判所の職権による場合がある。
青葉容疑者はこれまで通常の社会生活を維持していたため、不起訴という可能性はさすがにないだろう。
そして、起訴された場合、罪が殺人と殺人未遂、現住建造物等放火なので、一般市民による裁判員裁判になるのは確実だ。
事件発生から18日で1ヵ月。
当時、スタジオにいた70人は20~61歳で、男性14人と女性21人が死亡。34人が負傷し、現在も重篤な方を含め8人が入院中だ。
犠牲者に衷心より哀悼の意を表し、入院中の方々の一刻も早い回復をお祈りしたい。
※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら
