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「レンタルなんもしない人」、依頼者が絶えない秘密はどこにあるのか

2019年08月15日 06時00分更新

文● 藤野ゆり(ダイヤモンド・オンライン

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レンタルなんもしない人
引越しの際の見送りから離婚届提出の同伴、好きなアニメを一緒に見てほしい...レンタルなんもしない人の元には、実に様々な依頼が舞い込む

サービスとは基本的に“なにかをしてもらう”こと。そんな概念を覆し、“なにもしない”ことをサービスにして職業化してしまった男性がいる。自らをブランド化させる『レンタルなんもしない人』から、これからの働き方のヒントを探った。(清談社 藤野ゆり)

レンタルなんもしない人の
“なんもしない”サービスとは?

「『レンタルなんもしない人』というサービスを始めます。1人で入りにくい店、ゲームの人数合わせ、花見の場所とりなど、ただ1人分の人間の存在だけが必要なシーンでご利用ください。国分寺駅からの交通費と飲食代だけ(かかれば)もらいます。ごく簡単なうけこたえ以外、なんもできかねます」

 2018年6月、上記のツイートにより始まった「レンタルなんもしない人」の“なんもしない”サービス。開始からわずか1年で、『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)、『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。』(河出書房新社)と書籍化、週刊モーニング(講談社)でのマンガ化に始まり、バラエティーやラジオ番組の出演、最近ではNHKのドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』での密着取材など、ツイート主である「レンタルなんもしない人」は、なぜかメディアに引っ張りだこだ。

 彼のもとには、たとえばこんなユニークな依頼が舞い込んでくる。

『今度10年住んだ東京を離れて、地元の大阪に引っ越しするのですが、もし空いていたら「友人の見送り」をレンタルしたいです』

『「自分に関わる裁判の傍聴席に座ってほしい」との依頼。民事裁判で、依頼者は被告側。名誉毀損で訴えられていた。初裁判の心細さというより、終わって一息つく時の話し相手が欲しいとの思いで依頼に至ったらしい』(『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』より)

『ピアノの練習をしてる間、ただ居てほしい』という依頼で音大の練習室へ。何時間も弾いていると気が狂いそうになるらしく、人がいることで集中力を保てるとのこと』(同上)

「『主人の職場に息子のお披露目に行くが、子連れでの電車移動にまだ不安があるので同行してほしい』という依頼。無事職場にたどりつくのを見届けた(なぜか僕も入れてもらえた)」(レンタル氏のツイートより)

なぜ「なんもしない人」に
依頼が絶えないのか?

 冒頭のツイートどおり、基本的にサービスそのものの報酬はゼロだ。どうやって生活しているのかと尋ねると、貯金を切りくずしているという。いずれの現場でも共通するのは、レンタルなんもしない人が“なんもしない”ことだ。それでもこの1年、依頼が途切れることはほとんどなかった。

「最近は平均で1日2、3件の依頼を引き受けています。依頼はツイッターのDM(ダイレクトメッセージ)経由で、依頼者は比較的若い女性が多い印象ですが、男性も、1人では入りにくいかわいいクレープ屋に行きたいなどのリクエストがあります。好きなアニメのDVDを一緒に見たり、病院のお見舞いに行ったり、試験勉強や片付けに集中するためにただいてほしいとか、離婚届の提出に付き添ったこともあります」

 ひょうひょうとした佇まいで、決しておしゃべりというタイプではない。かといって寡黙というわけでもない。レンタルなんもしない人の“簡単なうけこたえ”は的確で、無駄がなく、ないだ風のように穏やかで心地よい。素顔は35歳の既婚者。1歳になる子どももいる。そもそも彼は、なぜ「なんもしない」を始めたのか。

 レンタルなんもしない人の社会人生活は出版社のライターとして始まった。

「理系の大学院を卒業後、Z会で教材をつくる仕事を3年ほどやっていましたが、人間関係などいろいろなことが重なって退職しました。その後、転職しても飽きっぽいせいでなかなか続かなかった。交渉したり、複数のタスクを同時にこなしたりが苦手で、自分はつくづく仕事に向いてないなと思い、『なんもしない』ことを選択したんです」

 なにもしないことが、自分には一番向いている。そう淡々と語りながらも、彼は自身を俯瞰していた。もちろん多少の話題性が生まれることは計算の上だろう。

 それにしても、まったく知らない赤の他人に、なぜ「なんもしない」を依頼する人が続出するのか。レンタルなんもしない人は、自身の存在価値をどう捉えているのだろうか。

「多くの依頼に共通するのは『確実に敵ではない人がひとりいる』という心強さだと思います。以前、人を癒やすロボットを開発している方から『参考にしたい』と依頼がきて、その方が言うには、たとえばロボットでも自分がうれしいときにうれしい、悲しいときに悲しい反応をするものが隣にいるとストレスが軽減される効果がある、と。僕に求められているもののひとつとして、それに似た感情の共有とか安心感とかが挙げられるかもしれません」

空調、壁、教会…
なんもしない人の存在感は?

 そんな彼の存在を、依頼者はそれぞれの捉え方で位置づけている。『空調』『壁』『王様の耳はロバの耳』『教会』『ざんげ室』…ときには『ただのこじき』『新手のヒモ』などマイナスな意見を目にすることもあるが、本人はさほど気にしていない。

「とある番組で、ふかわりょうさんに『面白い船の集まる港』と言ってもらえたのはうれしかった。でも各々が求める解釈があって、そのどれもが依頼者にとっての正解ですから、解釈や肩書はなんでもいいんですよ。僕は必然的に彼らが求める解釈として提供されるだけなので…」

 サービス開始から1年。今後どのような道を歩むつもりなのか。

「特に何も考えてないです。いまは毎日が楽しすぎて、それだけで十分かなって。自分の本ができたり、道を歩いていると『レンタルさんですよね?』って声をかけられたり、1年前だったら考えられなかったことが次々と起きていて、夢のようです。もし飽きたとしたら…それはそのときの気持ちに任せます」

“飯のタネにならないことをするのは意味がない”という価値観は好きではない、と彼はいう。

 新しく革新的なサービスを生み出す先駆者はいつの時代にもいるものだが、なにもしないことで人々の心の隙間を埋めるというサービスは、誰にでもできることではないだろう。レンタルなんもしない人が示す新たなサービスのあり方は、私たちにこれからの時代のワークスタイルがいかに自由で柔軟かを教えてくれる。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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