このページの本文へ

株急落・円高は、秋以降に顕在化する「世界的な政治リスク」の予兆

2019年08月07日 06時00分更新

文● 末澤豪謙(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
アメリカファースト
Photo:PIXTA

 トランプ大統領が中国に対する制裁関税第4弾を9月に実施する意向を表明したことに反応して、週明け、主要国の株式市場が急落、為替市場も円高、人民元安などに大きく振れた。

 秋以降、米国だけでなく、欧州や日本でも「政治リスク」が一段と顕在化し市場や経済の不安定が強まる“予兆”のような動きだ。

対中関税「第4弾」のツイートで
株価急落、人民元安、円高

 トランプ大統領は、中国の上海での閣僚級の米中貿易協議で大きな進展がみられなかったのを受けて1日、「米国は9月1日から、中国から入ってくる商品や製品の残り3000億ドル分に10%というわずかな追加関税をかける。すでに25%の関税対象になっている2500億ドル分はこれに含まれない」とツイートした。

 米国はすでに中国からの輸入品2500億ドル分に、25%の追加関税を課しており、9月にこの措置が発動されたら、中国からの輸入品全てに追加関税が課されることになる。

 また、トランプ大統領は、記者会見で関税率を25%にまで引き上げる可能性にも言及した。

 この発言を受けて、1日の米国市場では引けにかけて株価が急落、2日の東京市場でも、日経平均株価は前日比453円安となった。週明け5日には、1ドル105円台まで円高が進んだことから、日経平均株価は前週末比366円安の2万0720円まで下落し、約2ヵ月ぶりの安値て引けた。

 ちょうど、米国では7月31日のFOMC(連邦公開市場委員会)で、FRBが10年7ヵ月ぶりに、0.25%の利下げに動いたことで、日米金利差の縮小から、円が買われやすい地合いだった。

 5日の米国市場ではニューヨークダウが前週末比767ドル安と今年最大の下げ幅に。その後、米財務省は人民元安を受けて中国を為替操作国に認定、中国も米農産物品の購入停止を発表するなど、米中貿易戦争の解決の糸口がますますみえなくなってきた。

選挙前には強まる、
米国の保護主義的色彩

 米中貿易戦争の本質は米中の覇権争いであり、対立の長期化が予想されるが、2020年11月3日の米大統領選に向けては、今後とも、内外の金融市場を揺るがす事態が発生することに留意すべきだろう。

 米大統領選や中間選挙前に、米国が保護主義的色彩を強めたことは、過去、幾度もある。

 米国が対中向けの追加関税の法的根拠としている74年制定の「通商法」も、その後、88年制定の「包括的通商競争法で追加された同法301条(スーパー301条)もそうだ。

 当時は、2つの法律とも、米国にとって最大の貿易赤字国だった日本が主に対象としていた(ただし日本の場合、スーパー301条の適用をちらつかされた段階で、輸出自主規制や米国からの輸入拡大などで合意、制裁は実施されていない)。

 トランプ氏の場合も、勝利した2016年の米大統領選のトップ3の公約(Pay for the Wall:壁の建設代金を支払わせる、Healthcare Reform:医療保険制度改革、U.S.-China Trade Reform:米中貿易改革)の1つが、対中貿易問題だということもあり、支持者の手前もあって安易な妥協はできないだろう。

 特に他の公約に関しては、2020年の大統領選前には、実現のめどが立たないことから、対中貿易問題にはより真剣に取り組まざるを得ないという事情がありそうだ。

 壁建設のための国防関連予算の流用に関しては、多くの訴訟が提起され、現在、連邦裁判所で係争中だ。そのうち1件はトランプ政権が最高裁で勝利したものの、大統領権限の行使を直接、認めた判決ではなく、今後も他の訴訟は継続する見通しだ。

トランプ氏の政策の柱は、
「米国第一」に加え「反オバマ」

 トランプ氏の16年の大統領選のスローガンは、「Make America Great Again」、さらに今回の再選を狙ったキャンペーンでは「Keep America Great!」が追加された。いずれも「米国第一主義」の背景にある理念だが、もう1つ、公然とは掲げられていないが重要な柱がある。

 それは、「アンチ・オバマ」だ。つまり、オバマ大統領の反対の政策を行うことだ。

 トップ3の公約の2番目にオバマケアの即時廃止を掲げていることからも、トランプ氏の思い入れがわかる。

 オバマ氏を嫌う背景には、オバマ氏の出生地証明を巡るあつれき(トランプ氏はオバマ大統領の出生について、ケニア生まれではないかとの疑問を表明していた)に加え、11年のホワイトハウス記者会主催の夕食会に、トランプ氏が初めて出席した際の出来事があるとされている。

 直前に出生証明書を公開したオバマ氏は、この夕食会のスピーチで「これで彼は他の問題に集中して取り組める。たとえば『月面着陸はいかさまだったのか』といったことだ」などと、トランプ氏をジョークのネタにした。

 このことが「反オバマ」の気持ちを一段と強めさせることになったとされる。

 トランプ氏は大統領就任後、TPPからの離脱、パリ協定からの離脱、イラン核合意からの離脱など、オバマ政権のレガシーをどんどん破壊した。

 また、オバマ氏が熱心に取り組んでいた中東和平問題では、イスラエル寄りの姿勢を鮮明にし、米大使館のエルサレムへの移転やゴラン高原に対するイスラエルの主権を認め、このため和平機運は完全に冷めることになった。

 足元では、イラン産原油の全面輸入禁止措置の発動で、米国とイランはペルシャ湾で一触即発の危機状態に陥っている。オバマ政権が進めたキューバとの国交回復も一転、対決姿勢を強め、規制を強化している。

 対北朝鮮外交でも、オバマ氏は「戦略的忍耐」という不関与政策をとっていたのに対し、トランプ氏は、当初は圧倒的な軍事力を背景にした「砲艦外交」を推進した。18年夏以降は、逆に3度の首脳会談を実施するなど、硬軟を使い分けながら、オバマ政権とは違う関与政策を進めている。

中間選挙後に共通する
外交安保、通商政策

 ただ一見すれば、トランプ政策はオバマ氏の政策と真逆のようだが、中間選挙を終えた1期目の後半以降は、外交・安全保障や通商・貿易問題に注力したことは共通している。

 これは、議会の構成がオバマ政権第1期とトランプ政権第1期は、図らずも、似通った状況にあることが大きい(図表2)。

 オバマ政権第1期の中間選挙前は、上下両院で民主党が多数派で、しかも上院では民主党は59人と、クローチャー動議(議事終結決議)提出に必要な60人まであと一人という勢力を確保していた。

 いわば、「本格政権」となったことで、オバマケアの導入(医療保険制度改革)という内政面で重要な政策を実現することが可能だった。

 これは、トランプ政権も同様だ。第1期の中間選挙前は、上下両院で共和党が多数派を占め、共和党の上院議員数は52人と「本格政権」には足りなかったが、「準本格政権」と言えた。このため税制改革なども順調に進んだ。

 ところが、オバマ政権、トランプ政権とも、第1期目の中間選挙で、下院の多数派を野党が握ったことで、歳出法案や法律案を大統領の意向で成立させることは困難となり、「準レームダック政権」と化すことになった。

 オバマ政権第2期の中間選挙では、上下両院とも共和党が多数派となり、オバマ政権は完全に「レームダック政権」となった。

 このため、オバマ大統領(当時)も、第1期の中間選挙以降は、外交・安全保障、通商・貿易政策に注力することになった。与党民主党内に反対が多かったTPPや、困難な道程だったイラン核合意をとりまとめたのも、内政で実績を残せないことが、むしろ推進力になった可能性がある。

 また対中関係に関しては、中国による、人事管理局(OPM)などの米政府機関や民間企業等へのサイバー攻撃や資金洗浄疑惑、南シナ海での基地建設等が発覚して以降は、強硬姿勢に転じた経緯がある。 

 こうした歴史を見ると、トランプ大統領にとっては、20年11月の大統領選で再選を果たし、議会上下両院で多数派を奪還し、再度、本格政権化を目指すためにも、対中貿易問題で弱腰を見せることはできないといえそうだ。

全ての道は米大統領選に通ず
対イラン、北朝鮮では硬軟使い分け

 大統領選を意識した対外政策は、対中国だけにとどまらない。

 イランへの強硬姿勢の背景にも、トランプ大統領の有力な支持層で、米国民の20~25%を占めるとされるキリスト教福音派(エバンジェリカル)への再選に向けたアピールがあると考えられる。

 一方、北朝鮮問題は元々、米国民の関心は低いが、過去3回の米朝首脳会談開催時には、毎回、トランプ氏の支持率が上昇し、不支持率が低下した経緯がある。

 同じ核開発問題で、イランと北朝鮮への姿勢が大きく異なるのも、選挙戦への影響が背景にあるといえそうだ。

 その意味では、通商・貿易や外交・安全保障分野での政策決定は、「全ての道は来年11月の米大統領選に通ず」といえそうだ。特に、トランプ大統領が重視する株価のことを考えると、大統領選まで間がある年内に、より強硬な措置が打ち出される可能性が高く、またそのことが市場を不安定化させることになりそうだ。

欧州では今秋から来春までに
総選挙が相次ぐ可能性

 一方、欧州でも今秋から来春までに、総選挙が相次ぐ可能性が想定されるなど、「政治リスク」が高まりそうだ。

 さきの欧州議会選挙の結果を受けて、すでに、ギリシャでは7月7日に総選挙の前倒しが実施され、4年半ぶりに、急進左派連合(SYRIZA)から、新民主主義党(ND)政権に交代した。

 4月に総選挙が実施されたスペインでも、9月23日までにペドロ・サンチェス暫定首相が議会で信任されない場合、11月10日に再選挙が実施される。オーストリアでも9月には前倒し総選挙が実施される予定だ。

 また英国では、ブレグジットをめぐる混乱から辞任したテリーザ・メイ首相の後任として、ボリス・ジョンソン氏が首相に就任したが、ジョンソン氏はEUとの離脱合意期限の10月31日には、合意があろうが無かろうがEUから離脱すると宣言、閣内に離脱戦略委員会を設け、「合意無き離脱」への備えを進めている。

 だが一方、議会では、合意無き離脱に反対する勢力が過半を占めるとみられ、このまま、ジョンソン氏が合意無き離脱を進めれば、10月までに、一部与党議員の造反で内閣不信任案が可決され、解散・総選挙となる可能性が高い。

 ドイツでも、欧州議会選挙での惨敗を受けて、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)のメルケル政権と大連立を組んでいる社会民主党(SPD)のアンドレア・ナーレス党首が6月に辞任、現在は、暫定的に副党首3人が党運営を担っている。

 10月に新党首を選出する党員投票が実施される予定だが、退潮著しい社会民主党では、大連立からの離脱を主張する候補が新党首に選出される可能性もある。その場合、大連立政権は崩壊、ドイツも連邦議会の解散・総選挙が来春までに実施される可能性がある。

 一方、左派のポピュリスト政党の五つ星運動と極右の同盟の連立政権が18年6月に発足したイタリアでは、現在、政党支持率では、選挙前と逆転、同盟がトップになっている。

 もともと「反緊縮」以外では政策に隔たりがある両党の確執が高まっており、イタリアでも年末から来春に向けて、総選挙が前倒しで実施される可能性がある。

安倍首相の「改憲」意欲
政局不安定化の可能性

 欧米と異なり、政治の安定が際立っている日本でも、今秋以降は、波風が高まることも予想される。

 参院選挙から一夜明けた7月22日、安倍首相(自由民主党総裁)は党本部で記者会見を行い、与野党に衆参両院の憲法調査会で憲法改正の議論を進めるよう呼びかけた。

 参院選では、自民・公明の与党は、改選過半数を上回る71議席を確保したものの、日本維新の会や非改選の改憲派無所属議員3人を合わせた、いわゆる「改憲勢力」は160議席となり、改憲発議に必要な3分の2(164議席)に4議席足りない結果になった。

 安倍首相は会見の冒頭、「この選挙では、憲法改正も、大きな争点となりました。少なくとも『議論は行うべきである』というのが国民の審判。野党は、この民意を正面から受け止めていただきたい」と、改憲への意欲を示した。

 また、「自民党のたたき台は、最善と考えるものを提案しているが、この案だけにとらわれることなく、柔軟な議論を行っていく考えだ」と、柔軟姿勢を見せつつ、改憲に向けた協議入りを野党に強く呼びかけた。

 安倍首相は、第2次内閣発足以来、国政選挙の後は毎回、自民党本部で記者会見を行っている。今回は6回目だったが、過去5回の会見では、冒頭発言で経済対策や災害対策等には触れているが、憲法改正問題には自らは一度も言及していない。質疑応答の際、記者による質問に答えただけだった。

 そういう意味でも、22日の会見では、改憲に向けた安倍首相の並々ならぬ意欲が筆者には感じられた。その際、筆者の頭の中をよぎったせりふがある。それは、「アベンジャーズ、アッセンブル(Avengers Assemble)」という言葉だ。

「アベンジ」は公的な、他の人のため、民族のため、国のために報復をするという意味がある。

 米マーベル・コミックのキャラクター、「キャプテン・アメリカ」が、ヒーロー・チーム「アベンジャーズ」のメンバーに向かって、いざという時に使う決まり文句で、直訳すれば、「集合」「集結」の意味になるが、「出動」「出撃」といった意味で使われている。

 実写映画では、19年4月に公開された「アベンジャーズ/エンドゲーム』で、「キャプテン・アメリカ」が敵のサノス率いる大軍に対峙した際、「アベンジャーズ」のメンバー及び味方の大軍に対し、使われたのが初めてだ。

 筆者は、短命で終わった第1次安倍内閣の雪辱を果たすために登場した第2次安倍内閣を「アベンジャーズ内閣」と称し、対比したことがあるが、「アベンジャーズ/エンドゲーム』は、その目的を果たすため、「アベンジャーズ」のメンバーにも大きな犠牲を強いるという展開だ。

 安倍首相が仮に自民党総裁任期の21年9月までに、戦後70数年間一度も実施されなかった憲法改正を実現しようとすれば、自らの政治資本を含め、相当大きな消耗を迫られる可能性が高い。政局の混乱も予想され、金融市場も、改憲の動きが具体化するにともなって不安定さを増すことになるだろう。

 今秋以降、内外の「政治リスク」が一段と顕在化する可能性に留意が必要だろう。

(SMBC日興証券金融財政アナリスト 末澤謙豪)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ