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リブラを毛嫌いする人たちが根本的に理解していないこと

2019年07月29日 06時00分更新

文● 尾原和啓(ダイヤモンド・オンライン

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7月16日に開かれた米上院銀行委員会の写真
7月16日に開かれた米上院銀行委員会。リブラ事業を担当するフェイスブック幹部、デビッド・マーカス氏に対して、厳しい質問が相次いだ 写真:米上院銀行委員会より

米フェイスブックが6月に発表した仮想通貨・リブラの構想は、世界の金融当局から厳しい目が集まっている。世界にユーザー24億人を抱えるSNSのガリバーが仮想通貨を導入したら、どんなインパクトが金融と社会にもたらされうるのか?デジタル・エコノミーを熟知したIT評論家、尾原和啓氏がわかりやすく解説した。

フェイスブックの仮想通貨に
世界中から噴き上がる反発

 米フェイスブックが6月、デジタル通貨「リブラ」の構想を発表しました。ブロックチェーン技術を使い、グローバルな通貨と金融インフラを作る、といいます。このリブラに対し、世界からは猛反発が出ています。7月中旬のG7(先進7ヵ国)財務相・中央銀行総裁会議では金融政策への支障やマネーロンダリングの懸念があるとして、「最高水準の規制が必要」という見解が示されました。同時期の米上下両院の公聴会でも、個人情報管理を疑問視する声が続出しています。

 フェイスブックといえば、8700万人分の個人情報を不正流用した事件があり、つい先日には50億ドルの巨額制裁金を米連邦取引委員会から科せられました。この企業が、通貨のような極めて重要なものに関わることが不安を招いているのかもしれません。

 でもリブラを毛嫌いしている人も実のところ、フェイスブックが一体何を産み出そうと、どんな未来を創造しようとしているのかに関心持ってくれたらなと思います。金融のプロによる解説は多々ありますが、インターネット・ビジネスやデジタル・エコノミーの視点から読み解いたものは日本ではまれです。僕は世界で進むデジタル革命を観察している者の視点でリブラを解説しようと思います。

繋がることの創造的破壊力
手間とコストが革新阻む

 フェイスブックは世界24億人が利用する巨大SNSで、傘下には写真SNSのインスタグラムや、メッセンジャーサービスのワッツアップなどがあります。収益源は広告です。このフェイスブック、一体何を目指している企業か知っていますか?ミッション・ステートメント、つまり日本企業で言うところの経営理念にはこうあります。

 Give people the power to build community and bring the world closer together.
 (人々にコミュニティを築く力を与え、世界をもっと密にする)

 米ITガリバーのミッション・ステートメントは建前ではありません。自社のビジネスの本質をシンプルに表現し、社員と株主にブレない軸を示しているのです。そしてフェイスブックの場合、「国境を越えて、人と人を繋げること」が本質であり、価値の根源だと言っているわけです。

 フェイスブックに限らず、SNSというものを初めて知った時、「何が面白いのか?」と思った人もいるでしょう。SNS以前の僕たちは、電話やメールを介して友人や仕事の仲間と繋がっていて、それが特に不便だとも感じませんでした。でもひとたびSNSを使いこなすと、もう手放せないのではありませんか? SNSは電話よりずっと低コストで、メールよりずっと簡単に、しかもはるかに多くの人・情報に触れられるからです。こうしてフェイスブックには24億人が集まり、そこに広告市場が生まれています。

リブラの利用イメージ
リブラの利用イメージ。2020年のサービス開始を目指している。(出所・フェイスブック傘下のカリブラ公式サイトから)

 繋がること――これはインターネットが既存のビジネスを創造的に破壊する原動力です。人や情報が以前より手軽かつ低コストで、なめらかに繋がるようになると、社会やビジネスにはものすごい地殻変動が起こります。

 あなたはきっと今、スマートフォンか何かでインターネットに接続して記事を読んでいるはずです。これが1990年代なら、モデムを介して「ピ~ガ~」とダイヤルアップ接続しなければならなかった。面倒くさいし、料金も高かった。それがADSLで繋ぎ放題になり、さらにモバイル通信が3G、4Gと高速・大容量に進化した今、インターネットは格段に身近になりました。こうやって世界中の情報や人が仮想空間に繋がったことで、どれだけ多くの新サービスが生まれたでしょうか?生活や社会はどれだけ変わったでしょうか?

 繋がったら何が生まれるのかは、事前にはなかなか予想できません。でも繋がり始めると、手間やコストに阻まれて滞っていた「価値」が怒涛のように流通し、人々は喜んで価値を交換するようになるのです。

 たとえば20年前、携帯電話でメッセージを送るのに1通10円かかっていたのが、iモードによって1円メールが生まれました。これによって人は待ち合わせ場所を事前に決めなくなりました。乗換案内で知らない場所にも気軽にいけるようなりました。

 そして15年前にユーザーが携帯でレストランのレビューを書けるようになると、知らない場所の知らないお店でもレビューが高ければ行くようになりました。今、食べログのネット予約は年3000万人が利用しています。利用単価を3000円×2.5人としたら、知らない場所の知らないお店に2250億円の売り上げが生まれているということです(これはネット予約だけなので、電話予約や直接訪問も含めると数倍の市場を生んでいます)。

 大事なのでもう一度言います。人や情報が手軽に、低コストで繋がるようになると、驚くような地殻変動が起こります。

17億人が口座なし
信用コストは貧者に重い

 フェイスブックのような繋がる力を熟知している企業から見ると、既存のお金の世界は驚くほど分断されています。リブラの実際の運営を担う非営利組織・リブラ協会は、以下のような現状を指摘しています。

(1)世界の17億人が銀行口座を持っていない
(2)一般的な国際送金は、完了までに3~5営業日かかる
(3)国際送金には、送金額の約7%のコストが発生する

 このうち(1)は、発展途上国の貧しい人々が主に該当します。口座を開設するためのコストが払えなかったり、必要な書類が整わなかったり、果ては銀行までの距離が生活圏から遠すぎたりすることが原因です。こうした「アンバンクド」「アンダーバンクド」と呼ばれる人々は、何かを買ったり商売をしたりする際に、ツケで払うことが多い。当然ながらツケ払いの手数料は非常に高額です。貧しい人ほど高い信用コストを負担させられるという逆進性があります。

 また(2)と(3)は、複数の銀行を介してお金が国家間を移動するためです。バケツリレーをしているうちに、バケツの水が少しずつこぼれてしまうように、銀行を1つ介するたびに手数料という形でお金が目減りするし、時間もかかります。

 こういった課題を持つ既存の金融システムは、インターネットの世界から見れば、チャットどころかメール以前、紙の手紙を送り合っているような超・前近代的な状況です。このお金の移動をなめらかに繋げられたら、すごい市場が生まれるんじゃない?これが基本発想です。

 実は(1)についてはすでに、インドのペイTMやアフリカのエムペサといったキャッシュレス決済や送金を手がけるスタートアップが次々と勃興しています。こういった企業は自国でユーザー数を拡大させ、さらに海外にも展開し始めています。これらの企業が決済・送金サービスで大勢のユーザーを集めれば、そこに新しいサービスが花開きうる。フェイスブックにとっては将来の競合にもなりかねません。潜在的な競合に対抗する意味でも、リブラで決済・送金をやる価値があるのです。

インドのフィンテックスタートアップ・ペイTMは、農村部の女性や貧困層などに浸透しつるある
インドのフィンテックスタートアップ・ペイTMは、農村部の女性や貧困層など、これまで銀行口座を持てなかった層にも浸透しつつある 写真:ペイTMの公式フェイスブックより

超テクノロジー時代には
意思ある楽観主義者になれ

 リブラは2020年前半のサービス開始を目指しています。前述したようにリブラを管理するのはリブラ協会であり、協会はフェイスブック以外の企業や非営利組織などで構成します。フェイスブックはリブラの発行や裏付け資産の管理を自由にできません。金融業界からみると決済・送金ビジネスのうま味は手数料です。しかしリブラの場合は、お金のやり取りに伴うコストと手間を下げ、途上国のアンバンクドな人にも使ってもらえるようにすることを大きな目的としています。

 しかし前述のiモードの例のように、お金がなめらかに流通するようになると、それと交換できる実物の価値も盛んに流通することは確実です。想像してみましょう。インドのお茶農家とビデオチャットでやり取りして、ごく少量しか採れない最高級の茶葉を譲ってもらう。日本では学べないアフリカの少数民族の言葉を、スマホ上で教えてもらう。こういった希少な価値に対して、「ありがとう!」というメッセージとともにリブラですぐに対価を払えるわけです。こういう無数の小さな価値交換の積み重ねで大きな市場ができたら、フェイスブックは寺銭を取ってもいいですよね。

 アマゾンが好例であるようにインターネット上では、リアルの販路で埋もれがちだったマイナーな商品やビジネスが、きちんと需要にマッチングされます。ITガリバーについては、その圧倒的な規模で市場を歪めているという批判があります。フェイスブックのリブラについても、もし24億人がみんな使ったら、既存の金融ビジネスを淘汰してしまうという懸念があるようです。この批判・懸念はまったく筋違いとは思いませんが、それと同時に、これまで埋没していた小さな存在に脚光を当てる効果があることも見落としてはいけません。むしろ新しい商売が生まれ、個人や企業の信用度もデジタルデータで可視化されれば、融資や保険の新しい金融市場も生まれるのではないでしょうか。

 僕はフェイスブックのリブラがいいこと尽くめなんて思っていません。地殻変動が起きる時には、副作用のトラブルも甚大です。それに、フェイスブックが計画する通りに立ち上がるかどうかも分かりません。

 ただ、既存のお金の流通にハードルがある以上、フェイスブックでなくても誰かがグローバルなデジタル通貨を作るのは確実です。この大きなイノベーションを前にして、絶対重要な考え方がひとつあります。ディープ・オプティミズム、つまり新しい物事を前にしたときに「こいつの出現によって、何かいいことが起こるだろう」という明確な意思を持って臨む楽観主義です。その楽観主義を持った上で、副作用について深く考え続けるのが、超テクノロジー時代の正しい姿勢だと私は思います。まずリスクを眼の前に並べて「リスク要素が全部クリアにならない限りは止めておこう」という悲観主義では、ビジネスも社会も前進しません。

(IT評論家 尾原和啓)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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