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中の人が語るさくらインターネット 第12回

研究所設立メンバーの鷲北氏、大久保氏に聞く「誕生のきっかけ」「成果」そして「転機」【前編】

設立10周年、さくらインターネット研究所の「これまで」の歩み

2019年08月20日 08時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真● 曽根田元

提供: さくらインターネット

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 2019年7月、さくらインターネット研究所が設立10周年を迎えた。インターネット技術に関する研究開発を行う組織として活動し、これまでは「さくらのVPS」「さくらのクラウド」といった新サービスの開発にも技術面から大きく貢献してきた。そして10周年を迎えた現在、新たな活動フェーズへと移行し始めているという。

 今回の前編記事ではまず、2009年の設立時から研究所所長を務めてきた鷲北賢氏、同じく設立時からの研究所メンバーである大久保修一氏に、研究所設立のきっかけやミッション、これまで果たしてきた役割などを聞いた。

さくらインターネット研究所 所長の鷲北賢氏、上級研究員の大久保修一氏

「自分が面白いと思うテーマにどしどし取り組んでいく」がモットー

 鷲北氏は1998年にエス・アール・エスに入社し、さくらインターネットへの合併を経て、通算で勤務21年目となる。これまで技術部部長や取締役CTOなどを務めてきたが、2009年の研究所設立に際して所長に任命され、現在も所長として研究所を取りまとめている。大久保氏は2003年に入社、ネットワークオペレーション業務を担当したのち研究所の立ち上げに参加。現在は上級研究員として、主にネットワーク周りの研究開発を手がけている。

 そもそも、さくらインターネットが研究所を立ち上げた目的は何だったのか。鷲北氏は当時を振り返ってこう説明する。

 「社長から、さくらが『技術の会社』として技術力を高めていくために研究所を作りたいという話が出てきました。ただし企業の研究所がどうあるべきか、どんな活動をしていくのかという具体的なアイデアはなく、『まずは研究所のミッションから考えてほしい』と要請がありました」(鷲北氏)

鷲北氏

 そこで鷲北氏は、大手ITベンダーの研究所で勤務する知人に話を聞くなどして、さくらの研究所はどうあるべきか、何をミッションとすべきかを手探りで模索していった。まず新部門の設立にあたって投資家向けIR資料に書いた研究所のミッションは、次の一文だった。

「インターネット技術に関する研究を行い、成果の発信と利用を通じて、社会と会社に寄与する」

 ただし、あくまでもこれは“外向け”の言葉であり、作った鷲北氏自身も「一行の言葉にしてしまうとつまらない、物足りない」と感じたという。そこで、研究所メンバーに意識してほしい心がけとして、上記のミッションとは別にモットーとする言葉も作った。

「面白いと思うテーマにどしどし取り組んでいく」

 しかもこれは「個々の研究員自身が」面白いと思うテーマに取り組むべし、という意味である。会社や鷲北氏から何かテーマを指定するのではなく、個々人が選んだ研究テーマにじっくり取り組んでもらいたいという研究所のスタンスを示している。

 「当時も今もそうですが、インターネット技術は日進月歩で進化し続けていますから、たとえばわたしがあらゆる技術領域の最新動向を把握するのは不可能です。そこで1年、3年をかけて取り組むような大きなテーマは、研究員が個々人で見つけてほしいと言い続けてきました。研究員としても、よっぽど好きなテーマでなければ集中して研究を続けることはできないでしょう」(鷲北氏)

 “自分の好きなテーマにじっくり取り組める研究環境”と聞くと魅力的に思えるが、現実には「難しくもある」という。自由にやってほしいと言われると、何をすればよいのかわからず悩んでしまうタイプの人もいるからだ。鷲北氏は、研究所のメンバーにはこのモットーになじめる人であってほしいと語る。

さくらインターネット研究所が掲げる「ミッション」と「モットー」(鷲北氏の講演スライドより)

まずは「事業につながる研究」から、VPSやクラウドの基盤技術を獲得

 こうして2009年、さくらインターネット研究所は所長の鷲北氏、研究員の大久保氏と、当時運用に携わっていたメンバー1名を加えた計3名で活動をスタートした。

 設立の準備段階から、鷲北氏は「さくらが研究所を持つならば、まずは事業に直接つながる研究から始めるべきだ」と考えていた。人員も予算もまだまだ小さく、いきなり大企業の研究所のようなアカデミックな研究を手がけることはできなかったからだ。

 まず鷲北氏自身は仮想化技術の研究に取り組んだ。ちょうどAmazon Web Services(AWS)の「Amazon EC2」がサービス提供を始めたころで、市場ではクラウドサービスへの注目が高まり始めていた。しかし、当時のさくらにはまだ仮想化技術を使ったサービスは存在せず、仮想化に精通したエンジニアもいなかった。

 「誰かが仮想化技術をやらないといけない、フリーハンドで取り組むならば研究所がうってつけだということで、わたしが担当することになりました。このとき研究した仮想化技術が、のちにクラウドサービスの開発で活かされることになります」(鷲北氏)

 一方でネットワーク技術の研究員である大久保氏は、当時のインターネット業界で課題となっていた「IPv4アドレス枯渇」や「IPv6への移行」について調査研究を行い、レポートにまとめる活動を行った。これも、さくらのデータセンタービジネスに直接関わる研究内容だ。

 「研究成果は社内へのレポートだけでなく、IRS(Inter-Domain Routing Security)ワークショップ※注で『データセンター事業者がとるべきIPv4枯渇対策』として講演するなど、社外発表にもつながりました」(大久保氏)

※注:BGP4のようなルーティングドメイン間で利用されているプロトコル上の問題や、インターネットを流れている経路情報の信頼性といった課題について情報交換や議論を行う勉強会。

大久保氏

 ほどなくしてさくらの社内では「さくらのVPS」のサービス開発が始まる。開発を主導したのは技術部だったが、鷲北氏もそこにオブザーバーとして参加し、仮想化技術についてのアドバイスを行うことになる。「たとえば当時流行っていたXenではなく、より柔軟なLinux KVMを採用したほうがいい、といったアドバイスもしました」(鷲北氏)。

 2010年、さくらで初めての仮想化サービスとしてさくらのVPSがサービスインし、続いて社内では「さくらのクラウド」のサービス開発が始まることになった。しかしVPSの売れ行きが絶好調だった影響で技術部の人員リソースが不足しており、新たにクラウド開発のためのマネージャー人員を出すことができなかった。

 「そこで会社から『研究所と新規事業室でクラウドサービスを作ってほしい』と言われました。わたしが開発マネージャーを務め、大久保にもネットワーク仮想化周りの担当兼現場マネージャーとして携わってもらうことになりました」(鷲北氏)

 こうした経緯もあり、研究所設立からのおよそ3年間、鷲北氏や大久保氏の主業務はクラウドサービス開発となった。さくらのクラウドは2011年にサービス提供を開始したが、業務における比重こそ減ったものの、その後もサービス開発には継続的に携わってきているという。

自由な発想で“研究寄り”の活動を支えた松本直人氏

 「このように、わたしと大久保はどちらかと言えば事業寄り、“開発寄り”の業務を担当していました。その一方で“研究寄り”の活動を支えてくれたのが松本さんでした」(鷲北氏)

 2010年5月からさくらインターネット研究所に参加している松本直人氏について、鷲北氏は「“名物研究員”という位置づけですね」と笑う。論文発表やコミュニティ活動など、さくらインターネット研究所を外向けにアピールする活動も多い。

 「『高速インターネットアクセス』をメインの研究テーマとして、たとえば新しい100ギガイーサのカードが出たらすぐに買ってきて試したり、オープンソースのソフトウェアルーターである『Vyatta(現VyOS)』の開発や普及活動に携わったり……。情報処理学会で幹事を務め、論文発表を行うなど、アカデミックな活動も多くやっていただきました。2017年度の情報処理学会 山下記念研究賞も受賞されています」(鷲北氏)

鷲北氏はメンバーに対し「3~5年後に役立ちそうなこと」を考えてほしいと伝えている。「そのくらいの未来が、インターネット技術者にとっていちばん“おいしい”ところだと思います」

 “面白いと思うテーマにどしどし取り組んでいく”がモットーの研究所らしいエピソードもある。

 「松本さんは本当に発想が自由な人です。たとえば東日本大震災をきっかけに、防災の観点からITを活用する研究を始めたのですが、そこで取り上げたのは『パノラマ写真』でした。魚眼レンズを何個も買ってきたり、GoProを6個組み合わせて360°撮影できるガジェットを自作してみたり、パノラマ合成のアルゴリズムを調査したり。最終的には、アイスランドで開催されるパノラマ写真の学会に出席したい、と言い出したんです。さすがに会社の幹部には『インターネットと関係ないだろう!』とつっこまれたのですが(笑)、実は、災害時の現地調査で大量の写真を撮っているものを360°カメラに置き換えれば効率が良いのではないか、あるいは大量の写真をつなぎ合わせて現地の様子をより詳しく知ることができないか、という考えがあったそうです」(鷲北氏)

 結局、所長である鷲北氏が幹部を説得して、松本氏を学会に送り出すことができたという。「『大量の写真を撮影すれば、最終的にはそのデータがデータセンターに保存される。ゆえに、これもわれわれが研究すべきテーマなのである』――と、そんな理屈を考えて幹部を説得し、研究員にはなるべく自由にやってもらうのが僕の役割なんです」と鷲北氏は笑う。「それに今では、FacebookもYouTubeも360°ムービーを当たり前にサポートしていますしね。松本さんの先見の明には感服します」。

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